#10 平田オリザ(青年団、アゴラ劇場)

追随したくなる新企画を-劇場プロデュース方式への決断

平田オリザさん-劇場の話の流れでもう一つお尋ねしたいのですが、アゴラ劇場は2003年度以降、貸し小屋業務から、全公演を劇場プロデュース方式に切り替えました(注4)。これはとても重要な方針転換だと思います。平田さんは何度も書いたり話したりしていますが、もう一度その点を説明してもらえますか。

平田 父から劇場を任されたときから、私の中に違和感がありました。劇場がお金を取って劇団に貸すというのはどういうことなのか、それでは不動産業ではないかと。いろいろ勉強していくうちに、海外には支援会員制度があるということが分かってきた。青年団は98年から海外進出があって、そういう状況を、現実に目の当たりにしていくわけです。それと拠点助成が始まると聞いて、じゃあ思い切って貸し小屋業務は止めてしまおう、拠点助成を積極的に取りに行こうという決断をしました。すごくリスクはありました。助成が取れなければ、うちは一発で潰れてましたから。

-アゴラ劇場は2003年以前の貸し小屋時代も、地方の劇団が集まる大世紀末演劇展などのフェスティバルを開いてきました。かなりの実績を積み重ねていたと思うのですが、何が足りなくて、どんな限界を感じていたんですか。

平田 限界を感じて何かをしたということではありません。

基本的にぼくはアーチストなので、人生観というほどのこともないけれど、他人のやらないことをやろう、というのが行動の指針なんです。ただそれは、別に奇抜なことをやろうというわけではなくて、他人がやらないけれど、いったんやってしまったら、ああ、その手があったかと追随したくなるような新しいことをやろうと。メチャクチャなことをやろうというのとは違います。これはぼくが冒険から学んだことですね。冒険というのは基本的にすごくセンスが問われる。太平洋をヨットで横断するのに単独だったり無寄港だったり女性だけだったり太陽光発電だったりします。でもそのアイデアの価値なんて誰も測れない。誰もが納得し誰もが感動するものは、あとから、ああそうだったのか、その手があったかと思うものなんです。そういうことをしたい。

アートマネジメントの授業でぼくがよく例に出すんですが、昔アフリカのキリマンジャロに後ろ向きで登った人がいる。これはね、感心はされますよ。ヘーッ、すごいねとか。でも、感動はされない。もちろんいいんです、そういうことをする人がいても。でも芸術の世界で、ぼくはそういうことをしたいとは思わない。そういう意味では小さいことを含めて、他人がしなかったこと、でも普遍的なことをやっていきたい。例えば今年からアゴラで、入場料の失業者割引を始めました。コストはまったくかからないけれど、結構反響は大きい。自治体からの問い合わせもあります。こういった形の、ゲリラ戦なんだけれども何かの本質を突いていることをしたい。そういう意味では、貸し館業務をスパッと止めるのは、かなり前から念頭にありました。

-プロデュース方式への転換と支援会員制度とは連携していたんですか。

平田 はい。私自身は直感で動いているけれど、そこはプロデューサーの大事な要素ではないでしょうか。プロデューサーの仕事というのは、何かと何かを結びつけるということだと思っています。多分、拠点形成事業助成が始まったときに、貸し館業を止めようと考えた人はいるかもしれない。多くの劇場経営者は、海外の劇場のあり方を勉強していたら、支援会員制度は知っていたかもしれない。でもそれらを結びつけて考えるのが本当のプロデューサーの仕事だと思います。それとタイミングですね。そこに踏み切る勇気と言ってもいい。それらがうまくかみ合うと、あのような仕事ができるということです。

注4)「劇場を通じて若手劇団を支援する」(こまばアゴラ劇場webサイト

モデルのない支援会員制度づくり

-海外の会員制度は国によって違いますね。

平田 ええ、随分違いますね。こういう制度はアメリカというか、アングロサクソンが好きですね。フランスはかなり緩くて、アットホームな感じがする。フランスは個人主義だから、例えばフランスの地方の劇場のシーズンのオープニングでは、芸術監督がロビーに立ってお客さん一人一人を迎えるわけです。ある劇場でオープニング演目で「東京ノート」を上演したときも、上演が終わると出てくるお客さんをまた芸術監督が迎えて、常連の会員さんが「いいオープニングだった」とかなんとか言ってる。そういう風景がいいな、と思います。

-平田さんのほか、静岡の宮城聡さん(SPAC芸術監督)もお客さんを出迎えてますね。

平田 そうそう。宮城さんにしろ私にしろ、海外に行ってる人にとっては当たり前の風景なんです。

-アゴラの支援会員制度はどこかをモデルにしたんですか。

平田 いや。モデルはありません。半年ぐらい、みんなで考えて作りました。これも普通の会社じゃできないでしょうけど、まずアゴラの制作スタッフら職員を集めて、支援会員制度を始める、海外のやり方はこういうのもあるしこんなのもあると説明して、貸し館の廃止と一体になって運用するとしゃべった。多分1回説明しただけでは誰も理解できないだろうから、本来なら文章にすればいいんだけど、ぼくが忙しいからともかく、各部署で問題点を考えて制度を作れ。疑問点があればぼくに聞け、企画書は全部ぼくの頭にはいっているから、ということでやった。だから最後の最後まで、このプランは文章化されていなかった。いつもうちのやり方はそうなんですけど、ものすごく新しいことをするときは、その企画書はぼくの頭の中だけにある。ぼくが整理しちゃうとそこで止まってしまうので、疑問点矛盾点は全部聞け、というやり方です。それでできた。

逆に言うと、ぼくの頭の中には、すでに企画が出来上がっているので、他人が何を分からないのか分からない。強引ですけど、分からないことを聞いてもらいながら進めるというのは意外に合理的なんです。私を信頼してくれるスタッフがいれば。

-支援会員は現在、法人とか個人でもいろんな種類がありますけど、おおざっぱに言うと何人ぐらいなんでしょう

平田 数え方にもいろいろあって難しいんですが、一つの指標は、青年団の本公演に何人ぐらい見に来るかというデータですね。それだと400人ぐらい。コアなお客さんですね。

-予想通りですか。それとももっと多くてもいいとお考えですか。

平田 マックスは1000人ぐらいと考えています。というかそれ以上来られても入れない。無理なんです。10年で1000人ぐらいにしたいと思っていましたが、いま6年目ですから、悪くはないけれど、もう少し増えてもいいかな。

-劇場絡みでもう一つ、お尋ねします。アゴラ劇場は築26年でしょうか。そろそろ修理修繕も必要になるころです。それなら新劇場を建てるという考えはないのですか。第2アゴラ劇場とか…。

平田 新劇場ですか。そんなお金はありませんよ(笑)。気力もないです(笑)。建物自体は結構がっちり建てているので地震が来ても大丈夫、50年は持つと言われてます。もちろん老朽化しているので屋上は今年張り替えました。ぼくも若い若いと言われながら今年で47歳です。後継者のことも考えなくてはいけないので、その点に関しては、秘策を練っています。ああ、その手があったなとみんなが思うようなことをもちろん考えています。ただ、新しい劇場を建てるといったことは、民間レベルではもう考えていません。ぼくがどこかの公共劇場の芸術監督になる可能性はもう一度ぐらいはあるかもしれませんけど。これ以上(アゴラ劇場を)増やすことは考えていません。>>