アートネットワーク・ジャパン×東京アートポイント計画「豊島区在住アトレウス家」
ミクストメディア・プロダクト×東京アートポイント計画「三宅島在住アトレウス家」

◎アトレウス家の過ごし方 その2
 廣澤梓/斉島明

toshima_dm2『墨田区在住アトレウス家』はPart 1,2ののち、2011年3月にPart 3×4が予定されていたが、折しも起こった震災によって中止となった。それまでの上演場所であった2階建ての木造家屋「旧アトレウス家」を離れ、作品は大きく変化する。住居ではなく公共施設に、さらには本土を離れ三宅島に住むことになった一家の物語は、「家やまちを見つめ、考える」プロジェクトとして、より一層その性格を際立たせていくこととなる。

■廣澤梓 ここにいない家族を思うとき—「豊島区在住アトレウス家」

 意識をしなくても呼吸ができるのと同じように、住む、とか過ごす、とかいうことを考えることは難しい。日々の暮らしをカッコに入れて、揺さぶるものでもない限りは。

『豊島区在住アトレウス家』は2011年9月に豊島区雑司ヶ谷のとしまアートステーション「Z」周辺で上演された。2時間の上演時間のあいだ、参加者は途中入退室可能。受付では参加者に鍵が手渡され、いくつかの説明を受けることとなる。

 鍵についた番号に対応した、会場内を区切って番号をふられたスペースがあなたの「部屋」だということ。部屋には小冊子が1部置いてあるが、会場の至る所にも同じものが散らばっていて、それらの中から選んだ1冊と交換しながら持ち歩くこと。部屋が気に入らなければ、空きがある場合は、別の部屋への移動も可能だということ。娯楽室と呼ばれる部屋では映画の上映が行われていること。

 膨大な情報をよく理解できないままに訪れた部屋は、受付から目の届く位置にあった。床にひかれた線だけで区切られている「部屋」、それは人ひとり横になることのできるくらいの大きさだ。毛布とクッションが置かれている。

 震災から半年、それはテレビでおなじみの光景となった、被災地の避難所を想起させるものであったかもしれない。しかし、私は似たような状況をそれまでに経験していた。学生の頃、帰省の際に何度も利用したフェリーの2等船室だ。出航して目的地に到着するまでの12時間、窓の外に見えるのは水平線のみ。

 部屋にはホテルの設備案内のような紙が置いてあり、一番上に「ここで生活するつもりでお過ごしください。かつてここで暮らした家族がいます。」と書いてあった。だが、肩が触れ合う距離に知らない人がいるのは、たとえ経験があるとは言え、やはり落ち着かない。逃げるように、部屋の変更を申し出た。

 次にやってきた部屋は机に番号が振られたもので、そこからはガラス越しに外を見やることができた。「Z」は体育館やプール、美術室などが集まった複合施設「千登世橋教育文化センター」の一角にある。プール帰りのこどもを連れた若いお母さんたちや、各種お教室帰りの年配の女性たちが立ち話をしていた。またこの建物は東京メトロの雑司が谷駅に直結しており、行き来する地元住人らしき人々も多く目にした。

 会場にはパフォーマーらしき人の姿も目にしたが(他の芝居で見たことがあったから知っていた)、彼らが強く人目を惹くようなパフォーマンスをすることはないようだった。私の眼差しは徐々に施設利用者や通行人に向けられるようになった。何かを期待していたからか、その時間を退屈に思った。ここでときを過ごすには忍耐が必要だった。長居することなく立ち去った参加者も少なくなかっただろう。

 立ち話は延々と続き、終わらない。その光景にも飽きて、最初に受けた案内の中にあった映画を見に行くことにした。目を凝らせば凝らすほどに焦点を結ばない、ぼんやりとした映像が流れる中、部屋にいる人々はそこらに転がっていて、誰ひとり言葉を交わしていなかった。映像を見ているのだか見ていないのだか、起きているのだか寝ているのだか分からない人たちの間をすこし歩いた。

