三条会の「レミング~世界の涯てへ連れてって~」

◎舞台に生きた「夢そのものの劇」
後藤隆基(立教大学大学院)

ここに一枚の地図がある。右上に大きく「道のり」と印刷された地図には「千葉公園内特設三条会劇場」までのモデルコースが三種ほど記されていて、たとえばJR千葉駅西口からの最短距離を急ぐのもよし、東口から緑の歩道をたどってみたり、あるいは快速の止らぬ西千葉駅で下りて一寸のんびり歩いたっていい。むろん以外のルートをさがしてみても一向かまわないのである。特設三条会劇場にいたる「観客の散歩道」はそのまま千葉という都市の描写であり、地図を手に歩くわたしたちは仕掛けられた前提をたどりながら劇場へと向かうだろう。それはもう、観客が「三条会の『レミング~世界の涯てへ連れてって~』」と出会うための〈第一場〉なのだった。


やがて、護国神社隣の広場に組まれた野外劇場にたどりつく観客は、その舞台の向う遠景に「不時着した惑星のような」忠霊塔が薄墨の天に浮びあがっているのを目にする。劇場という設えの場所に見立てとしての都市を入れこむのではなく、ましてや日常に無断で劇を持ちこむのでも、街頭を劇場に変えてしまうのでもない。おそらくは「現実」と思われる実際の都市風景や、そこに帰属するわたしたち自身の生活を裏返すような時・空間のゆらぎが、三条会の『レミング』を大枠で縁どっていた。

橋口(橋口久男)のモノローグで幕を開けた物語は、彼の住まう三号室の「壁」が不意に消えてしまったことで動きだす。二つの部屋(三条会版の舞台は、間に溝を挟んで左右二つにわかれている)をしきる壁がなくなり、四号室の兄妹が金星をさがしている様子が丸見えになってしまうのだ。フルートを天体望遠鏡に見立てて宇宙をのぞきみる兄(中村岳人)と妹(舟川晶子)と、彼女に誘われるようにどこか向こうを見ようとする女優たち(立崎真紀子、大川潤子)。開演前から舞台でオーケストラ然と居ずまいを正していた彼女らは、それぞれフルートやトロンボーンをもっていた。ここでは「フルート=奏でる→〈音〉→聞く」ための楽器を「見る」ための道具として用いることで「見る」と「聞く」という行為が転倒を起す。両者の位相は劇がすすむにつれてさまざまに変奏されるだろう。冒頭の語りを支えた「真夜中のクッキング」をはじめとする粟津裕介作曲の音楽構成が、佐野一敏の照明と鬩ぎ合いながら、三条会の『レミング』の劇世界を彩る基調音となるように。

焼豚作りの独習中、「壁」の消失に気づく橋口だが、それより前から、すでに隣室の人びとが彼の一挙手一投足をジッとのぞき見ていたことを知らない。本来であればそこにいるハズのない人物が舞台上にいて、劇行動をとる俳優を注視する。たとえば屋根裏の散歩者(榊原毅)が四号室の人びとを操っていたように、見えない観察者の視線を用意することで、わたしたちの生がひょっとしたら「他人の夢」であるかもしれない可能性をも暗示していた。その存在と消失が問題とされるなかで、部屋をしきる「壁」は決して視覚化されない。外界との境界さえも柔らかな布によって仕切られ、予め「壁」なんぞとっぱらってしまったかのような野外劇場は、むしろ夜空に向って大きく開かれていた。「アパートの一室=壁」という密封された〈個〉の空間を、関美能留はまず観客の体感する場所から解放していく。見えないようにかくされたモノを描きだす三条会の舞台においては「見る/見られる」という構図がより際だって形象化されていくのである。

精神病棟で往年の大スターを妄想する影子(大川潤子)が「橋口=事実」を撃ち殺す場面で、彼女はこんな風に云う。「シーッ、あかりをつけないで! 暗い方が何もかもよく見えますわ」。するとそれまで舞台上を照らしていた明りがフッと凪ぎ、登場人物たちは暗闇に溶ける。同時に劇場の「壁」たる白幕に強い光が射して、舞台空間の闇夜をいっそうあざやかに映しだしていた。ここからはじまる視覚的な仕掛けは、次から次と連鎖しながら終幕までを疾走する。倒れた橋口だけが残された舞台に母親(鈴木史朗)があらわれ畳を耕しはじめる。床板をはがすと、三号室の四畳半の下に花畑があらわれる。思わず穴底を見つめる橋口の視線の先―左舞台に、花の鉢がゆるやかな弧を描いて並べられていく。花列の中心に立っている妹と橋口の小さなロマンスは、三条会の『レミング』におけるひとつの主線になる。原作戯曲では床下の暗黒としてかくされていた「畑」は、関美能留の「魔術」にかかればあざやかに彩色された夢の空間として眼前にあらわされるのだ。

