ハイバイ「ヒッキー・カンクーントルネード」

◎「他者性/関係性」の方に踏み出す 誰かの生き難さを救うためにも
鈴木励滋(舞台表現批評)

ハイバイという劇団の名の由来は「ハイハイからバイバイまで」だという。わたしは勝手に出会い(ハイ)と別れ(バイ)の間を描いているからハイバイなのかと思っていた。主宰の岩井秀人のプロフィールには「外科医の父と臨床心理士(カウンセラー)の母の元で育ち、夜尿症、多動症を抱え16歳から20歳まで引きこもっていた」という“乗っ取る”とか“刺す”などということに至ってしまった若者の紹介かと見紛う記述がある。もし、このプロフィールを先に見ていたとしたら、敬遠していたかもしれない。けれどもそれは、重いのが嫌なのではなく、自らの痛みのみを見せ付けるような表現が苦手なために、それを警戒し回避する直感が働いたかもしれないということだ。
実際には、贅というユニットのプレビュー公演に出演していた岩井の演技に好感を持ち、彼が主宰するハイバイを観始めたので、つまらない偏見で機会を逃さなくて本当に幸いであった。

昨年10月に、ハイバイの旗揚げ作にして代表作『ヒッキー・カンクーントルネード』も、東京での再演で初めて観ることができた。土佐有明の「劇談」というトークイベントで岩井自身が今回はよい仕上がりだと語っていたので、その6回目の再演となる公演を観るために名古屋へ赴いた。

愛知県芸術劇場の小ホール、小さいといえどもさすがはホール、昨年の公演場所「リトルモア地下」が10個は入りそうな広さ。したがって、舞台装置も客席も立派なこと。舞台は正方形だが、45度回転した、すなわちその一角を客席側に向けて突き出したような配置。下手奥に向かって斜めに伸びる長い通路があり、上手側の奥と手前にハイバイドア(扇形の土台から棒が垂直に1mほど伸び、そこで直角に折れて水平に1mほど伸びたところにドアノブだけついている舞台装置)が置かれ、奥のドアは上手袖への通路に、手前の方は半島のような小舞台へとつながっている。開演前の会場は青暗い照明の中、控えめな音量でレスラーの入場テーマ曲が流れている。舞台の上にあるのはダイニングテーブル一台とイス四脚のみで、イスのひとつにはスパイダーマンの空気ビニール人形が座っている。他に小道具といえば、奥の壁に下げられている布製のレターラックがあるくらいで、それは裏返すと「公衆電話」となり、表裏によって屋内外を表していた。

「ヒッキー・カンクーントルネード」公演から

「ヒッキー・カンクーントルネード」公演から
【写真は、「ヒッキー・カンクーントルネード」公演から 撮影=岩井泉 提供=ハイバイ 禁無断転載】

買い物袋を提げた小熊ヒデジ演ずるなかなかの違和感を醸し出す中年女性が、その公衆電話で通話しているシーンから始まる。
とりとめのない会話の断片から、そこが北公園であること、登美男という息子と綾という娘がいること、電話の相手はどうやら彼/女たちの父親のようであることなどが説明的ではなく示される。その登美男が10歳の頃ここの砂場でウンチを掘り起こし、それを綾が食べてしまったという思い出話が交わされるのを聞きつつ、その出来事から数年は経っているのか、そんなもの食べちゃうくらい幼かったであろう妹は少なくとも兄より五歳は年下なのだろうか、などと考えていると二人が舞台に登場する。
母親は部屋でくつろぐ二人の後ろで電話を続け、その内容が電話の相手と互いの身体のことを案じているような遣り取りであることから、父親は訳アリ別居ではなく単身赴任でもしているのだろうと察せられる。
その上でさらに、なんで公園から電話してるんだ、そもそも公衆電話っていつの頃の話なんだ、とあれこれと想起させられる短いのに練りに練られた巧みな導入の一場である。

