燐光群「スタッフ・ハプンズ」公演は、イラク戦争を主導した米国を始め、英仏などの首脳らがどのような遣り取りを交わして開戦に至ったか、それぞれの演説テキストなどによりながら展開したポリティカル・フィクションだそうです。飛行機事故のボイスレコーダーから、クルーの息詰まる遣り取りを描いた「CRV」公演に続くドキュメンタリー演劇でしょうか。
ネット上の書き込みを見る限り、評価がかなり分かれています。ぼくは未見ですが、いくつかのサイトをたどりながら問題の所在を考えてみたいと思います。
このwonderland しばしば紹介している「中西理の大阪日記」はかなり厳しい見方です。冒頭で「これがドキュメンタリー演劇っていうことなの? 確かにテキストは事実にもとずいているかもしれないが、ラムズフェルド、チェイニー=悪の権化、コリン・パウエル=善意の人、トニー・ブレア=アホというステレオタイプな構図が見えみえであまりにも事実関係を単純化しすぎてるんじゃないの。ドキュメントってそういうことじゃないだろうと思った」と疑問を投げかけます。
「演劇の可能性」をフルに発揮できる素材と調理法への言及だと言っていいのではないでしょうか。
やはりたびたび登場願っている「しのぶの演劇レビュー」は、「イラク戦争が起こるまでを、実在の政治家が実際にしゃべった言葉を使って書いた戯曲です。実際に話された言葉のインパクトって凄いですね」とテキストの迫力に触れていますが、演技そのものに引っかかりを感じたようです。
配役は1人2役どころか、5役6役当たり前、10役以上を受け持つ場合もあるのですから俳優は大変です。しかし逆に、俳優の奮闘ぶりを評価する声もありました。
「燐光群の舞台をみると、毎回どうしても睡魔に襲われてしまう」という「因幡屋ぶろぐ」は「今回はそれがなかった」と意外な書き出しです。「休憩なしの二時間半のあいだ、まったく気の緩むことなく、身を乗り出すように見入ってしまったのである。そのことに自分がいちばん驚いている。」「もっとも大きな理由は俳優陣の奮闘が魅力的だったことである」としています。
何日間も続く公演なので、俳優陣の出来に波があるかもしれません。しかしここではその「俳優陣の奮闘」を「出来不出来」に還元せず、作品、俳優、配役、演技との関係に絡めてこう分析します。
最後に「今回、俳優陣はまことに生き生きとしていた。特にブッシュ大統領(猪熊恒和)とブレア首相(杉山英之)の電話による会話の場面は爆笑もので、燐光群の公演でこんなに笑ったのは初めてではないか」とだめを押しています。
テキストによって、そして俳優の活躍によって、ではどんな舞台が立ち上がってくるのでしょうか。「ときどき、ドキドキ。ときどき、ふとどき。」はこう述べています。
パウエルやブレアの思考は論理的だし、観ているわれわれにも普通に理解できるように思える。だが、現実は、彼らが意図したようには進まなかった。なぜ、そうなるのか、ということをこの舞台を観ている間中、考えさせられる。
最後に紹介するのは「現在形の批評」です。最初に「この作品は構造として横たわっている演劇についての演劇、いわゆる上質なメタシアターである。しかし、メタシアターと言っても複雑怪奇で観客をあざ笑うかのように混乱させるものでは決してない。至極全うにストレートプレイながら、ある1つの設定によってメタ構造を成す結果に至ったと言うべきである」として次のように指摘します。
つまり、この3人は固定の1つの役を演じていないため、そして、ナレーターを担当するために、あらかじめ舞台はフィクション、虚構を前提としたものであることを観客に了解させる。ブレヒトの異化効果である。となると、ブッシュも(猪熊恒和)ブレアも(杉山英之)も演じられる人物ということになる。そうでなくとも、よもや本物の人物だと思う観客はいないだろうが、感情移入させるべきではない風刺劇であるため、これは巧みな仕掛けとして有効に作用するのである。(演者が日本人にも関わらず新劇的に真面目な本物らしい芝居ほど滑稽なものはない!)