 思えば上演のあいだ、私は受付の人以外の誰とも口をきかなかった。あの場所で生活すること、それは実際問題、地元住民とのコミュニケーションが必要になるのだろうが、私はぼんやりと眼差しを向けるだけで、彼らをどこか遠くに感じていた。今住んでいるところと同じじゃないか。また彼らも特にこちらを気にする様子もなく、会話に興じていた。

 ここには3種類の人間がいた。パフォーマー、参加者、そして地元の施設利用者である。この3つの集団はお互いに干渉せずによそよそしい。しかし、パフォーマーは観客と同じ演劇に参加している意識がある点で共犯している。おそらく地元の人からすれば、この2者の違いは傍目には分からないはずだ。また、地元住民とパフォーマーは既にこの空間での過ごし方を心得ている。観客は余所者だ。そして、観客と地元住民は演劇の仕掛けを知らないという点で一致している。この3つの集団はお互いに距離をとりながら、でも、この場に滞在し時間と場所を共有し続けた。

 息がつまるようでもあり、再度部屋の変更を申し出た。そこは「Z」を出て、教育文化センターの2階にあった。入ると間接照明の薄暗いスペースで、パイプ椅子が内向きに8つほど組まれたベッドのようなものが、海に浮かぶ船のようにぽつぽつと配置されていた。パズルのように組み立てられるウレタンマットを使って、少し部屋を改造することができた。

 この部屋にたどり着いたとき、実は先客がいた。何度も部屋番号を確認した。口に出して警告はしなかったものの、その事態にうろたえた。そして、自分がその場所を自分のものだとにわかに思っていることに驚いた。彼はしばらくするとその場を去った。

 そこには窓はあったが、その半分くらいの高さまで植木があって、あとはすっきりしない空しか見えない。他にも数人室内にはいたが、何をしているのか分からなかった。またそれほど人の出入りもなかったので、気がつくとすこし眠ってしまっていたようだ。



【写真は「豊島区在住アトレウス家」より。Photo: Ryohei Tomita 禁無断転載】
むかしむかし、あるところに、エレクトラという娘がいました。
ここで暮らしているせいで、エレクトラの時間の感覚はまひしています。
昼なのか夜なのか。朝なのか夕方なのか。
何日。何か月。何年。
時計もとまっている。
(つづく)

 会場のそこここに散在している小冊子を開くと、どれも「むかしむかし、あるところに、エレクトラという娘がいました。」という文章から始まり、「(つづく)」と締めくくられていた。何冊か目にしたが、同じものを見かけることはなかった。全部で40近いバージョンがあったらしい。そこにはギリシャ神話や悲劇に登場する家族の物語が、断片的に記されていた。しかしそれはよく知られている壮絶なものではなく、こどもの頃家族いっしょに紅茶をよく飲んだ、といったなんてことないエピソードなのだった。

 一家は私が小冊子を開いたときにだけ、その場に召喚された。エレクトラ、そして彼女の父、母、妹などに、自分の家族を当てはめて味わった。どちらも、ここにはいない家族だった。思えば、フェリーの中での手持ち無沙汰な時間はいつも、これから会うことになる家族、あるいは別れてきたばかりの家族について考えていたように思う。また、あのときと同じ時間がやってきた。

 目が覚めると再び部屋を出て散策を始めた。先に回った道を一巡して、特に何の変化もないことを確認し、また先の部屋に戻ってきた。与えられたばかりの場所にまた一段と親しみを感じているように思った。この部屋に対しにわかに見出した感情は、今私が住んでいる1Kの部屋に対するそれと、一体何が違うのだろう。延々と続くかのように思えた時間は、船がやがて岸につくように終わりを迎えた。でも、自分の家に戻っても、あの時間の中に未だにいるかのように思うときがある。

■斉島明 見えない痕跡へよそ見をすること—「三宅島在住アトレウス家」《山手篇》《三宅島篇》

 六本木あたりから流れだした溶岩は三つ叉に、表参道を代々木公園へ、ギリシャ大使館から広尾を越えて恵比寿へ、そうして外苑西通り沿いに目黒と五反田の間を抜け、川を渡った向こうまで届いたのだという。「MIYAKEJIMA METROPOLITAN」と題されたその地図の上では、東京のJR山手線沿線域と三宅島とが重ね合わされている。『三宅島在住アトレウス家』観劇の際もらってきたものだ。

 一般社団法人ミクストメディア・プロダクト×東京アートポイント計画『三宅島在住アトレウス家』(以下『三宅島』)は 3番目のアトレウス家プロジェクトで、《山手篇》《三宅島篇》と 2篇ある。《山手篇》は台東区の旧平櫛田中邸で、《三宅島篇》は都心部からほぼ正確に真南へ 180キロ、三宅島の雄山林道で公演がなされた。

 先に《山手篇》が上演される。旧平櫛邸はアトリエ付の住宅で、2階建てになった住居部分で観客はおもに過ごすことになる。最初に通される2階の部屋は畳敷き、ローテーブルには三宅島の地図とパンフレット。三宅島研究会員だという佐藤慎也による、三宅島に関するレクチャーがある。

 レクチャーが落ちついた頃、カッサンドラ役の稲継美保が福田毅を連れてきて、アガメムノン、と紹介する。皆さんはこれから1時間、自由に過ごしてください。いちおうひとの家だから、引出しを勝手に開けたりはしないでくださいね。麦茶とオレオ、ご自由にどうぞ。

 この2人と、アガメムノンの3人の娘の役をするパフォーマーたちがそれから、家のどこかにいるようになる。けれど彼らは、ギリシア神話の登場人物たちを常には演じていない。台詞らしいことを喋ったすぐあとには、もうパフォーマー当人として観客に話しかけたりしている。

 パフォーマーたちは三宅島のことをぽつぽつと噂して、ギリシア悲劇を思わせる言葉はあまり話さない。カッサンドラがアガメムノンに「キンカンてさ、使いたいときになくなるよね」「毎日ヨーグルトを食べることにしたの」などと親しく話しかけるのも、実に他愛なく聞こえる。

 その言葉はおそらく古代ギリシアで話されなかったけれど、それに類する言葉は話されたのかもしれない。誰かがどこかでそのようなことを、いつか言った/いま言っている/これから言う、かもしれない。この家でも言われたことがあるのかもしれない。それは平櫛田中に親しい人か、パフォーマー当人か、劇中人物なのか。わからなくなる。

 パフォーマーと観客とはひとつの空間を同じように占めて、舞台と客席の区別がない。こまばアゴラ劇場で上演された東京デスロック『東京ノート』(2013年)でも通常の客席がとり払われて、観客はくらくてよくみえない部屋=カメラ・オブスクラに詰めこまれた。床面も舞台装置のベンチも、等しく舞台であり客席だった。

 役者と観客の占める場所が重なって、身体が触れることもある。しかし劇中世界と観客たちとはあくまで交わらず、徹底的にすれ違う(互いの存在を認識せざるを得ないながらも表現としてはほとんど無視するかたちで交わらない、役者と観客の、あるいは観客同士のそのような交わらなさが、『東京ノート』の重要なテーマでもあっただろう)。

『三宅島』ではパフォーマーと観客が同じ空間を共有して、さらに交わる。また劇場では通常排除されている、建物それ自体に属する営みの痕跡のようなものが、上演と一緒に観客の視界につねに入ってくる。

 上演と痕跡とに相互によそ見をしたり、一緒くたに見たりしているうち、次第に両者のイメージを重ねてしまう(たとえば古びた引出しのなかには、アガメムノンがなにか痕跡を残しているかも)。観客の、観劇する際のある種の構え、観劇の準備のようなものもすこし解かれてくる。上演を受けとって想像したり考えるのに専念するのではなく、座る場所を変えたり窓の外をのぞいたり勝手な想像をしたりして、上演に対してある種の積極性をもつようになるのだ。

 別室で武田力による独立したパフォーマンスがある。観客はこのときだけ住居部分を離れてアトリエへ、半分ずつ交代に呼びこまれて、だからそのあいだに住居部分でおこること、あるいはおきないことを、必ず目撃することができない。

 アトリエで武田が提示する擬似的な三宅島への航海は、観客の島への想像力に確かな補助線を与える。三宅島が観客にとって、どこにあるかわからない火山島、から、到達可能な既知の場所になる。