ヒッキー、つまり引きこもりであるのは登美男のようであり、プロレス技を掛け合うくらい仲良しでいてくれる妹の存在に彼は救われている。母は父に紹介された「出張お兄さん」なるカウンセラーっぽいものに頼るが、やって来た圭一は出張お兄さんですらなく、過剰適応症いわゆる「飛びこもり」の青年で、圭一は登美男を家から出られるようにするどころか、彼の舎弟のようになって居座り、森田家にはヒッキーが二人になってしまう、という実に荒唐無稽な物語が展開される。

劇団のプロフィールで、ハイバイは「みなが持ってるトラウマな瞬間」を露悪的に提示しているというが、「露悪系」とは一線を画しているのではないかと思っている。
自身が15歳から20歳くらいまで引きこもっていたという岩井が描くのは、嫉妬とか性欲とかドロドロしたものではなく、日常に潜むちょっとしたすれ違い。そわそわしてしまうのに、どことなく可笑しい。たとえば本作にもこんなシーンがある。

妹に恋人ができたと告げられた登美男はわかり易く動揺しながら、妹がお気に入りのプロレスのビデオを勝手に貸したこと自体よりもその彼氏に貸したのではないかと勘ぐって怒り、誤解だと発覚するも引っ込みがつかなくなって怒り続けるが、借主の友人からルチャ・リブレのビデオをお礼に貸してもらえるとわかるとかなり嬉しいのにそれを悟られぬようどうにかテンションを抑えつつメキシコのプロレスの偉大さについて語り、どう見ても興奮してしまっているのに平静を装いながら自室へ向かい、やる気満々なリングコスチュームとマスクで颯爽と現れたときには、綾は彼氏からの電話に夢中になっている。

この戯曲を岩井が綴ったのはまだ二十代の終わりの頃である。その若さで、恥ずかしくて消え入りたくなるような場面を、もう笑うしかないと直観して描いたことに、彼がそれまでに感覚してきた世界や内面での葛藤を想起させられて戦慄してしまった。
岩井は自嘲気味に「笑えるトラウマ」とか「観客を笑うしかない状況に追い込む」などと言うが、そこに彼の壮絶なやさしさを見ずにはいられない。

「やさしさ」というとき、わたしは栗原彬のいう「ミリタント(闘争的)なやさしさ」というものを念頭においている。栗原は「やさしさに欠かせない三要素」として、「生命への感受性。他の生命の波長との共振」と「ヴァルネラビリティ(可傷性、傷つきやすさ)あるいは共苦」と「心の寛やかさ。差別したり排除したりしない心の習慣」とをあげている。(『人生のドラマトゥルギー』岩波書店 1994)
他者の存在を感覚するにとどまらず、自らの痛みをもって他者の痛みを想像することで、差別や排除を否定する生き方。
ここでわたしは三要素を「他者性/関係性」と「共感能力/想像力」と「非暴力/赦し」と読み替えて、岩井のやさしさに迫ってみたい。それはもう、人を殺してしまうかどうかギリギリのところのやさしさである。
勘違いしてほしくはないのだが、人殺し云々というのは断じて比喩的な描写などではなく、極めて文字通りの意味だ。
そして、もちろん「人殺し」が殺す「人」には他者と等しく自らも含まれる。

岩井が何を思って引きこもっていたのかは知らないが、ほぼ同世代の自らを省みて、自分が引きこもらなかったのは何かの偶然の重なりに過ぎないと思っている。むしろ、狭い価値基準でしか評価されない社会という、もはや構造的ともいえる暴力に晒される中で、自分の痛みを麻痺させ、他者の痛みを想像することを怠っていたから、引きこもらずにのうのうとしていられたのかもしれない。感覚が鋭敏で、この社会に生きているだけで傷つけられるのみならず傷つけてしまうことを察知できる人たちが、暴力を振るい続ける他者も自らも辛うじて赦すために、どうにかあなたもわたしも殺さないために、ひとまず他者との関係性を絶つという、やさしさの消極的な闘い方がヒッキーという在り方ではなかろうか。

