青年団「ソウル市民 昭和望郷編」

◎「器用な指先」が生んだ演劇性 劇作の王道を踏み、意外なまでにクラシカル
谷賢一(演劇ユニットDULL-COLORED POP主宰)

青年団第52回公演チラシ 1990年代初頭、現代日本演劇の静かな破壊者として現れ、シーンを大きく揺さぶった平田オリザだが、1982年生まれの自分は深夜のNHK-BS2で初めて彼の芝居を観たとき、「何だか地味なことやってるなぁ」とひどく冷淡だったことを覚えている。これは演劇である必要があるんだろうか、とも。

既存の演劇へのアンチテーゼである平田オリザの方法論は、そもそも既存の文脈をリアルタイムで体感していない自分には機能しないのだろう、と軽くいなしてスルーしていたところを、今回縁あって『ソウル市民 昭和望郷編』を観た。そしてえらく驚いた。これは、演劇である必要がある。

少し遠回りして話を始めよう。僕がまず驚いたのは、クラシカルなとでも形容したくなるような物語の紡ぎ方だ。平田オリザというと当然「現代口語演劇」であるし、静かで淡々とした日常をスケッチでもするかのように描き出す、自然主義な人、あと地味、という印象が自分にはあったし、世間一般にもそうではないかと思うのだが、実際の戯曲はスケッチどころか完璧に構図から配色まで計算され尽くした油彩画にこそ喩えるべき濃密さであった。二時間という短い時間に人物関係と社会背景を明らかにし、さらに個々人の懊悩から家庭内の軋轢まで描き出す無駄の無さ、そして悪意のない差別という捕らえづらい構図をあれほどくっきりと顕在化させる計算され尽くした構成は、平田オリザの意外なまでにクラシカルな一面を感じさせた。

それを最もはっきりと意識したのは、韓国人書生の斎源と一家の次女の清子が二人きりで会話するシーンだった。密かに心を寄せ合う二人が初めて二人きりになるとき、清子はオルガンを弾いている。それまで音響らしい音響が使われていなかっただけに、このオルガンが持つセンチメンタル効果は抜群。うら悲しいBGM、打ち明けられない恋心、何故なら私とあなたは住む世界が違うから、二人が惹かれ合ってもお父様が・お母様が許さない、…王道である。それをこっそり覗いている女中が二人、これも道化役の立ち回り方として王道過ぎるくらい王道。さらにその後登場する母。悪意があるのかないのか、世間話の最中、斎源に「お前は韓国人だ」と強烈に意識させ、二人は別れる。王道。一人悲嘆に暮れ、ラジオに耳を傾ける斎源。王道。

全体を眺めてみても、ラストにカタルシスやクライマックスが用意されていないだけで、エピソードごとの描き方や人物の出や引っ込み、伏線の張り方も、実に用意周到でウェルメイドとすら呼べるものだ。では平田オリザ作品の画期性はどこにあったのか。

僕は、モデルやプロットよりも、それを操る彼の「器用な指先」にこそ平田オリザの独自性があったように思う。大事件に巻き込まれもしない市井の人が、身近な人間関係の中で身を切るような痛みを感じる。そういうドラマなら洋の東西を問わず1991年以前にでもたんとあった。ただし平田は、そこで傷口をえぐり広げ塩を塗り込むようなことをせず、また、そこで人間が上げる悲鳴を独白化させたりせず、そのままのスケールで観客に渡している。日常の微細なささくれ立ちを目ざとく拾い上げ、彼はその器用な指先で、丁寧に慎重にそのささくれをつまみあげ、痛みをとくと味わわせてくれる。悪意なき差別、無自覚に残酷な一言、過剰へと向かう従来型ドラマツルギーでは描き切れないそういった瞬間を捕らえることを可能にしたその器用な指先こそ、平田オリザの作家としての武器である。

今、「過剰」という言葉を使ったのは、公演パンフレットに掲載されていた宮沢章夫の文章から言葉を借りている。1991年の再演の後、『しんげき』に寄せられた文章の再掲だ。

<物語の困難>に対して私は、<過剰>を前面に押し出すことによって作られる、物語の重層性を自分の方法としていたのだが、ああ、そうか、なるほど、こういう方法もあったという驚きと、そして、作者、平田オリザの<方法>に対する意識の強さによって、それは刺激に充ちた舞台だったのである。

僕は、この<過剰>のドラマツルギーと逆を行く目ざとさと器用さに、方法論で言う平田オリザの画期性を感じた。
冒頭に述べた「これは演劇である必要がある」という文言も、この平田独自の痛みの感覚から来ている。悪意なく相手の人格を傷つける言葉、踏みにじる言葉の中に、観客は言いようのない「気持ちの悪さ」「居心地の悪さ」を感じる。それは例えばクラスや職場で友人が言ってはいけない一言をつい口に滑らせてしまったりしたときに感じるヒヤヒヤ感であったり、無神経な先輩や上司に対して感じる飲み込むほかない苛立ちであったり、突如湧き上がってしまった義憤としか呼びようのない珍しい感情であったり、そういう類のものに近い。なるほど、記録映像で観ても感じ入らないはずである。目の前で生身の人間が綱渡りをしているからこそ自分はヒヤリとするのだ。誰かがふと口を滑らしたときのあの心臓の収縮は、同じ空間の目の前の人間がしでかすからこそ感じるものだ。録画され天下のNHKから配信される記録映像は、とても厚いカーテンを僕と舞台の間に張ってしまう。それを僕はこたつでぬくぬくと観ている。これは、過剰とは真逆を行く、目の前でほろりこぼれる瞬間の痛みに注視する平田オリザの作品を見る上において、とりかえしのつかない断絶である。

