北九州演劇フェスティバル2012「ちょっと舞台《まち》まで」

◎舞台は京町銀天街
 福岡佐知子

 小倉京町銀天街はJR小倉駅から横に広がるアーケード商店街であり、江戸時代、九州の各街道の基点となった常盤橋のたもとへと延びる。古くは小倉城下や交通の要所として、小倉駅の移転前(現在の西小倉駅の場所に小倉駅はあった)は町の中心部として、栄えた歴史を持つ。近年は小倉駅から離れるにつれ空き店舗のシャッターやビジネスホテルの印象が目立つ地域だが、点々と懐かしい雰囲気の店構えが昔そのままに残っている。北九州芸術劇場もテナントとして入る大型商業施設「リバーウォーク北九州」へと向かう格好の通り道であり、休日には若者がまた雨の日には自然と往来が増す。

リバーウォーク北九州
【写真は、アーケードから眺めた「リバーウォーク北九州」。撮影=筆者
 禁無断転載】

 北九州演劇フェスティバルでは昨年から京町銀天街の中に「京町小屋」なるミニ劇場を企画した。これは商店街の協力で空き店舗を期間限定で借り受けたものだ。昨年は主に一般参加者による発表の場として使用されたが、今年は新たに滞在制作を加えた企画となっている。

北九州芸術劇場は先述した商業施設の上層階に位置し、自らアクセスしなければ縁遠い場所とも言える。その解決策として劇場ではオープン前からアウトリーチ活動、ワークショップ、市民参加公演など積極的にアプローチの範囲を広げてきた。その中でも町の中に場を創ることはこれまでとは異なる新しい可能性を秘めている。2週間のオープンとその場に数日間滞在するアーティストたちの創作を通して、地域とアーティストとの関係をレポートする。今年のテーマさながら「ちょっと舞台≪まち≫まで」でかけてみよう。

滞在製作-町を受けとめ作品化すること

 フェスティバルは福岡を拠点に国内外で活動する美術家、牛島光太郎さんのワークショップで幕を開けた。せっかくの機会なので参加させていただく。最初に見せられたのは、彼の作品であった。額縁の中に銀色の警笛が固定され、隣には文章が書かれている。近寄ると文字の一つ一つは糸で土台の布に刺繍されている。文章の内容はその警笛を所有した経緯やそれに伴う感情で作者牛島さん自身の体験を綴ったものであるようだ。月日を感じさせる傷だらけの警笛と対照的に整然と連なる文字が、その物やそれにまつわる経験に対する特別感を醸し出している。

 ワークショップはこの作品シリーズについての話から始まった。続いて「自分の中で思い入れのある物や人についての文章を書いてください。すでになくなったものでも構いません」と、紙とペンが配られる。三十数年も生きていると思い入れのあることは少なくないようで、たった一つを選びだすことに時間を要す。文章は参加者同士でシャッフルされ、他の参加者の手に渡る。次は自分の手元にある誰かの文章を絵に起こすように案内される。私も含め絵は苦手な方も多いようで不安の声も聞こえてくるが、一旦文章を読み進めると、先ほどの自分の思い出と相まって、何とか絵に描こうと時間いっぱいまでペンを走らす。最終的に文章と絵を組みに並べると、自分のイメージした記憶と全く異なったものが表現されていることが興味深い。そのことに当初の自分の思い出さえ自分のものでないような不思議な感覚を覚える。例え想像通りではないとしても、ワークショップという同じ場所、時間の中で同じ経験を共有した感覚が新たに出来上がった作品に別の価値を与えているようだった。

 牛島さんはこのように偶然に起こる他者と価値を交換、共有する際のミスリーディングを「造形言語のズレ」と呼び創作の本質に捉えている。また試行錯誤中だというこのワークショップの目指す所を伺った。

 他人の話を引き受けたいと思うようになったのは最近です。自分にとって大切なものがあるように、他人も同じだと思うようになってきて。ワークショップでは他人の大切なものを引き受け、創造するという経験がポイントです。

 牛島さんは滞在中に作品製作も行った。「他人の話」と名付けられた作品は、不必要になった服を募集しそれについてのエピソードを聞くものである。エピソードはその話を聞いた状況を交えて短いテキストに再構成され、服と一緒に一枚の布に縫い付けられる。箪笥の肥やしになっていただろう服も牛島さんを介すると特別な物として新しい価値が与えられ、一つ一つが愛おしい存在感を放っていた。

牛島さん「他人の話」
【写真は、服についてのエピソードを聞く牛島さん(手前)※左下のアロハは参考作品(上)。
(下)は、牛島光太郎「他人の話」※上の女性は一番右のポロシャツを持参。撮影=筆者。禁無断転載】

