◎「妻の愛情物語」ではもったいない とびぬけた舞台になったけど
西村博子
この4月2日、ある劇評セミナーの帰り、途中まで地下鉄をごいっしょした劇団印象のプロデューサーまつながかよこさん。あの日「愛の物語になっちゃったね」とひとこと言って私は帰ったという。横浜相鉄本多劇場の「青鬼」を見せてもらった日のことである(2009年3月21日所見)。その作・演出鈴木厚人さんもいっしょだったので自称び探検隊長の私はヤッホー!(二本の指でV字作って)のご満悦だった。
が、それはともかくとして、思い出してみると今度の「青鬼」再演。たしかに、俳優はこれまでの劇団印象よりずっとずっと魅力的になり、演出も、時が過去に戻るのをビデオの巻き戻し法で表現したり、不思議空間だと示そうとしてか、それまでドアやタクシーの座席などいろいろに使ってきた椅子を最後に天井高くスッーと舞い上がらせたりの工夫が随所にあったし、(舞台が部屋であり水槽であることを示そうとしてか)細い角材で取り囲んだ装置も、演出に対して十分挑戦的で快かったし、舞台の仕上がりとしてはこれまでの劇団印象を一段も二段も上に跳びあがった。もうどこへ出しても遜色ない出来ばえであった。
が、再び「が」で恐縮だが、劇の中心がタイニイアリスでの初演に比べてもぐっと妻のほうに傾いてしまっていたのが、私には残念だった。それが相鉄でのさよならのひとことになったのらしい。
あいだに、夫が食用にと飼っていたイルカが進化して両足で歩き回り、そのイルカが妻を愛するようになったり、一方夫も、人間に戻るためには人間を食べるしかないと妻や同僚を食べようと思ったり、その同僚が逆に襲ってきたり…と、さまざまな展開は確かにあった。あったが、劇の大筋は妻のほうにあったと言わなければならない。妻は、愛する夫を青鬼にしてしまったのはそもそも新婚旅行のとき、自分のグルメ嗜好のせいだったと悔い、しかし夫への愛のために、これまた自分への愛のために自ら命を絶ってくれたイルカを、夫とともに食べてしまうのだ。舞台は、妻が食卓を間に挟んで夫をみつめ、静かに静かに対座しているところで終わった。妻の、愛を巡る物語だと思った。へーえ、彼女はきっと愛するということはどういうことか、ほんとの愛を知ったのだ。素敵な女性だなあ、羨ましいなあ、と思った。
なるほど夫も、イルカを食べずにいられずうろうろイルカを捜し求めたり、気づけば手先からイルカに変っていたり、イルカの代わりに妻を、あるいは同僚を食べようと思ったり、結局妻とともにイルカを食べてしまったり、いろいろあった。食材のイルカもイルカで食べられないようにペットになろうとしたり、逃げ回るうちに飼い主の妻を愛してしまったり、その妻のために命を絶ったり、いろいろあった。が、それらは筋としての変化だった。劇としての必然がなかった。
女性を描く男性作家は映画、小説に多いし劇作にも少なくないから、もちろん鈴木厚人が女性を描いても別に問題ない、と言えば言える。けれども、青イルカを食べた人間は青イルカ(鬼)になっちゃう、あるいは、青イルカは青イルカを喰っちゃうという、鈴木厚人そもそもの奇想天外が、妻の愛情物語にすり替わってしまっていたのがいかにも勿体なかった。一度食べておいしいと思ったらもう食べないではいられない、豚を食べたら豚になる、牛を食べたら牛になる-作者のもともとの発想は、書いてる作家自身を、見ている私を、アナロジカルに撃つ可能性を十二分に秘めていた、と私には思われてならないからである。
おどおど?しながらなぜか青イルカ(鬼)になってしまった夫-妻もイルカを食べたはず。なぜ彼女はイルカにならなかった、のかな?-高圧的だが(いちど、角材セットのこちら側とあちら側で夫と同じ動きをしたことによって)どうも夫と同じ人間、ないしは夫の一側面であるらしいことが暗示されていた同僚、そしてもしも必要ならだけれど、何とかペットとして生き延びようとし、しかし妻を愛してしまったため自ら熱湯をかぶり、刺身になってしまったイルカ…この三人(匹)を、みんな鈴木厚人の内なる可能性としてもっともっと凝視(みつ)め、劇の中心に据えてくれたら、腹を抱えて笑いながら、え、これ単なる絵空事??? グルメ全盛の今をつく傑作だったのになあ、であった。
題名は「青鬼」。要は青鬼の妻でなく、青鬼そのものがもっと見たかった、知りたかったということである。人間がイルカを食べるだけでなく、イルカが人間を食べる。あるいは人間が人間を食べようとする-なんて、考えるだけでスリリング。ワクワクではないか。そこが見たかった、知りたかった、ということである。
今のようにイルカを別に出さないで、いっそ、イルカを食べた夫が舞台でみるみるイルカになっていったら?と思った。そしたら、毎日、いろんな生きもの食べてる私は大丈夫かしら? 私も自分の体をそっと眺め廻したかも知れないではないか。
真面目な顔して可笑しなことばかり考えているらしい鈴木厚人が私は大好きだ。三演を期待しよう。
(初出:マガジン・ワンダーランド第136号、2009年4月22日発行。購読は登録ページから)
【筆者略歴】
西村博子(にしむら・ひろこ)
NPO ARC(同時代演劇の研究と創造を結ぶアクティビティ)理事長。小劇場タイニイアリス代表取締役兼アリスフェスティバル・プロデューサー。日本近代演劇史研究会(日本演劇学会分科)代表。早稲田大学文学博士。著書は『実存への旅立ち-三好十郎のドラマトゥルギー』、『蚕娘の繊絲-日本近代劇のドラマトゥルギー』I, II など-とは、実は世を忍ぶ仮の姿。その実体は自称「美少年探検隊長」。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/na/nishimura-hiroko/
【上演記録】
劇団 印象-indian elephant-第11回公演「青鬼(あおおに)」-横浜SAAC 「再演支援プロジェクト」 リバイバルチャレンジ#2
横浜・相鉄本多劇場(2009年3月19日-22日)
【作・演出】鈴木厚人
【出演】 山田英美
岸宗太郎
澁谷友基
前田雅洋(B・I・A)
岡田梨那
片方良子
きたのあやこ
江花渉(真空劇団)
最所裕樹
【料金】前売2800円・当日3300円(全席自由席)初日特別料金(前売当日共)2,500円
学割…受付にて学生証提示で-300円