ピッポ・デルボノ・カンパニー「戦争」「沈黙」

◎<特異な俳優たち>が芸術と生の壁を爆破する(下)
芦沢みどり(戯曲翻訳家)

「Shizuoka 春の芸術祭2007」パンフレット雨中観劇の巻

「戦争」を観終わった時、外は雨が降り出していた。どうやら天気予報が当ってしまったらしい。もう一つの演目「沈黙」は野外劇場で夕方7時半の開演である。それまでに雨が上がらなかったら、雨の屋外での観劇ということになる。どういうことになるのやら見当もつかなくて、通りがかったスタッフに尋ねると、みんなでビニール合羽を着て観劇しますという返事。「これがけっこう盛り上がるんですよ」という明るい声に励まされて、芸術センターそばの「ジョナサン」で本を読みながら時間を潰すことにした。晴れていれば劇場のある公園を散策することもできただろうに・・・。

開演時間が近づくにつれ雨脚はますます激しくなり、遠雷さえ聞える。劇場入り口で合羽とビニール風呂敷一枚を手渡されると、決死の覚悟という感じで、勢い込んで最前列の席に座ってしまった。よくよく考えてみると、階段状の劇場の最前列が観やすいはずはないのだが。

「沈黙」-生と死の祝祭

雨の中、デルボノが原稿の束を持って現れ、例によって引用テクストを朗読する。今度は彼の敬愛するパゾリーニやランボーのテクストからの引用だ。そのあと、この作品を創るきっかけとなった1968年の地震のことを話し始めた。シチリア島のジベリーナという村が地震で壊滅し、大勢の人が犠牲になったという。地震のあと、「ある彫刻家が瓦礫を白い帷子で覆った」。白い帷子とはデルボノの詩的表現で、震災後の被災地が白いセメントで覆われたことを指している。その上で毎年フェスティヴァルが催されるのだという。「沈黙」も2000年にそこで初演されたと公演パンフレットに書かれていた。

デルボノが袖に消えて誰もいなくなった舞台に、地震の地鳴りが響き渡る。
雨に打たれながら薄闇の中でこれを聴いていると、人間の力ではどうしようもない自然現象を肌で感じる迫力があった。そのあとミュージシャンたちがコントラバスやバイオリンを持って、屋根のある回廊ふうの場所に向かって舞台を横切って行くと、そこにはすでにピアノが鎮座している。音楽が始まり、3人の男が舞台一面に敷かれた砂をトンボで均し終わると、いよいよ「沈黙」のパフォーマンスが始まった。

「沈黙-Il Silenzio」公演から舞台で展開されるのは生と死を暗示するシーンのコラージュで、ジベリーナの悲劇が時系列的に描かれるわけではない。墳墓の盛り土に木の十字架を立てる男、伝統的な結婚式の行列、その行列が輪になって次第に速度を上げて走るサラバンド、子供のサッカー遊び、避暑地でコーヒーを注文して煙草を吸う男、マーチング・バンド、等々のシーンが断片的に繰り広げられて行く。

<ピッポ・デルボノがジベリーナの地震に触発されて創った「沈黙」は、生と死、子供時代と老年期、誕生と死などの人間の生活が、災害によって沈黙した瞬間を捉えた作品である。本当に音を聴くのは沈黙の中でである、とデルボノは語る。地震は剥き出しの自然の、圧倒的暴力だが、それは破壊と同時にゼロから出発するチャンスも与えてくれる。地震のあと、人々は生まれ変わってそれまでとは別の方向へ歩いて行けるような気がするが、はたしてそれは可能だろうか?」(注5)

多彩なシーンの中でも特に印象深いものがいくつかあった。横長の宴会テーブルにタキシードとローブ姿の紳士淑女がずらりと並んだ中に、枢機卿とムッソリーニを思わせる2人も混ざって談笑している。やがてテーブルの真中に座ったボボーが立ち上がり、奇声を上げる。この言葉にならない「言葉」の意味は誰にも理解できないのだが、それを聞いた紳士淑女は立ち上がり、乾杯する。これは1930年代のイタリアの支配階級を皮肉ったパロディーで、ボボーの奇声が意味不明な演説のメタファーであるのは明白だった。

「沈黙-Il Silenzio」公演からまた、コメディア・デラルテのコロンビーナのような、鼻と頬を赤く塗った若くて美しい女優が狂ったように躍るシーンがあった。彼女は踊り疲れてへたり込み、「わたしたちはみな、死んでゆくのよ」と言う。するとクラウンの赤鼻を付けて頬も赤く塗ったボボーが、彼女の束ねた髪を解いてやり、やさしくキスをする。この時筆者は、ボボーが「特異な」俳優であることすら忘れていた。演劇の本質の一つに、人との出会いということがあるとすれば、こういう瞬間もそれに相当するだろう。

フィナーレは、フェリーニの映画から抜け出たような色彩豊かな衣裳を付けたパフォーマーたちの踊りと行進だ。ここに日本人のパフォーマーも数名加わって、全員満面の笑顔で観客を楽しませたあと、静かに左右に別れて夜の闇へと消えて行った。

雨に打たれながらの1時間半。舞台に敷かれた砂には土も混ざっていたのだろうか。パフォーマーが歩くたびに土の香りが匂い立った。久しぶりに土の匂いを嗅いだ気がした。それにしても、である。「戦争」より祝祭的な色合いの強い「沈黙」は、やはり晴天の星空の下で観たかったと思う。劇場が用意してくれたビニール合羽のお陰でこちらは全く濡れなかったにもかかわらず、雨に打たれているパフォーマーたちの姿は、作品の祝祭的な雰囲気にはそぐわなかったように思う。(了)
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第52号、2007年7月25日発行。購読は登録ページから)
【舞台写真はいずれも「沈黙-Il Silenzio」公演から。撮影=橋本武彦 提供=静岡県舞台芸術センター 禁無断転載】

(注5)ZAGREB THEATRE FESTIVAL 2005
http://www.zagrebtheatrefestival.hr/2005_eng/pages/predstava_3_txt.htm
http://www.zagrebtheatrefestival.hr/2005_eng/fr_predstava_3.htm のペー
ジ画面で「IL SILENZIO」をクリック)

<特異な俳優たち>が芸術と生の壁を爆破する(上)-ピッポ・デルボノ・カンパニー「戦争」と「沈黙」(週刊マガジン・ワンダーランド第51号)

【筆者紹介】
芦沢みどり(あしざわ・みどり)
1945年9月中国・天津市生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。1982年から主としてイギリス現代劇の戯曲翻訳を始める。主な舞台「リタの教育」(ウィリー・ラッセル)、「マイシスター・イン・ディス・ハウス」(ウェンディー・ケッセルマン)、「ビューティークイーン・オブ・リーナン」および「ロンサム・ウェスト」(マーティン・マクドナー)、「フェイドラの恋」(サラ・ケイン)ほか。2006年から演劇集団・円所属。
・wonderland掲載劇評一覧 http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/ashizawa-midori/

【上演記録】
ピッポ・デルボノ・カンパニー「戦争-Guerra」-Shizuoka 春の芸術祭2007
静岡芸術劇場(2007年6月9日-10日)
ピッポ・デルボノ・カンパニー「沈黙-Il Silenzio」)-Shizuoka 春の芸術祭2007
舞台芸術公園 野外劇場「有度」(2007年6月9日)

構成/演出 ピッポ・デルボノPippo Delbono
出演 ピッポ・デルボノ・カンパニー

イタリア語上演・日本語字幕
4,000円/同伴チケット(2枚)7,000円


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