カンパニーデラシネラ「あらかじめ」(TOKYO DANCE TODAY #6)

◎イメージの連鎖で紡ぐ、俯瞰と詳細で描いた夢のおはなし
 田中伸子

「あらかじめ」公演チラシ 週の終わりに東京を襲った突然の大震災から数日を経て、東京でも少しずつ平常を取り戻しつつあったとは言え、電力供給不足による節電奨励でおしゃれな都会スポットとして見慣れたはずの青山界隈からは軒並み明かりが消え、いつもは華やかな青山通りも静寂と宵の闇に包まれていた。

 そんな中、小野寺修二率いるカンパニーデラシネの再演舞台「あらかじめ」の初日幕開けを目指し、こどもの城の中にある円形劇場へと向かった。

 地震による都市機能の混乱、さらには原発事故による外出への不安からか、観劇を控えた人も多かったとみえて、円形劇場の客席にはぽつりぽつりと空席が目立つ。それでも、7-8割がたの入りであろうか。不在スペースが出来た客席で目を凝らすとなんとか一人一人の顔が見分けられるのだが、初日ということもあってか、演劇関係者、批評家たちの顔を多く見つける事が出来た。こんな状況でも、行くところといえば、やはり「劇場」という、長年の性のようなものが演劇人たちの足を節電の暗がりでもひっそりと営んでいる小劇場へと運ばせたのかもしれない。

 開演前には中心の円形舞台に駆け寄った小野寺氏より、被災地の方々へ向けたメッセージが発せられ、二者択一の選択の中、劇場へ来ることを決めた観客たちの間には、連帯感のような空気が流れた。

 遡ること2年前の3月、同じ青山円形劇場で初演の幕を開けた今作品。前回有川マコトが担当したパートを阿佐ヶ谷スパイダースの中山祐一朗が引き継いだほかには、作・演出の小野寺自身も加わったその他のキャスト(パフォーマー)4人の顔ぶれはそのままで、という再演舞台となった。

 公演パンフレットの稽古場レポートによると、その5人のチームによる連日のリハーサルでは、それぞれが新しいアイディアを出し合い、実際にその動きを試してみて確認、必要とあればさらに意見を出し合い改良、それを見ながら最終的には小野寺が一つの作品としてまとめ上げる、そんな根気のいる作業の積み重ねにより、2011年版の「あらかじめ」は作り上げられていったという。

 その試行錯誤の行程の中で、再演舞台用にあわせる音楽や小道具に関しても吟味をし直し、さらには新たにコンドルズ・近藤良平にオリジナル音楽の提供も依頼した。このような数々の新鮮な取り組みは2年間の時を経たということで、その間にカンパニーデラシネが創作した作品があればこそ、小野寺が振り付けとして関わった数々の作品の創作経験を踏まえた上でこそたどり着いた方法であり、その集大成としての新生「あらかじめ」がここに誕生したというわけだ。

 例えば、同青山円形劇場で上演された2010年度前期の注目舞台、シス・カンパニー制作の「叔母との旅」では英国から南米まで世界をまたにかけ、時空を自由に飛び越える破天荒な主人公の冒険物語のステージング(動きの振り付け)を小野寺修二が担当。彼の真骨頂であるパントマイム流の見せかけのムーブメント、複数人による連続の動きによるスムーズな場面転換、そしてトランクなどのシンボリックな小道具の使い回しにより見事に時を越え、大海を渡り、地球を駆け巡る旅行物語をイメージとして想起させる事に成功。限られたスペース、さらには隠れる所のない円形舞台で、発想の転換により自由に空間を移動させ想像による旅行体験を実現し、結果、大好評を博した事は記憶に新しい。

 今回もその円形劇場の形状を活かした、客席が360度舞台を囲んだ形での上演形態を選択。パフォーマーたちはあらゆる方面の出入り口を使ってスピーディーな入退場を繰り返す。オープニング、劇場中央にある緑鮮やかな人口芝生の円形舞台上にはこれから使用される舞台セット、中央には黒い電話機がのった事務机と椅子、そして回りには小道具の類いが無造作に積まれている。そのおもちゃ箱をひっくり返したかのような小道具類の宝の山を入場と同時にそそくさと舞台下へとしまい込むパフォーマーたち。舞台中央に机と椅子が残された時点で、念願のマイホーム購入を夢見る男(中山祐一朗)を中心に、彼が夢のまどろみの中で見た世界、彼も忘れていたような心の奥にしまってあった思い出、そしてマイホームを手に入れた男=一家の大黒柱に降りかかる予期せぬ災難などが、イマジネーション満載のスケッチとなって次々と描き出される。

 プラスチックのおもちゃのゴルフクラブを手に人工芝でプレーに興じるサラリーマン。と、思いきや、一転して、その平和な社交の場が殺人現場となり、横たわる青い服の女とその死体をロープでマーキングする検視官のシーンへ。さらにはその死体を隠す為、青い服の女をトランクへ入れたはずが、その次のシーンではその女性が同じ格好をした何十分の一に縮小された人形となってトランクからこぼれ落ちる。

