龍昇企画「夫婦善哉」

◎アゴラにて 旨味すくなき 作之助 なんのかの言っても 生きたもん勝ち

三ヶ月経ってしまった。
五月の舞台である。五月に一回見て、書いて、不評で、「ちょっと練り直します」で三ヶ月。
かくもおそろしや平田オリザ。私は、彼が龍昇企画のために書き下ろしたという触れ込みの前に委縮していた、なんつて。日本の演劇史を「オリザ以前」「オリザ以後」にわけた張本人の脚本+前回公演「モグラ町」でスピーディーにオヤジっぷりを描いた龍昇企画、ひどかった、わけではもちろん、ないのであるが。

平田オリザ本人がチラシの裏に書いた宣伝文が何日たっても劇の印象と合致しなかった。

織田作之助の原作『夫婦善哉(めおとぜんざい)』に登場する、大阪「自由軒」のカレーライスのことを書いていた。自分もそのカレーライスが大好きだということ、そしてそのカレーライスのおいしさを小説中で語った織田さんに捧げる戯曲として、男女が「ひたすら食べ続ける。それだけの話である」と言っていたのである。今回の公演のことを。

え、そんなにうまそうなもん食ってたっけ。


『夫婦善哉』は、龍昇演じるバツイチの主人公が、小料理屋を経営している。出て行った妻の代わりに妻の妹が店の仕事と家事を手伝ってくれていて、妻が置いていった小学生の娘と一緒に暮らしている。正確には暮らしていた。物語は、主人公の一人娘が風邪をこじらして亡くなった、その日の夜から始まる。

サラリーマンが女と並んで徳利の並んだちゃぶ台に座っている冒頭から
「なんか、酔っちゃったな」
と言う第一声、そこからサラリーマンが小料理屋の常連客で、隣に座っている女にほれているらしく、その女は小料理屋の主人の義妹にあたる人で、今は主人の娘の仮通夜で、娘がまだ小学校二年生だったことまでが一気に明かされる。この冒頭はさすがに巧み。役者が余計な芝居をしない分、台本の無駄のない構成がすっきり見える。

しかし問題はごはんなんである。

ナマコをわかめかなんかと一緒にざっと和えた冒頭の一品、翌朝到着した妻に出すフレンチトースト、通夜の晩に妻に出すがんもどきや昆布巻きなど、料理はたしかにいっぱい出てくる。冒頭と同じく翌日の通夜の夜にも徳利が並んでいるのだが、日本酒に合いそうではある。
「この酒は本当は冷で呑むんだ。兄貴は田舎者だからなんでも燗しちまう。」
と主人が言うのを聞くと酒飲みの性分で喉が鳴る。
娘を亡くした小料理屋の主人が延々料理を作り続けている、というのはこの物語の屋台骨である。ああ、酒、のみてえな、と呻きながら見つつも、目の前の光景がどこか現実のものと思えない。

舞台を十分に意識した、かわいた感じの料理。
龍昇企画の正確すぎる演技とあいまって、夕飯時にテレビを見ているような感覚に襲われる。「かわいた料理」とは普通なら作り置きの、放っておかれた料理を指して使う言葉だけど、主人が次々に卓上に出してくるできたての料理はどれもひややかである。無味ではないけど無臭。ひんやりした食卓と、「男女がただ食べ続ける、それだけの芝居」という宣伝文の文句がどうしても合致しない。

「かわいた料理」を端的に実感したのが、通夜の晩に出された昆布巻きを妻が夫にぶつける一場面だ。娘が死んだ日にその料理の下ごしらえをしていた、と聞いた妻が夫に昆布巻きを投げる。箸で一個ずつつまんでは投げつけ、つまんでは投げつけ。
箸かよ! 
登場時から自分の夫に対して強い口調の妻は、話の中では一番強気で感情的なキャラクターとして在る。その妻が箸で! あのちっちゃな昆布巻きを一個ずつ! 上品!

