忘れられない一冊、伝えたい一冊 第12回

◎「作画汗まみれ-増補改訂版-」(大塚康生著、徳間書店、2001)
  筒井加寿子

「作画汗まみれ」表紙
「作画汗まみれ」表紙

 高畑勲さんや宮崎駿さんなど日本アニメーション界の大御所たちとともに数々の傑作を生み出してきたアニメーター・大塚康生さんの自伝。
 日本にまだテレビがなくアニメ映画もほとんど上映されてなかった昭和30年代にアニメーターを志し、東映動画(現・東映アニメーション)に第1期生として入社、同社で高畑さん・宮崎さんと出会った大塚さん。のちに彼らの監督作品(『パンダコパンダ』『未来少年コナン』『ルパン三世 カリオストロの城』『じゃりン子チエ』など)で作画監督を担当し、それ以外にも様々なアニメ作品で活躍、またたくさんの新人アニメーターを育成し、今日の「ジャパニメーション」隆盛の礎を築いていきます。

 アニメの黎明期からずっと現場におられた方なので、貴重な制作裏話が満載。日本最初のカラー長編アニメ映画『白蛇伝』の制作エピソードや、驚異の新人・宮崎駿さん登場の衝撃、虫プロ・手塚治虫さんへの批判、作画監督を担当したTVアニメ『ルパン三世』第1シリーズで大塚さんが大切にしてきたことなどなど、アニメファンとしてかなり楽しめる一冊です。が、それだけでなく演劇というジャンルに身を置いている私にとっては別の意味で興味深いところがあって、夢中になって読んでしまいました。アニメーターのお仕事は、俳優の作業と似ているところがけっこう多いのです。

 たとえば、これからアニメーターをめざす人に向けてのアドバイスでは、

「ソファーに座っている人」を描くとすると、その人はどんな性格の人か、歳はいくつくらいか? リラックスしているのか、などを想像してみると無数のポーズが思いつきます

と、まるっきり俳優の演技と同じような考え方が提示されているし、『白蛇伝』で森康二さんというアニメーターが担当した場面を評した部分では、

力の入れ方、抜き方、硬さと柔らかさ、表情など、繊細で力強く、(中略)名演技ではなかったかと思います

と、絵を動かすことが「演技」として表現されています。また、大塚さんがとある作品の仕上がりを見ながらドラマの中の人間のありかたについて「なぜ、もっと深く悩まなかったのか」と自分を責めて涙を流す場面や、美意識の合わない演出家とキャラクターの行動のことで対立してしまって作画監督を降りてしまい、「だれか信頼できる演出家はいないかなァ…」と欲求不満になっていたときの話、などはまるで俳優の自伝を読んでいるかのようで、身につまされるところがあります。私はそれまでアニメーターについて「超高精度のパラパラマンガが描けるものすごく絵の上手い憧れの人たち」というくらいの認識しか持てていなかったし、実際この本を手に取ったのは単純なファン心からだったので、これはとても意外な発見でした。

 この本を買った当時、私はフリーの俳優として活動していて、何かに出演するたびにどういう風に演技をしていいのか、何を考えればいいのかどんどんわからなくなっていた時期でした。そんなときに大好きなルパン三世を描いた大塚さんの演技に対する考え方の確かさを読んでどこか安心しましたし、アニメがまだ今ほど市民権を得ていなかった時代から作画に情熱を燃やしてきた大塚さんの信念に満ちた力強い言葉の数々は相当励みになりました。これを読んでからまもなくして私は「ルドルフ」という団体を立ち上げて演出をするようになるのですが、今にして思えば大塚さんたちのように情熱的なものづくりをしてみたいと思った部分もあったかもしれません。

 巻末には宮崎さん、高畑さんからそれぞれ大塚さんに捧げられた文章が掲載されています。ここで語られるエピソードといえば、泥酔して愛車を運転して泥にはまって動けなくなったとか、灰皿の吸い殻をいつのまにか全部もみほぐしてしまうとか、外見が庶民的すぎて外国で召使いに間違えられたとか、軍用車とプラモデルについては専門家レベルだとか、麻薬捜査官事務所に勤務していたという異色の経験の持ち主で外国人の友達もたくさんいるだとか、ちょっとおかしなものばかりです。アニメーション界の超大物でありながら、庶民的であたたかいお人柄がおふたりにも愛されているようで、私はこれを読んでますます大塚さんが好きになりました。

筒井加寿子さん
筒井加寿子さん

【筆者略歴】
筒井加寿子(つつい・かずこ)
 劇団衛星入団と同時に演劇活動を始め、同劇団の退団後はフリーの俳優として活動し数多くの舞台に出演。2008年に自身の団体「ルドルフ」を立ち上げてからは演出も手がける。これまでの演出作に、『結婚申し込み』『熊』(作=アントン・チェーホフ)、『ルドルフのまっしろけでゴー』(作=筒井加寿子)、『建築家M』(作=田辺剛)がある。
平成21年度京都市芸術文化特別奨励制度奨励者。

「忘れられない一冊、伝えたい一冊 第12回」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 薙野信喜

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください