ITI/UNESCO日本センター「紛争地域から生まれた演劇シリーズ」

◎視界に入らないものの世界
 林英樹

「動乱と演劇」公演チラシ 2011年12月2日から4日まで東京神楽坂のイワト劇場で、3大陸3戯曲のリーディングとシンポジウム、トークによる「動乱と演劇」が開催された。

 この企画はITI(国際演劇協会)日本センターが制作する「紛争地域から生まれた演劇」のシリーズ3回目となるものである。ユネスコ傘下の国際NGOであるITIは、近年のユネスコの大テーマ「芸術と平和構築」を受ける形で、ITI各国センターが「紛争地域の演劇」をテーマに活発な活動を行っているが、日本センターもこれに呼応する形で本企画を開始したというものである。シリーズ第1回(2009年)は「バルカン半島」、第2回は「中東-パレスチナ・トルコ」を取り上げ、第3回は、それまでの流れを継承しつつ、特定の地域に限定せず、時代とそのときどきの社会体制とが引き起こす軋轢や個人に与える過酷な現実を扱った作品を取り上げることとなった。

空爆下のべオグラードから

 2001年3月、フランスのブザンソン市で世界各国の大学演劇の学生、教授による第9回国際演劇大学「集会」があり、私はそこで多国籍の学生たちを相手にワークショップの講師を務めた。この「集会」は国際演劇大学連盟(AITU)が組織しているもので、毎年、開催されているものだ。トレーニング方法の交換やゲスト講師を招いたワークショップ、そして各校がそれぞれの舞台を発表し意見交換をする場である。その舞台の中で、とりわけ目を引いたのがベオグラード演劇大学の学生たちによるドキュメント形式の沈黙劇であった(『難民プロジェクト』演出/Branko Krsmanovic)。

 90年代、ベルリンの壁の崩壊後、ユーゴスラビアは深刻な内戦の嵐に見舞われた。国際社会から、ユーゴスラビア連邦の盟主であったセルビアは一方的に「悪役」にされ、1999年にはNATO軍による空爆と経済制裁を受けていたのだが、『難民プロジェクト』は、空爆下で学生であった彼らがどういう思いで日々を過ごしたのかを言葉を最小限にして(日記記述がところどころに挿入される程度)描き出した舞台である。同時に90年代を通じてユーゴスラビア連邦から分離独立した国々の中で少数派となり住み慣れた土地を追われたセルビア人難民の苦難も重ね合わされている。

 紛争が生じれば、真っ先に被害に遭うのは子供や老人、女性、病人などの弱者である。そこには敵も味方もない。ただ、不条理と狂気が襲い掛かるのみ。舞台は沈黙の中に、この世の地獄絵が描き出されていった。しかも、それは静かに何気なく。ここで舞台はそれまで私たちの普段、視界に入っていなかったものを可視化させる機能を持った。しかもマスメディアによって大量に流される情報よりはるか身近に、舞台作法を通じて観客と体験の共有を図りながら。国際社会からの経済制裁下、そしてかつて同胞、隣人であった人々の間に生まれた武力衝突下で生きる恐怖や不安、絶望感。にもかかわらず、出口と光を見出そうともがく人々。それが若者たちの視点、身体によって描き出される。

 どこの国で生きようが、政府がどんなにひどかろうが、そこで生きている人々は等身大である。わたしたちと同じ痛みも悲しみも苦しみもそして喜びも持つ同じ人間なのだ。偏見や差別、あるいはマスメディアを通じて流布されたセルビア「悪者」像という固定観念を越え、舞台は彼らもわたしたちと同じ人間なのだ、という当たり前のことを想起させる結果となった。それだけでなく、舞台の背後にある出来事とそこで人々がどう生きたかを伝えたいという強い思いが上演の強度を支え、演劇の根源的な力が蘇る瞬間を感じずにはいられなかったのである。

排除と差別の壁を越える

 90年代に旧ユーゴスラビアでワークショップや現地メンバーとの共同製作を経験した縁もあって、私は「紛争地域から生まれた演劇」の協会担当理事に指名され、企画コーディネイト、プロデュースを行った。以下に、幾つかの紹介作品の簡単な報告をさせていただきたい。

 シリーズ第2 回(2010年12月)の「中東、パレスチナ篇」で紹介された『唾の届く距離で』(作・演出・出演/ターヘル・ナジーブ)は、作家自らが来日しアラビア語でリーディングする形式を取った。物語はイスラエル国籍のパレスチナ人俳優が、パリの空港で足留を食った体験を描いたもので作家自身の体験に基づいた実話をもとにしたものである。アラブ系、パレスチナというだけで、国外ではテロリストと差別の目で見られる苦渋から、糸口の見い出せない国内の対立状況、そこでの絶望感が浮かび上がる内容だった。メディアから日々、流される中東情報とは別の、一人一人の生きる姿、心の格闘の様相がより観客に身近なものとして描かれ、「他人事」という壁を越える力を発揮するものとなった。

 同じ第2回で紹介されたドイツ在住トルコ人作家による『ヴェールを纏った女たち』(作/フェリドゥン・ザイモグル、ギュンター・ゼンケル、訳/初見基、演出・出演/赤澤ムック、出演/新井純ほか)は、ドイツに移民したトルコ系2世3世の少女たちへの実際のインタビューを構成した作品である。句読点もなく、膨大な量のモノローグで綴られたテクスト、そこではオリエンタリズムとイスラムへのステレオタイプのイメージを打ち破る彼女たちの実像、生の声が描き出される。ヴェールを纏っていても素顔は「人形」ではない、西側の少女たちと全く変らない。そんな当たり前のことにドイツの観客はショックを受けたようで、同国の演劇批評誌の評論家による年間ベスト2に選ばれた作品である。

 この2作品に共通するのは、国、あるいは民族、宗教の違いによって生み出されるイメージと実像の差異であり、私たちが作り出す異質なものという「壁」を乗り越える力である。異質なものという固定観念は次に異質なものの排除につながる。そして差別、偏見から対立はより深刻化する。その悪循環に歯止めをかける力が二つの作品にはみなぎっていた。

語る演劇の力

 「紛争」シリーズ第3回(2011年12月)の「動乱と演劇」では、オーストラリアの『ナパジ・ナパジ』(作/トレヴァー・ジェイミソン、スコット・ランキン、訳/佐和田敬司、演出/和田喜夫、出演/高田恵篤ほか)のリーディングによる紹介とトークが実施された。

「ナパジ・ナパジ」公演の舞台写真
【写真は「ナパジ・ナパジ」公演から。撮影=奥秋圭  提供=ITI/UNESCO日本センター】
  

 1953年から1956年にかけ、サウスオーストラリア州奥地の砂漠地帯で行われた英国の核実験、600回に及ぶテストで、9個の核爆弾が炸裂した。そしてそこに住む先住民族の多くが被曝した。この作品は親から子へ体験を語り継ぐ先住民族の口承文芸の手法が、文書で作られた歴史(公式の歴史)をひっくり返す結果を生んだという。「被曝者は存在しない」という政府の公式記録から排除され隠蔽された事実が、実話に基づくジェイミソンらのパフォーマンスによって覆され、同国で核被曝の歴史の再検証を促した作品でもある。

作家のクワン・タワさん
【写真は、シンポジウムでのクワン・タワ。撮影=奥秋圭 提供=ITI/UNESCO日本センター】

 同じ第3回で上演されたカメルーン作品『罠』(作/クワン・タワ、訳/佐藤康、演出/小川絵梨子、出演/高橋卓爾ほか)は、かつて美しい都であったアフリカの架空の国の都エボリを舞台にした作品。民主化革命のとん挫により元教師は反乱罪で投獄され、いまは物乞いをしているが、そこで同じように故郷を追われた元医師や元歌手と出会う。国の貧しい現状や自身の厳しい境遇にも関わらず、彼らは決して現実変革の夢を諦めない。

 上演にともない、作家のクワン・タワが来日し、シンポジウム「アフリカ演劇の現在」に出席した。パネリストの鴻英良は、アフリカ伝統の口承文芸の基盤の上に、ヨーロッパの対話法が重ねられ、現在の人々が直面している問題をより自覚化させている本作の特徴を指摘、タワは「アフリカで日々生きることは政治抜きに考えられない」との発言で返した。アフリカの演劇では、危機的状況を生きる人間が問われ、かつ芸術家と芸術の使命が問われている。

困難を乗り越える力

 演劇はたとえ夫婦間のことを扱っていても「社会劇」の性格を持つ(歌舞伎で世話物は当時の庶民を扱った社会劇、お家ものは武家の社会劇といったように)。人は社会の中で生き、たとえ恋人、夫婦の間でもその時々の社会の動静が反映する。しかし、「紛争地域から生まれた演劇」の中には、こうした「社会劇」の枠を超えるものがしばしば見受けられる。個々の人間の意志をなぎ倒すような災害や事故、戦災などを体験すると、近代の特徴とも言える人間の力と進歩が全てを解決する、というある種の傲慢さが打ちのめされ、もう少し謙虚に物事を考えていこうという契機を与えてくれる。個人の意志を越えた苦難の体験の中で、それでも前に進もうとする時、人は何を見るのか。それは、ギリシア悲劇の構造とも根底で通じ合うものではないか。人間自身が生み出したものの最大の災厄である戦争。個々人の意志をはるかに越えて個々人の生活や思いをなぎ倒し猛威をふるうもの。そこで個々人は無力に近い。だからこそ個人の側から、こうした「大きな物語」と対峙する姿を描く構造を有することになる。

 2011年、日本人は3.11を体験した。この出来事が私たちの精神に与えた影響ははかり知れない。その一つに困難を前に苦しむ人々の姿を「目の当たり」にしたことである。このことは確実に日本人の意識に大きな変化を与えたものと思われる。これからの演劇に関しても当然、変化が見られるだろう。「紛争地域から生まれた演劇」に対するまなざしにも。それまで住み慣れていた土地に帰れなくなる、普通の生活が突然、失われてしまう。そういう経験は、紛争地域だけのものではない。明日はどうなるかわからない。それは私たちも同じなのである。誰も「特別席」にいられるわけはない。その中で、一緒に困難を乗り越える力を与えてくれる何かに演劇はなりうる、と信じて本企画を続けたいと思う次第である。

【筆者略歴】
林英樹(はやし・ひでき)
 1954年生まれ、北海道出身、早大卒。演劇企画団体テラ・アーツ・ファクトリー代表。ITI(国際演劇協会)日本センター理事。劇作、演出。主な劇作・演出作品『新シュラムバ物語』、『フーレップ物語』、『地上のジャンヌダルク』、『アンチゴネー/血』
・HP「林英樹の演劇手帖

【上演記録】
紛争地域から生まれた演劇シリーズ3「動乱と演劇」国際初訳・初演海外3作品リーディング
イワト劇場(2011年12月2日-4日)

『ボイラーマンの妻』中国 原題:鍋炉工的妻子
作:莫言 
翻訳:菱沼彬晁
演出:青井陽治 
出演:北川能功、尾川詩帆、池田泰基、山本達也
ピアノ演奏:川崎龍

『罠』カメルーン 原題:La Trappe
作:クワン・タワ 
翻訳:佐藤康
演出:小川絵梨子
出演:斉藤直樹、高橋卓爾、保科由里子

『ナパジ・ナパジ』オーストラリア 原題:Ngapartji Ngapartji
作:トレヴァー・ジェイミソン、スコット・ランキン
翻訳: 佐和田敬司
演出:和田喜夫
出演:高田恵篤、土井通肇、明樹由佳、伊藤総

シンポジウム「体制と人間」

企画制作:社団法人国際演劇家協会(ITI/UNESCO日本センター)
協力:黒テント
制作協力:国際舞台芸術交流センター(PARC)
技術協力:レイヨンヴェール
プロデュース:林英樹
制作統括:曽田修司
制作:樫村千佳
チラシデザイン:中澤佑介
「紛争地域から生まれた演劇」企画委員会:小田切ようこ、七字英輔、曽田修司、林英樹、宗重博之

料金 各回1500円(ITI会員は1000円)


「ITI/UNESCO日本センター「紛争地域から生まれた演劇シリーズ」」への3件のフィードバック

  1. ピンバック: 林 英樹
  2. ピンバック: 佐野晴香(クロスK)

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