 ミニカーによるドライブシーンでは5人のパフォーマーたちが、手にした道路の断片プラモデルキットを代わる代わる繋ぎあわせながら先へ先へと、車の走る道をその場で創り上げていき、曲がりくねった継ぎ足しの道はいつしか天空へと上って行く。一瞬にして、ミニチュア版のマイホームが出現したかと思えば、手品のように一回り小さくなった自分の部屋と使い慣れた事務机と椅子が出現。その上にはちゃんとやはり一回り小さくなった黒電話がのっている。女たちはあらかじめプログラミングされたロボットのように、つじつまのあわない戯れ言を機械的に繰り返し、男はそんな女たちに翻弄され、脂汗を流す。

 奇妙奇天烈、予想不可能な展開を見せる、男の夢の世界はさながら、懐中時計を手にあわてふためいた白ウサギがしゃべりながら駆け抜けて行く、アリス・イン・ワンダーランドの一コマのようでもある。アリスは不思議の国で、時に巨大化して出来事を見下ろし、またある時には矮小化して草むらから生物の詳細な形状を目の当たりにするのだが、この舞台においてもこの視線の違い、俯瞰視線と詳細視線、それらの効果的な切り替えにより、非現実的な夢の世界の舞台化を可能にしている。

 朝起きて思い出す夢の断片が妙にディテールにまで及んでいるのに対し、全体像に関してはあやふやで、結局は何の夢だったのか思い出せないなんて経験はないだろうか。もしくは、夢ならではの空中遊泳、もしくは行きたいところに行き着けない堂々巡り、これらの夢体験に関しては誰でもがすぐに思い出せるところであろう。そんな夢ならではという感覚を生身の人間によるライブパフォーマンスとして体感させてくれるのが今回の「あらかじめ」舞台である。

 滑らかに連続して流れるダンスが夢の一コマ一コマを繋ぎ、動作や言葉の反復がその流れを断絶させて意識を覚醒させる。目や耳の錯覚を巧みに利用した小道具使いにより、観客たちは夢の世界へのトリップへと誘われる。六十年代の欧米ファミリードラマに出てきそうなビビッドな色のワンピース衣装の女性パフォーマー二人(藤田桃子、宮下今日子)とクラシックな織り柄のスリーピーススーツ姿の男性パフォーマー三人(小野寺修二、中山祐一郎、佐藤亮介)が、緑の人工芝を背景にコミカルなマイムと映画のコマ送りのような身体の移動の動きでストーリーを伝える。そうこれは、どこの国でも起こりうるような、一人の男の妄想の世界だ。

 今回、意識して多用したという元来マイムにはあり得ない「台詞」も、重要な舞台構成要素の一つとして、夢を説きあかす記号としての役割を果たしている。音効果の一つとして繰り返される言葉、もしくは理不尽な夢の性質を表すために交わされる不条理な会話。ある問いに対して、予期せぬ、理不尽な返答が繰り返されるシーンからはカフカ的な悪夢が連想される。
 その台詞のパートでは役者である中山祐一朗が嬉々として、存在をアピールしていたのが印象深い。

 ダンス・マイム・芝居が混在した今作品では、それぞれのパフォーマーがそれぞれの得意分野できっちりと仕事を果たし、さらにはチームパフォーマンスの際には共演者を信じて肩を貸し、5人が複雑に絡み合う連続技を披露。

 5人の個を結集した舞台「あらかじめ」では、小野寺というコンダクターの下、ある男の空想物語を、映像効果さらにはCG効果無しの生身の人間による身体表現により叙述しているわけだが、そこには、まるで優れたアニメ作品を見ているかのような、視覚構成の美しさ、さらには計算された動きの流れの美しさまでもが組み込まれている。一つ一つの絵=シーンがそれ自体で美しい、そんな贅沢な飛び出す絵本のライブ実演版を鑑賞させてもらったかのようだ。
(初出:マガジン・ワンダーランド第234号、2011年3月30日発行。無料購読は登録ページから)

【筆者略歴】
 田中伸子(たなかのぶこ)
 1961年8月東京生まれ。City University (London) Arts Management 修士課程終了。中央大学・文学部・独文科卒業。演劇批評・ライター、2001年より英字新聞The Japan Times にて演劇担当ライターとして演劇・ダンス記事を執筆。他に、劇場プログラム、演劇雑誌などの執筆も手がける。観劇ブログ「芝居漬け」更新中。

【上演記録】
TOKYO DANCE TODAY #6 「あらかじめ」 (小野寺修二作・演出、 2009年3月初演)
こどもの城 青山円形劇場(2011年03月16日-21日)

作・演出:小野寺修二(カンパニーデラシネ
出演:佐藤亮介 中山祐一朗 藤田桃子 宮下今日子 小野寺修二

スタッフ
舞台美術:石黒猛
衣裳:堂本教子
テキスト:小里清(フラジャイル)
楽曲提供:近藤良平(コンドルズ)
照明:磯野眞也(アイズ)
音響:田中裕一(サウンドウェッジ)
舞台監督:筒井昭善
宣伝美術:太田博久(golzopocci)
協力:高樹光一郎(ハイウッド) /平岡久美(Dance in Deed!)
制作助手:中山静子
制作:小野晋司(青山円形劇場)

前売:3,700円 当日:4,000円

主催:財団法人児童育成協会(こどもの城 青山円形劇場)
助成:文化芸術振興費補助金(芸術創造活動特別推進事業)、東京都芸術文化発信事業助成、EU・ジャパンフェスト日本委員会

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください