連載「もう一度見たい舞台」第7回 坂東玉三郎「鷺娘」

◎美しさの極み、至福の時
堀越謙三(ユーロスペース代表)

もう一度見たい舞台7回program0a
『書かれた顔』プログラム表紙

 国内の若い監督やヨーロッパの監督と、これまで25本ぐらいの映画を製作してきたけど、ダニエル・シュミット監督(1941-2006)のドキュメンタリー映画『書かれた顔』がいちばん印象深いかな。板東玉三郎が主演だしね。と言っても、普通のドキュメンタリーじゃない。玉三郎の舞台も撮ってるけど、武原はんや舞踏の大野一雄の映像、それに杉村春子のインタビューも入ってる。玉三郎をめぐる男二人のさや当てみたいなフィクションもあって、不思議な映画、シュミットならではの映像になったと思う。

 映画の冒頭に、玉三郎の「鷺娘」の最後のシーンが短く入る。最後は、「鷺娘」が延々と続いて終わる。撮影のためにその舞台を見たとき、ぶっ飛んでしまった。

 ほら、歌舞伎を見る時って、舞踊の場面を避けたりするじゃない。つまんないし眠くなるし(笑)。だから歌舞伎の舞踊をそれほど見ていなかった。実は「鷺娘」の舞台は初めて。聞いてはいたけど、実際に見たときはショックだった。こんな美しい舞台があるのかと思った。舞いの美しさ。言語的な意味を伝えるわけじゃなくて、苦しんでいるということを舞いで、身体で表すだけなんだけど、それはもう、単純に、純粋に美しかったなあ。それにあの身体のしなり。柔軟さ。あれはすごい。もう、二度と訪れない至福の時間だった。

 玉三郎の踊りや演出には、監督もカメラマンも感動していた。踊りの凄さもそうだけど、雪が降ってくるようすを紙吹雪で表現する手法なんて、日本人には馴染みでも、外国人には想像を超えている。紙っぺらで雪を表現するわけだから、粉雪が舞うアルプスの麓で育ったシュミットなんかには想像できないわけ。

 それまでシュミットは機嫌が悪かった。日本は好きだけど、日本文化を掘り下げて理解しているという自信がなかったんじゃないかな。不安だったんだと思う。熊本の八千代座、愛媛の内子座と玉三郎の公演を撮ってきて、最後に大阪フェスティバルホールでこの舞台に出会った。これでやっと映画の構成が見えたんだね。レナート・ベルタのカメラも完璧だった。映像を見たとき、玉三郎の舞台に負けてない、と思ったもの。

 「鷺娘」を撮り終わったら、ホッとしたというかうれしくなったというか、ぼくらは監督を入れて7人のチームで動いていたけど、みんなで街へ繰り出しちゃった(笑)。

【写真は、「鷺娘」を語る堀越謙三さん。撮影=長瀬千雅 禁無断転載】
【写真は、「鷺娘」を語る堀越謙三さん。撮影=長瀬千雅 禁無断転載】

 この映画を製作しようと思ったのは、シュミットが癌を患って落ち込んでいると聞いたから。励ますなら、映画を作ってもらうのが一番なので、玉三郎のドキュメンタリーを撮らないかと提案した。それまで何度か来日して、玉三郎の舞台を見たこともあるし、終演後に一緒にメシを食べたりして面識がある。それにドキュメンタリーはドラマと違ってそれほど構えなくていい。大まかな構成があれば、あとは作りながら考えて進められる。ヴィム・ヴェンダースだって山本耀司のドキュメンタリーを撮ってる(『都市とモードのビデオノート』)。ヨーロッパじゃ、よくあるんだ。

 玉三郎がどんな理由でこの企画に乗ったのか直接聞いたことはないけど、説得する理屈は一応考えたさ。玉三郎は当時40代半ばかな。「鷺娘」はあれだけ身体に負荷をかけるから、60歳を超えたら踊るのが難しくなるでしょう。伎倆のピークと美しさのピークが交差する点を、名カメラマンにフィルムで残してもらいたいという欲求は絶対あると思った。だから、そんなふうに伝えた。玉三郎はダニエルの映画が好きだったし、ベルタのカメラも気に入っていたと思う。

 話が逸れるかもしれないけど、Jポップとかクールジャパンとか言ってるよね。でも大切なのは漫画やアニメを輸出することではなくて、どんな漫画がいいか、どんなアニメが優れているかという価値基準を決めて、それを流通させることでしょう。

 その点、フランスはよく知っている。国が招いた留学生がフランス的な価値観を身につけてくれたら、その人が帰国してもずっとその価値基準を広めてくれる、と思っている。

 美術の世界もそう。日本の美術館は価値のある作品を購入、収蔵するよね。でもフランスは集めた作品を鑑定して、美術品の価値を自分たちが決める。ギャラリーをパリに集めれば、あとは世界中に高値で売れる。それがフランスのやり方なんだ。

 ところが、ダニエル・シュミットの作品をまとめて映画祭を開いたのは、日本が初めて。海外の有名人や名作が国内に紹介されるのは誰も不思議に思わないけど、シュミットの場合は、日本の評価が海外に広まって有名になった珍しいケースだと思う。言ってしまうと、蓮實重彦さんが世界で初めて「発見」した監督なんですよ。これって「価値基準の輸出」なんだよね。

 シュミットとの付き合いは長いから、いろんなことがあった。クリエーターだからわがままなんだけど、ホントにいい奴でね。「一つの『美』の前に、『真実』なんて何の価値があるのか」。これが、彼の常套句なんだ。その耽美的な極致が、玉三郎の「鷺娘」に見えたんじゃないかな。

 撮影したのは1994年だから、もう20年経った。玉三郎も60歳を超えてるよね。最近、「鷺娘」を取り上げるという話は聞かないから、あの舞台は見たくとも、もう見られないだろうなぁ。(談)
(2014年7月25日 渋谷・ユーロスペース、聞き手・構成=北嶋孝)

・映画「書かれた顔」は、「ダニエル・シュミット レトロスペクティヴ」第2期(2014年8月2日-8日)の期間中、上映予定。会場はオーディトリウム渋谷。日程などは次のページを参照。
>> http://a-shibuya.jp/archives/9939

【略歴】
堀越謙三(ほりこし・けんぞう)
1945年、東京生まれ。早稲田大学文学部卒。マインツ大学大学院(修士課程)ドイツ文学科中退。82年に「ユーロスペース」を渋谷に開館、ミニシアター活動の有力拠点となる。ヴィム・ヴェンダース、張芸謀(チャン・イーモウ)、デヴィッド・クローネンバーグ、ラース・フォン・トリアー、レオス・カラックス、アッバス・キアロスタミらの作品を日本で初めて配給。国内の若手監督の作品を製作するほか、ダニエル・シュミット「書かれた顔」、ジャン=ピエール・リモザン「TOKYO EYES」 、レオス・カラックス「ポーラX」、フランソワ・オゾン「焼け石に水」「まぼろし」「クリミナル・ラヴァーズ」など海外監督の国際製作も手がける。97年にNPO法人「映画美学校」を設立。2005年に東京藝術大学大学院映像研究科の立ち上げに参画、教授に就任。現在、ユーロスペース代表。

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