シアター・リフレクション「箱とジョージさん」

◎ 人形たちの映し出すもの
 柾木博行

「箱とジョージさん」公演から
撮影=神崎千尋

 演劇関係者が集まると必ず出る言葉が「最近面白い舞台ありましたか?」。今回この原稿を書くきっかけも、ある芝居の帰りに(ワンダーランドの)北嶋氏から言われたこの言葉がきっかけだ。いつもは、「いやー、これっていうのはないですねぇ」という枕詞を挟んで、2、3記憶に引っかかった芝居の名前をあげるが、その時は違った。
 「この前、座・高円寺でやったシアター・リフレクション、あれはすごかったです。子どものための人形劇だけど、内容は大人向けというか、もうシュールで不条理、カフカを観ているような感じで、なかには怖がってる子どももいたくらいで。最後はタルコフスキーの『惑星ソラリス』を思い出したりして…」
 まさに今年見た舞台ではダントツに刺激的な作品であった。今思い起こせば7月は芝居関係で会う人すべてにシアター・リフレクションを勧めていたようにも思う。このカンパニーが面白いのは昨年観て分かっていたからだ。しかし今回の『箱とジョージさん』は、こちらの予想をさらに裏切るような刺激的な作品だった。今回はこのデンマークの人形劇団シアター・リフレクションの魅力について解き明かしてみたい。

 シアター・リフレクションは、2007年5月に『星のおくりもの』(原題:Himmelsange)という作品で初来日を果たしているが、これは高知、熊本、名古屋、大阪、京都を巡演したものの東京では上演されていないため、筆者は未見で、当時はその存在すら知らなかった。

 次に来日したのが昨年夏。座・高円寺が子ども向けの舞台作品を上演するシリーズ“あしたの劇場”のプログラムのひとつとして、『グッバイ・ミスター・マフィン』を上演した。こちらも沖縄のキジムナーフェスタなど、日本各地で上演された。この作品は、スウェーデンの人気作家ウルフ・ニルソンの絵本「さよなら、マフィンさん」を舞台化したもので、小さな靴箱の家に住む一匹のおじいさんねずみ(原作ではモルモット)のマフィンさんが主人公。彼を知っている人間の子どもの語りで話しが進み、マフィンさんの幸せな結婚生活の話や、かつてキュウリの重量挙げでチャンピオンになったことなどが語られ、最後はマフィンさんが天国に旅立って、その後にはきれいな花がいくつも咲く……という内容だった。素朴な、というより使い古されクタクタになった麻布のような人形と、精巧に出来たドールハウスのようなマフィンさんの家や庭など、子どもにとってはまるで自分のおもちゃ箱にいる人形が動き出したような感じがしたに違いない。

 この公演、実はオリジナルのものと違って、座・高円寺の芸術監督、佐藤信が日本での上演用に手を加えていた。本来、この作品は語りと人形を動かす男性がひとり、チェロの生演奏をする女性ひとり、合わせて2名だけで構成されているのだが、日本ではもう一人、日本人女性が加わっていた。せりふや語りのデンマーク語を、字幕や日本語のせりふにするのではなく、ひとしきりお話しが進んだ後で、横にいる黒テントの横田桂子が日本語で絵本の読み聞かせのように話すのだ。舞台が始まってしばらくは、どうしてすぐに翻訳してくれないのか不思議に思っていたが、そのうちに分かった。子どもたちが人形の動きと外人男性の分からない言葉を受けとめて、想像力で理解しようとする時間をもつために、あえてひととおりその場面が終わってから説明しているのだ。ふと、目を客席に向けると、小さな子どもが見づらかったりしないか、泣いたりしないかと、子どもの姿に目を向けている芸術監督の姿が見えた。

 この春、座・高円寺の平成22年度のプログラム発表が行われ、この夏の“あしたの劇場”で、再びシアター・リフレクションがやってくることが分かった。あの心温まる舞台を見せてくれたカンパニーが、今度はどんな作品を見せてくれるのかと期待が膨らんだ。しかし、今回来日した舞台は、昨年のものとはまったく性格の異なる、ある種不条理劇ともいえる抽象的なものだった。

「箱とジョージさん」公演から
【写真は「箱とジョージさん」公演から。撮影=神崎千尋 提供=座・高円寺 禁無断転載】

『箱とジョージさん』(原題:Kasse-Madsen)は、題名通り、箱とひとりの男ジョージさんが登場するだけのシンプルな人形劇だ。せりふやナレーションも一切なく、オーボエやチェロ、ピアノなどの演奏によるモダンジャズ風の音楽に乗せて展開していく。

 『箱とジョージさん』(原題:Kasse-Madsen)は、題名通り、箱とひとりの男ジョージさんが登場するだけのシンプルな人形劇だ。せりふやナレーションも一切なく、オーボエやチェロ、ピアノなどの演奏によるモダンジャズ風の音楽に乗せて展開していく。

 冒頭、黒いなかに、四角い決して広くはないスペースが現れ、そこにジョージさんが登場する。この人形は頭をひとり、左右の体をひとりずつ、計3人で操作している。ジョージさんはねずみ色の服に身を包み、長い口ひげをたくわえている。なにげなく立っていると、地面にそれまでなかった箱があることに気づく。しかも箱は出たかと終えば突然消え、やがて勝手に地面を動き出し、いくつにも増えてしまう。

