MU「5分だけあげる」

◎素カレーは偉大
 小畑明日香

「5分だけあげる」公演公演チラシ
「5分だけあげる」公演チラシ

 『5分だけあげる』・上演時間55分、平台で舞台、一回り小さい平台を上に重ねて上演スペース、主に教室と、そこへ向かう廊下で起こる、学級崩壊した小学校(パンフレットに寄れば「ぶっ壊れた6年2組」)での物語。

 6年2組の担任教師(女性)が、道徳の授業参観を控えた教室に時限爆弾をセットして隠す。その学校はそば屋の娘と、元Jリーガーで現アパレル経営主の息子が、生徒にいる、商店街のある地域に、建っているのだが、駅前にジャセコ進出が決定して商店街自体がつぶれかかっている。

 爆弾を仕掛けた担任は道徳の授業に力を注いだために孤立している。独自の習慣として、授業前には階下にしまった倉庫から自分の机を教室まで運んでこさせ、「ここまで這い上がってきた」生徒達を称え、
「起立。礼。5分。」(中略)
「目を閉じて、未来のことを考えてください」(5分だけあげる♪)

 やってらんない気持ちが出てしまった。題『5分だけあげる』は、この台詞「5分だけあげます」にかかる。道徳的が嵩じて、親も含めた無理心中を図った担任は、ケータイ用の学校裏サイトを毛嫌いしているが、サイト内で授業参観の集団ボイコットが決まっている。無理心中を計画した担任の教室に、生徒が2人しか来ない。ところで2人は昨日セックスした。このタイミングで何やってるんだ、という所で、机がしまってある倉庫でやってしまった2人のことが噂になり、2組の親が学校に怒鳴り込んできて、一方の母親と一方の父親は不倫している。

 既に自分たちで事件を起こしてしまった、その直後の話が、観客と地続きの時間で展開される。他人の起こした事件が分かることで、登場人物が順々に失敗した実行犯になる。担任はボイコットを知らなくて、生徒2人は担任が爆弾を仕掛けたことを知らなくて、ジャセコ傘下に入るや否やの親2組は子供の性行動を知らなくて、知って学校に怒鳴り込んでくるけど、不倫カップルがいるのは暗黙の了解でもなんでもなくて、女の子に不倫の事実をばらされて、親同士が殴り合いになる。

 自分が無関心だった人が勝手に行動を起こしてしまっていて、それを知った時自分の思惑も破綻する。素カレー(残りものとルーでただ煮込んだカレー)、これから暴言も始まりますが、この戯曲ははっきり名作です。自主映画たらより、高校生に戯曲『5分だけあげる』を売りませんか? こういう普遍的な教室劇、無いんですよね。

 何代にもわたって上演されている中高生演劇戯曲に、陰鬱なまま展開する話は多い。劇中を通じて何人となく登場人物が逝去する話、精神に変調を来す話も多い。戦争劇はヒロシマ・ナガサキ、沖縄、アウシュビッツ、それらの題材を女子生徒達が調べる学校劇から、核戦争を想定したSFファンタジーまで巻き込む一大ジャンルである。ピカソ画「ゲルニカ」に子供はいないが、下元文乃『ゲルニカ』(晩成書房『高校演劇selection‘92』録)は子供5人だけの劇で、都市ゲルニカ爆撃の直前と直後を見せる。

 一方で、舞台上の「生徒」は教室では、調べ学習をするか、部活に勤しんでいるか、学校劇・合唱コンクールなどに取り組んでいる。学校帰りにはベンチに座って話をする。私見では、いじめや学校崩壊の題材をとって、なお劣化しにくい一例が、戯曲版『銀河鉄道の夜』である。真っ向から題材を扱って、長く上演されている話には、古谷泰三『ミッキー風船は耳からしぼむ』(晩成書房『高校演劇Selection‘98』録)、保野京子『がらんどう』(晩成書房『中学校演劇脚本集5』録、2000年)、が有るが、両作品は抽象劇で、ここから白壁裕『フラスコ・ロケット』(晩成書房『高校演劇Selection2003 上』録)を挟んで、斉藤俊雄・久保とみい等の作品に、教室劇や部活劇の名作は限られてくる。

 ファンタジーの介入しない、10年後も台詞の劣化しない、もちろん短編で、演出方法に幅が利き、全員に見せ場があって、世相が入ってくる戯曲は……しかも、前記のような高校生向け戯曲を中学でテキストレジーして上演してしまった中学生が、高校に入って上演できる戯曲は絶無、かもしれない。宮沢賢治の色、濃く残る学校演劇と、劇団の特色濃い「プロの戯曲」の間がない。ハセガワアユム『5分だけあげる』は、その間に入れるだけの普遍性を持った、稀有な戯曲である。

 質のいい戯曲には、身体演技も実の所要るから、だから今回の上演に2000円は高い。有りものとみそ汁の残りとルーでほっこりおいしいお家のカレー、払えるかっ2000円もっ(払ってしまった……)劇作に演出の力量が追いついていない、最初からそう言えばよかった。キャスティングありきで作るなら、高校生のほうが、小笠原先生の身体を生活身体として持っている。

 副担任(男性)の小笠原先生は、クレームを受けているストレスで吐いた後『5分だけあげる』の舞台に登場する。劇中の小笠原先生は、終始、吐いた後の体である。よく体を鍛えた若手俳優そのままの立ち姿では、尻も落ちていないし、発声も正確過ぎて、いけない。小笠原先生役の俳優が健全に過ぎて、一方で父親役の2人と、男の子は役柄に沿ったかたちで居る。どちらも役者のせいではないだろうと思う。基礎訓練と別の、身体演技指導がなかったことを、直感で断定する。同じ話で、男の子の弱弱しさはあっても、子供のだるい姿勢と声が舞台上にないが、これも俳優陣のキャラクターに頼り過ぎていて、仮にも演劇学科卒を掲げる演出家が、あまり杜撰に過ぎる。嫌いな教師に「起立」と言われたら、起立までたっぷり4秒はかけられる。授業を受けたくないのであり、教師を動揺させて、引きずりおろしたいのだから、当然である。子供2人の発声も正確過ぎていけない。耳の当たりがいい声や自然な体は、それ自体では教室内で非日常である。

 その辺の中学生の所作や喋り方は、そのままやっても不愉快なばかりだが、見るに耐える形で取り入れようとしないのが、演劇で言う、「現実を見ていない芝居」になる。身体言語で、舞台と現実を、つなげる作業を怠っていると、いつまでたっても素人の魅力ある子が、新しい個性を持った役者のように扱われるが、演出家の、不誠実と、美しい言葉が蜘蛛の巣を張って支えている頭と、じくじくさせどおしの腹の中が、役者を振り回すさまを見て、何が芸術でおもしろい演劇でTO BE ORか、休むに似たりなのである。夏休み中をその劇にかけた、演出の伝統ある学校の中学生がやったほうが、どれほどごたくが無くて美しいか知れない。それでも女優のほうは、自分の体に他人の台詞で指定の衣装が、そのまま抑圧的なかたちだが、身ひとつの男優には演技の型ぐらいつけてやるのが、性別を踏まえた美意識じゃないか。

 おもしろい戯曲を書くと演出のほうであれこれ言われるから大変である。しかしおもしろい戯曲だから、演出に回った時に戯曲を疑う作業ができる。いっぺん死んだらどうだ、書いたものは死後も残るんだから、これでお前という人間のけりがつくぐらい完成された戯曲だから、ここにお前のバカも何もすべて詰まっているから、売るのはお前より優秀な奴がやるから、いい加減でもう死んだらどうだと、いっぺんグスコーブドリになって、戻ってきたら演出ができる。そういうものであると、思う。

 『5分だけあげる』上演後に自主映画「密会」(20分)のことも書こうと思ったら、すっかりつらくなってしまった。過食嘔吐している美人にときめいてすり寄っていくコンビニ店長の話だが、性別を変えると人の金を大盤振る舞いしてしまうオヤジに惹かれてしまうスナックの女である。自分の体を使えなくていきなり相手にへばりついて、本当に、あたたかいごはんを炊いて、炊けるまでの時間に丸尾末広の『DDT』を黙読してみたらいいのである。W・バロウズは? セリーヌは? 内臓に教養を食わさないで草を食うから栄養不足になるんだろう。バカを人前に出す時に思考力が脆弱であると暴力である。吐きそうな時は胸呼吸になるか、喉をつめるか(咳払いを我慢するような音が出る)、喉が開いていると唇はゆるむ、「吐いちゃって」と担任に言う時などは、上目使いか、笑顔の眉間に皺が寄るか、固まるか、後ずさるか、息は深いか、浅いか、2000円分の説得力は案外にそんなものだろうと思う。

