◎日韓の交流は「また」と続く
中尾祐子
5年に及ぶ日韓の演劇交流の集大成となる舞台とあって、未来への希望を託すような前向きな仕上がりとなった。日本人女性と韓国人男性の結婚をめぐる騒動を、在日韓国人を含めた日韓の俳優22人で描き出した群像劇だ。日本の劇団ユニークポイントと韓国の清州市民劇場の共同制作で実現した。
劇団ユニークポイントは1999年に結成。2005年に韓国のソウルと清州で公演をおこない、これをきっかけに交流が始まったという。昨年は植民地時代をテーマにした『雨の一瞬前』を両国で上演するに至った。
今回の作品で脚本・演出を手がけたのは劇団ユニークポイント主宰の山田裕幸。5年前の初めての韓国公演で、言葉の壁や民族性の違いに直面したとこぼす一方で、もっと互いを知りたいという気持ちがわきあがり、今回の公演につながったと語る。国際結婚を通して他人とコミュニケートすることの難しさや大切さを問いかけることに物語の狙いを定めた。
新郎は日本にある韓国語学校の教師キム・ソンホ(金世一/キム・セイル)、新婦はその生徒の日本人女性、知美(洪明花)で離婚歴がある。金世一は現在日本でも勉学に励むという韓国の俳優で、洪明花は在日韓国籍をもつ劇団ユニークポイント所属の女優である。洪明花は韓国語を話せない日本人新婦役を演じたが、初めて会う新郎の姉に向けた、たどたどしい韓国語は精一杯の気持ちに溢れていて好演だった。実際の舞台づくりでは翻訳や通訳をつとめたというバイリンガルである。
そんな2人が両家の親族や共通の知人を箱根の旅館に招いて、お披露目パーティをすることになり、それぞれの思いを絡めて物語は展開する。旅館は知美の主宰する劇団の元メンバーで、元恋人という噂の武田(平家和典)が経営している。前半は各自が旅館に集合するまでを、短いシーンのつなぎ合わせで立体化していく。
舞台美術はとてもシンプルだ。ステージ中央にはカラフルなゴムテープが天井から無数にぶら下がっている。他にあるものといえば小さな木柱が6個ほどで、役者たちはこれだけの舞台装置と照明を駆使し、箱根の旅館の玄関や客室、成田空港や山手線、小田急線の車内、旅館外の散歩道、高速道路といった様々な風景描写を観客の想像力に訴えかけていく。演劇の醍醐味を存分に引き出している。
【写真はユニークポイント「通りゃんせ」公演から。撮影=渡辺健太 提供=ユニークポイント 禁無断転載】
知美には妹・歩美(石本径代)と弟・達也(中村祐樹)がいて、妹は夫(古市裕貴)と一緒に高速道路を通って箱根へ向かう。歩美には亡くなった母をめぐって姉との間にわだかまりがあり、道中で家族とは何かと思いをめぐらせる。達也は不参加だが、「たぶん付き合っている」という彼女・弥生(生井みづき)とデートをする場面が合間に挟み込まれている。
新郎にも韓国に住む姉(金泰希/キム・テイ)がいて、夫(許呈圭/ホ・ジョンギュウ)と共に、初めて会う新婦を遠路はるばる訪ねる。韓国語学校の同僚教師、イ・ドンジュン(金成太/キム・ソンテ)が、姉夫婦の出迎えに空港へ出向く。また、新郎の幼なじみパク(朴鎔憲/パク・ヨンホン)の出迎えにも、韓国語学校の女生徒2人(久保明美、鈴木カンナ)が実践もかねて送り出されている。
さらに戯曲の登場人物には見えないが、観客には見えるという精霊のような役柄(当日配られたリーフレットには「女」とある)を宮嶋美子と金恵玲(キム・へリョン)の2人が演じている。黒子のように小道具を役者に手渡したり、いたずら好きな妖精のように登場人物に囁きかけたり心情を代弁したりする。
出演する俳優は22人と述べたが、実際に目の当たりにすると大所帯だ。リーフレットには相関図が分かりやすく記されているが、筆者はあらかじめ目を通さずに観劇したところ、次から次へと登場する人物のつながりを連想したり、整理するのにやや手間がかかってしまった。当然のことながら、一人ひとりがプロフィールを口上するわけはないので、あのシーンのあの台詞はここに響くのか、などと楽しめる余裕を少し損なってしまった。各々の悩みや問題を提示してもその内面を深く掘り下げるほどの時間も与えられていない。多彩なキャラクターを躍動させてテンポよくシーンを進めるなかで埋もれてしまった気もする。人物一人ひとりの物語を尊重するあまり、盛りだくさんの筋書きとなってしまったようである。
冒頭で山田が日韓の言語の違いに気づかされたと述べたが、この作品では両国の間で生じる言葉の意味合いのずれを巧みに盛り込んでいる。とりわけ日本人が何気なく使っている言葉への注目が随所で目を引いた。
たとえば、「ドタバタ喜劇」。キムの姉夫婦と知美が初対面する場面で、知美はどんな芝居をしているのか聞かれ、「ドタバタ喜劇」と答えた。ところが、それを韓国語に翻訳しようとしたキムは、「ドタバタ」の部分を「うるさい」としか言い表せない。「うるさい」と評価されると煩雑なイメージを伴うが、「ドタバタ」という言葉にはテンポの良さや読後感のすっきり感もにじみ出ている。知美をあまりよく思っていない姉に対し、単に「うるさいコメディ」と紹介したのではあまりよい印象は持たれなかっただろう。
旅館の客室などに花や鳥の名前をつけるという日本の習慣も、ひとつの話題として浮かび上がった。知美とキムが宿泊する部屋の名前は「こうのとり」。こうのとりは赤ん坊を運んでくる鳥と言われていると知美がキムに説明すると、キムは赤ん坊を運んでくる鳥という俗説は韓国にもあるけど、部屋の名前につけることはあまりないと返答する。
意外なところで、「ロマンスカー」も挙げられる。韓国から来日したキムの姉夫婦を迎えた教師イ・ドンジョンは「これからロマンスカーに乗ります」と案内。すると、夫妻はつい「ロマンスカー?」と聞き返した。たったそれだけの短いやり取りであるものの、日本人がネーミングに妙なこだわりをもっていることを筆者にハッと再認識させた。韓国から来た2人は電車で何がロマンスなの?と思ったに違いない。
また、日本語独特の言い回しが表われるシーンもある。旅館に到着したキムと知美、劇団員一行に旅館のオーナー武田は「夕食にキムチを用意した方がよいか」と問う。韓国の空港はキムチの匂いが充満しているという噂を聞きつけ、武田は気になっていたのだ。対し、キムは「あったらあった方がいいし、なければなくてもいい」と日本語で答える。武田が思わず「流暢ですね日本語」と誉めるほど、キムは日本語「っぽい」ニュアンスを上手くつかんでいる。
ほかにも印象的なのは日本語の「よろしくお願いします」だ。日本では言い古されて感情の薄まってしまった感のある一言を、韓国出身の俳優らは心をこめて一文字ずつ口にする。かつてこの一言に込められていたであろう気遣いや親切心といった温かみをかえってよみがえらせる結果となった。以上、細かい点ばかりだが、構成に気を抜かない脚本の念入りさが光った。
さて、一同が旅館に到着したところで、知美は夫となるキムの姉夫婦と個別に席を設けて初会談にのぞむ。キムの義兄は好意的に接するのに対して、姉の態度ははじめから懐疑的だった。キムの姉は知美に離婚した理由をはっきりと説明するよう求める。知美は互いに好きなことがあり、気持ちがすれ違ったから離れたと答えるが、「そんな理由ってある?飽きたということ?」ときつく問い詰められる。姉は韓国に残された両親の世話の問題も弟にせまる。結局は姉の途中退席で、初めての会談は苦いものに終わった。
このように両者の間で生じた問題を示すことには成功した。ただ、葛藤の乗り越え方が少々大雑把であったように思われる。
宴会シーンに入ると各自が出し物を披露しあい、アルコールや馳走を堪能し、全体は言葉の壁を越えて和気藹々と盛り上がる。キムの姉は挨拶で「日本人と結婚すると聞いてびっくりした。日本人と韓国人は違うところも同じところもある」とあっさり賛成の意見を述べ、最後には「よろしく」と泣く。
仲たがいした両者が歩み寄るまでのひとプロセスが足りないのではないか。
「知美が嫌いだからとか日本人だからじゃなくで、離婚の原因についてちゃんと話をしないと、後で傷つく」と訴える姉は筋が通っている。日韓同士の結婚が問題なのではなく、初婚が失敗した理由を問い直すべきだと主張しているのだ。
当の2人は再婚の問題を深く考えていない様子だ。決して若くはない2人は互いに熱を上げている様子で、勢いで結婚すると言い張っているようにも思えてしまう。知美とキムの姉夫妻の面談が決裂した際、知美は姉の自分に対する不信感を先に教えてくれなかったことをキムに責める。キムの慰めに思わず「めんどくさい」とこぼし、「恋人ならこんな気持ちにならないのに」とうなだれる。それを耳にしたキムはすこし語調を荒立てて「そんなのを日本ではめんどくさいって言うの?」と問う。「会社がめんどくさい、料理がめんどくさい、あいつめんどくさい…」などと例を挙げ、「面倒ってそういう意味だよね。あと5秒以内に取り消して。そしたら忘れる」と詰め寄る。4までカウントしたところで、知美は「ごめん。ごめんなさい」と謝る。これだけで2人は仲直りしてしまう。
