青年団「砂と兵隊」

◎軍と市民は砂漠の中で対等だった
 小林幸雄

「砂と兵隊」公演チラシ 「砂と兵隊」を見た。劇場に入ると、砂づくし。舞台は一面に白砂があり、向かって左手奥の天井から吊下げられた袋から砂が滑り落ちている。見るものに砂の質感がしっかり伝わってくる。そして客にマスクと飴を配布している。乾燥しますと言いながら。砂を過剰に意識させようという目論見か。
 そのような仕掛けは、登場する日本の兵隊が水を飲む場面で、その兵の渇きを強く共感させる。本当にうまそうだったし、まさに砂漠は乾燥しているのだと納得させた。その砂漠で何が起きるか。

 火野葦平の『麦と兵隊』(1938年刊行、同年中に120万部を売るベストセラー)をモチーフにしたと作者はチラシに書いている。火野が、日中戦争における日本軍の徐州作戦に報道班員として参加した見聞を元にした作品であり、麦畑の中の行軍が印象深い。

 この舞台では、麦畑は砂漠になった。しかも、砂漠を進むのは日本軍(日本からきた武装勢力をここではそう呼ぶことにする)だけではない。
 まず日本の市民たちが3組いる。妻を探しにきた夫とその子どもの3人姉妹。そして、新婚旅行ツアーに参加した夫婦2人。さらに帰って来ない軍人の夫を探しにきた妻。
 もちろん、砂漠の住民も登場する。武装しておりテロリストとも呼ばれている。

 さて、この5組の人々の間の関わりがこの作品の中で展開されるが、私の注目するのは2つ。(1)軍と市民は対等だということ。(2)砂漠での殺し合いは、現地武装勢力と日本市民との間でおこり、日本軍との間では起らなかったこと。

 まず、(1)に関してだが、同じ砂漠の中に、日本軍と民間人が共存していることにびっくり。渇くし、歌を歌ってその無聊を慰めもするのは同じだが、軍がその民間人に対し、その公益からの優越性を主張できず、身分証明を求めきれず、逆に民間人から正規軍の証明を求められている。これは市民社会の中の軍の麗しき存在を示しており、気持がいい。しかし民間人の一部に主権者意識=税で軍は成立しているというまっとうな意識は良いにしても、軍隊オタクの思い上がりから、兵の肩章を奪い逃亡するものが現れた。そこへの攻撃を軍はなしえず泣き寝入り状態に陥った。砂漠の中でこそ起きた滑稽な場面であり憲法9条のもとでの自衛隊の在り様を諷している。

 一方でその行為の因果はめぐり、奪った肩章を肩につけた新婚の夫は、現地武装勢力に殺される。妻は日本の軍に、日本人の命を守るために戦えと迫るが、軍の任務は行軍することだと言って拒絶される。
 砂漠における軍と民間人とは対等であるが軍事を淫する市民が、かえって現地武装勢力に攻撃された。そこでは武装の有無より、現地の人々との関わり方の違いが、生死を分けた。

 そこで(2)の問題にうつる。
 日本の兵士と現地の武装勢力との間で殺し合いはなく、武器の交換や煙草の提供で終わるエピソード。そして砂漠の武装勢力が「虫よけだ」と言いつつ、銃激戦の音をラジカセで流す行為などをどう見るか。

 砂漠での対立は形式的であり、限定的な軍は血を流さない。むしろ市民の挑発的な行為や肩章の誇示などの条件の中で、市民は現地武装勢力に攻撃され殺されるにいたった。

 誤解だとはいえ、誤解し攻撃する権利は現地住民=武装勢力の側にあり、たとえ民間人であっても、則を越えれば危険な目に合うという状況を示している。ここで則とは、砂漠の住民・武装勢力へ攻撃を加えるものには、当然砂漠の民は反撃する権利をもつという事だ。

 そして、その則を成立させているのは、一見安全で無害な(いや虫程度には有害な)日本軍が派遣されて砂漠にいること自体にあるという事もわかってくるのだが、この作品では、砂漠をめぐる国際政治の力関係の中で、外国軍が存在することによる緊張という点が弱いというか、それ自体として伝わらない。これは砂漠に住む人が、この作品では武装勢力だけだからだろう。砂漠の日本人を、軍だけでなく、民間人を3組だしたことにより、日本軍の在り様を相対化し、問題性が明らかになっていることに較べてそういえる。その点は「ないものねだり」となるが。