物悲しいと言えもしよう。
わびしくも滑稽なワンシーン、年をとっていれば笑いつつ泣くこともできるのだよ、と言われもしよう。
だがあまりにも技巧的である。投げつけられた昆布巻きを主人があわてて拾い集めるが、そこに酔った店の常連客が戻ってきてちゃぶ台の下に転がっていた一個をぱくり。という一連の流れまで計算されつくしている。

一人娘が病気で死んだ直後で心もさみしいのだから、温かいものを食べればいいのに。と思っていたが最後の場面ではあたたかいみそ汁のついた朝食が出てきていたのだった。通夜の晩に、はじめて主人が声をあげて泣き出した後、である。だから、理にかなってはいる。料理と状況が、正確にリンクしている。

しかし泣いて心安らかになった後にあたたかいみそ汁、という流れが、なんだかいかにも、なんである。妻が出ていく前は飲む打つ買うのダメ男だった主人が「離婚届出してないんだ」「より、戻さないか」と妻に言う展開が途中にあるせいかもしれない。ちゃんと悲しんどけよ、と思うのは俺が若いせいなのか。だってこの主人、妻の妹とも寝てるんですよ。それを妻に打ち明けて「よりを戻そう」なんですよ。

あたたかい汁物のある食卓を主人・妻・妻の妹の三人で囲んで、帰ろうとする妻を
「おねえちゃん、そこまで散歩しようよ」
と言い皆して退場する結末にとてもやさしい日差しが降り注いでいたのだった。

いろいろなことがあいまいなままこれからも生きていく三人がとても自然で、無駄のない演技と構成だからこそそれはぐったりするほど生々しかった。
直前のシーンの「より戻さないか」も「離婚届だしてないんだ」も、何も解決されていないんである。それでもいいんだね、どれでも生きていくんだね、と納得しちゃうんである。死んだ一人娘は生きている間どんな思いで親たちのことを見ていたのかには誰も思いを馳せない。

最後に来て、話の中心が娘の死から微妙にずれている。妻は自分の娘の遺品を置いていくことに決める。それが前向き、ということなんである。まったくぐったりするほど現実じゃないか。なんだかんだ言っても生き残っちゃったもんね、というメッセージすらそこからは読み取れる。子どものうちに死んだ娘が一番損ってことかね。

死んだ人を思いながら食べるのは、切ないことでもあるが猥雑でもある。
もう一度平田オリザの書いた宣伝文を読み返す。
「なんだかんだ言っても飯は旨いな」と劇中で言い放つまではいってない、というのが、この作品に対する今の自分の結論だ。
非常に巧みな上演ではあったと思うけど、完成度が高い分、個人として受け付けない点もあれば作者の言いよどみも感じられる。
平田オリザの腹の内を劇場で見てみたい。

<上演記録>

作:平田オリザ
演出:保科耕一
出演:龍昇・井上加奈子・黒木美奈子・谷昌樹・西嶋達矢

【公演期間】 2008年5月24日(土)~6月1日(日)
【会 場】 こまばアゴラ劇場
【時 間】 2008年5月24日(土)   19:30
         5月25日(日)15:00☆ 
         5月26日(月)   19:30
         5月27日(火)   19:30
         5月28日(水)15:00
         5月29日(木)   19:30
         5月30日(金)   19:30
         5月31日(土)15:00/19:30
         6月 1日(日)15:00☆

※受付開始は開演の30分前、開場は開演の20分前。

【料 金】
前売:3,500円/当日:3,700円(税込・全席自由・日時指定なし)
学生:3,000円(要事前電話予約)
*本公演は芸術地域通過ARTSがご利用いただけます。
 [1ARTS/1円。ARTSとは桜美林大学演劇施設内で施行されている地域通過です。
☆託児情報 5月25日15時/6月1日15時の回託児サービスあり【要予約】
 料金:0~1歳児2,000円、2歳児以上1,000円
 予約・問い合わせ:イベント託児・マザーズ 0120-788-222
【お取扱い】
ローソンチケット 0570-084-003(Lコード:31629)
         0570-000-407(オペレーター対応)
e+(イープラス) http://eee.eplus.co.jp/(パソコン&携帯)
【チケット予約・お問合せ】 S・T・S 03-5272-4393

主 催:龍昇企画
協 力:にしすがも創造舎、鈴木孝枝(office STOA)、片桐久文、大鷹明良
提 携:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場


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