登美男は「ニセ出張お兄さん」の圭一を連れ戻しに来た出張お姉さんの黒木にせきたてられ、「買い物療法」として綾や圭一のほしいものを買うために家を出るのだが、数時間の後に血だらけで黒木に背負われて帰宅する。
黒木や圭一が母親に追い出された後、治療を施されて回復した登美男がリビングに出てくると、テーブルの上には母が作った黒コゲの春巻きが置かれてある。
それをつついて登美男が自室へと去ってしまってから、綾が黒木から聞いた真相を母親に語る。混みあう電車の中、買ったもので膨らんだリュックを背負っていて注意をされた登美男は、慌ててせっかく買ったものをバラまいてしまう。そして、懸命にそれらを拾い集めるうちに吐いてしまい、それがかかった高校生たちに電車から引きずりおろされたのだという。
それを聞きながらも母は、登美男の買い物の中の同人誌を読みながら爆笑する。怒る綾に対して「だってガチャピンがこんなこと!」と。

登美男が外出できたことを祝おうとした母や綾の想いと、レシピもよくわからないまま焦って作ったかりんとうみたいなコゲ春巻きとのギャップ。直接描かれることはなかったが、電車の中で登美男が必死に荷物をかき集めるシーンを想像するとき、その中に圭一からリクエストされたエロ同人誌があることの間の抜けた愛しさ。可笑しいとも悲しいとも名づけ得ない感情が湧き起こる。

「人間なんて一皮剥けば」などということをわざわざ見せるのではなく、本作にはわたしもあなたもそんな空回りで情けなくても生きているんだと見せ付けられた。なんとも滑稽で温かい心持ちにいざなわれ、気づけば笑いながら泣いてしまい、泣きながら笑ってしまっている。岩井秀人のやさしさによって導かれた、慈しみとでも呼ぶべき曖昧ながらも深い情動は、わたしとあなたの垣根を揺さぶり、他者に対して単純に怒ることを抑制し、ひいては復讐へと向かわせなくさえするのだと思う。やさしさには報復の連鎖を断ち切る赦しの可能性も秘められているからである。

終盤、北公園に興行に来た「みちのくプロレス」を観に行こうと綾は、傷も癒え切っていない登美男をなんとも軽やかに誘う。
劇談のトークでは、岩井は本作を「結局家から出られなかった」男の話として語り、昨年のリトルモア地下での公演でもラストはぼやかされていた。
「先行ってまっせー」と変な関西弁の響きを残して綾が舞台を去り、登美男は逡巡している。ここまでは昨年の公演と重なるので、前回の岩井本人が演じた登美男は圧巻だったけど今回の金子岳憲の登美男も素晴らしかったな、などと余韻に浸っていたのだが、次の瞬間、母親が現れて公衆電話で父親と話すシーンが続き、わたしはかすかに動揺した。だが舞台では、懲りもせず母親が、砂場で登美男が掘り当てたウンチを綾が食べちゃった話をしている。そして、彼女は遠くに綾を見つけ、その後ろに続く登美男に似た姿に目を奪われる。
驚く母親をよそに、よりによって電話口の父親は公園のプロレスの方に食いつく。試合をやってるのかどうか執拗に問い続けられた母親は、それを確かめるために舞台からはけて、明かりが落ちる。

鳴り止まぬ拍手の中で、引きこもりが「治って」よかったよかったという形でのカタルシスではなく、茫洋とした想いが浮かび上がる。登美男がプロレスラーになりたいという身の丈を省みない夢にすがりついているのは、プロレスが大好きな父親との幼き日々の幸せな思い出が、どこかで彼を支え続けているからではないかという淡い想いであった。

それにしてもラストの母親の電話の場面が復活したのはどういうことなのだろうか。
今回の公演は、第9回愛知県芸術劇場演劇フェスティバルが「HOME」というテーマで作品を募り、18団体の応募の中から昨年東京でも上演された鈴江俊郎率いる演劇ユニット昼ノ月の『顔を見ないと忘れる』などと共に選出され、名古屋での上演の運びとなったものだ。
ハイバイとして初めて上演する土地の観客に対して、わかり易いものをという配慮はあっただろう。もしかしたら、フェスティバルのテーマを意識したのかもしれない。終演後に岩井に尋ねたところ、初演時の戯曲にはあのシーンはあったということだ。

そこにどのような意図があったにせよ、もうとっくにこのラストが加えられた上演台本はあがり、稽古もしていた公演数日前のトークにおいて、少々乱暴に「出られなかった男」の話であると語った「矛盾」から、「出る」ということへの岩井の想いの推移と今現在の彼のやさしさの在りようが見えてくるのではないだろうか。