 同時期に滞在した高山力造さん、穴迫信一さん、南波早さんの3名の俳優/演出家は、相互にワークショップを重ねていくつかの創作を行っていた。気になる場所を撮影したオリジナルの地図づくり、京町の風物詩である川柳をもじった変則川柳づくり、自分が住みたい家やなくてはならない場所を床にマーキングした未来の街づくり、京町ラップなど多岐に渡る創作は、この場所でなければ成立しえない町との共同製作のような作品となった。

 最終日の公演「まちのたまもの」では観客は創作過程の一部や商店主の飛び入りレクチャーを体験することで普段とは違った意識で町をとらえることができた。人で埋め尽くされた小さな空間には華美な装置はないが、人や町の記憶、現在抱える喪失感、未来への期待といった可能性にあふれていた。

 滞在作家のひとり、穴迫さんは市内の大学3年生、北九州で生まれ育った。この界隈は子どもの頃から思い出も多いという。穴迫さんに今回の滞在製作について伺った。

 この町はすごく賑わっていたと聞いたけど、今はさみしくなっている。でも何かきっかけがあれば、また変わっていくものだと思っている。町の歴史や人の話を聞くと、町は盛り上がったり、そうでなかったりを繰り返しているように思えた。今回はそれを描きたかったし、一緒に創作した二人の意識も自然とそこに集まった。余所から来た二人とは町についての知識はそれほど変わらなかったけど、小倉人の気質や町の性質は自分が唯一渡すことができたと思う。

 彼は劇場の演劇人育成プログラムに参加して、地元では待ちに待った劇団を立ち上げたばかりである。

 観客参加型の公演は初めてだったが、観客と役者が影響を受けあう演出に可能性を感じた。和やかで温かい作品になったと思う。これまでは何でもないもの、気持ちの入っていないものを作品にしたいと思ってきた。それは牛島さんの作品とも通じる部分がある。価値の無いものを価値あるものに変える、そんな作品を今後も創っていきたい。

 心強い言葉にこれからの活躍が楽しみである。

地域におけるフェスティバルの役割

 一般的なフェスティバルのイメージとは異なるこの企画について、岩本史緒さん(北九州芸術劇場)に話を伺った。北九州では地域に劇場を作る目的で長い間演劇祭が行われており、劇場ができたことによってその目的が一旦達成されたという。そこで、地域にある劇場が行うフェスティバルの可能性を模索してきた経緯がある。

 普段は劇場に来てもらっているのを演劇が外に出る、普段演劇に触れたことがないような人たちがいろんな形で参加をする、街角で何かが起こっていることを目にする、とか演劇との遭遇を演出するような形のものをイメージしてきました。個人的には、大きさとか尖鋭性というよりも、まちの規模、関わる人々、目的に応じた「適正さ」を提示していきたいです。そうすれば、この町でこの町の人たちが作るフェスティバル、本当の意味でのオルタナティブなフェスティバルの形が提示できるのでは、と思っています。長いスパンで考えていますが、今回は最初のステップという所もありまして、日常の中に演劇が入るということはどうなのか、どう町の中でアートのある風景を演出できるか、それに、地元のアーティストにそういう形での作品創りを理解共有してもらって、かつそれが彼らの作品創りにリンクしていけるような形での企画にするのかとか、いろんなことを考えたうえでの形です。

 特に美術のワークショップをオープニングに置いた展開は特徴的だ。岩本さんは、唯一滞在製作の経験を持つ牛島さんにはこれから製作を行う3名の俳優/演出家へのインプットの役割を期待したという。実際牛島さんのワークショップを通して感じた他者の過去や思いを真正面から受けとめることの重さ、慎重に対応しても起こる表現のズレは、アーティストに限らず他者との関係性を構築する際にも共通する。
 対照的な形で作品化に至ったのは2週目に滞在した「鳥公園」である。1月の下見の際にいろんな町の人からの話を聞いたことで一旦キャパオーバーになったが、2か月間創作を重ね作品を変化させてきたという。前の週の作品との違いについて脚本・演出の西尾佳織さんがアフタートークで語っている。

 私がいろんな方にいろんな話を伺って、そのエピソードを作品にそのままの形で盛り込むことができないと思いました。それでは紹介者になってしまう気がして。しかも私が自分で(舞台に)立つわけではないので、さらに他の人にそれをやってもらうというのがしんどいと感じたからです。

 とはいえこの町でしかできない作品になったという彼女は受け止めることよりも全てを受け止めきれない諦めから創作を出発した。結果的にその方法が作品の時間軸や場所における普遍性をもたらしており、作品に強度を与えていたように感じた。

