オフィス3〇〇「りぼん」

◎頭が下がる演出力 錯綜した長丁場を長い暗転なしで走り通す
岡野宏文(ライター&エディター)

「りぼん」公演チラシ私はパニック症候群である。
劇場や映画館、エレベーターなどの閉じられた空間で、人があふれてくると故なくして甚大な恐怖に襲われ、いても立ってもいられなくなる哀れな人類なのである。群集の中で、ときどき鏡に囲まれた蝦蟇ガエルの気持ちになる。たらーりたらりと汗をかきつつ、このまま気が遠くなって死んでしまうのではないか…理不尽な恐怖と戦い続けているのだ。

そんな私にとって、横浜赤レンガ倉庫1号ホール「りぼん」の客席はまさに天敵であった。中央に通路を設けることなく、横に二十数脚の椅子がベタに並べられている。見上げるとある意味壮観なのだが、中央に座った人は途中腹痛にでもなったら十数人の前をぺこぺこ通らなくてはいけない。私なら途中で死んでしまうかも…というのは冗談にしても、これはちょっと危険ではないかしら。トイレで向精神薬デプロメールにプラスして安定剤をも飲みこみ、観劇に突入する。

昭和三十九年、山形第六中学の生徒たちは横浜に修学旅行にやってきた。浮かれ騒ぐ彼らの前に、突如、生徒の一人すみれの行方不明だった弟「時夫」と、同じくクラスメートの直助の死んだはずの猫「ヘップバーン」があらわれ、一行はいつしか根岸の外人墓地へと紛れ込み、そこに胸から水色のりぼんを生やした青年「浜野リボン」が出現するとともに、みなは神隠しにあったように霧のなかへ消えてしまうのであった。同時に、客席から一人の老婆が劇中へ紛れ込みながら、時間と空間は自在に歪み、親子三代にわたった母から娘に、幸せの青いリボンを託す物語と、戦争という過酷な出来事によって、ひたむきで一途な幸せへの思いがうち砕かれていく様子が描かれていく。

頭が下がったのはひどく錯綜した長丁場の物語(2時間20分)を長い暗転なしで走り通した演出力。過去、現在、暗示される未来、そして空想、妄想が入り乱れる上に、舞台というフィクションの中に現実(ノンフィクション)を織りこむ離れ業までやってのける技量。そこにたくさんの歌も盛り込まれているのだ。

考えてみればもともとものすごい情報量の芝居なのである。戦中戦後の横浜と東京の歴史、メリーさんやゲーテ座、外人墓地、居留地の実態…調べるのも大変だったと思うが、戯曲として編み上げるのも一苦労。そしてそれを現代人が見ても楽しめるように演出しなくてはいけない。多少の難解さは残ったにしろ、これはある程度成功したのではないか。

そしてその成功を支えた大きな要素が「馬場幸子」を演じた田根楽子の、さまざまなニュアンスを緩急自在に使い分けたセリフ術の豊かさ。客席から登場し、フィクションとノンフィクションの間を行き来する難役だが、田根にゆるぎが無いので他の若い劇団員の芝居も安心して見ていられるのだった。木野、土屋、えりの好演についてはきっと他でも語られると思うので省略。

これは再演だけど、きっと再々演もするんじゃないかな。その時は中央に通路があるか確認して、チケットを買おうと思います。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第77号、2008年1月16日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
岡野宏文(おかの・ひろふみ)
1955年、横浜市生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。白水社の演劇雑誌「新劇」編集長を経てフリーのライター&エディター。「ダ・ヴィンチ」「せりふの時代」「サファリ」「e2スカパーガイド」などの雑誌に書評・劇評を連載中。主な著書に「百年の誤読」「百年の誤読 海外文学編 」(豊崎由美と共著)「ストレッチ・発声・劇評篇 (高校生のための実践演劇講座)」(扇田昭彦らと共著)「高校生のための上演作品ガイド」など。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/okano-hirofumi/

【上演記録】
オフィス3〇〇「りぼん」
東京・吉祥寺シアター(2007年12月6日-24日)
横浜赤レンガ倉庫1号館(2007年12月28日-30日)
長崎ブリックホール(2008年1月5日-6日)
埼玉・所沢ミューズマーキーホール(2008年1月9日)

出演:
木野花、宇梶剛士、田根楽子、北村岳子、観世葉子、福麻むつ美、高谷あゆみ、信田美帆、石井里弥、土屋良太、渡辺えり、近藤達郎、川波幸恵、オフィス3○○劇団員、他

STAFF:
作・演出 渡辺えり
音楽 近藤達郎
美術 加藤ちか
照明 宮野和夫
音響 実吉英一
振付 菅原鷹志
ヘアメイク 馮啓孝
歌唱指導 深沢敦
衣装協力 三茶小町
演出助手 小笠原響
舞台監督 榎太郎
製作助手 斎藤一樹
制作協力 佐藤マキ子
企画・製作 オフィス3○○

初演:宇宙堂第三回公演(2003年)
http://office300.moo.jp/history/ribon/history_ribon.htm


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