平山素子ソロプロジェクト「After the lunar eclipse/月食のあと」

◎自然と科学に向き合う生命体
 柾木博行

「After the lunar eclipse/月食のあと 」公演チラシ
「After the lunar eclipse/月食のあと」」公演チラシ

 あれはいつのことだったのか。もう二十年くらい前、たぶん日光あたりへ旅行に行ったとき、ちょっとした林の周りを散策していた。木々の根元はしっとりと水を含んだ苔が覆っている。そんなところを歩いていうちにふと、寝そべってしまいたい気になった。生い茂った緑の影に身を横たえて自然と一体になれるような感覚。ああ、いつか自分もこうした木々と一緒に朽ちて、大地に溶け出して拡散し、周りの植物や虫や鳥に取り込まれていくのだと。そんなことを思っていると、ふと意識までもが自分の体を抜け出して、美しい林の中へと拡散していくような気がした。平山素子のソロ公演『After the lunar eclipse/月食のあと』(以下、『月食のあと』と表記)を観た後に、そんなことを思い出したのは、まさに同じようなイメージの場面が出てきたからだけではない。それは侵食し合いながらも共生していかなければならない自然と人間の関係を、我われが3月11日以降、常に考えさせられているからだ。

 平山素子を初めて観たのは、2008年に新国立劇場で初演された『春の祭典』。初日に劇場関係者が絶賛していたので、慌てて次の日に観に行った。ピアノ・デュオの連弾による「春の祭典」に合わせて、平山と柳本雅寛がダイナミックに踊るステージは、緊張感に満ちたダンスと緻密に構成された演出で、驚かされた。冒頭、ピアノ2台にスポットが当たって、それから舞台が月のように円形に浮かび上がり、その周囲を平山がゆっくり歩く……。この最初の数分で、平山素子という人のすごさがしっかりと伝わってきた。この舞台で平山は芸術選奨文部科学大臣新人賞、現代舞踊協会江口隆哉賞を受賞している。そして、この冒頭の照明を、平山が意図的に月に見立てていたのかどうかは別として、翌年平山は月をモチーフにした『月食のあと』を愛知芸術文化センターのプロデュースで初演した。

 『月食のあと』は、平山自身の母校であり、また現在は自身が准教授として教壇に立つ筑波大学で同僚の逢坂卓郎との出会いによって生まれた作品だ。逢坂は1948年生まれ。日本のライトアートの草分け的存在で、代表作に宇宙線を光に変換する“宇宙線シリーズ”、月光をとらえる“ルナ・プロジェクト”などがある。平山は、急降下する飛行機内の無重量状態によるダンスに挑戦した「飛天プロジェクト」でJAXA(宇宙航空研究開発機構)の実験企画に関わったことから、同僚の逢坂がやはりJAXAの芸術実験に関わっていたため、いつか一緒に作品を作ろうと考えていたという。さらにこの作品には、平山の知人で同じ名古屋出身のファッションデザイナーのスズキタカユキが加わり、3人のコラボレーションによって作られた。月をモチーフに構成された平山のダンス、その動きの背景で明滅するLEDの光、小さなLEDライトをつけたボディスーツのような衣裳、これらが有機的に侵食するようにして出来たのが『月食のあと』だ。

「月食のあと」公演から
【写真は「月食のあと」公演(世田谷パブリックシアター)から。撮影=池上直哉 禁無断転載】

 そして今回、初演から2年近く経って、作品は“リ・クリエイション”という副題を付けた形で再演されることになり、世田谷パブリックシアター、兵庫県立芸術センター阪急中ホールという二つの中劇場での上演が決まった。初演の愛知県芸術劇場小ホールとは舞台の間口で1.5倍も大きくなり、ダンスも照明もスケールアップすることが求められる。関係者が期待と不安を抱きながら準備をしている中、東京公演の前売開始を前に3月11日がやってきた。

 3月11日に発生した東日本大震災が多くの舞台芸術にたずさわる者に、表現活動の意味を問いかけ直したことはあらためていうまでもない。その意味ではこの『月食のあと』も同じだった。ただ、この作品では重要な構成要素である舞台後方にグリッド上に並べられたLEDの照明が宇宙線を捉えてランダムに発光するという仕組みから、福島第一原発事故との関連を想起させるため、再演することの是非を関係者に問いかけた。もともと逢坂自身が宇宙線をLEDで可視化するライトアートを考え出したのは、大地震の際に地上の磁場の乱れに反応して空が光る現象と阪神大震災の際に被災地を見た体験が結びつき、また東海村JCO臨界事故で作業員が見たという放射線の青い光にも触発されたからであった。巨大地震と原発での事故、それらが一度に発生した今回の震災に直面したとき、逢坂のライトアートを大きくフィーチャーしたこの作品を果たして公演すべきか、観客に受け止めてもらえるのか、逢坂と平山が悩んだのは当然であろう。だが彼らは公演を行うことを選んだ。それは平山と逢坂が、ときに暴力的ですらある自然と向き合い、或いは拮抗し、或いは受け入れながら新しい次元へと進化していく生命の躍動を表現しようとこの作品を生み出したことからすると当然といえよう。ある意味、今回の大震災を経験したからこそ、自然と人間の関係を、テクノロジーとアートの融合した作品で見つめ直すことが必要だと考えたのかもしれない。

「After the lunar eclipse/月食のあと」公演から
【写真は「月食のあと」公演(世田谷パブリックシアター)から。
撮影=池上直哉 禁無断転載】

 ドーンというにぶい地響きのような音が鳴り響く中、ひと筋の光の道が伸びてくる。その中をゆっくりと脚を突き出し重心を後ろにして進んでくる平山。サーモンピンクの柔らかな衣裳を身にまとっている。そして暗闇の中に明滅するLEDの明かり。今回の公演を私は、世田谷パブリックシアターと愛知芸術文化センターで観た。世田谷は先に書いたように間口が愛知よりも1.5倍も広く、虚空から小さな生命体の活動を見つめているような感じだったが、逆に愛知では平山のいる舞台空間が客席の方に張り出しているかのような感覚で、同じ惑星の上で平山の踊る様子を見守っているように感じられた。

 作品は1時間あまりに渡って、生命の進化を辿るような内容で構成されている。大きな木の葉を重ねたような衣裳が揺れ、あたかも海の底にたゆたうような光の中にいる平山。バッハの「カンタータ第70番“目を覚まして祈れ!祈りて目を覚ましおれ!”」のアリアとレチタティーヴォが流れ、平山の影が舞台奥のパネルに映る。そして再びドーンという重低音が聞こえてくる。天上から平山を包むかのような光が現れ、初めは抵抗していた平山もやがてあきらめて光に吸い寄せられていく。

 再び現れた平山はよく見るとそれまでのゆったりとした衣裳から、白銀に光るボディスーツに小さなLEDの明かりを無数に付けた衣裳へと変身している。まるで新しい身体に脱皮した生き物がゆっくりと羽を広げるように、今の自分の身体を確認しつつ動き出す。それはあたかも新しい身体感覚を確認するかのようで、まるで平山が3月11日の震災を体験した者として、表現の在り方を探しているかのようにも見えた。やがて平山の身に付けたLEDがフラッシュし、上からの照明が拡散して舞台の上に泡のように拡散していく。背景のLEDが激しく明滅していく中、まるで月に帰って行ったかぐや姫のように平山自身の光も消えていく-。

「月食のあと」公演から
【写真は「月食のあと」公演(世田谷パブリックシアター)から。
撮影=池上直哉 禁無断転載】

 1時間あまりのソロダンスを飽きることなく見入ったのはもちろん平山の確かな構成力によるところが大きいが、もうひとつ付け加えるべきは平山のダンス、逢坂のライトアート、スズキの衣裳が単にひとつに調和していただけではなく、部分的には衝突を見せていたからなのかもしれない。作品の後半に平山が身につけた衣裳のLEDライトは、動きが静止しているときは美しく見えるが、平山がひとたび動き出すと観客がイメージするダンサーの動きのフォルムとは違う光跡を残し、衣裳も含めた平山の肉体の美しさというのがまったく伺えなくなってしまう。これをもって、まだテクノロジーとパフォーマンスの融合が完成していないというのは簡単だが、地震と原発に生命が脅かされる日常を生きていく我われにとっては、むしろ自然やテクノロジーと自らの身体性の違和感を感じ取ることこそ、今もっともリアルな感覚なのではないか。そう考えると『月食のあと』がこの時期に再演されたことは、ある種運命的必然であったのかもしれない。

 かつて日光で体験した身体が周囲に溶け出し拡散していくイメージ。あの感覚を、平山がステージの上でテクノロジーと自らの身体を融合させつつ伝える日は来るのか。皆既月食の訪れ以上に先のことだろうが、いつかその日が来ることを信じたい。

【筆者略歴】
 柾木博行(まさき・ひろゆき)
 1964年青森市生まれ。演劇情報誌シアターガイドの創刊から3年間編集部に在籍。その後、1995年から演劇情報サイト・ステージウェブを主宰。第三次シアターアーツ編集部所属。舞台芸術のためのフリーペーパー「プチクリ」同人。共著に「ステージカオス」「20世紀の戯曲III」『80年代・小劇場演劇の展開』。

【上演記録】
平山素子ソロプロジェクト『Ater the lunar eclipse/月食のあと』リ・クリエイション
構成・振付・ダンス=平山素子
ライトアート=逢坂卓郎
衣裳=スズキタカユキ

世田谷パブリックシアター(5月27日-29日) 料金:全席指定一般4,500円、当日5,000円 学生3,000円
■ポスト・パフォーマンス・トーク
5/27 近藤良平(コンドルズ主宰・振付家・ダンサー)×平山素子
5/28 唐津絵理(愛知芸術文化センター主任学芸員)×逢坂卓郎(ライトアーティスト)×スズキタカユキ(衣装デザイナー)×平山素子
5/29 内富素子(JAXA 国際部)×逢坂卓郎(ライトアーティスト)×平山素子

兵庫県立芸術センター阪急中ホール(6月18日) 料金:全席指定一般4,500円
愛知県芸術劇場小ホール(7月22日-23日) 料金:全席指定一般2,700円、当日3,000円 学生1,500円

スタッフ:
ヘアメイク=上田美江子(資生堂ビューティークリエーション研究所)
音楽=落合敏行
照明=森規幸(balance,inc.DESIGN)
舞台監督=柴崎大
企画制作=愛知県文化情報センター、NPO alfalfa
製作=愛知芸術文化センター
協力=日亜化学工業株式会社、筑波大学大学院
後援=宇宙航空研究開発機構(JAXA)

「平山素子ソロプロジェクト「After the lunar eclipse/月食のあと」」への3件のフィードバック

  1. ピンバック: 唐津絵理
  2. ピンバック: kako yamaguchi
  3. ピンバック: Nagisa Fujimura

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