初日レビュー2010 第3回 ハイリンド×サスペンデッズ「グロリア」

「グロリア」公演チラシ 9月から始まった新企画「初日レビュー2010」、3回目は10月14日に下北沢「劇」小劇場で初日を迎えたハイリンド×サスペンデッズ「グロリア」です。サスペンデッズの主宰早船聡さんの作・演出で太平洋戦争時の風船爆弾を巡る物語が展開します。7人の評者による5つ星評価と400字レビューをお読みください。掲載は到着順です。(編集部)

 

水牛健太郎(ワンダーランド)
★★★★
 風船爆弾を巡って現代日本の病院、戦中の日本、同時代のアメリカの三つの時空を行き来するプロットは実に巧み。主役である多根周作とはざまみゆきの二人がそれぞれの時空で演じる役どうしの関係性が、場面を超えて響き合うように構成されている。脇役に至るまで個性豊かな人物造形は、役者たちの力量のあらわれでもあるだろう。勝良役の佐藤銀平が特に素晴らしかった。
 上演時間の半分以上が戦中の場面であることもあって、新劇調の古さを感じる瞬間もあった。尖鋭な作品ではない。歴史観や世界観にも格別の斬新さは感じなかった。しかし、それを補って余りある演劇としての豊かさを湛えている。勝良が相撲をして誰にも勝てない場面や鶏と遊ぶ場面など、何でもないところが楽しかった。
 簡素だが効果的な舞台装置、安定感のある演技。芝居の懐で安心して転がされる楽しみを味わった。完成度の高い、大人の仕事だった。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/mizuushi-kentaro/

 

手塚宏二こりっち(株)所属、演劇コラムニスト)
★★★★★
 取り上げた題材がそれだけで演劇的で面白い。知られざる実話だが戦争末期、日本で女子学生が動員され、漫画のような作戦が実施された。もちろん戦果などほとんどなかったのだが、実はピクニックに来ていた罪のない子供達が犠牲になっていたのである。
 笑い話のような作戦がとても哀しい結果をもたらした。その事が余計に戦争というものの滑稽さ愚かしさを象徴している。その物語を死に際の祖母が綴った自伝として物語は進み、現代に生きる孫目線で進行していくところが早船聡の上手さ。物語が風化しないのだ。
 ハイリンドの役者は皆、人間的に魅力がある。今回多根周作が演じた役など、自分勝手で家族を顧みない男だが、それでも多根周作が演じると何故か憎めない。そのハイリンドの役者がサスペンデッズの役者と組み合わさってとてもいい化学変化をしている。暗い話を明るく、時にコミカルに演じながら、でも心に残るものは重い。その作劇術がとても素敵だ。

 

三橋 曉(ミステリコラムニスト)
★★★★☆
 物語のクライマックスはあっても、芝居としてのエンディングがない。最近、そんな画竜点睛を欠く芝居が目についてしょうがない。事の顛末を語り終えたのち、ラストシーンでその舞台をどう締めくくるかは、劇作家として腕の見せ処だと思うのだけど。その点、戦争という主題を、過去と現在、そして敵対する両国の物語として一本の糸で結んでみせる早船聡の『グロリア』は見事だ。奔放に物語を広げながら、またとないパースペクティブな着地点へと観客を導いていく。それだけでもポイントは高いが、冒頭に置かれた絶妙の掴みといい、時空を越えた場面の切り替えといい、終始観客の好奇心と緊張感をそらさない。またそれらのエピソードが、やがてひとつの絵柄を浮かび上がらせるのも感動的だ。ハイリンドとのジョイントは、役者たちにもプラスの化学反応を引き起こしたようで、初日はやや固さもあったが、本作が早船聡の、そしてサスペンデッズのマイルストンを打ち立てた傑作『夜と森のミュンヒハウゼン』に迫る作品であることは間違いないと思う。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/mitsuhashi-akira/

 

金塚さくら(美術館)
★★★★
 これは神様を信じなかった男が奇蹟を目の当たりにする類の物語であり、また彼とよく似た、強がりで寂しい祖母の贖罪と救済の物語でもあるのだろう。
 舞台は現代の病院を軸足として、入院中の祖母が書いた手記を通して太平洋戦争下の銃後の悲しみを語り、更に終戦間際のアメリカでの悲劇に思いを馳せる。七名の出演者は、時代も国籍も性別も、時には生物としての種すらも超えて、三十以上もの役柄を演じ分けてゆく。
 多彩でありながらどこか似通った人間模様が描かれる中で、名前という機能が印象に残った。少年は非常食のニワトリに名前を与え、若い夫婦は生まれてくる子の名前を考える。名付けられたものは、かけがえのない命となって、その存在と未来を強く主張する。納品書の品名欄に人間の名前を書いていた人材派遣会社経営の男は、夜更けの病院で何を思ったのだろう。
 ラストシーンが浅田次郎の短編小説のようで、その美しい奇蹟の光景にまんまと泣かされた。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kanezuka-sakura/

 

