ユニークポイント「脈拍のリズム」

感激で涙がにじむ舞台もあれば、ごひいきの劇団公演で楽しく小屋を後にする芝居もあるでしょう。しかしユニークポイント「脈拍のリズム」公演(9月14日-19日 下北沢OFF・OFFシアター)はそのどちらにも入りません。トゲのように記憶に突き刺さっていると言えばいいのでしょうか。公演が終わってから2カ月あまり経つのに、妙に気になっています。思い出しながら、どこが気になるのかあたらめてたどり直してみました。


◎女たちの出会いが山場を作る ちぐはぐな振る舞いのなかで

物語は、幼い娘を交通事故で失った高校教師夫妻をめぐって展開されます。事故当時遊びに来ていた(夫の)後輩夫婦、加害女性と婚約者、保険会社の社員らがほとんど、被害者夫婦の住むアパートのキッチンを舞台に、ときに不自然な、ちぐはぐな振る舞いを見せているのが印象に残りました。

例えば保険会社員は、交通事故の被害者家庭に来ているのに、娘を轢いた女性を「犯人」と呼んだ母親に、「そういう言い方はあまり…」などと水を差して感情を逆撫でします。夫婦がキッチンから姿を消すと上着を脱いでケータイメールを打ち始め、夫が戻るとやおら上着を着ます。また話し合いの席で、聖書の言葉で諭そうとして怒りを買ってしまいます。

加害者の婚約者はもっとはみ出しています。車ではねた女性本人ではなく、この婚約者が保険会社員と一緒に被害者宅にやって来るのです。「本人は来ないのか」と問われるのは当然の成り行きです。ところが最初に土下座するのもちょっとおかしいのですが、そのうち逆ギレして「飛び出したのはあなたの子供でしょう」などと怒り始めるのはなおヘンではないでしょうか。
しかもこの2人は夫がキッチンに姿を現す前、娘を轢いたのは運が悪かった、話し合いが不調に終わると弁護士に任せたり裁判所の調停に持ち込だりするなどと内幕を披露した上、結婚式を予約しているので「はやくケリを付けたい」などとあけすけに話を交わします。被害者宅のキッチンでする会話とは思えません。

娘を失った夫婦も何かが欠けているように思えます。亡くなった娘のことでノイローゼ気味とはいえ、娘が事故に遭ったから2人の結婚は失敗だったと面と向かって夫に言う妻の心理はなかなか理解できません。
しかもこの家は、お客が来たとき室内履きを出しません。加害者側の人間にスリッパを出さないことは嫌みでありうるかもしれませんが、後輩夫婦が来たときも履き物なし。職場の女性教師が答案用紙を持参したとき、思わず夫は抱きしめてしまうのですが、そのとき女性は素足でした。暑い夏にむれた素足やソックスで自宅のフロアに上げても平気なのでしょうか。いまどきの若い夫婦によくあるパターンなのかもしれませんが、やはり気になるところです。

夫は誠実そうですが、事故後2カ月経ってから妻に、もう1人子供を産もうと話しかけます。しかもキッチンで。話すべき場所も違うし、時期も逸しているのではないかという気がします。2人の関係が離れ始めていることが暗示されているのでしょうか。

もうひとつ、忘れられない場面がありました。この芝居は冷蔵庫から飲み物を出すシーンが頻繁に見られるのですが、冒頭の場面で客に麦茶を出すとき、夫がコップの縁を上からつまむようにして差し出したのです。ぼくの記憶では後輩の妻に出したときだったと思いますが、コップの縁は飲み口なのに、無神経この上ない行為でしょう。まじめでありながら、他人に対して鈍感な男を象徴するシーンではないかと思いました。それとも結末を暗示する極めつけの伏線だったのでしょうか。

作・演出の山田裕幸は今年2月、テアトロ新人戯曲賞を受賞しました。並の新人とは訳が違います。俳優陣も実力派をそろえています。これまで挙げてきた登場人物のやや不自然な言動は、突発的なミスとは考えられません。演出家や出演者の意識的な枠組みであり演技だとみるのが自然でしょう。
そう考えると、想像力を最大限に働かせて描きうる舞台の稜線は、いささか不自然にみえてネット上で議論を呼んだ結末を含めて(注1)、不まじめでもなく嘘つきでもなく、しかしどこかはみ出し始めた人たちの事故をめぐる人間模様ということになりそうです。

