◎振り返るな、青春を走り続けろ
福原 幹之
東京千秋楽。開演の14時ぴったり。上手から劇団員が走り出て一列に並んだ。様子がおかしい。菜月チョビが口を開いた。
「機械トラブルで音が出なくなりました。台詞が聞こえないような大音量でやっているので、機材を取り換えるために開演時間を1時間遅らせて下さい」
そういえば、10分程前に流れていた徳永英明の歌が途中でプツっと切れたままだ。20年前にヒットした曲だ。会場は観客の話し声だけが響いていた。菜月さんも相当焦っていたはずなのに、時間がなくて観られなくなってしまう人にお詫びを言ったあと、「もう体はあったまって準備は万全ですが、さらにアップしてキレの良い演技をしたいと思います(笑)」と場を和ませた。紀伊國屋書店の中にあるので、時間つぶしには困らないが、毎回配られる劇中曲の歌詞カードを見るのもいいだろう。この歌詞カードは、鴻上尚史が毎回手書きの「ごあいさつ」のコピーを配るようなもので、観客の楽しみのひとつになっている。
彼らはお客さんを大事にしている。「パトロンダ」(パトロンだ?)というメール配信サービスで公演や路上パフォーマンスの最新情報を教えてくれるし、先行予約でチケットを申し込むと劇団員が手書きでメッセージを入れた公演案内の葉書を送ってくれる。こんなちょっとしたことも、この劇団を身近に感じさせている。
劇団鹿殺しは「2000年座長・菜月チョビが関西学院大学在学中にサークルの先輩であった代表・丸尾丸一郎とともに旗揚げ。同時に同大学内でバンド活動を行なっていた李と山本総司らが加入」とHPで紹介されている。当初はつかこうへい脚本作品を上演しており、2005年4月に東京へやってきた。本公演の脚本の多くを書いている丸尾丸一郎は、2010年1月公演の「スーパースター」で岸田國士戯曲賞の最終候補に残っている。彼の描く世界は、純粋だった子供の頃を振り返り、なくしてしまった夢を取り戻そうとするものであり、成長していく過程で挫折を繰り返しながら、友情や自分を信じることが大切だと気づいていくというものだ。登場人物は、お人好しであるが故にお金に縁が無くて生活するのがやっとという人が多く、愛おしくて応援したくなる。生きていくのはたいへんだけど、明日を信じていこうという気持ちにさせる。そんな前向きな筋立てと思い切り笑えるギャグ、汗が飛び散る激しいダンス、大音量でノリの良いロックミュージック、トランペットやアルトサックスの生音に、心を揺さぶられる若者は多いに違いない。
今回のチラシにも林家正蔵や奥菜恵が推薦コメントを書いているが、東京進出以来数々の役者や演出家、雑誌編集者が推薦コメントを寄せている。出演者にしても2011年1月の「僕を愛ちて(再演)」では粟根まこと(劇団☆新感線)、廣川三憲(NYLON100℃)、同年7月の「岸家の夏」では千葉雅子(猫のホテル)、峯村リエ(NYLON100℃)、今回は高田聖子(劇団☆新感線)、廣川三憲が客演していることからも、劇団の評価が高くなってきたことが伺える。
さて、「青春漂流記」は1990年に一世を風靡したチャイドルグループ「モトコー5」の復活を目指す、若者たちの物語だ。舞台の中央には寂れた商店街の入口があり、天井の低い通路が奥へと続いている。店のシャッターは半分以上閉まっており、通路は薄暗い。下手側に中華料理屋ののれんが掛かり、のれんをくぐってくると舞台前面が店の中という設定になる。
「モトコー5」は神戸元町の高架下に連なる寂れた商店街「モトコー」をアピールする目的でプロデュースされた5人グループだ。彼らを懐かしんで中華料理店にやってきた客に問われて、メンバーが自らの紹介を始めるが、4人しかいない。レコード大賞新人賞受賞を期待されるほど人気が出たが、リーダーの洲本波美(高田聖子)のスキャンダルと失踪によって、表舞台から葬られてしまったのだ。今は家賃の支払いも滞り、生活も苦しい4人だが、かつての栄光を取り戻して商店街を再生したいと思っている。
そこに、22年ぶりに波美が現れる。テレビ局のプロデューサーと結婚し、リッチな生活をしているらしい。そして、人気テレビ番組「あの人は今」に「モトコー5」が出演できることになったことを告げる。
場面は変わり、22年前。波美と妹の凪子(菜月チョビ)が商店街に引っ越してくる。すさんだ家庭に育ったはみ出しものの姉妹だが、商店街のチャイドルオーディションに合格したことで、明日を信じることができるようになる。「モトコー5」の人気が高まった時、未成年の波美がタバコを吸っているところをフライデーに撮られ、メンバー全員で深夜取り戻しに行くが、失敗して波美は神戸を離れていったのだ。
時間は現在に戻る。テレビ局に波美はやってこない。結婚していたというのは嘘で、ボロアパートの布団の中で波美は死んでいた。癌で長くないことを波美は分かっていたのだ。一度として出されることのなかった手紙の山で、4人は波美がこの22年間「モトコー5」の再生を夢見て、独りぼっちで苦労してきたことを知る。
4人は「モトコー5」の復活を図り、商店街の幼なじみが主催する現代アートフェスティバルを乗っ取って追われる身となるが、燃え立つ太陽が昇ってくるのを前にして新しい今日を信じるのだった。