知美とキムは随分と楽観的だ。問題を見ない振りして先送りにしているようにも思えてしまう。物語の方向性として、大団円に終らせるべき内容であったとしても、ややポジティブすぎる。
また、知美と妹・歩美の間にも亡くなった母をめぐって溝があることが描かれていた。母の葬式を済ませた後、兄弟3人が久しぶりに揃ったのだから食事でもしようという提案に、知美は仕事があるからもう帰ると冷たい。歩美はわきあがる涙をこらえて「お母さんかわいそう」と言い捨てて去っていく。仕事のためと言い訳して親を顧みなかった姉に対し、不満を抱いているようだった。しかし、その場面が描かれている一方で、旅館に到着してから歩美はそのことを一切口にせず、宴会の場面で歩美も2人の結婚をすんなりと祝福する。
歩美が姉を許した理由や、キムの姉が知美を認めた理由を描く過程がひとつ飛んでしまっている。知人からこれだけあつく祝福される2人なのだから、安心したのかとも見過ごしてしまうが、それでは説得力が足りない。この問題を乗り越える過程に、日韓両国間のこれからの交流に必要なヒントが隠されているのではないだろうか。
ただ、旅館には訪れなかった知美の弟・達也と恋人とされる弥生とのやり取りにかすかな救いも見出される。達也は姉が韓国人男性と再婚するつもりだと弥生に教えた。すると、弥生はおめでとうとだけ返した。達也が何か戸惑いや心配をつぶやく度に、弥生はおめでとうとだけ短く返す。達也は感心したような、相変わらず無関心でいるような口調で続ける。「みんな韓国の人と結婚するというと、大丈夫って聞くんだって。弥生なら5回もおめでとうと言うのにな」と。
なぜ日本人同士の結婚のように、お祝いの一言がまず率直に言えないのか。それだけで片付く単純な問題なのかもしれない。意外なところに国際結婚問題の核心を突くひと言がひそんでいた。
観劇日のアフタートークに登場した清州市民劇場の代表チャン・ギョンミンは、一番印象深かったのは最後のシーンだったとコメントしている。日本の学校を辞め、韓国に帰ることが発覚した教師イ・ドンジョンと女生徒(久保明美)が言葉を交わす場面だ。女生徒は秘めたる思いをぐっと胸にしまいこんで、今度自分が韓国を訪れたときは町を案内してくださいねと頼む。するとイ・ドンジョンもすぐさま「今度は私が案内しますよ」とにっこりと返す。チャン・ギョンミンが言うには、この台詞は「いつも私たちが実際に最後に言い合っている台詞」とのこと。
この舞台の今後はまさにこの一言に託されている。たとえ満たされない思いが残されても、「また」と交わし合う。現実社会では決して上手いことばかりに終らない二国間の係わり合いが、この先も続くことを予感させる幕切れとなった。
(初出:マガジン・ワンダーランド第209号、2010年9月30日発行。購読は登録ページから。)
【筆者略歴】
中尾祐子(なかお・ゆうこ)
1981年千葉県生まれ、立教大学大学院文学研究科修了。フリーライター。文化人類学専攻。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/na/nakao-yuko/
【上演記録】
ユニークポイント「通りゃんせ」(ユニークポイント国際共同制作プロジェクト2010、日本劇作家協会プログラム 座・高円寺 夏の劇場09)
座・高円寺1(2010年8月5日~10日)
*上演時間は約1時間50分
作・演出=山田裕幸
出演=安木一之、洪明花、宍戸香那恵、古市裕貴、北見直子、久保明美、石本径代、金恵玲、鈴木カンナ、鈴木義君、髙木直子、生井みづき、平家和典、古川侑、泉陽二、中村祐樹、宮嶋美子、金泰希(キム・テイ)、許呈圭(ホ・ジョンギュウ)、金世一(キム・セイル)、朴鎔憲(パク・ヨンホン)、金成太(キム・ソンテ)
共同制作=清州市民劇場
提携=座・高円寺/NPO法人劇場創造ネットワーク
後援=杉並区/日韓文化交流基金/駐日韓国大使館 韓国文化院
協力=atelier SENTIO
主催=ユニークポイント
照明=福田恒子
音響=三木大樹
美術=福田暢秀(F.A.T STUDIO)
舞台監督=鳴海康平(第七劇場)
衣装=兼松光
翻訳・通訳=洪明花
宣伝美術=西村竜也
演出助手=水田由佳
字幕操作=渡辺素子
整理番号付自由席・日時指定
一般3000円、はじめて割2800円、学生2000円