◎「葬儀」は誰のため?
高木龍尋((大阪芸術大学大学院嘱託助手)
黒白のモノトーンの世界にいる「葬儀屋」と、華やかな世界(もちろん、探せば静かで地味なオペラもあるのだろうが)の「オペラ」……このふたつがどう繋がるのだろうか、と考えると不思議である。TAKE IT EASY! という神戸の劇団は作品を観る機会がこれまでなかったが、その存在は知っていた。タイトルはネットで見かけて知っていたが、チラシは見ていなかった。「葬儀屋オペラ」という不思議さに興味惹かれて観ることを決めた作品である。
登場する葬儀屋はその衣装だけ見てもわかる、女性5人だけの変わった葬儀屋である。彼女たちは亡くなった人の遺族から依頼を受けるのではなく、亡くなった本人から依頼を受けて葬儀を執り行うのだ。彼女たちは故人の霊の姿を見、言葉を聞くことができ、故人と相談しながら進めてゆく。そんな葬儀屋に依頼が舞い込む。
1件目は莫大な財産を残して死んだ会社創業者のじいさんからの依頼。じいさんは生前に遺言を残していなかったため、少しボケかけのばあさんをよそに、子どもたちと会社の社員たちが遺産と会社を争ってもめ始める。じいさんは死んでも誰を相続人にするか悩んでいる。そこで葬儀屋はゲームで誰が相続人に相応しいかを見極めることを提案するが、それでもじいさんの眼鏡に適う者はいない。と、じいさんが見えているばあさんがじいさんによい方法をそっと耳打ちする。棺の中にじいさんが最も大切にしていたものを入れた人が相続人と決まったが、誰も何を入れればよいのか悩み始める……
2件目は上沢くんという名の犬からの依頼。上沢くんの飼い主の女は、犬の上沢くんを完全に人格化し、恋人にしている。上沢くんは疾うに死んでいて体も腐ってきているのに、女は上沢くんをどこにでも連れ回し葬ろうとしない。そこで、葬儀屋は上沢くんに扮して女とデートをし、そこで普通の恋人同志が別れるときのように別れを告げて、葬送にしようと考える。葬儀屋たちはバレそうになったり女が抵抗したりで手こずりながらも、何とか上沢くんを天国へ送る。
3件目は夭折したがっている自称・天才映画監督からの依頼。故人からの依頼しか受けない葬儀屋に彼は無理矢理、自分の葬式を依頼する。そこで葬儀屋は葬儀で流すため、死の瞬間を撮影して映画にすることを提案する。彼は乗り気になり、葬儀屋もセットを揃え、小道具を揃え、死ぬための睡眠薬を準備して撮影を始めるが、彼は思いきれない。そこへ今度はワニを飼い始めた上沢くんの飼い主が現れ、一目惚れした映画監督は女と一緒に行ってしまう。
4件目はいたずらっ子からの依頼。いたずら好きの男の子はかくれんぼをしているうちにマンホールに落ちて死んでしまった。しかし、男の子の母親は遺体が見つからないことから子どもの死を信じることが出来ず探し続けている。そこで、子どもは自分の姿を母親に見えるようにすることで見送ってもらうことを頼む。と、そこへ1件目の騒動が雪崩れ込んでくる。騒ぎに飽きたじいさんは天国へゆくことにし、そこにいた男の子を連れて昇ってゆく。母親はばあさんに励まされ、じいさんと一緒に昇ってゆく子どもを見送る。
故人をあの世へ送るための葬儀。それが時としては遺族のいがみ合いや隠されていた事実の発覚などで、故人そっちのけで思わぬ方向に向かってゆく、というのはよく聞く話である。故人のため、とはいいながら、遺族も弔問客もやはり後生、生きている自分がまず大事なのである。そんな人間の本性が出るという葬儀を故人の側から見たら、そして、死者が自分の思うような葬儀が出来たとしたら、というのは素晴らしい発想のように思われる。死んでしまった以上、故人は遺言に書いておいたとしても、思っていたような葬儀となる確証はない。しかし、故人となった時点で言うことを聞いてくれる葬儀屋の存在は、正しく夢のようである。
とはいえ、依頼者がそれぞれ思うように葬儀が執り行われたかをみると、そうではない。やはり、遺族や弔問客など生きている人間が相手なのだから、夢のような葬儀屋を使ったとしても、思うようにはいかない。このような現実と生きているつくる社会を、あの世とこの世の境目とそこに介在する人びとから見てみようというのがこの作品であったように思われる。
ただ、総勢21人の小劇場演劇ではまずない人数が登場したこの作品で、その登場人物の数を生かしきるだけの構成があったかというといささか疑問である。葬儀の場というは確かに人で溢れても然るべきものなのだろうが、それをそのまま舞台の上に人数にする必要はないだろう。まして、現実の葬儀をそのまま映すわけでもない。観ていて少し間の空いてしまう部分が出来ているように感じたのは、作品の構成に対する登場人物の数のバランスに問題があったからなのではないだろうか。生バンドによる歌と演奏があり、凝った衣装とセットがあり、ジャグリングなどもあり、観客を楽しませるものを数多く取り入れ用意していただけに、もっと作品の戯曲としての構成があったら、というのが残念に思われる。
作品は最後にもうひとりの葬儀の場面で終わる。作品中、何度も短く登場し、壊れた掃除機や切れた蛍光灯、使い切ったセロテープなどの葬儀を事あるごとに葬儀屋に依頼していた男の葬儀である。人ではなく物だけに囲まれた世界一孤独な男が死んだとき、これまでに葬儀をしてもらった電化製品や日用品とともに、物たちとの再会の感激の中、天国へ送られる。この葬儀は依頼があったわけではなく、以前から男のことを知っていた葬儀屋が意を汲みとって行ったようだ。
この葬儀は正しく故人が望んでやまなかった葬儀であろう。そして、完全なものであった。それは間違いなく、生きている人間がかかわっていない葬儀だからである。この最もシニカルであり、滑稽でもある幕切れは素晴らしかった。滑稽ではあるが、この世に何ら暗い感情を残していくわけでもなく、純粋にまっすぐあの世へ旅立ってゆく。そのためには、健気に生きていながらも孤独でなければならない、というのはおそらく、生きている人間の社会においての事実なのではないかと思われる。それが生きている私たちにとって幸福に見えるかどうかは微妙だ。
最も幸福な葬儀と最も不幸な葬儀はとても近いところにあるようである。
(8月4日 神戸アートビレッジセンター)
【上演記録】
TAKE IT EASY! 「葬儀屋オペラ」
神戸アートビレッジセンター(8月4日-6日)
作・演出 中井由梨子
[出演]
清水かおり/中村真利亜/前渕さなえ/松村里美/山根千佳(以上TAKE IT EASY!)
いちとせ/勝山桃子/木村恭子/楠陽介/鈴木洋平(特攻舞台Baku―団)/ともさかけん(GiantGrammy)/中島竜司/橋本芳子(劇団わらべ)/宮野孝子(劇団ニュー☆トラム)/森千彰(劇団天悟)/山田翠(劇団そとばこまち)/福田昌治/田所草子/真心/(GiantGrammy)/石井テル子(劇団アクスピ)/平林之英(劇団☆世界一団⇒sunday)
[演奏]
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