しかしそのままでは、芝居はちぐはぐな印象を与えたかもしれません。そんな芝居をまとめ上げたのは、加害者の女性が被害者宅を訪れたシーンだったのではないかと思います。
前触れなしに訪れて事故を詫びる女に、亡くなった娘のアルバム写真をみせて思い出を語る妻。彼女はとっさのカンで、訪れた女が妊娠しているのではないかと問いつめます。自分は娘を亡くし、加害者は命を宿す。やり切れない惨めな気持ち、行き場のない怒りが涙になって流れます。そこに飛び込んできた婚約者の無神経な振る舞いに、女が平手打ちを食らわせます。一発、二発、三発…。命を失った悲しみを、痛いほど感じる彼女の無意識の反応だったように思われます。
やがて婚約者2人を見送ったあと、戻ってきた夫が泣き続ける妻を抱きとめます。
対照的な2人の女の息詰まるやりとりが、散逸しそうだった芝居を束ね、確かな軸を固めたのは間違いないでしょう。作者と俳優陣の力量がうかがえる場面でした。

20年前に起きた日航ジャンボ機墜落事故の死者は520人。航空史上最悪の事故と言われました。しかし国内の交通事故による死者は昨年1年間で約7000人。負傷者はなんと118万人に上ります。事故後1カ月以内に亡くなった人を含めると約8500人が交通事故で死亡しました。ジャンボ機が十数機墜落するのと同じ数です(注2)。
これだけの死傷者を生んでいるからには、周りに交通事故の関係者がいる場合が少なくないはずです。本人が事故に遭ったり、ときには加害者だった経験があるかもしれません。しかも個々のケースはその数だけ、さまざまな個別の影と傷を負っています。「脈拍のリズム」はその膨大な影の部分に錘を入れて成立したように思えます。同情や懺悔、糾弾や憎悪の世界ではなく、どこかちょっとはみ出した人たちの、ちょっとねじれた関係として、つまりフツーの世界の出来事として描こうとしたのでしょうか。このあたりの弁別が、舞台の評価をわけているように感じられます。

劇団のwebサイトは「私たちが作品に求めるのは、観客の想像力を、いかに高いレベルまで掻きたてられるものにできるか、ということです」(注3)と書いています。高いレベルかどうかはさておき、ここでは乏しい想像力を掻き立てて、登場人物の言動や物語の流れから映し出される世界をできるだけ正確になぞってみようと努めました。この劇団の公演は初めてだし予備知識もありません。ですからほとんど妄想の域に達したかもしれません。ぼくも近親者を交通事故で失ったひとりなので、ちょっと思いがはみ出すのだとみなしてご容赦いただきたいと思います。
(北嶋孝@ノースアイランド舎)

(注1)議論のあった結末に関しては、wonderland に山関英人さんが書いた劇評のほか、「#10の観劇インプレッション」や「デジログからあなろぐグ」「しのぶの演劇レビュー」「だったとさ日記」「GO!うさキック、GO!」などが触れています。
作者の山田さんは自分のweb日記(Gekisaku no HIBI !! 9月21日付け)で、結末は演出家と劇作家の立場の間で「迷った」けれど、「あの作品は、あのシーンをもってでしか終わることを許されなかったのだ。本番の舞台を見続けて、何度も何度も考えたけれど、その考えが変わることはなかった」と述べています。
公演全体について、演出家の佐藤信さんが高く評価しています(「喫煙劇場 9月16日付け」)。
(注2「平成16年中の交通事故の発生状況」(警察庁)
(注3)「ユニークポイントはこんな作品を目指します」(山田裕幸)

[上演記録]
ユニークポイント「脈拍のリズム
2005年9月14日-19日 下北沢OFF・OFFシアター

作・演出 山田裕幸
出演 山路誠/安木一之/石橋龍/畑中友仁/中村紗夢/衣川真生/高田愛子/大野由美子

投稿者: 北嶋孝

ワンダーランド代表

「ユニークポイント「脈拍のリズム」」への1件のフィードバック

  1. 被害者と 『脈拍のリズム』

    『脈拍のリズム』という題名から、交通事故の被害者をテーマにした舞台だとは想像できないかもしれない。

    人間は不幸に見舞われた際、どういった行動をする(しない)のか。想像するだけで身につまされる。

    布…

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