 民間人の中で父と娘の4人組の位置づけに困っている。水筒の所持以外、砂漠にそぐわない恰好で行進する彼らは、なぜこの舞台で必要とされたのか。新婚組は軍と市民の関わりを劇的に示すが、この4人組の存在は何を示すのか。

 結局、先ほどの言葉(1)をもう一度使うことになるが、ただ砂漠に妻=母を探しに来たものたちも、日本の軍も対等だということ。つまり、それぞれの目的をもって砂漠をひたむきに歩むことに、なんら変わることが無い。それぞれの事情があるのだ。公的な存在だからといって、何か特権的なものはないはずだし、むしろ税金を使って砂漠まで来ているのだから、軍は国家的制約を当然のことながら受けており、勝手な行動はできない。

 それに対し自費で、家庭の事情で砂漠まで来ている4人組は、一人ひとりが「道づれに」なることを「決めた」のだ。そして4人組は、軍の行動の特質を浮き出させつつ、武装の有無の差異を示して、軍と同様に「行けど進めど 砂また砂の 波の高さよ 夜の深さ…黙々と…粛々と」進んでいる。

 劇中の2つの歌『麦と兵隊』『みちづれ』(共に歌詞を一部「砂漠」バージョンに変えている)は、共に胸に染みた。歌いたくなった。今、2回づつ歌った。良かった。
(初出:マガジン・ワンダーランド第213号、2010年10月27日発行。購読は登録ページから)
(劇評セミナー2010こまばアゴラ劇場コース課題作)

【略歴】
小林幸雄(こばやしゆきお)
 1948年東京都立川市生まれ。埼玉県公立中学校教員定年退職後、演劇集団あんとう舎・劇団キンダ―スペース・ワークユニット2010・和太鼓集団「欅」所属。障がい児の社会認識教育と歴史教育を専攻。

【上演記録】
青年団第63回公演/青年団国際演劇交流プロジェクト 2010
砂と兵隊
『Sables & Soldats』(『砂と兵隊』フランス語版)
作・演出:平田オリザ Texte et mise en scéne : Oriza Hirata
翻訳:ローズマリー・マキノ Traduction du japonais : Rose-Marie Makino
『Sables & Soldats』=フランス語上演/日本語字幕つき
【東京公演】こまばアゴラ劇場(2010年9月16日-10月6日)
【伊丹公演】AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)(2010年10月9日-10月11日)

出演 『砂と兵隊』
山内健司 ひらたよーこ 志賀廣太郎 渡辺香奈 小林智 福士史麻 大塚洋 工藤倫子 石橋亜希子 大竹直 髙橋智子 村井まどか 河村竜也 堀夏子

出演 『Sables & Soldats』
クレマンティーヌ・べアール Clémentine Baert、ケイト・モラン Kate Moran、ジャンマルク・エデール Jean-Marc Eder、ジル・グロッポ Gilles Groppo、エミリー・ラム Emilie Lam、ピエールアンリ・ピュアントゥ Pierre-Henri Puente、ギヨーム・セグアン Guillaume Segouin、クリステル・ルグルー Christelle Legroux、福士史麻 Mima Fukushi、河村竜也 Tatsuya Kawamura

スタッフ 舞台美術:杉山至
照明:岩城保
音響:奥村朋代
衣裳:有賀千鶴 マリー・ノエル・ペーテル
字幕操作:齋藤拓
舞台監督:中西隆雄
通訳:原真理子
宣伝美術:工藤規雄 太田裕子
宣伝美術スタイリスト:山口友里
宣伝写真:佐藤孝仁
制作:林有布子 西尾祥子(システマ) 横山優
協力:(株)アレス

 一般:3,500円 学生・シニア(65歳以上):2,500円 高校生以下:1,500円

企画制作:青年団/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
主催:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
平成22年度芸術文化形成拠点事業

『Sables & Soldats』(『砂と兵隊』フランス語版)
制作:ジュヌビリエ国立演劇センター
共同制作:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
助成:キュルチュールフランス
後援:フランス大使館文化部/関西日仏学館
協力:全日空


「青年団「砂と兵隊」」への1件のフィードバック

  1. 「劇中の2つの歌『麦と兵隊』『みちづれ』(共に歌詞を一部「砂漠」バージョンに変えている)は、共に胸に染みた。歌いたくなった。今、2回づつ歌った。良かった。」
    ここがよかった!

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