忘れられない1冊、伝えたい1冊 第2回

◎『道具づくし』(別役実著、大和書房)
 大泉尚子

「道具づくし」(大和書房)表紙
「道具づくし」(大和書房)表紙

 大きな声じゃあ言えないが、演劇やダンスに本は要らないと思って久しい。やっぱり舞台は「やる」か「見る」しかないっしょ。不勉強の言い訳でもあるけど。とはいえ「犬も歩けば」で、出会うものはある。

 さて、劇作家が自らの作品を読み上げる「芸劇+トーク―異世代劇作家リーディング『自作自演』」はどの回も面白かった。なかでも印象深かったのが、第3回に登場された別役実さん。
 直前に腰を痛められたとか、脇を支えられ、やや覚束ない足取りで登壇。心なしか、朗読の声も力がないようで「大丈夫かしら…」と思いきや―。

 「おいとけ」というのは、「放っておけ」という意味である。「そばにあっても気にするな」ということなのであり、その名の通りの存在なのだが、実際には、かなり具体的な効用のあるものであって、東北地方の山間部などでは、現在でもまだ使用されている。
 三人以上が集まれば座がなごむが、二人きりで対座するとなると、どうしても気詰まりだ。という感じは一般的によく知られている。《おいとけさま》というのは、そうした二人きりの対座の時、座をなごますためにかたわらに置く、等身大の坐像のことである。「おいとけさまにも、おいででもらいましょ」と言って、二人っきりになったとたん、老婆が押入れの隅から、黒くすすけて目鼻立ちもはっきりしなくなった大きな木像を、ずるずる引きずり出してくる光景は、原地を訪れたものなら、たいてい一度や二度はみているはずである。(「おいとけさま」より)

と読み始められたのは『道具づくし』という本。聞きながら、これはどういう?…と疑問符が浮かぶ。もちろんフィクションなのだろうけど、確かに二人で正対することは面映いし、東北人=シャイなどという図式も頭をよぎり、果ては「黒くすすけた」木像まで目に浮かんでくる始末、ハンパないリアリティに手もなく巻き込まれてしまう。

 その後の解説で述べられるのだが、当書は、日本の忘れ去られた古い道具について、その用途・由来・エピソードなどを記すという体裁をとりながら、その実、すこぶるつきの真っ赤な嘘八百を並べたトンデモ本なのだ。
「づくし」ものはシリーズ化されており、ほかに『虫づくし』『けものづくし』『もののけづくし』『犯罪症候群』などもある。

 ご本人の弁によれば、身過ぎ世過ぎのために綴ったものではあるが、デタラメを書くのに調子に乗りすぎてはいけない、その加減が大事で、戯曲を執筆する合間のトレーニングでもあったとのこと。
弱々しい語り出しにすっかり騙くらかされたが、次々と繰り出される抱腹絶倒級のくだりに会場も沸いた。何の何の、パフォーマーとしてもバリバリの現役ではないか。さっきの登場の仕方は、効果を挙げるための演技では? という疑いが頭をもたげたほどである。

 後日改めて、ページを繰ってみた。

「はだなだめ」
 人間の体験し得る生理的快感の最上位にあるのは、言うまでもなく性的なそれであるが、二番目に位置するものとして、一般的には「かゆい所をかく」快感があるとされている。《はだなだめ》は、まさしくそのために発明された道具と言えよう。

「ふんどし」
 男性用の下着の一種であり、未だ人類の括約筋が今日ほど鍛錬されていなかった当時、常時押し出されてこようとする大便(いわゆるフン)を阻止すべく身につけたので、この名がついた。「どし」というのは恐らく「どやしつける」の略であろうと、言語学者は推定している。

「ほとふたげ」
…(…は筆者)

 みなまで言うまい。あとは想像力を全開にしていただくか、何なら早速amazonででも注文してほしい。
 ベクトルは加速度的に下向きになっていくわけで…。その下ネタかつトンデモ話を披露する際の口ぶり・顔つき・身のこなしの妙。乾いた口調でしれーっと語られるところがミソである(いつまでも変わらずダンディな、あのお姿を思うとなおのこと)。

 …言うまでもなく、明治の中期以前は、現在我々が言っている「後背位」のことを「正常位」と言っていたのであり、現在我々の言っている「正常位」のことは、「前腹位」と言っていた。
 ミクロネシアの一部に、正常位で性交する猿のいることが報告されているが…。(「てげた」より)

 もとより眉にたっぷり唾をつけて読んでいたが、またまたぁ~と思いつつ調べてみたらここは割と事実に基づいていて、「…猿」にいたっては、ボノボにはそういう生態があるそうでヒェーッ!とのけぞった次第。

 話によって、嘘の濃淡、フィクションへの屈折率が微妙に異なるのも達人技。これみよがしに濃いのが続くと少々辟易するのだけれど、頃合を見計らったあたりでフッとホントのことが混じる。悪意のない嘘は人生の潤滑剤なんていうけれど、嘘っこオンパレードには、ちょっぴりのホントがスパイスになったりするのだ。というか、一体どこまでが虚構でどこまでが事実なのか、その境界線がゆらゆら揺らいで目眩まされるのが、また滅法楽しいんだよなぁ。

 てなことで、演劇、特に劇作家を志す人にお奨めしたい1冊。それでもって、これまた囁き声で言うのだけれど、ちょっくら詐欺を働こうと目論んでいる人にも、学ぶところが多いのではないかと。アッ、これって劇作家と詐欺師は紙一重ってことなのかも…。

【筆者略歴】
大泉尚子(おおいずみ・なおこ)
 京都生まれ、東京在住。70年代、暗黒舞踏やアングラがまだまだ盛んだった頃に大学生活を送る。以来、約30年間のブランクを経て、ここ数年、小劇場の演劇やダンスを見ている。2009年10月よりワンダーランド編集部に参加。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/a/oizumi-naoko/


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