「千種セレクション」報告(前編)

◎充実したワークショップやディスカッション
カトリヒデトシ

「千種セレクション」公演チラシ昨年から、時折名古屋や三重、関西方面へ芝居を見に行くようになった。
今回は名古屋で1月から2月にかけて行われた、千種文化小劇場の自主企画「千種セレクション」に通った。その報告をしたい。
「千種セレクション」を企画した、千種文化小劇場は「ちくさ座」という全国的に見ても特筆すべきすばらしい円形劇場をもつ施設である。251席という適度なキャパシティで、駐車場や練習室もある。八角形の舞台面の周りに最大9面の客席が設置可能で、各ブロック5段の固定の客席が組まれている。高低差があるため、実に見やすい環境である。

今回の企画は、「あなたは劇場と恋をする」というキャッチコピーで、名古屋の劇団と名古屋で活動する作・演出家、東京のカンパニー2つによる計4団体が2週間に渡り公演を行うのがメイン。「ちくさ座」の自主企画だが、複数カンパニーによる合同公演は初めての試みで、準備に2年もの期間をかけ実現したものである。十分な準備により、関連企画も充実したものになった。

参加演出家は、実行委員長として地元「よこしまブロッコリー」の にへいたかひろ。彼は名古屋で演劇の専門学校の講師も務める作家、演出家、俳優。「NEVER LOSE」の片山雄一は東京人だが名古屋で活動しすでに7年になるという。今回は休止中のカンパニーから離れ、個人ユニット「トライフル」を立ち上げた。作・演出家の彼が名古屋の若い役者たちを集め作品づくりをしていく主旨のユニット。東京勢は「shelf」矢野靖人。演出家の彼は出身が名古屋である。そして「第七劇場」の鳴海康平。矢野、鳴海の二人は古典の構成劇を得意とする「純」演出家、共に「スズキメソッド」を基に役者を鍛え、本拠地を東京に置きつつも、「首都」にだわらず、「地方」での活動や公演を積極的に行っている共通点を持つ。また、第七は野外での公演を得意とし、劇場での本公演がかえってめずらしいという明確な特徴を持つ。以前にも二人は名古屋七ツ寺共同スタジオで公演やワークショップを開いている。

「千種セレクション」

「千種セレクション」
【写真は「千種セレクション」のにへいクラス(撮影=新井亮)と片山クラス(撮影=西岡真一)から。禁無断転載】

1月21-24日に4人の演出家が市民向けワークショップを行ったところから企画は始まった。2時間半2コマのWSは短歌会館や演劇練習館アクテノンで行った。発表会を最後に行うという作品づくりのWSだったが、「ロミオとジュリエット」のバルコニーのシーンをテキストとする「縛り」で演出家たちの持ち味も試される趣向。キャリアもまちまちなほぼ素人の参加者たちと20分程度の作品をつくるというなかなか厳しい条件である。興味津々で見学に訪れた。 にへいクラスは60代男性(過去にWS参加1回のみという方)、60代女性(仕事をリタイヤしてからこの2年ほどいろいろなWSを受けるかつての「演劇少女」)、20代男性(声優系の専門学校に通っていた)の3名。男二人のロミオがジュリエットに熱烈にアプローチをかけ、最後に選ばれるという構成。にへいの指導は明るく柔らかい雰囲気だがきちんと演劇的約束事を的確に伝え、動きからくみ取れる心情をフィードバックさせ本人に納得させ進んでいく点がいわゆる「素人」へのWSとして適切なものであった。

ロミオが選ばれるジャッジの場面は、2カ所。最終的にロミオを獲得するのはジュリエット役のおばさまの気分次第という仕掛けでその都度ごとのおもしろさがある。60代おじさまの不可思議なたたずまいが想像を超える魅力を醸す作品となった。

片山クラスは40代男2名(40過ぎから演劇を始めた方と15年のブランクのある社会人)40代女性2名(市民劇団加入者と全くの初心者)、20代女性(WS1回のみ)の5名。

この手のWSは「誰が、誰のために」行うのかという目的意識を共有できるかどうかが肝腎な所であるが、呼吸法から入り基礎を教えているようであっても、片山はとにかく自分が楽しくなるようにWSを進めていく。受講生は多少の「?」が浮かんでも、ひたすら受けて笑いながら次々と指示を出す片山にあおられ乗せられ、体を動かしているうちに自然と本人が思う以上に潜在的な魅力を引き出していく。ちゃぶ台をバルコニーにみたて、浮気がばれたロミオがジュリエットに怒鳴られるペア、のりがよすぎてジュリエットに見放されるペア、気まぐれなジュリエットに翻弄されるペアと二役が交代されていき、場面が構成される。素人も含め、それぞれの持ち味が発揮されるのは、片山の持つ明解なプランに巻き込まれているからで、その結果参加者は思っても見なかった(はずの)飄々とした軽みあるロミジュリを作り上げ、WSのおもしろさを堪能できたことであろう。

