シアターKASSAIオープン企画「ON THE WAY HOME」(久間勝彦作、黒澤世莉演出)

◎人が月に行く時代に《共振》する
プルサーマル・フジコ
「ON THE WAY HOME」公演チラシ
池袋の繁華街の果てに小さな劇場・シアターKASSAIが誕生した。こけら落とし公演は、久間勝彦氏の戯曲『ON THE WAY HOME』を4人の演出家が順繰りに演出する連続企画公演である。そのトップバッターを務めたのが、今回取り上げる黒澤世莉(時間堂)だ。

原作は1947年、南太平洋のスタボラ島(架空の島)に取り残された幾人かの「日本人」の物語である。終戦後、2年目にして偶然入手した英字新聞の解読によって敗戦の事実をようやく知った彼らが、早速船をこしらえて祖国日本に帰還すべく出帆するところから物語ははじまる。順調に見えた航海だが、船倉にはスタボラ島民の少女が1人紛れ込んでいた。彼女はハイマと名乗り、かつて島にいた日本人・コウスケと結婚の約束をしたから会いに行くと言う。しかしハイマが読み上げるコウスケからの手紙には「カミカゼ」の文字が…。やがて英字新聞のさらなる解読の結果、広島に新型の原子爆弾が落ちたことも判明する。乗客の一人・迫田は広島近郊の出身だった。

一方で船長の桜木は、実は進路を日本に向けてはいなかった。南太平洋上で玉砕することこそ日本男児の本懐と思い込んでいたのだ。ある夜、背後に見えるはずの南十字星が進行方向にあることに気づいた大田黒は、桜木の暴挙を止めるべく他の乗客と一緒に説得を試みるが、逆にコウスケの死を悟ったハイマと、故郷の壊滅を知った迫田によって囚われの身となってしまう。やがてアメリカ軍の船影が見えた。これぞ我が敵とばかり、「海行かば~水漬く屍~!」と軍歌を叫びながら旧式の大砲で攻撃する半狂人の桜木。今こそ愛する人たちの仇を取らんと、竹槍を構えて武者震いするハイマと迫田。しかし相手はただの島影にすぎず、旧式の大砲は破裂、ハイマが怪我をしてしまう。ようやく正気を取り戻した桜木は、進路を日本に向けると約束し、それからは南十字星が背中に見えた。船は日本に到着し、コウスケも実は後方支援の整備兵であったことが分かり、迫田の母もどっこいどうにか生きていた。物語は大団円を迎え、焼け野原の日本での新しい第一歩を感じさせつつ終幕を迎える。

「ON THE WAY HOME」
【写真は「ON THE WAY HOME」公演から。撮影=友田直孝 提供=シアターKASSAI 禁無断転載】

以上のように原作は「あの戦争」の隠されたアナザーストーリーを描いている。戦争(=大きな物語)に乗り切れなかった人間が、遅れて蛮勇を発揮するも夢破れ、結局は焼け野原の日常(=小さな物語)へと帰っていくシンプルな構造の話だ。

さて、この企画に参加した演出家たちにはルールとして戯曲の改変が許されていた。そこで黒澤世莉チームは構成作家としてオノマリコ(趣向)を迎え、戯曲の大胆なリライトに取り組んだのである。そして今語ったようなストーリー全体を「かつての船長・桜木の回想」として劇中劇に閉じ込め、いわゆる枠物語の構造を採用した。1960年代に舞台を移し、桜木がスタボラ島からの航海録を回顧する形式である。さらに回想の聞き手役として、原作には存在しなかった桜木の息子の嫁・舞波(マイハ)を新たな登場人物として創作。もちろんスタボラ島の少女・ハイマをもじった名前だ。

舞台の冒頭では、その舞波が60年代の流行歌「アカシアの雨がやむとき」を歌い、ラジオからは安保闘争のニュースが流れる。外出を嫌って家にばかりいる舞波に対し、桜木は「人が月に行こうって時代に、あんたは外には出んのか?」とちくりと文句を言うが、ひょんなことからスタボラ島の思い出に。すると舞台中央のちゃぶ台を取り囲んで、かつての仲間たちが亡霊のように現れる。桜木もまた、自らの物語の中に1947年の船長・桜木として呑み込まれる。一方の舞波はしばらく黙ったまま観ているが、少女・ハイマが船倉で発見されるシーンでは周囲から「ハイマ!」と名指され、「えっ?」と戸惑いながらも、次第にハイマとして振る舞うようになる。

