背番号零「明るい部屋」

◎コトバの合間に肉の手触り 会話劇に挑戦した第一歩
木俣冬(文筆自由労働者)

「明るい部屋」公演チラシ背番号零による初の会話劇という挑戦は、コトバとコトバの合間に肉の手触りをふと浮き上がらせた。

開幕直後、ガツンと不穏な音がする。無機質な音ではなく、何かイヤな手触りを喚起させる。
その予感通り、舞台が明るくなると、上手には女性が倒れている。そして、彼女の前には男性が立っている。

再び暗転が開けると、なにごともなかったように、その部屋で数人の登場人物が会話している。上手に冷蔵庫、中央に本棚、机、下手にソファ。すべてがほどよく使い込まれた印象。
そこは何かの事務所として使われているようで、そこで働いている瑛太の弟・達巳が彼女・千鳥を連れて東京からはるばるやってきたことが会話の中で説明される。
ソファには、美しい女性エリコが黙って座っている。彼女がいることにまるで気づかないように不躾に横に座る千鳥の様子に、この空間の異様さが伝わってくる。

兄・瑛太は、この部屋で、数人の仲間とバイオ的な実験を行っている。実験のせいで、近所の環境に変化が起きていると噂され警戒の的になっている。後にわかることだが、彼の恋人エリコは行方不明になり、バラバラになった肉体の一部がみつかっただけであるという。
誰とも触れ合わない、謎の女性は、どうやらこの部屋に残った彼女の思念なのかもしれない。

瑛太は何度も冷蔵庫をのぞく。
冷蔵庫から漏れる灯りは不思議に魅惑的だ。
最初は、実験のサンプルが入ってその中に、何が入っているのかは最後までわからない。
後半になって瑛太は言う。
〈この中にあるのは、ただの肉です。タンパク質です。それでも顔がほころびます〉

「タンパク質」というコトバの選択に興味が湧いた。瑛太の職業柄のコトバなのかもしれないが(同僚が持ってきたミカンを〈糖度14度です〉と言うのもおもしろかった。)、肉というコトバよりもなぜか妙に「生命」を感じさせてドキリとした。

一方・弟・達巳は、実は神経を病んでいて、暴力事件を起こして会社をクビになっていた。その上、千鳥に子供ができたと思い込んでいるが、実際みごもっていない千鳥は本当のことを言い出せず苦しんでいた。

クライマックスで、達巳は、自分の中にあるものがあふれ出てしまう恐怖に苦しんでいることを吐露する。自分の選択はいつも最悪で、取り返しのつかないことになる。そして、自分の中が空疎だという恐怖。
その苦しみを、「もう寝よう」というコトバで慰める千鳥。
千鳥のお腹の中も空っぽで、空っぽ同士が、共に苦しみを共有する時に、
こんなにも違う方向性なのがおもしろい。達巳にとって、こういう女性だから
つきあえるのかもしれないと、恋愛の妙について考えさせられた。頭で考えない、寝るとか食べるとかの肉の本能。千鳥役の女優が、美しい光を放つエリコと比べて地味で、猫背気味でおどおどした雰囲気を漂わせているが、それがむしろ生々しい肉を感じさせて気になってならなかった。

達巳は、兄に対して、年齢が5、6歳離れていて性格も似ていないから対立しないし好意はあるが反面どこか疎ましく思っている。エリコと千鳥を比べても女性の趣味も似ていない。けれど、根本的にはふたりは空虚な思いを持て余していることが似ているようだ。しかもその空白を、女性(の肉体)の存在で埋めようとしている。

作者・有田真代は、苦悩する達巳の長ぜりふに思いを込めたのかもしれない。あえて観念的にしているのか、女性だからどうしても男性のコトバは観念的になってしまうのかはわからない。

近年、映像だけに留まらず舞台も、わかりやすい設定、わかりやすい起承転結の物語、わかりやすい登場人物の感情表現による、安心な物語が増えている中、「わからないと思われることをおそれない」姿勢が作品から満ち溢れていることは、頼もしい。装置や照明の細やかさからも、作品を丁寧に作りあげようとしている心が伝わってくる。

あまりにも増えすぎたわかりやすい作品ブームに、わかりにくくてもいいじゃない、みんなが違うこと感じてもいいじゃない、という作品がようやく現れはじめてきた昨今、背番号零もそのひとつとして期待したい。

私個人としては、オリジナルな表現を求めて観念に突入していくよりは、「タンパク質」「もう寝よう」のようなものに瑛太や達巳が救われたように、これらのコトバの発見は戯曲自体も救われた気がした。会話劇に挑戦した意義を感じるさせる第一歩だと思う。

良い物語であれば誰が演じてもどんな演出でもなんとかなるというものではなくて、俳優がそこにいることで成立する演劇の復権を夢みて-。

〈この中にあるのは、ただの肉です。タンパク質です。それでも顔がほころびます〉

舞台上にあるのは、ただの肉です。タンパク質です。それでも我々は顔がほころびます……勝手ながら、そんな感じ。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第87号、2008年3月26日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
木俣冬(きまた・ふゆ)
フリーライター。映画、演劇の二毛作で、パンフレットや関連書籍の企画、編集、取材などを行う。キネマ旬報社「アクチュール」にて、俳優ルポルタージュ「挑戦者たち」連載中。蜷川幸雄と演劇を作るスタッフ、キャストの様子をドキュメンタリーするサイトNinagawa Studio(ニナガワ・スタジオ)を運営中。個人ブログ「紙と波
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kimata-fuyu/

【上演記録】
背番号零第四回公演『明るい部屋』
横浜 STスポット(2008年2月22日-26日)
作/有田真代
演出/門田純

出演
笠木真人
門田純
高橋果奈
佐々木幸子(野鳩)
布川恵太
中川知子
泉光典
片倉わき

スタッフ
作/有田真代
演出/門田純
舞台監督/藤本志穂(うなぎ計画)
音響/香田泉(猫ノ手)
照明/福島早紀子
舞台美術/急な坂アトリエ
衣裳/山内加奈子,堀内さゆり
宣伝美術/市原拓
演出助手/大久保嘉洋
制作/山本ゆい
製作協力/森貴裕(猫ノ手)
製作指揮/高松宏行
企画製作/背番号零


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