矢野クラスは20代男性と女性各1名。30代女性が1名。40代女性が2名、男性が2名、60代女性が1名。プロは一人もおらず、学生時代にやっていたり、WSやその発表会への参加経験があるぐらいだったりというメンバーである。まず矢野の「読む」ことを「演技」することとするため呼吸をコントロールしなければならないという講義が行われる。

「千種セレクション」

「千種セレクション」
【写真は「千種セレクション」の矢野クラス(撮影=新井亮)と鳴海クラス(撮影=第七劇場)から。禁無断転載】

テキストを大事にする「テキスト原理主義者」矢野は、椅子を一列にならべリーディング形式ですすめる。起立、着席をくりかえし、ロミオとジュリエットが入れ替わるだけでなく、複数の同時発話もおこなう。リーディングとは異なる発声とによる「劇空間」の創出が感じられる。発声から発話へさらには発話行為へと関心を広げることにより、パフォーマティヴな「声」はどのように可能かという矢野のこだわりの表出する意欲的な作品にしあがった。 鳴海クラスは20代女性(名古屋の劇団に所属)、40代女性2名(OLをしつつ芝居好きで東京まで見に行く方、知り合った演劇人に誘われ芝居をはじめた方)という面々。

自己紹介を3万人の大劇場でやったらどうなるかと始まり、見る/見られる、場、勢いなどの変化を実感させるところから、鳴海のいう「体のボキャブラリー」を感じるために、他に体をゆだねたり、外の音に集中して体を動かしたりすることにより、短時間で「身体性」への気づきへと導くところは秀逸である。その上で、自分の意識とコミュニケーションとのじょうずな扱いとは何かと投げかけていくのである。作品はテキストから演技者がこだわったことばを抽出し、発話する。ロミジュリのストーリーとはまったく切り離されたパフォーマンスとして、身体のゆるやかな動きで終始していく。即興とも、ダンスとも異なる何とも「第七劇場」風の作品となった。

発表会ではそれぞれ短時間での制作というハンデを越えた、クオリティをもった、強度のある、さらには演出家の個性を十二分に発揮した作品たちになった。発表会は、矢野、鳴海、片山、にへいの順番。最初にテキストをほぼそのまま行う矢野クラスが筆頭となり、課題シーンの全体像を展示し、そのあとにパフォーマンス、解釈の異なる芝居を2本行うことにより、だれでも知っているはずの「ロミオとジュリエット」が全く異なる相貌をみせることにより演劇のもっている表現や、テキストの自由な読み取りによるパフォーマンスの可能性の外延の広がりを感じるものとなった。

次の企画は2月4日(木)にプレイベントとして行われた、「ちくさ会議-ちくさ座を変えよう。」という市民を交えたパネルディスカッション。筆者は参加できなかったが、参加者の話を聞くと、普段ちくさ座を見守る地域の人たちからの具体的な意見や、他の公共劇場のスタッフからの「公共劇場」としてのこれからのあり方などの議論が交わされたようだ。

さて、その後本公演がABの2週に分かれ1時間作品2本上演という形で行われた。まず18日(木)-20日(土)3日間4ステージは、よこしまブロッコリー「惑星の軌道」、shelf「エピソード、断片-鈴江俊郎中期テキストから-」。B週は翌2月25日(木)-27日(土)に同じスケジュールでトライフル「地上から110cm」と、第七劇場「かもめ」が上演された。

さらにA週19日(金)の公演の前には「地域はさらに近づいていく」という演題で参加4演出家と主催者が名古屋演劇の可能性について語るという主旨のシンポジウムが行われた。筆者も要請され話に加わったが、司会の鳴海が名古屋演劇の状況について聞くという進行で、東京から来たものに名古屋の演劇環境がどのように映るか、から始まり名古屋、東京それぞれの環境の話やそれぞれが抱える問題点や困難について語っていった。
後編ではその話から始め、各作品のレビューを書いていきたい。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第184号、2010年3月31日発行[まぐまぐ!, melma!]。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
カトリヒデトシ(香取英敏)
1960年、神奈川県川崎市生まれ。大学卒業後、公立高校勤務の後、家業を継ぐため独立。現在は、企画制作(株)エムマッティーナを設立し、代表取締役。ウェブログ「地下鉄道に乗って-エムマッティーナ雑録」を主宰。
ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/katori-hidetoshi/

【上演記録】
千種セレクション vol.1”~あなたは劇場と恋をする~
名古屋市千種文化小劇場 ちくさ座(2010年2月18日-20日、25日-27日)

■1週目【ウィークA】2月18日(木)~20日(土)
よこしまブロッコリー/shelf
18日(木)19:00
19日(金)19:00
20日(土)13:00/☆トーク/17:00
■2週目【ウィークB】 2月25日(木)~27日(土)
トライフル/第七劇場
25日(木)19:00
26日(金)19:00
27日(土)13:00/☆トーク/17:00

■1ウィークチケット 3,500円(2団体鑑賞可能)[日時指定あり・全席自由]
■2ウィークチケット 6,000円(4団体鑑賞可能)[日時指定なし・全席自由]

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