「ON THE WAY HOME」
【写真は「ON THE WAY HOME」公演から。撮影=友田直孝 提供=シアターKASSAI 禁無断転載】

こうした枠物語の構造自体は目新しいものではないが、舞波(コピー)とハイマ(オリジナル)が溶け合うところが興味を引いた。舞波は最初は新しい価値観をほのかに持ちはじめた日本人女性として、その想いを胸に秘めつつ、厳格な舅の桜木に従順にかしづいている。しかしカタコトの日本語しか喋れず、天真爛漫で向こう見ずで、一途に愛する人を想うハイマが登場すると、それまでの古風な喋り方をためらいつつも脱ぎ捨て(舞波=ハイマ役の梶野春菜は舞台の上で衣装を着替える)、あたかも異国の人間が日本語を喋る時の(フィリピーナのそれをアレンジしたような)口調に変化し、ブロークンな日本語を駆使して自由奔放に躍動しはじめるのだ。それは決して瞬時に役人物を0から1に切り替えるのではなく、舞波とハイマ、その両者の間を行きつ戻りつためらいながらブレるのだ。境界をひどく曖昧なものにするような、その揺らぎ/混濁が魅力的だった。

さらに黒澤版ではミヨも広島の出身になっており、原爆の凄絶なる破壊力を知って自暴自棄になったミヨが迫田を挑発し、迫田のアメリカへの復讐心に火をつける(ミヨはその導火線となる)。こうした変更点はライヴとして芝居を観る客にはもちろん知る由もないが、この変更もまた、観客の視線をある一点だけにフォーカスさせずに、微妙にブレさせることに貢献している。

戯曲『ON THE WAY HOME』は1対1の関係の組み合わせから構成されている。敗戦を知って変節した元教師・岡本と、頑として日本男児であり続ける桜木。山師のような商売人・太田黒と、彼を兄貴分として付き従う青年・迫田。アナーキーな太田黒と、日本人会会長を自称する木内。食堂を開く夢を持つエリと、彼女を姉のように慕うミヨ。あくまで日本人を体現する桜木と、日本人になりたいハイマ。原作ではそれぞれの人物に与えられた役割(=キャラ)が明確であり、思想的にも確固としてほとんど揺らぎは感じられない。しかし黒澤+オノマリコが生み出した視線のブレは、こうした関係の中にも微細な震え(つまりは不確定なもの)をもたらしたようにわたしは思う。

戦争時代を回顧する年代を60年代に設定したのはややもすると唐突だが、しかし巨大な、絶対的な物語(=戦争)として君臨する強固な体験に対し、それを相対化しアクセスするために別の絶対的な物語(=安保)を持ち出すのは結果的には有効だった。劇中には一度も登場しない桜木の息子(舞波の夫)は、どうやらその安保闘争を観るために日比谷(公園)に行っているらしい。が、運動の渦中にいるわけではなく、「あれは若い人たちのものだから」とそれをただ遠巻きに眺めているらしいことも舞波の口を通して語られる。この遠巻きな距離もまた、やはり観客の視線にブレをもたらし、彼と近しい存在であるはずの桜木や舞波の感情の中に、微細な震えを見い出させることになった。

黒澤版『ON THE WAY HOME』には、こうした視線をブレさせる仕掛けがちりばめられていた。観客の視線のフォーカスが定まらずにブレはじめ、感情もまたざわざわとその震えに《共振》する。それが舞台にグルーヴ感をもたらす。それは音楽に喩えればシンコペーションによる快楽のようなもので、震えが語りのリズムにアクセントをもたらし、ストーリーをより官能的に、セクシーに彩る。時間が経つにつれ、舞台の上の振動は共鳴し合い大きくなっていった。

少し舞台から離れた話をする。65年前の「あの戦争」について、夏になると日本人はいやがおうにも思い出す。にもかかわらず、最終的には誰も「あのこと」の責任を取りきれず、過去の清算に失敗し続けてきたとも言える。しかしそこで右か左かどういう立場をとるかといったことの前に、この右目と左目で違うものが見えることにわたしは関心がある。いずれか一方が正しいわけではなくて、この視差(=パララックス)こそが焦点を結び、視野に遠近感をもたらすのだから。どこかの政治的・思想的立場を堅持することよりも、その奥行きを持った世界を見つめることのほうがわたしには喫緊の大事なことだ。0は簡単に1になる。1は簡単に0になる。そこで、奥行きのある世界を見ることはそう簡単なことではない。ただ、0にも1にも荷担しない曖昧な状態ではあっても、その微細な震えに対して自らの感情を《共振》させることはできる。