 おそらくさまざまな理由で《山手篇》だけに参加した観客もいるのではないか。けれど、だから、《三宅島篇》が三宅島で上演されたことを知っていて、そこで行われたことを想像する、という身振りも多分に《山手篇》的なのではないか、とも感じる。

 三宅島は富士山を海に沈めたような形をしていて、およそ20年に1度、雄山が噴火する。

《三宅島篇》はアスファルト敷きの林道を、「休む家」をめざしてパフォーマーと観客がともにのぼっていく上演である。パフォーマーたちは劇中人物としてもパフォーマー当人としても歩いていて、途上で不意に立ち止まったり、ひとり歩調を早めて向こうまで行ってしまったりする。立ち枯れて白く幹だけになった高木ばかりが目立つ山は本当に地獄みたいで、けれど灌木がその足元にふたたび生えてきている。

《山手篇》同様に、パフォーマーが当人か劇中人物なのかわからなくなり、観劇の準備もより解かれる。島の風景=場所の痕跡に目を奪われることも《山手篇》より多くなっていたように思う。

 道ながら噂がささやかれ、休憩地点ごとにひとりずつ、パフォーマーがエピソードを語って一行に加わる。噂はもう東京と島を対比しないで、三宅島にあるもの/あったもの/あったかもしれないものが話される。エアイン溶岩。雄山の噴火を隣の御蔵島から、ただ見ているしかなかったこと。見ているだけって愛人みたい。御蔵島を見晴らすこの場所で舞われてきたという「溶岩能」。空が広くて、雲の底が平らに揃っているのが見える。火山ガスで劣化して折れ倒れた歩道の柵。終着点の、噴石によって柱だけ残して廃屋になったレストハウスでふたたび武田と、《山手篇》から出演していた溶岩役の山崎朋によるパフォーマンスがある。



【写真は「三宅島在住アトレウス家」《山手篇》《三宅島篇》より。Photo: Ryohei Tomita 禁無断転載】

 おおよその観客は未明にフェリーで着いてから、スタッフ・パフォーマーたちが三宅島での拠点としている「三宅島大学」に案内され、いちど腰を落ちつけて長島確から上演スケジュールを聞いたはずだ。それから開演時刻まで散歩して時間をつぶすよう勧められ、噴火活動の跡を目にしてきただろうと思う。たとえば道路沿いの溶岩からのぞく車のヘッドライトとか、当時最大の集落を丸ごと飲みこんでできた溶岩台地(住民達は「冷静に判断し、沈着に避難」したという)とかを、観客たちは見てきたかもしれない。

 上演中の噂によれば、溶岩に抱きこまれた樹木が燃え消えて、溶岩のなかへ樹木のかたちに空間をつくることがあるという。溶岩のなかには車がそのまま残っているかもしれないし、空洞だけが林の形に残っているかもしれない。ネガもポジも等しく閉じこめてしまうのだ。道ばたの溶岩さえ外から見えない痕跡をなにか閉じこめているかもしれないこと、その溶岩の重なりで島ができていることに上演の途上で気づいて、くらくらとする。島に堆積しているかもしれない痕跡の総量を想像してしまって、その圧の強さにめまいがするようなのだ。

「MIYAKEJIMA METROPOLITAN」の地図の上では、島で流れた溶岩の跡がそのまま、東京の地図にも重ねられている。外から見えない痕跡が東京にも閉じこめられているのかもしれないと思うと、またすこしくらくらしてくる。

【筆者略歴】
廣澤梓(ひろさわ・あずさ)
 1985年生まれ。山口県下関市出身、神奈川県横浜市在住。2008年より百貨店勤務。2010年秋よりTwitter上で「イチゲキ」を始める。2012年秋には「Blog Camp in F/T」に参加。2013年1月よりワンダーランド編集部に参加。twitter: @sarauriaz
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ha/hirosawa-azusa/

斉島明(さいとう・あきら)
 1985年生まれ。東京都三多摩出身、東京都新宿区在住。出版社勤務。PortB『完全避難マニュアル 東京版』から演劇に興味を持ちはじめる。fuzzy dialogue主宰。 twitter: @fuzzkey
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/sa/saito-akira/

