◎ダメな男たちが奏でる、ユルい漱石的シェイクスピア的日常
高木 登(脚本家)
男がダメだと思う。統計を取ったわけでもなんでもないが、それはもうけっこう以前からの実感で、自分自身が相当ダメだと思っているのに、そんな自分から見ても相当ダメな男が多いのだ。妬む、やっかむ、ひがむ、拗ねる。それが露骨に透けて見えるから、こちらも疲れる。そうした連中への憎しみをもって何本か芝居を書いたこともあるが、そうそう現実が変わるわけもなく、ダメな男は依然ダメなままだ。
前川麻子七年ぶりの新作『モグラ町』に登場する男たちは、ほぼ全員がダメだ。そばにいたらさぞや迷惑不愉快このうえないはずの連中ばかりである。けれど彼らに対する前川麻子の筆致は優しさと慈しみにあふれている。
theatre iwatoのコンクリート剥き出しの素舞台中央に楕円状のステージがしつらえられている。そのまわりには壁際に椅子や給湯セットなどが置かれ、正面の出入口は木製のブロックでふさがれている。
開巻、舞台全体に大きく映像が映し出される。それはおそらく中央線沿線のいずこかの町だ。商店街、軒の低い家並み、庶民の町のモンタージュ。そこがつまり「モグラ町」である。小劇場では下手な映像の使い方がしばしば見られて食傷させられるが、これにはとても感心した。それだけで、そこはもう「モグラ町」になっていたからだ。
上映がつづくなか、出入口に置かれたブロックを取り外し、乗り越えながら、ひとりずつコンビニの袋や紙袋を手にした出演者たちが登場する。彼らはブロックをひとつずつ上手奥の所定の場所に置くと、それぞれ椅子に腰掛ける。そのぎこちなさ、不器用さがいい。それはそのまま彼らのキャラクターを暗示しているのだ。下手奥にはギター、ウクレレとパーカッションを受け持つ二人組。彼らの軽快な音楽に乗って舞台は展開する。
出番のない役者たちは椅子に座ったままステージを見ている。時には声を上げて笑う。小林千里と津田牧子がカップヌードルを食べるシーンでは、全員それぞれのメニューで食事がはじまった。冒頭、彼らが持ってきた袋の中に入っていたのは弁当だったのだ。私が観たのと違う回では歯を磨いた者もいたらしい。物語の焦点があたる場所にいる以外の人々にも生の営みがある。出番のない役者たちの姿をそのまま舞台上にさらけ出すことで、そこに現出するのは「町」の感覚そのものである。theatre iwatoの無機質な空間が、広がりと奥行きと温もりのある場所に見えてくる。この演出効果には目を見はった。
物語の中心となるのは五人兄弟である。ショウジ(龍昇)、マサシ(塩野谷正幸)、カツヤ(山本政保)、ブンタ(稲増文)、キンヤ(吉岡睦雄)。上は五十四から下は三十三。いい大人だ。しかし、彼らの多くはろくに定職にも就かず、結婚もせず、その日暮らしで、性的な戯れ言を口にしながら、子供のようにブラブラ遊んでばかりいる。彼らの父親の藤次郎(登場せず)は寝たきりで、おそらく余命幾ばくもない。そんな藤次郎の後妻・サトコ(小林千里)は長男のショウジとたった一歳しか違わず、藤次郎とサトコの娘、高校三年生のアツコ(津田牧子)は、母親と同い年でショウジたちの幼なじみのヨシオ(吉田重幸)とやがて出奔していく。
下町に育った私には、こうした光景はおなじみのもので、ある種の懐かしさも感じるほどだ。ここに登場する人々の存在感はおそろしく現実的である。「シェイクスピアや漱石のかっこいいところを全部外したら、『モグラ町』が出来た。」(本チラシ)という前川麻子の言葉には批評がある。つまり裏を返せば、われわれはユルい漱石的、ユルいシェイクスピア的日常を生きているということなのだ。「父殺し」と言うのも憚られるような、呆れ返るほかはない藤次郎の死の顛末にもそれはあきらかで、悲劇でも喜劇でもない、ただ人々が生きているだけの生の在り様こそが『モグラ町』には息づいている。四男ブンタが恋し、恋されていると錯覚するユミコ(渡辺真起子)は、ひどく迷惑を被ったにもかかわらず彼を許し、しかもそこからあらためて二人の関係を始めようと語りかける。この「肯定」のまなざしこそが前川麻子の、「作家性」と言うほど堅苦しくはない、人柄の芸とでも呼ぶべき才気そのものなのだ。
つらつら述べたが、これは端的に良い芝居だった。ダメ男への憎しみは忘れて夢中になった。自分の方がむしろダメなんじゃないかと思った。あれから二週間、カーテンコールで演者たちが奏でた「モグラマーチ」の旋律が頭について離れない。(了)
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第87号、2008年3月26日発行。購読は登録ページから)
【筆者略歴】
高木登(たかぎ・のぼる)
1968年7月、東京生まれ。放送大学卒。脚本家。テレビアニメ「TEXHNOLYZE」「恋風」「地獄少女」「バッカーノ!」などを手掛ける。劇団「机上風景」座付き作家として「複雑な愛の記録」「グランデリニア」などを発表、「幻戯(げんぎ)」を作・演出。2007年6月退団。
・wonderland掲載劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/takagi-noboru/
【上演記録】
龍昇企画「モグラ町」
神楽坂 theatre iwato(2008/3/6-10 7ステージ)
作・演出:前川麻子
照明:千田実(CHDA OFFICE)
音楽:渡辺禎史
舞台監督:杣谷昌洋
演出助手:小形知巳
衣装:西篠正晃
宣伝写真:亀澤俊臣
宣伝美術:木曽慎一郎
制作:畑中由紀子
プロデューサー:龍昇
助成:日本芸術文化振興会・舞台芸術振興事業
出演:
龍昇 :平井家の長男・昇司(ショウジ 54)
塩野谷正幸:同 次男・将司(マサシ 52) [流山児★事務所]
山本政保 :同 三男・勝也(カツヤ 50)
稲増文 :同 四男・文太(ブンタ 42)
吉岡睦雄 :同 五男・欽也(キンヤ 33)
吉田重幸 :昇司と将司の幼なじみ・福田善男(55)
小林千里 :藤次郎の後妻・智子(サトコ 55) [U・フィールド]
津田牧子 :藤次郎と智子の娘・敦子(アツコ 18)
渡辺真起子:S区土竜特別出張所職員・下山由美子(40)
音楽:
ワイトロックベイビーズ 山中洋史(ギター、ウクレレ)+フジッ子(パーカッション)
前売3300円 当日3700円 学生3000円