Al-Kassab and his group Mustaheel-Alice「Dream in Baghdad」

◎劇場の天井が消滅するとき
詩森ろば(「風琴工房」主宰)

「Dream in Baghdad」公演チラシムスタヒールアリスの「バグダットの夢」という作品を見た。ムスタヒールアリスはイラクのカンパニー。不安定で、成田に着くまではほんとうに来ることができるかどうかもあやぶまれた状況下から、日本が初演という作品を携えてやってきた。それは、雨が降ると水に浸されてしまう古い家に耐え忍びながら住む家族の話であった。不幸な状況は人間関係の不全と不安を呼び、苛立ちや悲しみが降り止まぬ雨に浸されていく。そこに狂ったひとりの若者がやってきてすべてを破壊してしまう。跡に残ったのは夥しい死と亡骸。暖かな屋根の下に住みたいというささやかな希望さえも終える。

こう書けば誰もが思うとおり、穴の開いた屋根と降り止まぬ雨はバクダットという都市。そして狂った青年はアメリカやフセイン独裁政権など彼らの安息を虐げるものの比喩であろうか。実際、バグタットのけしてテレビには映らぬ現状が映像というかたちで劇中、唐突に供される。

だからと言って、その圧倒的な映像に「事実の力」などと言って頭を垂れている場合でもない。彼らはフィクションを創造してきたのだから、わたしも芸術としての彼らの表現にシビアに向かい合うべきだろう。だとしたらわたしは彼らの作りあげた構造をそれほどには評価しない。それは残念なことに、かなり既視感に満ちたものだ。わたしたちを取り巻く世界を穴の開いた屋根、そして降り止まぬ雨と表現する。そのくらいの装置であれば1時間もあれば10個でも20個でも思いつく。棺おけの食卓。途中に挟まれたメタシアター的な構造も、いつか誰かが発明し、何度も何度も再生産されてきたものだ。

なのに、この見終ったあとの圧倒的な感覚はなんだろう。「事実の力」、と安易に言わない覚悟を持ってしても、その圧倒的な感覚に抗うことができない。

それは、俳優が天井を指したそのはじまりの瞬間に宿っている。彼、彼女が雨を見上げるとき、そこにある劇場の天井は消失し、薄黒い雷鳴の空がいっぱいに広がっている。殆ど雨が降らないというバクダットの俳優たちは、今こうして時間を経て思い返しても、いや時間を経れば経るほどに、しとどの雨に濡れ、彼らにしか見えない絶望と戦いながら、今もあの場所に立っているような気がする。その力。憎悪に立ち尽くす、狂気に身体をのっとられる、死ぬ、生きる。肉体がそれをわしづかんでいくその瞬間を何度も何度も目撃する。技術ではない。彼らは所有している。その体験を確信し、肉体に宿している。俳優としてなんと幸福な身体であることか。取り巻く状況が不幸であるとき、アーティストが不幸であるとは限らない。

「Dream in Baghdad」公演1
「Dream in Baghdad」公演2

「Dream in Baghdad」公演2
【写真は、ともに「Dream in Baghdad」公演から。撮影=青木司© 禁無断転載】

そして、創り手のハシクレでもあるわたしは現在自分が住む場所とそこに在る肉体について考える。

兄が妹を殺し、妻が夫を切刻む。殺されるにしろよほどうまく殺されなければ新聞の記事にさえならない。わたしたちは現在、そんな都市に住んでいる。なのに、屋根にあいている裂け目、絶え間なく降りこむその雨にさえ気付いていない。 その街で演劇をやる。俳優たちは毎日風呂に入り、朝シャンをし、無臭であり、衛生的だ。戦火のイラクで、停電する稽古場で稽古をする以上に、おそらくは この街で演劇をやることは難しい。わたしもそのひとり。眠らない都市のバーチャルな世界の住人だ。さあ。どうするか。

彼らのひとりがポストパフォーマンストークで言ったことば。アートとして上を目指したい。もっと上を。確かにそれしかない。飛んでくる銃弾に負けたら演劇ができないように、不感症の街でそれに負けない演劇を創らねば。天井は消滅する。憎しみが町を燃やす。それを肉体ひとつで出現させる。演劇にはまだそのような力がある。そのように深く刻み、劇場をあとにした。
(初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」第40号、2007年5月2日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
詩森ろば(しもり・ろば)
宮城県仙台市生まれ。父親が道路関係の仕事をしており、高速道路の傍を転々とする幼年期を過ごす。1993年、劇団風琴工房旗揚げ。以後すべての脚本と演出を担当。2003年劇作家協会新人戯曲賞優秀賞。TOKYOSCAPE2005-2006フェスティバルディレクターを務める。演劇の公共性を視野においた教育現場・公共ホール等でのワークショップを精力的に行う。
wonderland掲載劇評一覧

【上演記録】
Al-Kassab and his group Mustaheel-Alice「Dream in Baghdad
アリスフェスティバル2006参加作品
【札幌】扇谷記念スタジオ シアターZOO(1月15日-16日)
【東京】アサヒアートスクエア(1月19日-21日)
【仙台】せんだい演劇工房10-BOX(1月26日-28日)

演出:Dr. Salah Al-Kassab
出演:
Anas A. Ajeel
Solaf Abd Al Jleel
Yahya A. Faieyeh
Ayaad A. Abdul
Durraid A. Khalaf

照明:Ali Mahmod Mahmad
音楽:Salh A. Yassr

レクチャー:The Aesthetics of the Show in Picture Drama -見ることの美学
1/20 東京
1/27 仙台


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