 フェスティバルの締めはリバーウォーク北九州から京町小屋へ向かってのダンスパレードである。途中にある勝山橋では、京町銀天街・つじり茶屋の辻利之さんとダンサーの百田彩乃さんによるダンスが披露された。このように昨年を経て地域との関係が深まったことやスタッフの誘導によって町の協力者の顔が随所に見られたことは大きな成果だといえる。

ダンスのお披露目
【写真は、勝山橋で足をとめて、ダンスのお披露目。撮影=筆者。禁無断転載】

 エンディングでは商店街の方のレクチャーを受け地域の方、アーティスト、観客、劇場スタッフが一緒になって商売繁盛を願い「ヨイヨイヤー」と大きな掛け声をかける。同時にくす玉が割れ中から川柳が顔を出した。

 今日舞台≪きょうまち≫(=京町)の風が日本を春にする

 3月中旬とはいえ冬に逆戻りしたような冷え込む天気だったが、風―地域に演劇があることの可能性を共有することのできた瞬間だった。

くす玉から川柳
【写真は、くす玉から川柳が現れる。撮影=筆者。禁無断転載】

【筆者略歴】
福岡佐知子(ふくおか さちこ)
 1978年生まれ。2002年山口大学大学院人文科学研究科地域文化専攻(博物・芸術論)修了。2002~2005年(財)山口県文化振興財団 秋吉台国際芸術村勤務、施設利用や広報を担当。2005~2011年(財)北九州市芸術文化振興財団 北九州芸術劇場学芸係勤務、「アウトリーチ/地域/子ども」を主軸に演劇普及事業を担当。現在はフリーランスとして、コミュニケーションや協働をキーワードに地域活性やアートマネジメント分野で活動。

【公演概要】
北九州演劇フェスティバル2012 ちょっと舞台≪まち≫までhttp://www.kitakyushu-performingartscenter.or.jp/event/2011/engekifestival2012.html

■ワークショップ&ミニ公演「京町小屋」
【日程】2012年3月6日(火)~18日(日)11:00→19:00 ※3月12日(月)は休み
【会場】京町小屋(京町銀天街内)ほか
【参加アーティスト】
3月6日(火)~11日(日): 高山力造(village 80%)、牛島光太郎、穴迫信一(劇団ブルーエゴナク)、南波早(なんばしすたーず)
3月13日(火)~18日(日):百田彩乃、山本泰輔、井上大輔、鳥公園

■演フェス公募部門「京町小屋・寄席」
【日程】2012年3月10日(土)・17日(土)13:00→17:00
【会場】京町小屋ほか

■リーディング&トーク「3.11から1年 あの時、あれから、演劇人は」
【日程】2012年3月10日(土)18:00開演
【会場】北九州芸術劇場・小劇場
□リーディング「キル兄(あん)にゃとU子さん」
【作・演出】大信ペリカン(満塁鳥王一座)
【出演】木村健二(飛ぶ劇場)、酒瀬川真世(che carino!/che carina!)、白石萌、松野尾亮(万能グローブ ガラパゴスダイナモス)
□トーク
【パネリスト】
西村充(いわき芸術文化交流館アリオス 舞台技術マネージャー)、大信ペリカン(劇作家・演出家・満塁鳥王一座 主宰)、森忠治(舞台芸術プロデューサー・せんだい舞台芸術復興支援センター事務局長)
【進行】泊篤志(飛ぶ劇場)

■ダンスワークショップ「TOTOのCMダンスの続きをおどろう」
【日程】ワークショップ 2012年3月9日(金)~11日(日)
お披露目パーティ 2012年3月11日(日)16:30開演
【会場】北九州芸術劇場・小劇場、創造工房
【講師】振付屋かぶきもん

■若手演劇人による演劇バトル「シアターラボSB(ショートバトル)~不器用ですから」
【日程】作品創作 2012年3月13日(月)~18日(日)
公開バトル 2012年3月18日(日)14:00開演
【会場】北九州芸術劇場・小劇場、創造工房
【演出】福田修志(F’s Company/長崎)、河野ミチユキ(ゼロソー/熊本)、田坂哲郎(非・売れ線系ビーナス/福岡)

主催/(財)北九州市芸術文化振興財団
共催/北九州市
協賛/京町銀天街協同組合
協力/株式会社ゼンリン、TOTO株式会社◇北九州演劇フェスティバル2012「ちょっと舞台《まち》まで」

「北九州演劇フェスティバル2012「ちょっと舞台《まち》まで」」への13件のフィードバック

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