弾丸MAMAER「デマゴギー226」

◎演劇への果敢な挑戦に熱くなる 女中部屋の密室劇で2・26事件を描く
木俣冬(フリーライター)

「デマゴギー226」公演チラシなんて隙のない鮮やかな作戦!
冒頭から最後まで、演出家・竹重洋平の指揮に魅入られた。今更ながらorganize が団体を組織することであり、芸術を構成することでもあることを体感させてもらった。

客電が消えて真っ暗な中、ふいに照明がつき、舞台前面に立つひとりの人物を照らし出す。彼は、憲兵のひとり。物語は、2・26事件の当日夜、陸軍皇道派青年将校がクーデターを起こし、総理大臣の家を襲撃するところから始まる。舞台中央が、総理大臣の家の中。舞台奥の障子に迫り来る無数の青年将校たちの影が映る。そして、障子が開くと、仁王立ちした総理大臣が撃たれて倒れる。千人以上で行われたクーデターの迫力を小劇場でも再現しようという心意気や、良し。観客の心への突入は、まず成功だ。

以後は、首相宅の女中部屋を中心に、敵と味方が入り乱れ、小劇場らしいおもしろおかしい人間模様が紡がれていく。暗殺されたと思われた首相は実は別人で、本物の首相は女中部屋の押し入れに匿われる。そこからどう青年将校の目を盗んで脱出を図るか、女中と憲兵たちが知恵を絞る。

女中部屋の中でのみ語られる密室劇にしないところがいい。決して広いわけではない舞台を、前面、中央、障子奥と三層に分けて、事件現場、それを取り巻く世間の状況、過去の回想と、時間と場所を、リズムよく転換していく。これによって、首相邸突入から首相脱出までの三日間、いかに日本がざわついていたのか、ことの大きさ、複雑さがわかってくる。日本全体の問題がこの女中部屋に集約しているのだ。憲兵のひとりの妹が家族のために身を売ることになったという回想なども挿入されるが、貧しい兄妹にとってのごちそうカレーライスのエピソードが後々生きてくるとはまさか思いもしなかった…。

「デマゴギー226」公演から
【写真は「デマゴギー226」公演から 撮影=momoyo 提供=弾丸MAMAER 禁無断転載】

襖と障子が何度も開き、閉じ、空間が変わっていく。幾層もの断面が真実をチラ見せしたり、遮断しながら、物語が進行していく。人々は、その空間を走りまわる。何らかの確かなものを求めて。

背景に使う戸板を前面に持ってきたり、障子の向こうに使ったり、スタッフの舞台裏での奮闘までもが、芝居の熱を上げる。本来、こういう裏事情を考えずに、物語に没入したほうがいいのだろう。商売柄、どうしても、スタッフワークが気になるだけで、実にスムースに進行していたと思う。緻密に構成された動線が十分機能していることが、2・26事件に命を賭けた人たちのエネルギーと重なる。淡々と頭で事件を再現するのではなく、身体を使った芝居にすることで、当時の状況にリアリティーが出てくる。深作欣二監督が、大正時代の作家たちの生き様を描いた映画『華の乱』の熱さを思い出させた。余談ではあるが、例えば、あの映画、松田優作がサイドカー付きバイクで人々を蹴散らしていく場面の活気と言ったら凄いのだ。当時の人間たちのエネルギーを画面に注ぎ込んだキャメラマンは『劔岳 点の記』(09年6月公開)で監督デビューした木村大作だ。

話を舞台に戻そう。女中たちが畳の上を、火花が出るくらいキビキビと滑るように動きまわる。憲兵たちも凛々しいが、彼らよりも女中たちの動きのキレがいい。彼女たちは、必死で首相を守っている。そのためのお色気作戦が、今ひとつ色っぽくないくらいに頼もしい。

シュールなイメージシーンも登場する。白装束の女性たちがお米のかぶりものをかぶって踊り出す。これは、押し入れの中に隠れている首相の見た悪夢でもある。
当時の日本は経済状況が悪化し地方農民が困窮していた。クーデターは、そういった日本の悪政に対するものだった。クーデターの標的として銃殺されたはずの首相は押し入れの中にいる。そこにはどうやら秘密があって、女中と首相だけの不可侵なソレが何か?という謎が物語のそこはかとない通奏低音になっている。実際史実として語られていることだそうだし、それを知らなくても、なんとなく想像がついてしまうのだが、その明かし方をいかに「なんだ、やっぱり…」感からすり抜けるかが、この作品という作戦における最大の攻撃であろう。

