野田地図「ロープ」

◎内輪的エンターテインメントへの欧米か!的ツッコミ
鈴木厚人(劇団印象-indian elephant-主宰/脚本家/演出家)

「ロープ」公演チラシ表たとえば、「野田版鼠小僧」の歌舞伎座に建て込まれた江戸八百八町の巨大な町並みが、突然動き回り出す興奮。たとえば、「透明人間の蒸気」の十数人の役者が、奥行き50メートルの新国立劇場の舞台を、全速力で客席に向かって走り込んでくる興奮。でっかいものを、ただ回すだけで面白い。だだっ広いところを全力疾走するだけで面白い。いつだって「彼」がつくるのは、メッセージがあふれた舞台。それもメッセージが言葉だけじゃなく、動く空間、動く役者によって観客に届けられる芝居。でも、2006年12月14日に僕が見た、「彼」の新作舞台「ロープ」は、ただ面白いものを見たいと思う、無知な観客の無邪気な期待を裏切る、言葉という名のメッセージにあふれた舞台だった。

僕の眼に映った「ロープ」という作品は、プロレスをモチーフに、人間と暴力の関係を描いた寓話だったと思う。ロープで囲われたリングという立体空間で、レスラーが力と力を競い合うスポーツのプロレスが、やがて、テレビという四角い平面に映し出される立体感のない戦争へとすり替わっていく。そして、クライマックスの米軍兵士によるベトナム・ミライ村の大量虐殺の実況中継。人間が人間に対して行った、“あったことをなかったことにしてはいけない”歴史的事実が、宮沢りえの美しい声によって、観客の耳に届けられていた。野田秀樹は、耳を塞ぐ手を振りほどいても、あったことをなかったことにしないために、あの言葉たちを聞かせたかったのだと思う。だって、その実況中継からは、僕らが野田秀樹と聞いて連想するような、言葉遊びや駄洒落がほとんど削ぎ落とされていたから。

もちろん、「ロープ」に野田秀樹らしさが、全くなかったわけじゃない。そもそも「ロープ」というタイトルが、プロレスラーがロープに投げ出されると、試合を面白くするために必ず跳ね返ってくることと、人類が問題の解決に何度も何度も戦争を使ってきたことの、かけ言葉になっている。音と意味の連想、妄想、思想、暴走。期待を裏切らない技の数々は、いつもどおりの“凄さ”だ。だからこそ、余計に思う。どうして、野田秀樹は「ロープ」という作品を、直接的なメッセージのあの実況中継で僕らに届けようとしたのだろうか?

野田秀樹は政治的主義・主張をできる限り隠す人だったと思う。僕は、「彼」の作品を全て見てるわけじゃないし、直接会ったこともない。だから、憶測でものを言うが、政治的主義・主張があっても、それを声高に叫ぶ人ではなかった。それは、たとえば、戦争反対を声高に主張しないからといって、戦争に賛成なわけでは決してないという大原則を哲学としてもっていて、だから、子供が回転ドアで遊ぶように舞台は回るし、舞台が回らなきゃ役者が回ってた。意味のわからない台詞でも呂律を回し、しょうがないので観客は目を回す。今は昔の、舞台と客席の幸福な循環。だからこそ「彼」が、そんな雄弁なる無言を捨ててまで、主義・主張を伝えたいと考えるようになっていることが恐ろしい。だって、主義・主張は一方通行。笑えず、泣けず、観客に沈黙と静寂を強いる。インテリの野田秀樹が守っていた一線=エンターテインメントをついに捨て、「彼」は変わった。

人が変わるのは不思議なことじゃない。所変われば品変わるし、時代変われば人変わる。問題は、野田秀樹が反戦を口に出さずにはいられないぐらい、雄弁なる無言を信じられなくなるぐらい、僕らが住んでるこの時代は、変わってしまったのか?ということだ。

しかも、なぜベトナムなの?なぜチェチェンじゃないの?なぜソマリアじゃないの?日本人の「彼」がなぜ南京じゃないの?僕らの感情にはキャパシティがあって、チェチェンやソマリアや南京のことを真剣に考えたら、ボスニアやコソボのことは真剣に忘れるようになっている。しかも今は、イランやイラクや北朝鮮だってあるのに、なぜベトナム?たまたま実況にかっちりはまる資料がベトナムのものだったから? でも、違うよ。資料の有無で題材を選ぶような人では、きっとない。だとしたら・・・

もしかして、アジアってことなの? 現代を敏感に察知した野田秀樹が、今は昔の、舞台と客席の幸福な循環を、日本語という参入障壁と1億2千万の人口に支えられた自己完結できる市場規模で回る内輪のエンターテインメントと見なして、だから、「ロープ」では、長方形のプロセニアムの向こうに、先進国という飾りをとった、アジア人としての日本人を感じさせたってこと?日本の外から見るとそう見えるの?欧米か!って頭をはたくタカアンドトシの漫才のように、アメリカやヨーロッパの仲間だといつまでも勘違いしてる僕らに、ツッコミを入れたの?

そんなツッコミを入れられても今の僕らには、何度も頭をはたかれるボケ役のように、面白おかしく欧米人ぽく振る舞うことしかできない。相も変わらず、それがボケたことと知りつつも、エンターテインメントを見ることを好み、エンターテインメントを創ることを好み、それを何度も何度も滑稽に繰り返してしまう。口には出さずとも戦争反対を思い、平和を祈りながら。

「ロープ」は、人間と暴力の関係が変わることを願った演劇であると同時に、野田秀樹が自分と自分の観客との関係が変わることを願った演劇でもあったのではないだろうか?果たして、僕らは、いや、僕は変わるべきなのだろうか?それとも変わらずにいるべきなのだろうか?もし、変わらなければ、その度にツッコまれるのだろうか?それとも、いつしか、ツッコまれることさえされなくなってしまうのだろうか?それが問題である。
(初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」第27号、2007年1月31日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
鈴木厚人(すずき・あつと)
1980年東京生まれ。脚本家/演出家。劇団印象-indian elephant-主宰。慶応大学SFC卒業。CM制作会社を経て、2004年4月から演劇活動に専念。blog『ゾウの猿芝居

【上演記録】
NODA・MAP第12回公演「ロープ
Bunkamuraシアターコクーン(2006年12月5日-2007年1月31日)

スタッフ:
作・演出:野田 秀樹
美術:堀尾 幸男
照明:小川 幾雄
衣裳:ひびの こづえ
選曲・効果:高都 幸男
ヘアメイク:河村 陽子
舞台監督:瀬崎 将孝
オイルペインティング(ポスター):金子 國義
プロデューサー:北村 明子

出演:
宮沢 りえ
藤原 竜也
渡辺 えり子
宇梶 剛士
橋本 じゅん
三宅 弘城
松村 武
中村 まこと
明星 真由美
明樂 哲典
AKIRA
野田 秀樹

料金:
S・\9,500 A・\7,500 コクーンシート・\5,500(税込)
NODA・MAP 03-5423-5901

【関連情報】
・戯曲「ロープ」(文芸誌「新潮」2007年1月号)
野田秀樹著作一覧(amazon.co.jpより)
野田秀樹関連DVD一覧(amazon.co.jpより)
野田秀樹関連ビデオ一覧(amazon.co.jpより)


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