新感線プロデュース いのうえ歌舞伎☆號「IZO」

◎平らな目線でふつうの人間を描く  木俣冬(文筆自由労働者)  結論から言ってしまおう。  いのうえひでのりが平らな目線を獲得した。  これまでの新感線は、異界の人間と人間の対立や共存を描く作品が多かった。ハデなアクショ … “新感線プロデュース いのうえ歌舞伎☆號「IZO」” の続きを読む

◎平らな目線でふつうの人間を描く
 木俣冬(文筆自由労働者)

 結論から言ってしまおう。
 いのうえひでのりが平らな目線を獲得した。
 これまでの新感線は、異界の人間と人間の対立や共存を描く作品が多かった。ハデなアクションも多くなるので、斜めになった八百屋舞台が必須だったし、縦横無尽に舞台空間を使っていた。リアルではないが、俳優を前後に立たせ、対話するというドラマチックな見せ方も多く用いていた。

 『IZO』では、魔法の出てこない、ごくふつうの人間を描くことを目標にしたと聞く。脚本を青木豪に依頼したからそうなったのか、そうしたかったから、青木に依頼したのか前後関係は知らない。
 青木豪のホンが、必然的に、いのうえ演出に平らな目線を与えたのだと思う。
 
 正直、最初は、この平らさに困惑した。
 幕末、尊皇攘夷の嵐、吹き荒れる世の中。激しい対立が巻き起こっている。 
 土佐に生まれた足軽の子供・岡田以蔵が、都会に出て、土佐藩の殺し屋としての生業を立てる。「人斬り以蔵」と怖れられた以蔵は実在した人物と言われ、司馬遼太郎も小説化しているし、三池崇史監督も映画にしている。

 故郷の土佐、庶民の憩いの場・小料理屋、市井の様子、殺しの場などなど……場面転換が、一幕25、二幕25、合わせて50もあるそうだ。移り変わりの激しい幕末の時代の流れ、世の様子を描くためにはそれくらいの場面が必要になってくるのだろう。映像やまわり舞台を効果的に使ってテンポよくスピーディに見せている。
 が、しかし、何か、物足りない。

 新感線作品に期待する、ハデなけれん-異世界の住人やカリスマ性の高いヒーローが不在だからだろうか。衣裳も当たり前だがリアルで渋いふつうの着物。刀を交えるシーンもひたすらリアルな殺陣で、いつもの高揚感が沸いてこない。

 最初は、この時代に起こった天災を、影絵で見せる。以後、死刑だとか、物語の転機になるような事件は、影絵で見せていく。この影絵も平らだ。災害に苦しむ人間や、無惨な斬首などが、童話の世界のように描かれている。
 冒頭のスケッチ部分が終わると、主人公以蔵の登場だ。舞台は土佐の海岸べり。彼が人斬りとして生きていくことになるきっかけが描かれる。武士の武士以外のヒトをヒトと思わない態度が悲劇の発端。その差別の酷さは伝わってくる。
 が、しかし、何か、足りない。
 いや、いつもの新感線という先入観で見ているからそう思うだけなのだ。ふつうの時代劇と思って観れば、ずいぶんと楽しめるはずだ。

 ふと気がつけば、この舞台では、以蔵の殺しの場が中心ではなく、日々心身を疲弊させる以蔵の唯一の憩いの場所・小料理屋が中心になっているのだった。ここを切り盛りする、主人や看板娘ミツほか、出入りする人間たちで、世界の中と外の悲喜交々がわかるようになっている。薩摩藩の人斬り・田中ともここで交流する。

 日常を生きる群像を描いてきた青木豪のホンらしい。店の主人役に木場勝己を据えたことで、この店の重要性が際立つ。ハデな見せ場はないが、彼の生活者の強さや優しさが物語を救う。
 この店が、最も以蔵(民衆)がヒトらしく生きられるユートピアで、影絵で描かれる外の世界は、文字通り絵空事なのかもしれない。

 以蔵は、生きていくために「人斬り」という職業を選ぶしかなかった人間だ。以蔵のダーティーさを表すのも、本人の態度やせりふでなく、「以蔵のもってきたお土産は血の臭いがする」というミツのせりふやリアクションだ。

 この、地味だが着実に描かれる、ちっぽけな人々の暮らしぶりの構築が、じわじわと効いてくるのは、二幕の後半だ。
 自分を助け修行させてくれた上司・武市半平太に政治のために利用されているだけの以蔵は、次第に追い込まれていく。やがて、用済みとなった以蔵は犬のように殺されそうになる。

 死の危険が迫る中、以蔵は反発しあっていたミツと、やっと心を交わす。2人が横並びで語り合うシーンは、ただ座ってポツポツと会話するだけなのに胸に迫ってくる。大きな青山劇場の空間にたった2人。かっこいいせりふなどはない。それでも、空間は、2人のやるせなさの積み重ねと、つかのまの安らぎ、相手を思う気持ちで満たされた。
ミツを自分のせいで死なせてしまった後の以蔵は、今まで以上の本当の鬼になる。
 そして、新感線が今まで描いてきたことと、『IZO』で描いていることは、本質的には何も変わってないことに気がつく。