それは《共感》ではない。《共感》と呼ばれるものが物語を自らの卑小な体験と結びつけて消費し、「ああー、分かる分かる」と共通項を見い出して「笑える」とか「泣ける」のスイッチを入れる装置だとしたら、《共振》はそうした体験の共通性を求めはしない。日本人の男性がみんな中二病的な自意識を持ち、大概ロリコンであり、大学進学と同時に上京して親元と故郷を離れ、適度に童貞をこじらせつつ、それを脱皮させてくれる都合の良い相手を見つけ、やがて仕事を見つけて職場での葛藤があり、何度かにわたる恋の鞘当てがあり、それでも生涯の伴侶を見つけて、無事この安全な経済大国ニッポンで老いて死んでいくものだとゆう(あるいはその裏表としての女子バージョンがあるとゆう)そんな安直な人生観を前提にした安っぽい《共感》の物語のためにわざわざ演劇をする必要も観る必要もさらさら感じないが(もちろん、まさかそんなことをしている人がいるとは思えないが)、さらに今後ニッポンとゆう共同体が崩壊・融解・越境していく時代にあっては、「ああー、分かる分かる」ではなく「分からない、けど」からはじめるしかないのではないか? それでも一緒にいる、とか、踊る、とかはできるし、体験を共有できない別のバックボーンを持った他者であっても、その物語に震えを感じて《共振》することはできるはずだ。

今回の黒澤版『ON THE WAY HOME』は、過去の大きな物語に対して何らかの《共感》を寄せていくものではなく、「分からない、けど」を前提にしつつ、《共振》を探っていこうとする新たな萌芽を見た。本のようには読むスピードを調節できず、DVDのようには巻き戻しの効かないライヴとしての不可逆的な時間を持った演劇は、この微細な振動をリアルタイムな官能として観客の中に呼び起こすことが可能なメディアでもある。そうした演劇の魅力を、黒澤世莉は極めて忠実に(その意味でオーソドックスに)観客の前に差し出そうとしたのではないだろうか。

さて、ここからは劇評としては完全に蛇足なる世界に突入する。今回この文章を書こうと思ったのは、もちろん黒澤版『ON THE WAY HOME』に感銘を受けたからに決まってはいるが、6月に神楽坂die pratzeで黒澤が外部演出したキコ(qui-co)の『カナリアの心臓』を観て、その非凡な才能を再確認したからでもある。あの作品はあたかもサッカーの試合を観るかのようなスリルに充ちていて、最後のロスタイムまで目が離せなかった。

『カナリアの心臓』は、特に序盤は一見して派手なことは何もしていない。外部演出家としては奇抜なことをして悪目立ちするほうが得しそうなものだが、黒澤世莉の演出家としてのポリシーがそうはさせないのだろう(*1)。そこで緊張感を失わないよう舞台を引っ張ったのは(おそらく黒澤からそう指令を受けたのは)、女優のサキヒナタである。彼女は常に、空間の緊張力を維持して舞台の上で他の俳優のパフォーマンスを鼓舞するような仕事をしていた。とにかく舞台に奉仕するような、その滅私的なプレーが存在しうることにわたしはとても感動したのだ。サキヒナタは一時期、黒澤が主宰する時間堂に在籍していたことがあり、黒澤の演出術に対する理解度もたぶん極めて高い。例えば観客と舞台を繋いだり、俳優と俳優を繋いだりする点において、彼女は素晴らしい能力を持った俳優だとわたしは感じた。ある演出家にとって、こんなふうにその戦術を高度なレベルで理解し、しかもそれを実践できる俳優に出会うことは一生のうちそう何度もないだろう、と思ったくらいに。

そこから逆に思うこともある。黒澤はここ数ヶ月にわたって毎月1公演の超ハイペースで演出仕事をこなしていて、その多くは単身演出家として呼ばれての外注仕事である。確かにそれも経験値にはなるし、新しい出会いもあるし、数をこなすことで初めて見えるものもあるだろう。テクニカルな面だけで言っても、『ON THE WAY HOME』ではストップモーションや、スポットライトの明滅や、クイズといった要素を実に鋭く効果的に使っていて、どちらかというと丁寧にじっくり作り込む印象のある時間堂の本公演ではあまり見られない演出技法だった(ような気がした)。しかし反面、それは稽古期間が短く、俳優も好きに選べるとはかぎらない企画公演とゆう制約条件の中で、より劇的な効果をもたらすための苦肉の策だったとも見える。各所にフリーランス的な演出家として呼ばれるのは、黒澤の人間関係の幅広さの賜物だろうし、それはそれで良いのだけれど、黒澤世莉にはやはり彼がもっとも本気を出せて、しかも逃げも隠れもできない自らの劇団・時間堂でこそ勝負をかけてもらいたいとも思う。