なんと、首相は押し入れの中で粗相をしてしまっていた。いつ見つかって自分の代わりに死んだ者と同じように殺されるかわからない恐怖を感じながら、狭く暗い押し入れの中で身を潜め続けてきたが、お米の妄想に取り憑かれ、狂乱状態で舞台中央に飛び出してきた首相の頭上から、黄土色の液体が真っすぐに降る-!
障子の向こうでは、憲兵の妹が、幻想の中で、満面の笑顔で、兄に向かってカレーライスの話をしている。
見事なアタックだった。
選択されたモチーフはポピュラー過ぎるほどポピュラーなのだが、この一撃のために、スタッフ、キャストは、全力で一糸乱れぬ呼吸で走ってきたのであろうことが愛おしく思えた。作戦は見事に成功、ということだろう。
物語の中の首相脱出作戦も無事に成功。女中が片付ける押し入れの布団は茶色い日の丸。そうして、日本史に残る政治的大事件の片隅で起こっていた人間味あふれる出来事を見つめた演劇は終演する…。
テレビじゃやれない表現だ。
場面転換がどんどん変わるのは、本来映像のほうがやりやすい。舞台では難しいことをこの芝居は果敢にもどんどん切り替えていた。映像も一切使わずに。
舞台のホンがどんどん映像化され、舞台と映像がインタラクティブな時代。テレビじゃやれないこと-小さな劇場で幾人かの人たちと密やかに陰謀(?)を共有できる悦び、に出会えた。

09年も三分の一が終わり、総理の支持率が定額給付金と高速料金値下げで微妙に上がっているという、本当に微妙な状況下。テレビで桑田佳祐が政治をネタにした替え歌を歌って世間を沸かせていたけれど、そういう、こっそり笑いが、舞台でも少なくなっている気がする。

この舞台で描かれた昭和初期の日本の状況と、2009年の今の状況が、国民が苦しんでいるという点においてどこか似ているかもしれないとは、誰しもが思うだろう。その一方で、演劇の存在価値と方法論はずいぶんと様変わりしている気がする。竹重洋平の演出は、歌舞伎にも似た襖や障子を効果的に使用するなどのアナログな表現をするものの、時間と空間の捉え方は現代的なデジタルなものでもある。編集技術で巧みに構成された映像のようにも見えた。

歴史をモチーフにして作品を描く時、このように過去と今が絡み合って、その先へと思考をつなげてもらえることがおもしろい。
観劇した日は大雨で肌寒かったが、舞台から受けた熱はなかなか醒めず、多くの人々が変革を望む時代、演劇の役割って何? なんてことを考えながら家路に向かった。
(初出:マガジン・ワンダーランド第140号、2009年5月20日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
木俣冬(きまた・ふゆ)
フリーライター。映画、演劇の二毛作で、パンフレットや関連書籍の企画、編集、取材などを行う。キネマ旬報社「アクチュール」にて、俳優ルポルタージュ「挑戦者たち」連載中。蜷川幸雄と演劇を作るスタッフ、キャストの様子をドキュメンタリーするサイトNinagawa Studio(ニナガワ・スタジオ)を運営中。個人ブログ「紙と波」。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kimata-fuyu/

【上演記録】
弾丸MAMAER「デマゴギー226
作・演出 竹重洋平
中野ザ・ポケット(2009年4月17日-26日)

◆出演
中村哲人・山口晶由・河合伸之・川崎清美・田仲晶・染谷恵子・木村慎一・安藤純
沢樹くるみ(junction)・小林香織(ワンダー・プロ)・坂田久美子(J.CLIP)・森本73子(E-sprinG)
田中しげ美・椿克之(TEAM JAPAN SPEC.)・土田卓・市川草太・櫛部哲史
宮下千恵・榎本舞・坂井幸恵・田村理絵
◆スタッフ
音楽:吉川清之
美術:佐藤朋有子
照明:中山仁(㈱アートプラス)
音響:松林利広((株)MIHYプロデュース)、芳賀明子
衣装:阿部美千代((株)MIHYプロデュース)
ヘアメイク:片山りやの
宣伝美術:吉田光彦
宣伝デザイン:村上律子
宣伝・舞台写真:momoyo
パンフレット:JAGA
Web製作:NASHFILM
大道具:夢工房
小道具:高津映画装飾(株)
舞台監督:山田和彦
制作:水橋千佳子(弾丸MAMAER)、古谷真弓
製作協力:安井ひろみ((有)キィーワード)
協力:小林広実(弾丸MAMAER)、仲村和生、たけいけいこ、滝沢正光、リサイクルきもの福服
企画・製作:弾丸MAMAER事務局、アキラグローバルビジョン(株)
◆チケット<全席指定・税込み>前売:3500円 当日:3800円 学生:3200円( 平日昼:3200円 リピーター:2000円


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