◎陽光と昔日 ~豊島区サンシャイン百景の旅
村井華代(西洋演劇研究)
Port Bの「ツアー・パフォーマンス」第3弾、『サンシャイン62』である。一昨年の『一方通行路 ~サルタヒコへの旅』では巣鴨地蔵通り商店街を、昨年の『東京/オリンピック』では「はとバス」で新旧東京の様々な “戦場”を旅した。今回は、メトロ東池袋駅の上にある劇場「あうるすぽっと」から5人一組で出発し、地図とタイムスケジュールに従って池袋サンシャイン60ビル周辺に散在するポイントを移動、再び出発点に戻ってくるという手筈である。
出発時間の設定は13時から16時40分まで。各グループは20分おきに出発する。15時出発のグループに入った筆者が「あうるすぽっと」に戻ったときには既に18時30分。ここでさらに劇場内でツアー締めくくりのインスタレーションが用意されていたのだが、スケジュールの都合で見ずにリタイアしてしまった。
そんなわけでレビュアーとしては少々不適当なのだが、外歩きは満喫したし、もとより参加者のリタイアは企画の想定内ではないだろうか。そもそも無事に全行程を終えることがツアー・パフォーマンス最大の意義でもないのではないか。そういうことにしてこれを書いている。
「サンシャイン60」ではなく「62」なのは、今年2008年がいわゆる東京裁判が開廷して刑が執行された1946年から62年ということである。サンシャインシティについては昨年の『雲。家。』でもクローズアップされた。戦犯が収容され処刑された巣鴨プリズン跡地に建てられたこの巨大なビルは、Port-Bにとって「戦後日本の出発点」(チラシより)の記念碑なのだ。記念碑の役割は、忘れてはならない記憶をとどめるために、誰にでも見られるようにそこに立ち続けることに他ならない。が、サンシャインの場合、誰にでも、遠くからでも見られるという役割の方は十分に果たしていながら、記憶の方はむしろ風化させるタイプの施設である。そんなところが演出家・高山明を挑発するらしい。
さて3時間半に渡った外歩きを少しだけ再現してみよう。筆者のグループは男性3人、女性2人。互いに初対面である。自己紹介は苗字のみ。年齢は皆30代後半から40代前半といったところ。
出発地点ではメンバーの「係」を決める。ルートナビにあたる地図係2名。ストップウォッチで移動タイム等を管理するタイムキーパー。到着したスポットで何をするか、カードに従って指示を出す指令係。ツアー途中にサンシャインビルが見えたらデジカメで撮影するカメラ係は、各スポットでの記念撮影も行う。ちなみに役割分担は後に二度シャッフルされる規定だ。筆者の担当は指令係→地図係→カメラ係。
最も注意が必要なのが地図係だった。スタッフに渡された地図はヒントと簡単な図しかなく、目的地が何なのかは着いてみなければわからない仕掛けだ。しかも地図と町並みしか見ていないので、何度も車に轢かれそうになった。
さて最初の目的地は、「あうるすぽっと」から歩いて数分の旧日出小学校。廃校になって今は集会所に使われている。正面の建物に入り、スリッパに履き替えて二階に上がれという指示がここで出る。二階は体育館である。無人の体育館の床に、ラジオのような機器がぽつんと置かれ、そこからサンシャインが建った頃の思い出を語る近隣住民の談話が流れている。指示は、さらに隅の用具入れに入り、窓を開けて外を見よと言う。窓からはサンシャインビルが見えている。写真を撮る。
また数分で次の目的地に着く。何と「ラブホテル」である。えっこんなところに真っ昼間、しかも5人で! 一同非日常体験に盛り上がりながら受付で鍵と資料を受け取り、指定された部屋に入る。と、壁と天井に蛍光塗料で描かれた満点の星空と夜景。一方テレビからは、青空の下にそびえるサンシャインの映像と静かなナレーションが滔々と流れている。資料には『雲。家。』でも配布されたレオンハルト・シュマイザーの『大地の記憶』の一節が書かれている。「大地が自らの場所を確定できないとき、『見える』というこのことは一層重要となる。[…]名付けられた大地とは、そこから徴(しるし)の見える大地のことなのである。……」
なるほど、一見まち歩き番組のような趣向だが、このツアーは『雲。家。』の続編もしくは体験版に位置づけられるものなのだろう。我々は実際に「徴の見える大地」を歩き回って、「徴」を確かめているのだ。
ちなみにホテルから集団で出たので、さすがに通行人に奇異の目で見られた。
さて次の移動先は大規模書店ジュンク堂。入り口で待っていたスタッフにイヤホンつきプレーヤーを受け取り、この街のどこかに生きる “誰か”の談話を聞きながらエスカレーターで最上階の9階洋書売り場へ。指示通りの場所に行き、売り物の本に紛れ込んだ黄緑色のカバーの本の頁を開く。過去と現在の東京の航空写真集だ。さらに窓ガラスにも同じ黄緑色でフレームが描かれている。そのフレームの中に、すっぽりとおさまるサンシャイン。写真を撮る。
次にやってきたのは、窓からサンシャインの見えるワンルームマンションの一室。待っていたのはスタッフの一人と、白砂の敷かれた箱庭、そして大小様々のオモチャである。ここでグループに与えられた指示は、各員順番に箱庭にオモチャをおいて、一つの風景を作ってゆくことだ。ただしコミュニケーションしながら作ってはならない。
無言のまま順番が4周ほどして、一応出来上がった筆者グループの箱庭は、なぜか巨大建造物がバタバタと倒れた、世紀末的な廃墟の様相だった(牧歌的な風景を作ったグループもあったのだろうか?)。記念撮影をして、役割をシャッフル、新たな地図と指示をもらって移動する。
この頃には5人の連携もかなりよくなっていた。
まだまだ旅の先は長い。ここからは少し端折っていこう。
霊園内からサンシャインを撮影した後、窓からサンシャインの見える老舗喫茶店でコーヒーを頂く(店名を失念したが、東京音楽大学近くのサイフォンコーヒーのお店である。おかっぱ頭の女の子の絵が目印。ご主人親切な御対応ありがとう!)。ついで鬼子母神内の有名駄菓子屋「上川口屋」でラムネ等を買う(実費負担)。ケヤキ並木の参道の途中で脇道に入り、若き日の手塚治虫が『鉄腕アトム』を書いたというアパート「並木ハウス」にお邪魔する。階段の途中の小さな窓の前でしゃがむと、小さくサンシャインが見える。撮影。アトムは「特攻」によって最期を迎えたという意図から、特攻に関するインスタレーションが一室に用意されている。
都営荒川線「鬼子母神前」駅から都電に乗り、3駅向こうの「向原」で降りる。相変わらず、こちらは目指すその先に何があるのか全くわからず進んでいる。
向原での目的地は閉鎖された旧豊島中央図書館だった。
中央図書館は昨年来「あうるすぽっと」のあるビルにリニューアル移転しているが、こちらには使われなくなった書架や閲覧机などが取り残されたままになっている。一階は会議室として現在も使用されているが、上層は本の入っていない書架の列だけが林立する空間だ。独特の匂いがして、さすがに怖気立つ。どこからか、例の談話がぼそぼそと聞こえてくる。
ちょっとしたモダンホラーだ。打ち捨てられた建物は皆、多かれ少なかれ、このような曖昧な死の気配をじっと溜め続けて、解体の日を待っているのだろう。より便利で新しい施設ができるのは喜ばしいことに違いないが、都市はそうして内部にたくさんの幽霊空間を抱え込んでゆくのだ。
3階の窓ガラスに黄緑色のフレームがある。開けると、サンシャインが見える。撮影。
富士百景の現代都市版のようなものである。その裾野をめぐりながら、いろいろなサンシャインの姿を写しとる。ただ、富士山と違うのは、その場所は現代日本の悩ましい始原であるということだ。
多くの人々にとって、サンシャインとは、オフィスなりアミューズメントなりショッピングなりの「機能」の集合だ。その「機能」によってこそ都市に受け入れられ、存在意義も発生するのだろう。が、こんなふうにツアー・パフォーマンスの目玉にされたサンシャインは、既に不自然で意味深な風景の一部でしかない。昔ながらの生活空間の中に突出した異物である。
数分移動して着いたのが、ドイツ演劇研究者萩原健氏の自宅マンション。たまたま上階で玄関先からサンシャインが見えるというので、彼の家が訪問先にされてしまったのだと言う。萩原氏からはその場でニュルンベルク裁判と東京裁判についての刺激的なプチ講義を受け、おまけに玄関先で記念撮影をさせて頂く。氏の「下に迎えが来てますから」という言葉に送られて下に降りると、何と大型タクシーが待っている。
「お乗りください」「どこへ行くんです?」-まるでサスペンス映画のような展開になった。タクシーが止まったのは本丸サンシャインシティの一隅、サンシャインプリンスホテルの正面玄関だった。
ホテルのエレベーター前に待機したスタッフに案内されて、一室に入る。やはりテレビにはサンシャインの映像が。窓からは当然、巨大なサンシャインビルが見えている。撮影。
ホテルを出て、隣のトヨタ自動車展示場アムラックスに移動する。またスタッフからプレーヤーを受け取り、エスカレーターで4階まであがる。耳はイヤホンで談話を聞き、目は輝く展示車を見ているという奇妙な時間だった。記憶がおぼろげだが、このときは、長野の戦没画学生慰霊美術館「無言館」について語る男性の声が流れていたように思う。
4階では、この日最も近くに迫ったサンシャインビルをガラス越しに撮影。あとは「あうるすぽっと」に戻るのみとなった。
ここで筆者のツアー体験は終了である。
高山明とPort Bには、綿密に作り込んだ舞台というもう一方の武器がある。が、日本ではこのような“遊び”の要素の強いものの方が、より多くの人々を巻き込む力を持つかも知れない。
遊びとは言っても、その根幹にあるのは歴史的認識という余りに重い課題だ。が、高山の構成は、作品が退屈なプロパガンダ(もしくはお説教)に終わるリスクを追い散らす演劇的生命を持っている。実際、日常的な東京の風景を一変させる、刺激的で、色彩豊かな「旅」だった。楽しくも、どこか陰鬱だった。(参加日:2008年3月21日)
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第90号、2008年4月16日発行。購読は登録ページから)
【筆者略歴】
村井 華代(むらい・はなよ)
1969年大阪府生まれ、愛媛県育ち。共立女子大学講師。西洋演劇理論全体を視野に入れて「演劇とは何か」を模索中。『現代ドイツのパフォーミングアーツ―舞台芸術のキーパースン20人の証言』(共著、三元社、2006)など。
・wonderland 寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/murai-hanayo/
【上演記録】
Port B ツアーパフォーマンス『サンシャイン62』(07/08 あうるすぽっとタイアップ公演シリーズ)
日時: 2008年3月19日(水)~23日(日) 全5日間
出発時刻: 19~22日 12:00-15:30 23日 11:00-14:30
*5人一組のグループで30分おきに出発(各日8組)
場所: 池袋サンシャイン60周辺地域 及び あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)
集合/受付: あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)
料金(税込): 一般3500円 学生3000円(前売)一般4000円 学生3500円(当日)
スタッフ・キャスト
構成・演出:高山明
セカンドライフ製作:井上達夫
音響・地図作成・宣伝美術:三行英登
舞台監督・照明:清水義幸
プラットフォーム設計・照明オペレーション:江連亜花里
映像:宇賀神雅裕 郷田真理子 三行英登
音源製作:宇賀神雅裕 高山明
不動産:牧つづみ 林立騎
セカンドライフ製作補:郷田真理子
演出助手:細川浩伸(NPO法人アート・ネットワーク・ジャパン)
ドラマトゥルク:林立騎
リサーチ:Port B
ツアーサポート: 暁子猫 井上達夫 宇賀神雅裕 GUNJI 郷田真理子 高山明 萩原健
林立騎 藤原敏史 細川浩伸 牧つづみ 三行英登
制作:高山暁子
制作協力:相馬千秋(NPO法人アート・ネットワーク・ジャパン)
主催:Port B
共催:(財) 豊島未来文化財団
協力:にしすがも創造舎(豊島区文化芸術創造支援事業)
助成: 文化庁芸術創造活動重点支援
アサヒビール芸術文化財団