 「鬼」とは、人間がつくり出すものだということだ。わかりやすく例をあげると永井豪の『デビルマン』のようなものだ。蛇足だが、今回の脚本家・青木豪、主演が森田剛で、〈號〉と付いたこの舞台、奇しくも永井豪もゴウだった。

 ところで、オリジナルではないが新感線の『吉原御免状』(05年)を見た時、差別されて定住を許されない人々が傀儡となって、ジプシーのように芸事をしながら彷徨って生きているというエピソードが出てきた。とても重要な場面なのに、彼らはただ愉快に歌って踊っているだけにしか見えないんだよなあと思ったことがあった。苦しいからこそ日常は笑って暮らしているのだとは思うが、観客にどこまで伝わるのだろうかと老婆心ながら心配になったものだった。単なる、「かっこいい伝奇浪漫」という印象で終わってしまわないだろうか?と。

 それが『IZO』では逆だった。
 権力に差別され、搾取されている側の傷みが前面に出てきていた。それまで新感線があえて描いてこなかった(のではないかと思う)「鬼」が生み出されるまでが描かれた。これまでの、新感線は、『スサノオ』や『アテルイ』など「鬼」になってしまった人間が、否応なく人間と対峙していく物語が多かった。

 ラストで、以蔵が「天を目指さなければ良かった」というような悔恨を叫ぶ。「自分の脚でこの大地を踏みしめていれば良かった」というような意味のことを(台本がないので曖昧ですみません)。
 ここへ来て、いのうえひでのりが、この舞台で延々平らな目線を保ち続けてきた意味が心に深く突き刺さる。

 いのうえは、これまでも庶民目線で作品を作っていた。けれど、それを飽きさせないように様々な手法でハデに彩ってきた。そもそも、新感線の出自である小劇場は、庶民の演劇。無名の彼らが低予算ながら、いかにおもしろいことができるかに挑み続けて、巨大化していった。

 いのうえ歌舞伎の特徴である歌舞伎のツケのようなSEだって、小劇場時代から、新感線が、歌舞伎のパロディとして用いていたものが、定着した。今では新感線節にもなったツケが、リアル目線のこの芝居でも使用されているところが興味深かった。

 人間に高低をつけない、そして自らも、神の目線でも、犬の目線でもなく、人間が大地に脚をつけて立った時の等身大の平らな目線で見つめる青木豪のホン。これをいのうえひでのりが、カラダでわかって忠実にビジュアル化すると、小津安二郎的(と言ってしまうと座った視点になってしまうが)な平らな視線で三時間を通すことになったのだと思う。中劇場クラスならともかく、ハデなミュージカルなどを行う青山劇場という大劇場でもこの視点で踏ん張ったことは、いのうえ演出の足腰の強さであり、進化だと思う。俳優たちも皆きっちり仕事をしていて、殊に中心になる森田剛や戸田恵梨香が抑制された演技をキチンとやりきったことが物語を豊かなものにした。

 かつていのうえひでのりは、平らな庶民目線の最高峰・井上ひさしの描いた『天保十二年のシェイクスピア』の演出に挑んでいるが、その時は、ケレンで押し通した印象だったが、今なら、また違った見せ方があるかもしれないなあとふと思いを馳せた。
 そして、同時に『IZO』の出現は、観客の成熟をも促しているようにも思える。この世に「鬼」を生み出さないために。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第84号、2008年3月5日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
 木俣冬(きまた・ふゆ)
 フリーライター。映画、演劇の二毛作で、パンフレットや関連書籍の企画、編集、取材などを行う。キネマ旬報社「アクチュール」にて、俳優ルポルタージュ「挑戦者たち」連載中。蜷川幸雄と演劇を作るスタッフ、キャストの様子をドキュメンタリーするサイトNinagawa Studio(ニナガワ・スタジオ)を運営中。個人ブログ「紙と波」
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kimata-fuyu/

【上演記録】
新感線プロデュース いのうえ歌舞伎☆號『IZO
東京公演 青山劇場(2008年1月10日-2月3日)
プレビュー公演:1月8日(火)
大阪公演 シアターBRAVA!(2008年2月10日-19日)

作 青木豪
演出 いのうえひでのり
出演 森田 剛 / 戸田恵梨香 田辺誠一 / 千葉哲也 粟根まこと 池田鉄洋 山内圭哉 逆木圭一郎 右近健一 河野まさと インディ高橋 礒野慎吾 吉田メタル 中谷さとみ 保坂エマ 村木仁 川原正嗣 前田 悟 他
木場勝己 / 西岡 德馬

企画・制作 劇団☆新感線・ヴィレッヂ http://www.vi-shinkansen.co.jp/

S席 \11,000/A席 \9,500(全席指定・税込)
プレビュー公演 S席 \10,000円/A席 \8,500(全席指定・税込)


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