 そういえば小学生が昨日セックスしましたという話でもある『5分だけあげる』だが、女の子は校長先生に性体験を詳細に説明する羽目になり、男の子は女の子の母親から殴られる。一律に、登場人物は、自分が無視していた共同体から制裁を受ける。親同士の殴り合いで教室は無人になってしまう。道徳の先生の計画は無為に終わる。

 爆発を待つ先生の所に、希死念慮のあった男の子が来てからのラストシーンは無駄が無くて素敵だ。現代口語のあの、自然な会話というやつと、大団円と、伝えたいことを伝えるあれと、全部入っている。戯曲をぜひ読んでみてください。終わります。

【筆者略歴】
小畑明日香(おばた・あすか)
 元・学生。現シナリオライターと家事手伝い。元町田ニュータウン在住、4歳から7歳までカナダ、8歳の正月に阪神淡路大震災、夏前に地下鉄サリン事件。10歳の年に神戸連続児童殺傷事件。12歳でノストラダムス、13歳の年に流行語大賞が「17歳」。14歳の夏休み、僥倖に預かり戯曲を発表。稽古時のバカが元で人にケガをさせる。演劇部退部。この年2001年。15歳、戯曲は地元区民ミュージカルの上演演目に。受験、慶応に入り大学まで持ち上がり。2011年慶應義塾大学卒。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/a/obata-asuka/

【上演記録】
MU×王子小劇場5分だけあげる
王子小劇場(2011年6月28日‐7月4日)

[脚本・演出] ハセガワアユム(MU)
[出演] 久保亜津子(向陽舎)、若宮亮(エムキチビート)、宮川珈琲、今城文恵(浮世企画)、渡辺磨乃、大久保千晴(リリィ座★)、藤田慶輔(ナイスコンプレックス)、皮墓村(ゾンビジャパン)
[舞台監督]松澤紀昭
[照明]元吉庸泰(エムキチビート)
[照明プラン]野口梨沙
[照明操作]山本創太
[音響]岡田悠(One-Space)
[音響操作]許斐祐
[舞台写真撮影]石澤知絵子
[宣伝美術]MU
[制作協力]林みく(Karte)、西村なおこ(Karte)
[主催・企画・制作]MU
[共催]王子小劇場(「×王子小劇場レーベル」)
[協力]bamboo/大沢事務所/こりっち舞台芸術!/ロングランプランニング/王子小劇場/向陽舎/エムキチビート/浮世企画/リリィ座★/ナイスコンプレックス/ゾンビジャパン/東京ネジ/クロカミショウネン18/ToRinGi/印宮伸二/佐々木なふみ/塩原俊之/会沢ナオト/神谷亜美/cinema kitchen ff_/芸術家族Latimeria Chalumnae(順不同)
[料金]前売 2500円 当日 3000円 大学生・専門学生2000円 高校生以下1000円

※各ステージ終演後に過去の短編のVTR上映(50分前後)や、トークイベントなど、日替わりで予定。
6月28日(火)19:30 本編 &『90%VIRGIN』(40分)
6月29日(水)19:30 本編 & 映画版『ミロール』(40分)
6月30日(木)19:30 本編 &『きみは死んでいる』(40分)
7月 1日 (金)19:30 本編 & トークイベント(MC 若宮亮・ハセガワアユム)
7月 2日 (土)14:00 本編 &『神様はいない』(75分)19:00 本編 &『便所の落書き屋さん』(50分)
7月 3日 (日)14:00 本編 &『死んだ赤鬼』(50分)19:00 本編 & トークイベント(MC 若宮亮・ハセガワアユム)
7月 4日 (月)19:00 本編 & 映画『密会』(20分)


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