そもそもこの変わった作品のタイトルを付けた由来は、「自分だけの世界から飛び出す」ことを、リングから場外にいる相手に対して飛びかかる体当たり技「カンクーントルネード」に喩えたと当日パンフにも記されている。リングから飛び出したところで相手によけられて床に叩きつけられるかもしれないが、飛び出さなければ「そこ」以外のものに救われることはないのだ、ということも綴られている。

たしかに、初演当時は飛び出す自分のことで精一杯だったのかもしれない。ともすれば切実に自らを救うための劇作だったとも考えられる。ところが、岩井にとって自らが「そこ」以外のものに救われるべく上演するという段階は、とうに過ぎているであろう。観客の解釈の多様さを保つためにも、作品としてはラストが曖昧な方が響くものもあるやも知れないが、そのことでわかりたいという人たちの関心が「登美男が家を出られたか否か」に集まってしまうことは避けたくて敢えて加えたのではなかろうか。
ぶっきらぼうな「出られなかった男」発言も、もう出られたかどうかなんて結果のみには拘泥してほしくないという気持ちの極端な表れであるともいえよう。
出られる出られないなどということに気をとられることなく、自らを救い出した先の場所で岩井が表現しているものを観てほしい。

本作と並び彼の代表作と呼ぶにふさわしい70%自伝という『て』で、岩井は母と自分との二つの視点から同じシーンを繰り返し描くという手法を用いた。『て』のための取材をするうちに岩井は、自らの記憶と母親の証言が異なることに気づく。それを単にすり合わせようとしなかったことが、作品を重層的で立体的にし、昨年6月の上演からわずか一年あまりで東京芸術劇場において再演が決まるほどの、評価につながったのだろう。
けれども、そこで重要だったのは、岩井が他者の視点を明確に意識しなくてはならなかったことであり、それをためらうことなく作品に成しえたということだろう。
同様に、『ヒッキー・カンクーントルネード』のラストシーンを加え直した意図にも、岩井が消極的な闘い方から「他者性/関係性」の方に決然と踏み出した一歩を感じられたのだ。
そんな彼の闘争的なやさしさは、構造的な暴力の真っただ中で闘い抜くだけの度量を十分に備えているのだ。
これからは、岩井秀人そしてハイバイの演劇が誰かの生き難さを救う番なのである。
(初出:マガジン・ワンダーランド第141号、2009年5月27日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
鈴木励滋(すずき・れいじ)1973年3月群馬県高崎市生まれ。栗原彬に政治社会学を師事。障害福祉の現場で喫茶店の雇われマスターをしつつ、テルテルポーズダンスシードなどで、演劇やダンスの批評を書いている。ウェブログ「記憶されない思い出」を主宰。

【上演記録】
ハイバイ『ヒッキー・カンクーントルネード』
愛知県文化振興事業団 第255回公演第9回愛知県芸術劇場演劇フェスティバル
愛知県芸術劇場小ホール(2009年4月10日-12日)

【作・演出】
岩井秀人
【出演】
金子岳憲[ハイバイ](森田登美雄)
成田亜佑美(森田綾)
小熊ヒデジ[てんぷくプロ/KUDAN project](森田・母)
坂口辰平[ハイバイ](圭一)
菊川朝子[ハイバイ](黒木香織)

【スタッフ】
舞台監督:西廣奏
照明:松本大介[enjin-light]
音響:長谷川ふな蔵
衣装・小道具:mario
記録写真:岩井泉
宣伝美術:土谷朋子(citron works)
製作:三好佐智子
主催:ハイバイ、(有)quinada、(財)愛知県文化振興財団
【チケット】前売一般:2,500円  当日:3,000円

【アフタートーク】
4月10日(金) 岩井秀人×小熊ヒデジ(てんぷくプロ/KUDAN project)
4月11日(土) 岩井秀人×本広克行(映画監督)


「ハイバイ「ヒッキー・カンクーントルネード」」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: SuzukiReiji
  2. ピンバック: やぶち ことこ

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