マシンガンデニーロ「クロスプレイ」

◎生の重みという同時代へのメッセージ
栂井理依(舞台芸術ライター)

「クロスプレイ」公演のチラシ。クリックすると拡大表示私たちは、生きるために生まれてくる。その前提があるから、懸命に生きようと思うことができる。では、死ぬために生まれさせられるのだとしたら? いや、そうでなくとも、ある目的のために<生>を強いられるとしたら? それでも、私たちは同じように懸命に生きることができるだろうか。

演劇ユニット・マシンガンデニーロの『クロスプレイ』は、医療と生命倫理にまつわるさまざまな社会問題を通して、ひとが生きるうえで考えるべき根源的な問いを突きつけてくる意欲作だった。カズオ・イシグロの小説『わたしを離さないで』や大塚英志原作の漫画『多重人格探偵サイコ』など幾つか類似するテーマのものはあるが、より人間性の強いドラマになっていたと思う。

舞台は、雪深い地方の救急病院。突然、押し入ってきた男女2人組の強盗が、入院患者たちの集うロビーを占拠する。人命を優先し、強盗たちの言いなりになる医者と看護婦たち。肝臓移植のために入院中だった病院の跡取り息子・藤堂を中心に、患者たちは強盗に抵抗することを決意。混乱のなか、アルファと呼ばれる女の強盗が宣言する。「この病院では不法な治療が行われている!」

【写真は「クロスプレイ」公演の舞台。劇団提供】
【写真は「クロスプレイ」公演の舞台。劇団提供】

その治療とは、外国人や死体からの臓器売買による移植手術。幼い頃、この病院で腎臓の提供を受けたアルファは、その疑惑を解明するために、強盗のふりをして乗り込んできたのだった。病院側は、真実を教えろと迫るアルファと、何も知らなかったことに衝撃を受けた藤堂を、臓器提供者のいる場所へ案内する。なんと、そこにいたのは<クロス>と呼ばれる臓器移植のために作られたアルファのクローン・美弥子だった…。

自分たちの本体であるマスターに、臓器を提供することを使命と考えるクロスたち。本作では、彼らは、その影に潜む不気味さや擬似人間としての葛藤は敢えて斬り捨てられ、あくまで自分の運命を素直に受諾する健気で無垢な存在として描かれる。

真実を知った藤堂は、容態が急変したアルファへ残りの一つの腎臓を提供しようとする美弥子を救おうとする。しかし、人間として生きる道を示されてもなお、肝臓提供のために「本懐だ」と笑って死んだ藤堂のクロス・亮や、大切に育ててくれた医師や看護婦たちとの楽しい思い出を振り返った美弥子は、自分を必要とする人のために死をともなう提供を選ぶのだ。その晴れやかで美しい笑顔は、人間の利益のために無秩序に生命を操作する残酷さと、与えられた<生>を懸命に生きる尊さを教えてくれる。

そんなクロスたちの姿は、正岡子規の随筆『病牀六尺』にある、こんな言葉を思い出させた。
「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きている事であつた。」

現代では、青少年による自殺が急増し、過熱する報道とともに死がいっそう軽いものとなっていく。本作が本当に描こうとしたのは、現代医療への疑問などではなく、クロスたちを背負った人間たちの<生>の重みであり、それは同時代への痛切なメッセージとなるだろう。

演劇ユニット・マシンガンデニーロは、2005年夏に旗揚げし、本作が3作目である。しかし、恋愛や友情、家族愛、コミュニケーション不全など身の回りのことをテーマにした作品が多い東京の小劇場界にあって、徹底した社会観察と深い人間愛を軸に、同時代に訴えかけるメッセージを内包する物語を紡ぎだそうという、強い意志を感じさせるカンパニーだ。

脚本も手がける演出家・間拓哉は、リアリティを追求した緻密な構成や、特撮的な表現など演出上のさまざまなアイデアで、重いテーマ、難しい内容をエンターテインメントとして見せることに真摯に取り組んでいて好感がもてる。

本作でアルファ、美弥子と二役を演じた役者・松崎映子は、技術的には未熟なところがあるものの、美しさにふとよぎる翳りや聡明な笑顔は、役を超えて観客の心を惹きつける力を秘めている。同様に藤堂、亮と二役を演じた役者・菊池豪は、衣装をほとんど変えることなく照明転換のみで役を変える演技も巧みだが、22歳とは思えない懐の深さを感じさせる。

前半部分の冗長さや、場面転換の多いことによるシーンの連鎖の弱さなど、より多くの観客から感動を引き出す求心力には、まだ弱いところがある。しかし、荒削りながらも本作で見せたマシンガンデニーロの挑戦は、大きな感性の物語を生み出す可能性を十分に感じた。これからも期待していきたい。

追記となるが、旗揚げ以来、カンパニーのチラシを担当している福嶋舞のイラストもいい。彼女は、2005年に画集『Nothing』(リトルモア)でデビューし、文芸誌などで連載をもつ新進イラストレーター。繊細な線遣いと美しい色の濃淡が見せる、人間存在の潔さと危うさは、マシンガンデニーロが見つめているものと近いのだろう。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第22-23合併号、2006年12月27日発行。購読は登録ページからお願いします)

【筆者紹介】
栂井理依(とがい・りえ)
1975年生まれ。関西学院大学総合政策学部卒業。2001年、大阪の小劇場・扇町ミュージアムスクエア(2003年閉館)が主催したOMS批評賞受賞。以後、新聞、劇場の広報誌、ウェブサイトで舞台芸術関係の取材記事や批評の執筆を手がけている。関西の演劇評を掲載しているCulture Critic Clip のメンバーでもある。

【公演記録】
マシンガンデニーロ vol.3「クロスプレイ
ウッディシアター中目黒(2006年12月14日-17日)

作:間拓哉
演出:間拓哉

出演:
菊池豪(マシンガンデニーロ)
松崎映子(マシンガンデニーロ)
伊藤らら(FIRE☆WORKS)
伊奈稔勝(Theatre劇団子)
内海詩野(壺会)
信田素秋
土田裕之
船木美佳(N.A.C)
古畑正文(ロックンロール・クラシック)
前田優次(ベストアシスト)
米田万葉子(IM project)

STAFF:
【舞台監督】秋尾雄輝
【舞台美術】袴田長武(ハカマ団)
【照明】関塚千鶴(ライオンパーマ)
【照明操作】栗山ゆき
【音響】熊脇直介
【撮影】CLIPS
【衣装】GEOMOM
【イラスト】福嶋舞
【制作】マシンガンデニーロ、土屋萌児
【制作協力】江下ひろみ(空中バレエ)
【企画製作】マシンガンデニーロ

「マシンガンデニーロ「クロスプレイ」」への1件のフィードバック

  1. 12/14-12/17「クロスプレイ」(マシンガンデニーロ)@WoodyTheatre中目黒

    ★★   12/15 社会派サスペンスと思わせてファンタジーになる欲張った脚本。チラシの福嶋舞さんのイラストの双子のイメージがステキに悲しく思えてくるラスト。 (手塚)

    (追記) 調べると、話としては、比較的最近の映画や小説などにいろいろネタと思われるものはあるようです。ただ、自分はそのどれも、観ても読んでもいないので判断つきませんが、ネタはおいても、舞台ならではの部分でリアリティが出ればよいのだろうと感じました。

    (2007.1.6追記) ネタバレしてますけど、舞台芸術ライターの栂井理依さんの力の入ったレビュー記事が wonderland に年末に掲載されていたのを今年にな…

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