◎表層のあまりの軽さと、背後の闇の深さ
小林重幸
高校を卒業して数年、当時の仲間と久々に会うのは、楽しみでもあり、不安でもあり。特にフリーターの身では、そいつらが今何をやっているのか、気になって気になって。で、待ち合わせ場所での最初の会話。「今、何やってんの?」仲間曰く「ん?ライター」。「全然スゴく無いよぉ」と言いつつも、当然勝ち誇っているわけで。
この『言ってることと内心が裏腹』という日常のありふれた一コマを、エンゲキはどう表現するのか。表情?しぐさ?先達の演劇人は苦労に苦労を重ね、言葉の端や些細な動きから微妙な機微を滲み出させる表現を編み出してきた。が、そんな先輩たちの苦労をあざ笑うがごとく、小指値が採用した表現手法は、「自慢するとき、背伸びする」。わかりやすい!わかりやす過ぎる!!しかも、リアルである。その上、ただの背伸びでは無い。わざわざ、あからさまにバレエの『ルルベ』である。一応、テクニックを誇示しているのである。
あまりにも『マンガ的』と侮るなかれ。実は「ライター」と言っても所詮は下っ端、使いっ走りなのであって、そのことはストーリーが進むにつれ露呈するわけだが、そういう点を含め、「ん?ライター」とさりげなく勝ち誇ったと言っても、本当に「背伸び」なのである。舞台の後半で物語の構造が判ってくるにつれ、感情を表現した身体の「シンボル」そのものが、実は『リアル』なのが判明する。ここまで意味のある身体表現を、おそらく直感で取り入れてしまった「小指値」は、タダ者ではないのである。
身体を支える言葉も、研ぎ澄まされている。同じく、昔の仲間とあったときの会話。「今、美容師やってるの」「どこで?」「え~、大崎。」
「大崎」と聞いて他の仲間は安心する。そりゃそうだろう。「表参道」と答えられたひにゃ、へこむ。逆に「川口」と答えられても会話が続かない。昔の仲間との微妙な優劣関係を地名ひとつで的確かつ雄弁に表現してしまう。この微妙さあふれる言葉の使い方の背後には、リアルな日常会話が透けて見えるようである。
さらに、独り言のようなセリフのところで、キャッチコピーのようなフレーズがキラめくのがたまらない。久々にクラブにくり出し、色々あったような、なかったような後、動き出した始発電車に揺られ、ぼんやりとした時間を過ごしながら一言、「あ~あ、ノスタルジーで週末を過ごしちゃった。」これは、シビれる。
人生に疲れるという歳であろうはずもなく。でも、彼女なりに人生に疲れていて。ふと、昔の時間に戻って、それを懐かしんだり、ハズかしがったり。まだまだ青春なのかもしれないけれど、「本当の青春」的な何かは、既に終わっている予感がして、そんな不安と、でも、まだ余裕の部分もある。そんな気持ちをうだうだと描いた後、すべての感情を包括して、あっさりと「ノスタルジー」というフレーズに集約するわけで、この「言葉の密度」に鳥肌が立つ思いがしたのであった。
しかしながら、小指値の本当のすごさは、これだけではない。小指値のステージに登場する人物が、リアルに存在し、リアルに関係しているように見えるのは、その人物たちが生きている『街』そのものまでも描ききっているからなのではないだろうか。
そもそも街を描くのは、演劇としては挑戦的な行為であって、例えば、遊園地再生事業団は「土地の磁場」という視点で街や土地を描くことに挑んでいたし、例えば、チェルフィッチュはビデオで街を撮るがごとく、そのときの「空気」を描写し記録しようと試みた。
小指値は、渋谷駅前で地べたに座って人ごみを眺めるかのように、その街を、人と物もろとも描いてしまう。ちょっとしたマイムや、舞台を歩くことだけで、そこにビル街やハチ公や雑踏が現れて。そこに、ティッシュを配る人を配した時点で、間違いなく、そこは、渋谷駅前。この空間掌握力は強大すぎる。
さらに、ティッシュ配りの人が発する「エースコンタクトでぇ~す。」という言葉に、渋谷のノイズと、時間と、街を行きかう人の浮かれ具合、などなど全てが包含されてしまうのは、恐るべき描写力と言わざるを得まい。
この、堅牢強固に構築された「街のリアルな情景」があるからこそ、そこで日常/非日常を過ごす人物の存在に、強力な説得力が出ているのである。
小指値は、その表現スタイルが突飛であり、どうしてもその手法に目が行きがちである。もちろん、手法の面白さ、鮮やかさもスペシャル級なのであるが、実は、その背後にある「登場人物の存在の強さ」がさらにスペシャルなのだと私は考える。
ただ単に、先輩たちが開発してきた数々の舞台表現技法を、まるでオチョくるかのごとく無手勝流に、再発明、再利用して消費しているだけではない。(もっとも、もしそうだとしても、大笑いできるハイクオリティで大量消費しているわけではあるが。)登場人物が抱える哀しさ、浮かれているのにどこか醒めている人物の存在は、この瞬間の東京を描くのに十分な質量がある。
この、表層のあまりの軽さと、その背後の闇の深さの両立が、今の東京の正確な縮小模型となっているわけで、それを舞台上に具現化する小指値の行為は、今の東京で最もビビッドな表現活動の一つと言えるのである。(2007.7.28ソワレ 王子小劇場)
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第56号、2007年8月22日発行。購読は登録ページから)
【筆者略歴】
小林重幸(こばやし・しげゆき)
1966年埼玉県生まれ。早稲田大学理工学部電気工学科卒。東京メトロポリタンテレビジョン技術部勤務。デジタル放送設備開発の傍ら、年間200ステージ近い舞台へ足を運ぶ観劇人。
【上演記録】
小指値「Mrs Mr Japanese」
王子小劇場(2007年7月25日-30日))
【作】 小指値
【演出】 北川陽子
【ドラマドクター】 篠田千明
【キャスト】
天野史朗
大道寺梨乃
中林舞
野上絹代
山崎皓司
NAGY OLGA
【スタッフ】
美術:佐々木文美
衣装:藤谷香子
照明:上田剛
音響:篠田千明
振付:野上絹代
調理:山崎皓司
宣伝美術:天野史朗
写真:加藤和也
製作:辻村優子 山本ゆい(mon)
舞台監督:山本ゆい(mon)
協力:石田亮介 木元太郎