作家なり演出家なりは、どこか閉じていないと保てない部分もある。言わずもがなのことだが、作家はその一挙手一投足からしてすべからく作家であり、その覚悟を持った人間だけが作家であること(あり続けること)を許される。一般論ではなく、わたしの知るあらゆる優れた作家を思い起こしてみても絶対そうだと思う。これは完全に余計なお世話な老婆心の暴走だが、黒澤の器用さや優しさが、彼の能力をスポイルしている側面があるようにも思うのだ。たしかにパッと見たところツイッターでもたくさんの人々を相手にご活躍の様子だが(それはそれで構わないが)、一方で彼は本当はとてつもなく不器用で、孤独で、巨大な空洞を抱えている作家・演出家ではないのだろうか? わたしの買いかぶりかもしれないが、おそらく彼の周辺になんとなしに集まってくる人たちも、彼の器用なコミュニケーション能力や表面的な優しさにではなく、彼の抱え持つ巨大な空洞にこそ引き寄せられるのだと思う。命短し恋せよ乙女、というけれど、そして黒澤世莉はもちろん全然乙女なんかではないけども、恋はしてほしい。どうせなら、戦術を高度に理解する最強のメンバーをキャストやスタッフに揃えて、私財も(?)、人間関係も投げうち、言い訳の効かない一世一代の大勝負をかけて、演劇に前のめりに恋をする黒澤世莉が見たい。それで破れてボロボロになっても、それはそれで良いではないかと思うわたしは、少々悪趣味だろうか? しかし前回や、前々回や、もしかしたら前々々回の時間堂の本公演において、黒澤世莉は恋をしていたとわたしは思う。その後も確かに彼は一定の成果を残し、才能の一端を確実に示した。それは本当に良かった。チャンスを与えてくれる人、支えてくれる人がいたのだ。しかし、恋ではなかった。

今回の『ON THE WAY HOME』の中で、1960年代の桜木と舞波は、「人が月に行こうって時代に…」と誰にともなくつぶやいている。この極めて印象的な余韻の残るセリフは、ただちにあの黒澤世莉(時間堂)が作・演出をした『月並みなはなし』をわたしに想い起こさせる。みっともないがカッコイイ、不器用なあの人間たちの姿を。彼らは心にそれぞれ大きな空洞を抱え込んでいて、だからこそ月とゆう遠い遠い場所、ここではない場所、まだ自分に何か新しいことができるかもしれない場所、もしかしたら最初から歴史を作っちゃえるかもしれないチャンスのある場所、に引き寄せられて、「なんとしても月に行きたい!」と願うのだ。月への恋と、愛する人への恋と、文字通り身も心も引き裂かれながら。このロマンチシズムこそが黒澤世莉の中心にあるのだとわたしは勝手に思う。

昨年、渋谷のギャラリー・ルデコで初めて時間堂を『花のゆりかご、星の雨』で観て以来、いやその前に新宿シアターミラクルで『ソバージュばあさん』を演出したのを観て以来、以降の黒澤の演出作品はほとんど観てきた。そのかぎりで言えば、黒澤世莉は時間的な旅(=記憶)をモチーフにした際にこそ、才能を最大限に発揮する作家・演出家である。自分が書かずに他人の戯曲を演出するのでも全然いいから、ぜひ「これが自分(たち)の作品だ」と言い切れる場所で、優しさではなく恋する気持ちで、わたしも含めた観客を、官能的に震えるフィクションの世界へと誘ってほしい。
(観劇:2010年7月14日)

(*1)時間堂のウェブサイトに、黒澤世莉のポリシーを匂わせる説明文がある。

(初出:マガジン・ワンダーランド第203号、2010年8月11日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
プルサーマル・フジコ
2010年4月よりミニコミなど周縁的ながら徐々に執筆活動を始める。雑誌「エクス・ポ テン/イチ」(HEADZ発行)にも登場予定。藤原ちから名義では編集者として活動している。個人ブログ「プルサーマル・フジコの革命テント」。

【上演記録】
シアターKASSAIオープンイヤー企画『ON THE WAY HOME』(久間勝彦作、黒澤世莉演出)
シアターKASSAI(2010年7月13日-19日)

演出:黒澤世莉(時間堂
脚本:久間勝彦
構成:オノマリコ(趣向)
【出演】浅見臣樹 梶野春菜 菅野貴夫(時間堂) 木下祐子 猿田モンキー 福吉寿雄(エヌフォースプロモーション) 冬月ちき 緑川陽介
【演出助手】asami、北見有理
【チケット料金】前売/3000円 当日/3200円


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