【上演記録】
NPO法人アートネットワーク・ジャパン×東京アートポイント計画「豊島区在住アトレウス家

上演プログラム
千登世橋教育文化センター としまアートステーション「Z」(東京都豊島区雑司が谷)(2011年9月13日‐18日)

コンセプト・テキスト・構成・演出:長島確
出演:福田毅、武田力、稲継美保、石田晶子、立川真代、東彩織、聞谷洋子、和田匡史、山崎朋(17日のみ)

コラボレーター:福田毅、武田力
客室:稲継美保、石田晶子、立川真代、東彩織
台所:聞谷洋子
技術・映像・音響:須藤崇規
音響協力:和田匡史
写真:冨田了平
ロゴデザイン:福岡泰隆
ドラマトゥルク:佐藤慎也
制作:西島慧子、堀切梨奈子
制作協力:急な坂スタジオ、戸田史子
コーヒー:L PACK(14日のみ)
料金:1,500円

メディアプログラム
移動型コミュニティーラジオ AtreusTune
音楽・選曲:大谷能生
DJ:稲継美保
技術:聞谷洋子
制作:西島慧子
提供:豊島区在住アトレウス家

人材育成プログラム
〈アトレウスの学校〉
2011年8月-2012年3月(全10回)
講師:長島確、佐藤慎也、須藤崇規
ゼミ生:14名

企画:mmp(ミクストメディア・プロダクト)
主催:東京都、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)、特定非営利活動法人アートネットワーク・ジャパン
協力:日本大学佐藤慎也研究室、東京藝術大学市村作知雄研究室、中野成樹+フランケンズ、東京芸術劇場、東京デスロック、牧野まりか、髙野和哉、箙景美、大橋麻紀、鈴木薫、長尾芽生、福田朱根、堀内里菜、堀木彩乃、馬渕かなみ、吉田智恵美、苅部将大、田島由深
後援:豊島区

一般社団法人ミクストメディア・プロダクト×東京アートポイント計画「三宅島在住アトレウス家
《山手篇》
旧平櫛田中邸(台東区上野桜木)(2012年8月27日‐30日)
料金:1,000円(当日・前売共通)
※入場料300円(旧平櫛田中邸保存活用協力金)が別途必要
会場:

《三宅島篇》
日時:2012年 9月6日‐9日
料金:1,000円
案内所:カフェ“691”(沖倉商店)(三宅村阿古)

スタッフ・キャスト:東彩織、池上綾乃、石田晶子、稲継美保、佐藤慎也、須藤崇規、武田力、立川真代、冨田了平、長尾芽生、長島確、西島慧子、福田毅、堀切梨奈子、山崎朋、和田匡史
ロゴデザイン:福岡泰隆 制作協力:戸田史子

〈地図〉MIYAKEJIMA METROPOLITAN -you can be here and there at the same time
コンセプト:長島確、佐藤慎也
デザイン:近藤一弥
マップ:長尾芽生、堀切梨奈子、堀内里菜、馬渕かなみ、箙景美、田﨑敦士、平野雄一郎、森山実可子、紋谷祥子

〈ラジオ〉AtreusTune 第8回 三宅島リサーチの日記から……
声:稲継美保
録音・編集:和田匡史

《山手篇》関連動画
映像:冨田了平

主催:東京都、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)、一般社団法人ミクストメディア・プロダクト
共催:NPO法人たいとう歴史都市研究会、一般社団法人谷中のおかって
協力:日本大学佐藤慎也研究室、東京藝術大学市村作知雄研究室、三宅島大学プロジェクト実行委員会、カフェ“691”、上野桜木旧平櫛田中邸、岡山県井原市、中野成樹+フランケンズ

Tokyo Art Research Lab 連続ゼミ〈構造茶話会—プロジェクト構造論〉
2012年7月-2013年1月(全7回)
コーディネーター:長島確、佐藤慎也 レギュラー:熊谷保宏、野村政之
アシスタント:川光俊哉、岸本昌也、佐々木雄一、堀切梨奈子
制作:高橋麻衣、原田矩子


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