いわゆる「政治」的なことを取り上げたり、触れたりしただけで、観客が敏感に過剰反応する場合があります。しかし政治的なことが忌避される根拠はそう簡単に確定できるものではありません。ベタに取り上げて舞台を宣伝に使うのでなければ、触れても変形しても構わないのではないでしょうか。坂手演劇は「取り組み」ますが、「だるまさんがころんだ」でも顕著なように、舞台の仕掛けを意識的に利用してきました。今回は英国上演にない、「メタ演劇」の手法を取り入れたようです。英国と日本での上演の違いを意識化した戦略的な方法論なのでしょうか。
[上演記録]
燐光群/スタッフ・ハプンズ(DAVID HARE:STUFF HAPPENS)
2006年
【東京】1月14日(土)~ 25日(水)下北沢ザ・スズナリ
【名古屋】1月27日(金)~ 30(月)七ツ寺共同スタジオ
【大阪】2月2日(木)~ 6日(月)ウイングフィールド
作=デイヴィッド・ヘアー
訳=常田景子
演出=坂手洋二
< 配 役 >
吉村直
(青年劇場) ……… コリン・パウエル(米国国務長官)
江口恵美
(桃園会) ……… 俳優B
/ポール・オニール(米国財務長官)/インタビュアー/ニュー労働党の政治家/デイヴィッド・マニング(英国外交アドバイザー)/フィリップ・バセット(英国特別顧問)/リチャード・ディアラヴ(英国諜報部の長)/パレスチナの学者/ジェレミー・グリーンストック(英国国連大使)/ジェシカ・スターンB(テロ対策専門家)/デイヴィッド・ケイ(イラク調査団長)/記者/編集者/インタビュアー
中山マリ ……… 俳優C
/ラムズフェルドの友人2/ウォルフォウィッツの同僚/インタビュアー/ニューヨークのイギリス人/イゴール・イヴァノフ/遺族の母
鴨川てんし ……… ディック・チェイニー(米国副大統領)
川中健次郎 ……… ドナルド・ラムズフェルド(米国国防長官)
猪熊恒和 ……… ジョージ・W・ブッシュ(米国大統領)
大西孝洋 ……… 俳優A
/ラムズフェルドの友人1/中将(国防次官補)/ジョージ・テネット(CIA長官)/サダム・フセインのスポークスマン/マイケル・ガーソン(主席スピーチライター)/ジャック・ストロー(英国外務大臣)/マーク・デイトン(上院議員)/アラン・シンプソン(労働党議員)/ハッサン・ムハマッド・アミン将軍/サダム・フセイン/古参の英国政府関係者/ジャック・シラク(フランス大統領)/ジェラール・エレッラ(英国駐在のフランス大使)/ロビン・クック(英国下院総務)/イラク難民
江口敦子 ……… コンドリーザ・ライス(大統領補佐官)
内海常葉 ……… ハンス・ブリクス(国連大使)
裴優宇 ……… 俳優D/ヨーヨー・マ/コフィ・アナン(国連事務総長)/ジャン=ダヴィッド・ルヴィット(仏国連大使)/ジョン・ネグロポンテ(米国国連大使)/モハメッド・エルバラダイ(IAEA事務局長)/リカルド・ラゴス(チリ大統領)/アフリカの役人/アラステア・キャンベル/ジョフ・フーン/トレヴァー・マクドナルド(ニュースキャスター)/ジェシカ・スターンA(テロ対策専門家)/アリ・フライシャー(米国大統領のスポークスマン)
久保島隆 ……… ポール・ウォルフォウィッツ(米国国防副長官)/怒れるジャーナリスト/ジョン・マッケイン(米国上院議員)/モーリス・グルドー=モンターニュ(仏大統領の個人外交使節)
杉山英之 ……… トニー・ブレア(英国首相)
工藤清美 ……… ローラ・ブッシュ(米国大統領夫人)
阿諏訪麻子 ……… ブリクス夫人/チェイニーの娘
安仁屋美峰 ……… ラムズフェルド夫人
樋口史 ……… ウォルフォウィッツ夫人/ブレア夫人
<スタッフ>
美術=二村周作
照明=竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
音響=島猛・鈴木三枝子(ステージオフィス)
衣裳=大野典子
舞台監督=森下紀彦
演出補=吉田智久
演出助手=坂田恵
美術助手=齊藤亮太
文芸助手=久保志乃ぶ・清水弥生
宣伝意匠=高崎勝也
衣裳助手=桐畑理佳
協力=桃園会 青年劇場 C-COM オサフネ製作所 高津映画装飾株式会社 東京衣裳
高橋淳一 久寿田義晴 橋本加奈子 藤島麻希
香取智子
中川稔朗 藤木亜耶 園田佳奈 河本三咲 田中星乃 増永紋美 加藤真砂美
Company Staff=小金井篤 樋尾麻衣子 向井孝成 宮島千栄
制作=古元道広・近藤順子
制作助手=小池陽子
コーディネーター=マーティン・ネイラー
イラスト=石坂啓
平成17年度文化庁芸術創造活動重点支援事業