 やがてジョージさんは自分の手を動かすことで、箱を左右、上下など自由自在に動かせることに気づくが、しばらく箱を動かしていると、いつの間にか箱に足が生えて自分勝手に動き出し、彼を取り囲んで翻弄する。かと思えば今度は光を放つ箱が表れ、彼に寄り添うように周囲を浮遊してみせる。やがて小さな箱たちが、天から雪のように降り注ぎ、床一面に拡がる。気がつくと、いつしか箱たちは消えてしまい、ふたたびジョージさんだけになる。だが、彼がいる場所は、よく見ると巨大な箱の上のようにも見えて……。

 これがこの舞台のすべてである。物語らしきものがほとんどない40分ほどの舞台なのに終わったときにはちょっとした放心状態になってしまったのは、ラストシーンがタルコフスキーの映画「惑星ソラリス」を思い出させたこともあるが、なによりも縦横一間ほどの小さなステージに現実から切り離された不思議な空間を出現させた、技術的なレベルの高さがあったことはいうまでもない。舞台の上には箱たちが出たり消えたりするためのものすごく小さな奈落があったり、空中でも箱が出たり消えたりするための暗幕が掛けられているようだ。ただ箱たちがピコピコとばたつかせる足は、どうやって操作しているのか想像できない。何しろあまりにも愛らしい動きをするので、観ているときには「あんな箱がうちにあったらかわいいなぁ」などとぼんやりしていたのだ。

 その意味では人形の造形がこのカンパニーの魅力のひとつといえるだろう。ねずみのマフィンさん、ジョージさん、そして箱たち、どのキャラクターも愛嬌がある。箱に愛嬌というのも不思議な感じだが、ちょこまかと動き回る灰色の箱たちは、小道具やセットではなくれっきとしたキャラクターであり、感情移入すら可能かもしれないと、思わせる存在だ。

 そしてこの愛嬌を感じさせる人形たちこそ、今回の『箱とジョージさん』に現れた不条理性を映しとる鍵だ。どの人形も作りとしてはシンプルで、一見すると演劇的な感情表現など出来ないように見える。しかし、むしろ具体的な感情表現が人形に付いていないことで、さまざまな動きと状況設定に合わせて観客は想像を広げる自由を与えられた。子どもたちはジョージさんを翻弄する箱に、いたずらっ子のイメージを読み取って笑い、大人たちは、人生に隠されたカフカ的不条理の世界を思い浮かべる。シアター・リフレクションというカンパニー名は、観る人の心の内面を映し出すような舞台からきているのかもしれない。

 こう考えると、私が「惑星ソラリス」を思い出したのも納得がいく。あの映画では知的生命であるソラリスの海が、主人公の科学者の心を読み取り、彼の思い出から亡くなった妻を現実化していく。また、『箱とジョージさん』のラストシーンは、ジョージさんがいた場所こそ巨大な箱だった、というオチだったが、「惑星ソラリス」のラストシーンも、主人公が妻と生活をやり直したように見えつつ、カメラがズームバックするとすべてはソラリスの海が作り出したものだったという結末が待っている。『箱とジョージさん』は物語の内容、さらにはキャラクターたちと観客の関係性という二つの意味で「惑星ソラリス」の描いた世界を内包していたのだ。

 ここまでシアター・リフレクションの魅力について書いてきたが、しかし、残念ながらこのカンパニーの魅力を解き明かすのは『箱とジョージさん』だけでは十分とはいえないようだ。この作品の対象年齢は5歳-10歳、大人、と説明されているが、カンパニーの最新作『H. C.’s Waiting Room』は対象とする観客を大人、としている作品だという。アンデルセンを題材にする作品で、このカンパニーがさらにまた新しい魅力を披露してくれるのは間違いないだろう。北欧が生んだ不思議な人形たちにふたたび幻惑される日が待ち遠しい。
(初出:マガジン・ワンダーランド第205号、2010年9月1日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
柾木博行(まさき ひろゆき)
1964年青森市生まれ。演劇情報誌シアターガイドの創刊から3年間編集部に在籍。その後、1995年から演劇情報サイト・ステージウェブを主宰。第三次シアターアーツ編集部所属。舞台芸術のためのフリーペーパー「プチクリ」同人。共著に「ステージカオス」「20世紀の戯曲III」『80年代・小劇場演劇の展開』。

【上演記録】
シアター・リフレクション『箱とジョージさん
座・高円寺・阿波おどりホール(2010年7月17日-21日)

演出=エスペン・デッコ
人形遣い=ビャーネ・サンボア、シフ・イエッセン・ヒュモラー、オーティ・シッポラ
演出助手=カイ・ブフナー
人形・舞台デザイン=マリオン・オーゴア
音楽=マックス・ベリング

大人(18歳以上)2,500円(税込)、子ども(小学生以上)1,500円(税込)、未就学児500円(税込)

※今回のシアター・リフレクションの来日公演は、座・高円寺のほか日本各地で上演されたが、大阪市立旭区民センターでは『ジョージおじさんの小さな箱』という題名で上演された。


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