平田オリザが劇作の王道を踏みつつも、より身近な痛みを器用に摘み上げ、現前する人間同士のやりとりの中でこそ感じられる「居心地の悪さ」として観客を含めた劇場空間の中に出現させた、そういう意味で僕は彼の演劇に確たる演劇性を感じた。紙幅も尽きるのでこれ以上は突っ込まずに置いておくが、これは俳優のプレゼンス(現前性)の問題を通して輪切りにすることができる近代演劇の流れに乗せて考えることのできる特質であるように思う。平田オリザをO(オー)点として五反田団、チェルフィッチュ、ポツドールなどの点に線分を引いてみせる試みは既にインターネット上の劇評にも散見されるが、もっと言えばそれらは(ライブ感などとは違う意味で)空間を共有することを前提とする演劇の根源的魅力、俳優のプレゼンスがもたらす意味性と通ずるものがあるのではないかと感じる。
(初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」第24号「ソウル市民」三部作特集。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
谷賢一(たに・けんいち)
1982年生まれ。明治大学演劇学専攻および英国・University of Kentにて演劇学を学ぶ。演劇ユニットDULL-COLORED POP主宰、個人ブログPLAYNOTE

【公演記録】
青年団第52回公演「ソウル市民」三部作連続上演
『ソウル市民』(1989年初演)
『ソウル市民1919』(2000年初演)
『ソウル市民 昭和望郷編』(新作)
http://www.seinendan.org/jpn/seoultrilogy/

作・演出 平田オリザ
吉祥寺シアター(2006年12月6日-17日)

スタッフ
舞台美術・・・杉山 至
照明・・・岩城 保
音響・・・薮公美子
衣装・・・有賀千鶴
演出助手・・・井上こころ 深田晃司
宣伝美術・・・工藤規雄+村上和子 京 太田裕子
宣伝写真・・・佐藤孝仁
宣伝美術スタイリスト・・・山口友里
制作・・・西山葉子 林有布子 松尾洋一郎
Web制作・・・佐藤 誠
協力・・・(有)あるく (株)文祥堂印刷 (有)レトル

[企画制作]
青年団/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
[主催]
(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
(財)武蔵野文化事業団
平成18年度文化庁芸術拠点形成事業

『ソウル市民 昭和望郷編』(新作)
●出演者
長女 篠崎寿美子・・・井上三奈子
次女 篠崎清子・・・ 福士史麻
長男 篠崎真一・・・ 松井 周
三女 篠崎嘉子・・・ 荻野友里
叔父 篠崎幸平・・・ 山本雅幸
叔母 西宮愛子・・・ 高橋智子
愛子の夫 西宮太郎・・・ 小林 智
叔父 篠崎吉二郎・・・永井秀樹
吉二郎の妻 篠崎佐江子・・・森内美由紀
寿美子の婚約者 袴田宗五郎・・・古舘寛治
書生 芦田虎之助・・・河村竜也
書生 植田哲夫・・・ 古屋隆太
書生 李 齊源・・・ キム・ミンソ
女中 須田・・・ 工藤倫子
横山・・・ 鈴木智香子
朝鮮人女中 孫美麗・・・ 長野 海
趙 文子・・・ 渡辺香奈
印刷屋 堀田由美子・・・山口ゆかり
その夫 堀田時次郎・・・大竹 直
満蒙文化交流青年会
呉竹菊之丞・・・山本裕子
人見木綿子・・・村田牧子
石井パク・・・ 二反田幸平
楼蘭真理・・・ 端田新菜
看護婦 平岩康子・・・ 後藤麻美
看護婦 相馬すずえ・・・堀 夏子

▽富士見公演:
富士見市民文化会館キラリ☆ふじみマルチホール キラリ☆ふじみ演劇祭参加作品
(2007年2月17日-2月18日)
17日(土)19:00の回終演後、平田オリザによるアフタートーク
ゲスト:生田萬氏(演出家・キラリ☆ふじみ新芸術監督)

▽大津公演:
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール(2007年3月11日)
終演後、平田オリザによるアフタートーク。

作・演出 平田オリザ
出演
永井秀樹 渡辺香奈 小林 智 松井 周 端田新菜 福士史麻 古屋隆太 工藤倫子 鈴木智香子 古舘寛治 井上三奈子 大竹 直 高橋智子 山本雅幸 荻野友里 河村竜也 後藤麻美 長野 海 二反田幸平 堀 夏子 村田牧子 山口ゆかり 山本裕子 キム・ミンソ 森内美由紀

スタッフ
舞台美術 杉山至
照明 岩城保
音響 薮公美子
衣裳 有賀千鶴
演出助手 井上こころ
宣伝美術 工藤規雄+村上和子 京 太田裕子
宣伝写真 佐藤孝仁
宣伝美術スタイリスト 山口友里
制作 松尾洋一郎 西山葉子 林有布子
協力 (有)あるく 文祥堂印刷(株)

【関連情報】
平田オリザ著作一覧(amazon.co.jpから)


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  1. ピンバック: kt flcl

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