五反田団「ふたりいる景色」

 五反田団の最新作「ふたりいる景色」公演は3月中旬、東京・こまばアゴラ劇場で開かれました。五反田団といえば、フツーの人たちがだらだら過ごす光景から何かが立ち上がってくる作風が特徴でした。それがこのところ少しずつ変化の兆しを見せているようです。その到達点と方向はどんなものか。「*S子の部屋」主宰の梅山景央さんに寄稿していただきました。「ふたりいる景色」は5月に京都公演が予定されているそうです。以下、全文です。

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 だいたいにおいて五反田団の作品に登場する人物はみなどっか、ぽっかりした穴を抱えている。連中はその穴を隠しながら、見てみぬふりしながら、茶化しあい、思いやり、埋めあおうとするんだけど、はたからはただだらだらしてようにしか見えないのが微笑ましいところだ。しかもそこに登場するアイテムはキャベツやおしっこだったり。だが、そんなキャベツやおしっこが日常を逸脱したアイテム使いのなかで連中のぽっかりを埋めていることに気づくとき、キャベツやおしっこのくせに質感をともなった<せつなさ>の謂いとして僕たちのぽっかりにもそっと触れてくる瞬間こそ五反田団の真骨頂である。

 それにしても今回の主人公のぐずぐずだらだらっぷりはどうだ。なんせこの男、劇中のほとんどの時間、万年床に寝そべってたぞ。しかも「ひとりのほうが完璧」「すべてをひとりでまかないたいから即身仏になりたい」なんて言いながらも恋人と同棲してる時点でそうとうなぽっかりさんだろう。けれど、むしろ恋人といることによって生じてしまう負い目が彼にそう言わせているのだから事態は深刻だったりする。恋人は自分を愛することで自らのぽっかりを埋めている。でも自分は……。たださびしいから一緒にいるだけじゃないか。男はその不対称性について負い目があるのだ。もしかしたらそれは元恋人が近々結婚することとも関係しているのかもしれない。いずれにせよ恋人や元恋人が止めるのも聞かず、オリジナルのやり方(ゴマだけを食べ続け、徐々に飲尿に移行する)で即身仏になろうとする男の姿勢はだらだらしているようでいてけっこう真剣。なんだかんだひとりになりきれない男が召還してしまうアシッドキャラ・ゴマの精の、和装に日傘という出で立ち、海の方へフェードアウトするという姿がもたらすのも、あくまで即身仏を目指す男の本気度であり、さらには死の影にほかならない。

 恋人も去り、ついには扉の外の世界すら確信できなくなった男は自問自答のなか幻想に迷い込む。恋人と手をつなぎ空を飛ぶシーンはこの芝居の白眉だろう。それまでだらだら寝そべるだけだった男が傘を上下に振りながら、必死であればあるほどに儚く、ふたり楽しげであればあるほど狂おしいまでのさびしさを伝えてくる。そしてたしかにつないだ手の感触は僕たちのぽっかりに忘れがたい余韻を残すのだ。「誰かと誰かが『ふれあう』ことが世界をはじめて確固たるものとして実在させるのなら、それが世界の基礎だというなら、もっとも根源的な単位、その先にはもう『無』しかない孤独な単位は一ではなく実は二だ」(石川忠司)。

 思えばそのことをたしかめる旅だったのかもしれない。「さびしいって理由だけで側にいてもいいの?」テーマそのものを語ってしまうラストはこれまでの五反田団の作風からすれば野暮な構成とも思えるが、それが作品の瑕疵になっているとは思わない。むしろ「おやすまなさい」での蝋燭の火が揺らめくようなポツポツとしたやりとりを想起させられ、「片方がいなくなっても片方が覚えてれば大丈夫なの!」と見事にギャグで語らせた、あのエッセンシャル・オブ・五反田団ともいえるシンプルさに一回りして戻ってきたようにも見えた。「もう寝よう」「うん」たったそれだけの幕切れに、ここ数年、五反田団がぐるぐると巡ってきた旅の美しい到達点があったように思えてならないのだ。さて、ここからどこへ向かうのか。

 ちなみに蛇足ながらやはりつけ加えておかねばならないのが、前田司郎が小説を書き始めたことの影響だろう。『愛でもない青春でもない旅立たない』『恋愛の解体と北区の滅亡』いずれも小説としての評価はともかく(もちろん小説としても面白く読んだが)、なにかとすぐ「エロい」とか言ってしまう中学生のようなメンタリティは五反田団にも通じるものの、五反田団の作品では描かれないセックスにまつわるエトセトラが前景化して描かれていたのは意外だった。このあたり今回、五反田団ではじめて男女の恋愛がフィーチャーされた点や、以前よりも作品における作家性の濃度が高くなってきた点と無関係ではないはず。五反田団の動向に関心がありつつも、まだ小説を未読の方はぜひ読んでみることをおすすめする。
(梅山景央 ・「*S子の部屋」主宰)

[上演記録]
五反田団「ふたりいる景色」
こまばアゴラ劇場(3月3日-13日)

●作・演出 前田司郎
●出演
金替康博(MONO)
後藤飛鳥(五反田団)
立蔵葉子(青年団)
望月志津子(五反田団)
●ス タ ッ フ
照明 前田司郎
照明アドバイザー 岩城保
宣伝美術 藤原未央子
制作 榎戸源胤・吉田悠軌・塩田友克

主催 五反田団
助成 芸術文化振興基金助成事業
(アマチュア等の文化団体活動・現代舞台芸術創造普及活動)

「ふたりいる景色」(改訂版)
2006年5月末 京都芸術センター

投稿者: 北嶋孝

ワンダーランド代表

「五反田団「ふたりいる景色」」への5件のフィードバック

  1. [演劇]五反田団「ふたりいる景色」

    五反田団「ふたりいる景色」(こまばアゴラ劇場)を観劇。  作・演出 前田司郎  照明:前田司郎 照明アドバイザー:岩城保  宣伝美術:藤原未央子 制作:榎戸源胤ほか 主催:五反田団  助成:芸術文化振興基…

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