劇団ヘルベチカスタンダード「星降る夜」

◎古くて新しい、そして贅沢なお芝居
 水牛健太郎

「星降る夜」公演チラシ
「星降る夜」公演チラシ

 その日、京都市内で朝から二つも芝居を見て疲れていた。あと一つ予約があるけどどうしようか。チケット代千円の学生劇団。はっきり言って期待値は低い。帰って小説を読んでもいい。
 しかし根がマジメにできてる私は、京都大学構内での演劇公演の雰囲気を知るのも悪くないと心を奮い立たせ、会場へと向かった。探し当てた西部講堂は文化財級の見事な瓦屋根。テンションが高まるも、上演時間百三十分と聞き、見る前からげんなりもした。そんな長丁場、乗り切れるだろうか。
 しかしいざ芝居が始まると百三十分は長くなかった。それどころか、京都に来てからみた芝居の中で、(今のところ)一番の当たりだったのだ。

 世紀末を卒業できなかった少年剣士の物語。芭蕉が師匠でイザベラ・バードが旅仲間で。母親はゴッホで恋人は八百屋お七。ほかに江戸川乱歩と小林少年、NHK「その時歴史が動いた」司会の松平定知も出てくる。引用とダジャレがいっぱいの膨大なセリフ、間を置かない掛け合いは野田秀樹ばり。多彩な顔ぶれが呼び起こすイメージの乱反射は、同音異義語でつなぎ合わされる。たとえば少年剣士は「白馬童子」であり、名を葵太郎というが、「葵のご紋」の徳川家のご落胤であると同時に、「青い空」という連想を通じて、芭蕉の門人で旅仲間である曾良のイメージをも身にまとう。そして月を背負い、星空を駆け巡る少年でもあるし、空(そら)ならぬ空(から)のスーツケースを持ち歩いてもいる。

 筋は、よくわからない。筋がないわけではなく、二、三度見ればわかりそうだとは思ったが。展開は観客の理解よりも早く、しかししっかり楽しめるから取り残された感じはない。殺陣あり、ダンスあり、笑いあり、恋愛もあり。稽古量は膨大なものだろうし、衣装や舞台装置の美しさは、センスと手間暇と(学生にしては、かなりの)お金がしっかり注ぎ込まれていることを感じさせた。ともかく贅沢なお芝居だった。これで千円は、申し訳ない気がするくらい。

 既にお分かりのように、いかにも新しいというタイプの芝居ではない。野田秀樹の歴然たる影響のほかにも、鴻上尚史のようなところもあり、血縁や失われた記憶といった主題系はアングラっぽくもある。演劇の歴史に詳しい人ならばもっともっと色々な「元ネタ」を発見できるのではないか。どちらかと言えば古さに居直っているような芝居だ。何せ主人公は「世紀末を卒業できなかった少年剣士」なわけだから確信犯である。

 しかし、フォーマットが多少古かったとしても、今ここで、何かが新しく生み出されているのだと納得させるだけのものがこの作品にはあった。古い革袋に新しい才能が注ぎ込まれていると感じさせるものが。それは若さゆえの勢いだ、と言ってしまったら、あんまり単純すぎるかもしれない。そんなに方法に無自覚でいいのかと言われそうだ。でもいいんだ。ここは東京じゃなくて京都だから。もうしばらく、やりたいようにやればいい。模索の時間は東京よりもちょっと長めに与えられている。

 舞台の上で身体がよく動く。舞台の端から端まで役者が駆け巡る。幅も高さも奥もある立体的な舞台。登場するときはいつも文字通り駆け込んでくるし、階段を三段飛ばしで駆け上がる。叫ぶ。汗が飛ぶ。もちろんそれ自体が「ちょっと懐かしい感じ」ではあるのだが、若い役者が息が上がる寸前まで動くのを見るのはやはり理屈抜きでいいものだ。俳優は若干ばらつきがあるが、総じて魅力的でしっかり訓練されている。

 そして小泉智裕の脚本と演出は、めまぐるしい場面転換を重ねつつ、力技で劇的緊張感を維持し、スピード感を保ったままラストまでぐいぐい引っ張っていった。ラストで何が起きたのか。やはりよくわからなかったけど、白馬童子は世紀末を卒業して、現代に向って走り出すことに決めた、らしかった。

ヘルベチカスタンダードは京大と京都造形芸術大の学生により昨年結成されたばかりの劇団で、今回はまだ第三回公演に過ぎない。しかし既に二十人近い(公演時の人数:公式ブログの記述によると公演後何人か増えたという)劇団員を擁しているし、今回の舞台を見ても、「学生時代のいい思い出」で終わるような取り組みではない。既に全速力で走り出してしまっており、大けがせずに止まることはできないのである。

 これから何が彼らを待ち受けているのか。いいことばかりではないだろうけど、ともかく彼らはやると決めた。古い演劇を引きずったまま、力づくで現代へと駆け抜けようとしている。
 そのきっぱりした感じが舞台の上の全力疾走と重なって、どきどきさせられる人たちを見つけたなあ、という気がしたのである。

【著者略歴】
水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
 ワンダーランド編集長。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。大学卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。2011年4月より京都在住。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/ma/mizuushi-kentaro/

【上演記録】
劇団ヘルベチカスタンダード第3回公演「星降る夜」―世紀末を卒業できなかった少年少女の星月夜―
京都大学内西部講堂(2011年6月2日-5日)

脚本/演出 小泉智裕

CAST
前田郁恵 小泉智裕 土村芳 富田正人 伊藤元晴 豊島勇士 山中麻里絵 谷内一恵 大田雄史 福井貴大 本田航 岡崎さつき

STAFF
舞台監督:豊島勇士 平林肇
制作:鈴木翠 澤木まふゆ 山本志保 土村芳 前田郁恵
演出助手:伊藤元晴
照明:吉田一弥
音響:井上まどか
舞台美術:槌屋輔八
舞台補佐:竹部春樹 前田郁恵
衣装:山本志保 富田正人 澤木まふゆ
小道具:伊藤元晴 土村芳
殺陣指導:サイコロ(劇団月光斜)
宣伝美術:かづちやえ
WEB管理:竹部春樹

料金:新入生無料 学生前売800円、当日1000円 一般前売1000円、当日1500円

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