客演を迎えるようになってというか、中心となる劇団員の年齢も上がってきたせいか、ブリーフにサスペンダーの半裸姿で激しい踊りを見せることはなくなったが、随所に見せるダンスや立ち回りのパフォーマンス度は高い。観客の体を突き抜けるような激しい大音量のロックとの相性も抜群だが、今回は90年代の歌謡曲っぽいテイストで聞かせていた。
見せ場も随所にある。波美が現れたとき、音と照明がドーンと舞台を埋め尽くしタイトルを出したのは劇団☆新感線のようであり、バックダンサーの踊りは夜のヒットスタジオを見ているようで、1990年という時代感覚をうまく再現していた。
大人になるってどんなことだろう。それがこの芝居でもテーマになっている。上演台本を見たわけではないので、表現の違いはあるかもしれないが、成長の壁にぶつかる場面の台詞には次のようなものがあった。
「あの頃はよかったよな」
「誰か俺の将来を決めてくれ」
「(ラーメンを食べて)まずい。はっきりしない味しやがって、お前と同じだよ」
「自信を取り戻さなきゃ」
「やってやるよ。22年ぶりの努力ってやつをな」
「もっと心を動かして熱くなりたいんだ。ここじゃないどこかへ行きたいんだ」
「なんだ、(波美は)俺たちよりバカじゃないか。俺たちも負けてらんねえょ」
「そんな心配してどうするねん。走ってる時は走ることに集中せいや」
「誰も待ってくれなくても、誰も期待してくれなくても、最後の最後は自分のためやねん」
これが、今の30代の人たちの自分作りの言葉なのかなと、多少違和感を覚えながら聞いていた。そのうち大人になるのかなと思いながら、なかなか覚悟を決められない。大人になったところでいいことはどれだけあるだろう、と言っているようだ。確かに、バブル経済が弾ける前と後では大人になることや将来に夢を持つことの意味は、まるで変わってしまった。
大人になったら、自由になれる。早く大人になりたい。そう思って、大人びた振る舞いをしようとしてきたのは、40歳後半より上の世代だろう。社会のシステムがあまりに堅牢に見えたが故に、その恩恵にあずかろうと背伸びをしてきた世代だ。当然ながら、そんな生き方への反発も強く、「ライ麦畑でつかまえて」のホールディンのように自分を守る強固な言葉で時代の渦に巻き込まれないようにすることもあった。それでも、生きていけたから。
バブルの後で成人になった若者は、社会にどう向き合おうとしてきただろう。年功序列や定年制が崩れ、実力主義の容赦ない社会で、若者はどうやって自分作りをすればいいだろう。同時代に青春を生きてきた劇団鹿殺しの公演にその答えが見えると言ったら言い過ぎだろうか。演劇はいつだって時代を映す鏡だ。社会がこんになに不確かで脆弱になってしまった中で、どこまでも走り続けようとする彼らの行先を見守っていきたいと思う。「青春」という言葉を使えるようになったということは、生き方を振り返る余裕も出てきたということだ。でも、劇団鹿殺しはいつまでも時代の革新であってほしい。観るたびにこんな言葉を思い出させてくれるから。
Today is the first day of the rest of your life. ( by Charles Dederich )
【著者略歴】
福原幹之(ふくはら・もとゆき)
1962年2月静岡市生まれ、横浜市立大学文理学部文科卒。神奈川県の高校英語教員。
【上演記録】
劇団鹿殺し「青春漂流記」
東京・紀伊國屋ホール(2012年1月19日-29日)
大阪・ABCホール(2012年2月10日-12日)
作 丸尾丸一郎
演出 菜月チョビ
音楽 入交星士・オレノグラフィティ
出演
高田聖子(劇団☆新感線)… 洲本波美
菜月チョビ … 洲本凪子
丸尾丸一郎 … 舵山一平
オレノグラフィティ … 沖田流人 他1役
山岸門人 … 帆足航太 他1役
傳田うに … 麗月 他7役
坂本けこ美 … 梅梅 他10役
橘輝 … なんでも屋 他14役
円山チカ … 浅海結 他11役
山口加奈 … 本橋岬 他13役
水野伽奈子 … 街の人 他6役
鷺沼恵美子 … 通行人 他6役
浅野康之 … マネキン 他7役
峰ゆとり … 通行人 他8役
近藤茶 … 航太80代
富山恵理子 … 通行人 他8役
谷山知宏(花組芝居)… 砂原豪 他10役
村木仁 … 帆足満男 他3役
廣川三憲(NYLON100℃)… 潮田洋平 他3役
舞台監督 松嵜耕治
舞台監督助手 西廣奏
演出助手 上嶋倫子
舞台美術 加藤まゆこ
照明 黒尾芳昭
照明助手 阿部康子
音響、音楽編集 鏑木知宏
音響操作 末谷あずさ
振付 山口加菜・山岸門人・水野伽奈子
殺陣指導 森貞文則
衣装 赤穂美咲
衣装製作 傳田うに・円山チカ・鷺沼恵美子
ヘアメイク 宮内宏明(M’s Factory)
舞台撮影 彩高堂
舞台写真 和田咲子
フライヤー&グッズデザイン 入交星士
WEBデザイン 入交星士・オレノグラフィティ
宣伝写真 江森康之
宣伝ヘアメイク 阿波連大竜・諸星聡子(VoguA)
制作 高橋戦車
制作協力 SUI(東京公演)・辰田明子(大阪公演)
運営協力(大阪公演) サンライズプロモーション大阪
協力 ヴィレッヂ・ダックスープ・花組芝居・サードステージ
企画制作 劇団鹿殺し
助成 芸術文化振興基金
主催 株式会社オフィス鹿
*前売・当日5000円 (プレビュー公演4000円) 学生3500円
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