妹が「風だあ!」と高く叫ぶ。彼女の手にあった風船は夜の闇をこえて宇宙をめざす。妹や兄が望遠鏡で宵の明星をさがした空の向う、天高くのぼる風船を追っているうちに舞台は暗転、劇場の目蓋が閉ざされると、橋口がマイクをとり出して最後の長台詞を語りだした。照明なき暗黒の舞台空間で、拡声された橋口の台詞だけが夜の千葉に響きわたる。ここでは「聞くこと」―つまり「音」が焦点化されていた。視覚的な趣向を凝らし、見目愉しき時・空間を演出してきた三条会の『レミング』。その「涯て」に待っていた暗闇のなかで橋口が「目をとじる」とき、何を消し去り、何を見ようとしていたのだろうか。夢とは目をとじてから見える世界である。にもかかわらず、「目をとじたらどうやって夢を見るのか」という修辞上のパラドクスは、「見る/聞く」こと自体を顕在化する関美能留の演出によって、たしかに実体を与えられていただろう。

まさに「いま・ここ」で上演中の「三条会の『レミング』」のポスターが「壁=白幕」にピンで止められ、俳優たちが映画でもみるようにそれを眺める場面で、虚構と現実の裂け目はグイと大きく広がりをみせた。また俳優の本名が配役化されたり、舞台となる「幸荘」の現住所が「千葉市中央区本町一丁目四番二号」だったり、普段着の演出家が舞台にあらわれたりもするけれど、だからと云ってそれらが全き「現実」の闖入であるとはかぎらない。果して誰が、自分を取り囲む世界の本当を知ることができるだろう。橋口は橋口であって橋口でなく、演出家も演出家であるように見えて演出家とは違うのだ、きっと―ト、訳のわからぬ堂々めぐりは措いて、いわゆる現実的なるモノさえも「夢」の一部として戯画化される遊び心に、夢と現実の境界を問いかける幾重の入れ子式構造は成立していた。

三条会の『レミング』は「橋口」という、俳優の名を冠された登場人物の見た夢であり、観客によって見られた三条会の夢でもあった。幕切れに「マイク」という電気機械を通して語られた橋口の声は、実体への不安を投げかけるものである。わたしたちの「いま・ここ」という現象さえ、もしかしたら誰かによって「見られている」夢なのかもしれないという感触とともに舞台上に繰り広げられたのは、検証される「夢についての劇」ではなく「夢そのものの劇」だった。「夢」とは、個人それぞれに私有される体験である。けれども目の前に起きている舞台形象は、たとい撃ち殺されようとも、わたしたちにとっての紛う事なき「事実」であることを手離してはならない。そして演劇というものが「沢山の人間の協力」を必要としながら、他人同士の間に共有されうる「夢(=現実)」だということも。未だ梅雨明け覚めぬ七月の雨に打たれ、それでも足の指をしっかと立てて舞台に屹立した俳優の活力、存在感は、決して夢や幻ではなかったのだから。
(2006.7.24/千葉公園内特設三条会劇場)

【筆者紹介】
後藤隆基(ごとう・りゅうき)
1981年静岡県沼津市生まれ。立教大学大学院博士課程前期課程。日本文学専攻。
Wonderland 執筆メンバー。

【上演記録】
三条会の『レミング~世界の涯てへ連れてって』
寺山修司 作 / 関美能留 構成・演出
千葉公園内 特設三条会劇場(野外公演)、2006年7月22日-25日

【出演】
大川潤子、榊原毅、舟川晶子、立崎真紀子、橋口久男、中村岳人、伊藤紀子
/鈴木史朗(友情出演)

【スタッフ】
照明/佐野一敏、美術/入江哲、音楽/粟津裕介(発条ト)、宣伝美術/川向
智紘、制作/久我晴子

【関連情報】
・三条会のレミング(三条会webサイト
・三条会のレミング 野外劇場の写真(agasuke blog
後藤隆基さんの劇評(wonderland)


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