ハセガワアユムMU
(★は相対評価を避けるため、どの作品にもつけません)
 座付き作家は不在で毎回違う脚本をフィッティングする劇団ハイリンドが、サスペンテッズの座付き作家と俳優を迎えての合同公演。1944年の紙風船爆弾を製造する日本、それが爆発する1945年のオレゴン、そして爆弾をつくった本人が死期を迎える2010年の日本が舞台、と書くとサスペンスを想像させるが、合同公演は祭りなのだろう。「戦争」という響きから離れた柔らかい笑いが占める。やや柔らか過ぎる気もした。かといって無骨に迫っても、と現代において「戦争」を扱うナイーブさを考える。終戦が還暦を越えて「反戦」「平和」「話し合えば判る」という希望の定型文が、どの作品の出口でも必ず待っていてる。だけど悲しいかな、基地移転を含む戦後処理や尖閣諸島の外交問題など、定型文の不甲斐なさに落胆してはナショナリズムだけが燻ってしまう時代だ。タランティーノの戦争映画『イングロリアスバスターズ』は情緒を出来るだけ抑圧し、壊滅的なまでのエゴイスティックを対決させたことで、あまりの悲惨さが故に笑いながら「戦争ってくっだらねーなー」と反面教師の役割まで果たしていたが、今作は作家性なのか演出なのか俳優なのか、無邪気で明る過ぎて非常に珍しい。

 

大泉尚子(ワンダーランド)
★★★☆(3.5)
 太平洋戦争の風船爆弾をモチーフに、主人公の男が、死に瀕している祖母の青春を辿るという形で物語は進行。テンポよく綴られるエピソードは、弾力のある生活感に満ちている。俳優が、1人複数役をこなし、実際の性別や衣装などと、ぴったりまんまな場合とストンと飛び越える場合があるのだが、それはとりあえず達者ではあった。ただ、最終的にどこまで効力を発揮するのかと、やや意地悪な目で見ていると、ラスト近くでビターッと焦点が合うのは見事! 装置の和紙の風合い、照らし出された十字架なども、簡素と見せて、なまなかなセンスではない。
 時を遡り戦時中を舞台にする、事柄を双方向から描くなど、ある種の類型に挑んで独自の明確な答を出していることは、敬服に値する。とはいえ、手だれの技と、最も深いところにズシリと届くというのは、近似値にはなり得てもイコールではないと感じたことも、記しておかねばならないと思う。過去の出来事を知ることが、主人公の何かを変えたのであれば、その切実さこそがキモであるのだろうから。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/oizumi-naoko/

 

都留由子(ワンダーランド)
★★★★
 第二次大戦末期に作られた風船爆弾を巡って、作った日本人たちの物語と、風船爆弾で殺されたアメリカ人たちの物語が、1944年の日本、1945年の日本とアメリカオレゴン州、2010年の日本の病院を舞台に、行き来して進んでいく。7人の役者が主な登場人物だけで20近い役に扮する。終演後、こんなにたくさんだったのかとびっくりしたが、見ているときには全く混乱はなく、何でもないことのようだけれど、よく作られている脚本に感心した。また、劇中、それぞれの役者が兼ねている役同士が絶妙に呼応していて、後になってから、ああ!と思わされたのも、おまけのしあわせだった。いろいろな切り口で見られる作品である。
 脚本だけでなく、俳優にも力がある。特に変わったことをするわけではないのに、面白く、おかしく、お芝居を見る楽しみが味わえた。和紙を使ったごく簡素な舞台装置がとてもよくできていて美しい。「グロリア」というタイトルについても考えさせられた。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/tsuru-yuko/

 

【上演記録】
ハイリンド×サスペンデッズ『グロリア』
作・演出 早船 聡(サスペンデッズ)
下北沢「劇」小劇場(2010年10月14日-24日)

出演
伊藤総 佐藤銀平 佐野陽一(サスペンデッズ)
伊原農 枝元萌 多根周作 はざまみゆき(ハイリンド)

【スタッフ】
舞台監督 井関景太・深沢亜美(るうと工房)
照明 石島奈津子(東京舞台照明)
音響 高橋秀雄(有限会社アラベスク)
舞台美術 向井登子
衣裳 大野典子
映像 タケウチヤスコ(朝焼けダイブ)
宣伝美術 西山昭彦
アートワーク 木村タカヒロ
スチール 夏生かれん
撮影ヘアメイク 田沢麻利子
Webデザイン 薮地健司・夏子(ハイリンド)
企画・製作 サスペンデッズ+ハイリンド
制作 上田郁子(オフィス・ムベ)・石川はるか
制作協力 山本亜希
協賛 イースターエッグ
協力 KT plus Entertainment/スターダス・21/円企画/演劇集団 円/みらい館大明

「初日レビュー2010 第3回 ハイリンド×サスペンデッズ「グロリア」」への3件のフィードバック

  1. ピンバック: Hisato Fujiwara
  2. ピンバック: 高野しのぶ
  3. 久しぶりに寄りました。
    400字の劇評を読みましたが、隔靴掻痒。どんなに想像をたくましくしても、いくつ合わせ読んでも芝居の実像が浮かんでこないのは、僕の想像力やら読解力やらがいかれているのかも知れない。
    それにしても、なぜWeb 上で400字なのか?短くまとめる訓練なのかも知れないが、それはなんのため?(雑誌や新聞という限られたスペースならわかる。)
    ひょっとして、雑誌や新聞に依頼原稿を書くプロをめざす訓練なら仕方がないか。しかし、それが本当に演劇のためになっているの?
    (上のURIはURLにしたほうがいいのでは?)

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