山岡徳貴子/ 作・演出「着座するコブ」

◎言葉にしづらい何かが滲み出る ブックオフじゃ、こうはいかないだろうな
第二次谷杉(劇作家)

▽閉じ込められる
「着座するコブ」公演チラシ東京芸術劇場小ホール、席は全て埋まっている。開演を知らせるベルが鳴る。観客席の左右、後方からシャッターを閉める効果音が聞こえる。前の席の女性が「えっ」と思わず振り返る。二間くらいの小さな商店とかのシャッターが閉まる音、電動じゃないやつ。心臓がキュッとする、ざわざわ、背中に少し汗が出る。「閉じ込められちゃったよ」心の中でつぶやく私。芝居が始まる。上手半分は古本屋の店内、下手半分にソファと小さな机、応接間、階段があり二階の廊下のようなところ、手すり越しにベッドが見える。下手奥から金槌、のこぎりの生音が断続的に聞こえる。

公式サイトを参考にしながらあらすじを紹介する。
舞台は寂れた商店街の古本屋。父の代からの店で長男の隆司(杉山文雄)が妻(鈴木陽代)と共に経営している。母は亡くなるまで二階の廊下に置かれたベッドから店を眺めていた。現在、両親は亡くなり、長男夫婦が暮らしている。ずっと家を出ていた妹とその娘(田中夢)がそこに同居することになる。妹が寝たきりの状態になったからである。妹はあの中空のベッドに寝かされる。

と、ここまでが話の発端。冒頭のシャッター音は、寂れ閉店した店のシャッターだなと想像する。これは違っていることに最後に気づくんだけど。

「着座するコブ」

「着座するコブ」
【写真は「着座するコブ」公演から。撮影=谷古宇正彦 提供=東京国際芸術祭 禁無断転載】

旅人(野中隆光)が世界放浪の旅から恋人(武田暁)と共に帰ってくる。肉屋(三村聡)は商店街の再建策として新しい祭りを作る事を提案する。物語はこの辺りまでは整然と進んでくるが、後半、各人が抱えていた狂気がじわじわと露出し始めるあたりから物語は混沌としはじめる。隆司は妹の事を愛していて、そっくりなその娘をも愛してしまう。妻は隆司から愛されていないこと、亡き母、妹の監視の視線に恐怖している。娘は母を軽蔑し、学校ではいじめにあっている。肉屋は性的に不能で河川敷での恋人たちの情事を覗き見ることにしか興味をもてない。実はそれどころか性的な興味すらなく驚きだけを求めて覗きをしている。旅人は旅などしていなくて隣町で風俗の呼び込みをしていただけだった。恋人は風俗嬢で旅人に暴力を振るわれながらも別れる事はできない。台風が近づく、狂気はいよいよ顕在化する。

▽とっちらかっています
あらすじだけを読むと私の筆力不足と相まって、ありがちな「今の演劇の古典」のようである。登場人物はみなどこか病んでおり日常がほころびてきて狂気が少しずつあらわになってくる。よくありますよこういうの。確かに決して新しいタイプの演劇ではないと思う。でもどうしてだろう。面白い、明らかに「すごい」と感じる。よくわからなくてつまらないものもあるが、よくわからないのに「すごい」と思ってしまう。本当にすごい。この『着座するコブ』は難解ではない。しかし全てわかるという芝居ではない。こういうのを骨太の戯曲っていうのだろう。

このよくわからなさの原因は後半のとっちらかり具合にある。これは意図されたもので、物語をわざと曖昧にしている。厳密にはわざと曖昧ではなく、曖昧なまま合目的な説明を拒否している状態なのかもしれない。恋人や娘はどうしてあの中空のベッドで妹のようにふるまったりしたのだろう。そもそも妹はいたのか?ベッドに寝ている人物は交換可能なのか?増水した河に流されたのは誰だ?誰か流されたのか?肉屋の仮面の下はどうして無精髭なのだ、物語の時制も乱れているのか?あるいは神話の中に入っていってしまったのか?死んだのか?小さな村ってなんだ?セミって何だ?

それら不確定な要素を説明する事なく物語は終わる。最後はちょっと怪談や神話のようですらある。芝居からは言葉にしづらい何かが確かに滲み出ていている。それは私に届いている。

▽私も古本である
寂しい古本屋だ。劇中で売れた本は娘が留守番している時に嫌がらせで恋人が買った本一冊1200円也。インターネットでの注文があって商売になっていると隆司が言う。仕事としての古本屋は劇にあまり関わってはこない。なぜ、舞台を古本屋にしたのだろう。

古本はいったん役目の終わった物語であり登場人物たちのメタファーであろう。古本屋はそれらが集まり着座する場所。そしてその本たちは寄生(parasitic)するような関係でしか自分の存在を確立できないコブ(lump)なのでしょう。あるいは古本屋は物語と言う実体の無いもののための依代(よりしろ)なのかもしれない。(『A parasitic lump』は当日パンフに書かれていた英語タイトル)私はなぜかこのコブにフジツボのことを連想してしまう。ちょっとゾクッとする怖い連想ではあるが。

靖国通り沿いの古本屋街は北向きだ。本が日焼けしないように北向きなのだそうだ。この店は合理性という光が入り込まない古本屋らしい。ここがブックオフでは劇は成り立たないのだろう。

