忘れられない一冊、伝えたい一冊 第1回

◎『誰か故郷を想はざる』(寺山修司著、角川文庫)
 水牛健太郎
「誰か故郷を想はざる」
 寺山修司のことは何も知らない。
 ワンダーランドに書評欄というか読書欄を作ることになり、編集長という名の切り込み隊長、一番槍を仰せつかった。はて何を取り上げようと愚考するに、戯曲でも演劇雑誌でもいいのだそうだ、しかし折角だから高名な、しかし読んだこともなければ芝居を見たこともない、かの「テラヤマ」にしようと思ったわけです。

 かの「テラヤマ」。その時、頭の中にあったのは、青森県出身のせむし男であり、競馬狂の守護神であり、「身を捨つるほどの祖国はありや」の人であり、今でも全国に「ボンカレー」の看板のように残る「アングラ劇団」のカリスマであり、母親殺しの幻想をもてあそんだマザコンであり、自伝に嘘ばかり書いた虚言症であり…。何だかよくわからない。ちなみに本人は青森出身ではあるが、せむしではなかったらしい。

 で、そのいわくつきの自伝『誰か故郷を想はざる』を読んでみた。

 私は一九三五年十二月十日に青森県の小駅で生まれた。しかし戸籍上では翌三六年の一月十日に生まれたことになっている。この二十日間のアリバイについて聞き糺すと、…。

 いきなり数字が間違っている。十二月十日と翌年の一月十日とでは「二十日間」ではなく三十日間、より正確には三十一日間、が正しい。あるいは違うのは日付の方だろうか。いずれにせよ明らかなケアレスミス。どうして誰も直さなかった? そして続きは

 私の母は「おまえは走っている汽車のなかで生まれたから、出生地があいまいなのだ」と冗談めかして言うのだった。

という有名なくだり。時空も歪む「テラヤマ・ワールド」にようこそ。

 出生地や日付まであいまいにした寺山だが、何の断りもなしに嘘ばっかり書いたのではない。角川文庫版で3ページ目にして、オスカー・シュペングラーの『西洋の没落』を引いて、正当化をしている。いわく、

 …歴史の世界はつめたい自然科学的存在ではなく、血のかよった生ける魂の告白の世界である。実際に起った歴史上の事実を正確に因果系列の図式のなかに整理したところで、何一つ「真実にふれる」ことなど出来はしないだろう。存在そのものよりも、むしろ「現象が意味し、暗示しているところのものを判読し、それを再現させるべく吹きこむ生命」こそが、歴史家の仕事だとする思想は私を魅了した。(中略)それはいわば詩人の仕事に似たところがある。

 つまり、これから自分が書くことは「詩人の仕事」なのだから、事実通りとは限らない、と。「事実」よりも「真実」を取ったと。案外律儀に自分のスタンスを説明するじゃないか、テラヤマ。

 そして、いよいよ「詩人の仕事」に取りかかる。実際それは、自叙伝というよりも、自分の生い立ちを主題にした連作の散文詩に近い。読者は次々に、蠱惑的で強烈なイメージに襲われる。それは二・二六事件の記事の下に「誰でせう?」と大きく書かれた広告の入った新聞だったり、

 東京東京東京東京東京東京東京
 東京東京東京東京東京東京東京
 東京東京東京東京東京東京東京
 東京東京東京東京東京東京東京
 東京東京東京東京東京東京東京

とびっしり書かれた教室の机の蓋だったり、「マイフレンド!マイフレンド!」と叫びながらガムやチョコレートをばらまく樫の木のような黒人兵だったり、母親をネタにオナニーをし続けて、首を吊ってしまった少年だったり。それらは村祭の露店でビニールプールに浮かぶ水ヨーヨーの一群のような、心惹かれる懐かしい美しさなのだった。

 そうだ。これは演劇に関する本のコーナーだった。
 寺山修司は演劇の世界で大きな成果を挙げ、影響を遺した人、らしい。だが、『誰か故郷を想はざる』は演劇に関する本なのか。読んでいるうちに、わからなくなってしまったのだ。この本は演劇については何も書かれていないということもあるけれど、早い話、今の演劇人が『誰か故郷を想はざる』のような本を書くことは、全く想像できないわけだから。

 というのは、演劇というものの枠組み自体、彼の時代とは大きく変わったから。一言で言えば制度化が進んだ。寺山の時代、演劇人は(というか、およそ男は)ぴかぴかの気障でいられたのだが、今は演劇の世界も一つのキャリアであり、就職先なのである。リクルートスーツこそ着ないが、やくざや無頼を気取ってる場合じゃあない。おまけに今の演劇は、文学とは全くの別ジャンルなので、詩人としての自分を表出することが、演劇とうまくつながらなくなってしまった。

 にしてもずいぶんうまいタイミングで死んだ。1983年。日本人が決定的に変質するバブル期の直前にぎりぎり間に合った。おかげで寺山には、同世代の阿久悠のような「時代に取り残された晩年」というのはなかったのである。早死にの文学者に世間は優しい。伝説化もされ、新たな形で読み返され続ける余地も残った。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。ちょっと違うか。

 「距離か?歴史か?」と寺山は問うて、いずれにしてもそれは「どこまで遠くにゆけるか?」ということだったのだが、気づいたら私たちは、彼の死から三十年足らずのうちに、ずいぶん遠くまで来てしまった。寺山の文章は、今読むとちょっと気恥ずかしい。そんなにバリバリに決めなくてもいいじゃないか、と思ったりもするのだが、その無駄な力の入りようが、えも言われず懐かしい。そうだ、昔の男ってこうだったよと、現役時代の父が付けていたポマードの濃い匂いを思い出したりもするのだ。

 かくれんぼの鬼のままにて年老いて誰をさがしにゆく村祭   寺山修司

【著者略歴】
 水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
 ワンダーランド編集長。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。東京大学法学部卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。2011年4月より京都在住。元演劇ユニットG.com文芸部員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/ma/mizuushi-kentaro/


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