▽私を閉じ込めるシャッター音
劇中に二回出てくる、灰皿くらいの小さな村に何もかもを持ち込んでしまった男の話。作中これは寓話だと登場人物によってはっきり言われている。寓話だとしたら寓意はなんだろう?そもそも何もかもを集めた小さな村とは何のこと?一つには隆司の完結した小さな王国。もう一つはこれまた古本のことではないだろうか。隆司は隣家を買い取り増築工事をしている。断続的に聞こえていたのはその音だ。増築の理由を聞かれて、「お前の部屋を作っているのだ」という旨のセリフの後、シャッターが降りる。最初の音も寂しい商店街のシャッターではなく、私を閉じ込めた音だったのである。直感ってのは往々にして正しい。

客電が点く。前の女性が隣の友達に言う「こえー、ホラーじゃん。お前の部屋だよ~って」。(私はホラーじゃなくてテラーだと思うけどね)その前列の女性が振り返る。笑顔である。作者の山岡徳貴子さんだった。

▽アドバイザーと山岡さん
この「着座するコブ」は、東京国際芸術祭、リージョナルシアター・シリーズ、創作・育成プログラム部門として制作された。アドバイザーとして高瀬久男さんがクレジットされている。どのような具合にアドバイスがなされたのかはわからないが、この後半についてはきっと何度も山岡徳貴子さんと話し合いが持たれたにちがいない。過程を覗いてみたい。その結果としてこの舞台が完成されたことに拍手を送りたい。東京国際芸術祭は来年度から大きく様変わりするそうだ。1999年からのリージョナルシアター・シリーズを振り返るとそうそうたる劇団が名を連ねている。この好企画を運営した人たちにも拍手を送りたい。

作者の山岡徳貴子さんは平成10年度『北の戯曲賞』優秀賞で平田オリザ氏、昨年のリージョナルシアター・シアターでは岩松了氏、今年は高瀬久男氏に指導を受けている。そして、第52回岸田國士戯曲賞の最終候補。来年はあるんじゃないですか?これからも期待しています。

と、ここまでを書いた翌日、昨年のリーディング公演、そして岸田國士戯曲賞最終候補にノミネートされた『静物たちの遊泳』がリーディング特別公演として再演された。観ていくつか気づいた事があるので追記します。
1.「視線」がキーワードであること。『静物たちの遊泳』のお向かいの棟に住んでいるおばあさんと佐野さんの視線。各務さんと手鏡の反射。「着座するコブ」のベッドからの視線。肉屋の覗き。これら視線が何を意味するものかははっきりとはしないが、視線=観察者=他者という関係だろうか。
2.登場人物の心理、行動に大きく「性」が関わっていること。「そんなこと見ればわかるよ」と言われそうだが、私は『静物たちの遊泳』の直接的な表現を見るまで気がつかなかった。改めて「着座するコブ」を「性」から見ると、狂気や不条理な部分に大きく関わっている。
3.いろんなものを拾って集めるおばあさんと、小さな村に何もかもを詰め込む男の共通点。他者の入り込まない自分だけでできあがった世界、ということだろうか。
4.『着座するコブ』の後半の混沌はあきらかにチャレンジであり次の一歩であることを含め作者の筆力を改めて感じ確信した。
やっぱり次も期待します。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第84号、2008年3月5日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
第二次谷杉(だいにじ・たにすぎ)
1958年1月広島生まれ。2005、2006年かながわ戯曲賞最終選考、2006年第3回仙台劇のまち戯曲賞本選考の候補に残る。でも結局受賞歴なし。4月11(金)-13(日)にpit北/区域で『ぐるぐる溺れ』公演。生業はグラフィックデザイナー(http://www.igusinats.com/

【上演記録】
着座するコブ
東京国際芸術祭2008 リージョナルシアター・シリーズ 創作・育成プログラム部門
東京芸術劇場 小ホール1(2008年2月21-24日)

【作・演出】山岡徳貴子 アドバイザー:高瀬久男
【出演】杉山文雄、野中隆光、三村聡、鈴木陽代、田中夢、武田暁
【スタッフ】
照明:齋藤茂男
美術監修:加藤ちか
音響:狩場直史
演出助手:岩崎きえ
舞台監督:富田稔英

演出部:井川学 浅木靖志
照明部:中西正樹 山口洸
大道具:王様美術
小道具:高津小道具
仮面制作:土屋武史
衣裳協力:竹内陽子
運搬:新日本輸送

宣伝美術:Flatroom
宣伝写真:piczo
オブジェ(ちらし):小松修「道しるべ」
記録映像:舞台芸術撮影研究会
記録写真:谷古宇正彦

制作:蓮池奈緒子(ANJ)武田知也(ANJ)樺澤良(劇団制作社)
制作助手:きむきょんな 鳥養友美 田中沙織 田代佑佳
票券:ぷれいす
TIC Crew:荻野百合子 金有那 藤代健介
主催:ANJ (財)地域創造
共催:東京都
一般2,500円/学生2,000円/豊島区民割引2,000円(全席自由・日時指定・税込み)

京都公演
京都芸術センター(2008年4月18日-20日)
主催/ANJ(アートネットワークジャパン)
共催/京都芸術センター、財団法人地域創造
公演に関するお問合せ 075-213-0000(京都公演のみ)
一般/2,500円、学生/2,000円(当日要学生証提示)全席自由・日時指定・税込

▽東京国際芸術祭2008リージョナルシアターシリーズ・リーディング部門特別公演
静物たちの遊泳」(第52回岸田國士戯曲賞最終候補作品)
東京芸術劇場小ホール(2008年2月29日-3月1日)
【作・演出】山岡徳貴子
【出演】
太田宏 (青年団)
塩湯真弓(劇団M.O.P.)
三村聡 (山の手事情社)
ともさと衣
武田暁 (魚灯)

リーディング公演制作 岩崎きえ
一演目500円(全席自由・日時指定)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください