◎「一冊でわかる 歌舞伎名作ガイド50選」(鎌田惠子監修 成美堂出版 2006年)
明神 慈
人生の中で、困難なプロジェクトに立ち向かうときがある。2012年の夏、まさにその真ん中にいた私を支えてくれた一冊を紹介したい。
2013年開催の瀬戸内国際芸術祭のプレ企画として、芸術祭事務局・こえび隊の大垣さんからこんな依頼がきた。小豆島・中山農村歌舞伎の舞台にて、保存会の方々と、会所有の衣裳を使ってファッションショーを打つ。演出を担当してもらいたいと。私は学生時代、歌舞伎・舞踊研究会に所属していたので、歌舞伎のいろはを体感していた。農村歌舞伎が好きで、よく埼玉の小鹿野歌舞伎を観に行ったりもしていた。いつもは現代劇を創っているけれど、50歳になったら歌舞伎台本を書くつもりだったので、歌舞伎に関われるうれしさに、二つ返事で演出を引き受けた。
7月15日(日)の野外公演に向け、5月、6月と小豆島に足を運んだ。5月は中山農村歌舞伎保存会の会長・矢田氏に挨拶し、舞台や衣裳をチラリと見せていただいた。築300年の茅葺き屋根の舞台は文化財。客席はなだらかな傾斜の青空シート。その先に春日明神。 ファッションショーで60分の作品というからには、50人以上の出演者、衣裳の早替わり(引抜、ぶっ返り)で華やかに演出したい。音楽が重要なので、邦楽にも強い作曲家の木並和彦氏に音楽監督を依頼した。
蓋を開けると、予算や労力の問題で、出演者は保存会の方々が10人、衣裳の早替わりはできないとのこと。公演の直前に一般参加の方々も合流するとはいえ、台詞がないと60分もたせられない。衣裳は限られた演目分しかないのが実状。…厳しい。厳しすぎる。私は大垣さんに何度も訊いた。
「ファッションショーと銘打って公演するんですか?」
うなずく大垣さん。動き中心の構成台本をさらっと書くつもりだったのが、がっちり戯曲を書かねばならなくなった。(観客参加型にして一体感を出し、両花道にして向かいの春日明神も舞台にして、スケールを広げねば。)
腹を決めて6月、プロットを携えて再訪問。ところが、会長の矢田氏と話すだけで、会員の方々に会える気配がない。実は、まだ矢田氏がこの話を会員に話してなかったのだ。…腰が砕けた。急遽、その日の夜に幹部会を開いてもらうことになった。星降る夜、ふるさと会館で大垣さんらと共に、一から会員の方々を説得。(アドレナリン出る出る。)
「無理だな。」「難しいな。」と腕組みする幹部の方々。 そんな中、中堅頭の久保氏が 「やれるんじゃないですか。」と歩み寄ってくれた。最終的には保存会の協力が決まった。よかった~。
配役・本書きの前に、役者陣と顔合わせしておきたい。
「みんな忙しいからな‥。」と難色を示す幹部の方々。 全員の職場に押し掛けると食い込むと、翌日、役者陣を集めてくれた。
役者陣は20~30代を中心にしたイケメン揃い。ふるさと会館に花が咲いたよう。昨日の今日で集まってきた若衆に、思いの丈を語る語る。 締めに「絶対やって良かったなって思える作品にします。」と啖呵を切った。 即座に「そんなこと信じないよ。」と返した男性がいた。
そりゃそうだ。どこの馬の骨とも知れない演出家とやらが「創作歌舞伎を1週間で創りましょう!」と、まくしたてているんだから。
「1週間だけ、協力してくれないか。」と会長。
最終的に、子ども5人、大人11人の参加が決まった。やった~! 稽古期間は月曜から土曜の6日間。(増やしてもらった。)仕事後の夜稽古なので、3時間×6回という厳しいスケジュール。稽古にあまり出られない人は軽い役になるよう、初舞台の3人にも配慮しながらキャスティングを行った。
私が熱弁中に、大垣さんが会員の方々に回してくれていた本が、今回紹介したい一冊。
『一冊でわかる歌舞伎名作ガイド50選』 鎌田惠子監修 成美堂出版
私がピックアップした配役の題目や役柄、衣裳が一目で分かるように あちこちに付箋をつけてくれている。ファッションショーなので、いろんな題目の主役たちを登場させている。隈取りのヒーロー、エロ坊主、大泥棒、狐の化身、遊女、赤姫、田舎娘…。
役者陣は、それを回し読みしながら、作品をイメージしてくれた。(ページをめくりながら「やったことない」って呟く声も聞こえてきた。)
特に衣裳方の弓井氏は本を離そうとせず「これええわ~」を連発。 名場面のカラー写真はもちろん、題目毎に解説、あらすじ、登場人物、みどころ、名台詞が載っている。歌舞伎用語や年表(400年分)、劇場、歌舞伎俳優の家紋や家系図も掲載されている。歌舞伎に関わっている人なら手元に置いておきたくなる一冊。秋祭りに、親から子へ、子から孫へと300年もの間、歌舞伎を奉納し続けてきた人たちが食らいつく本。 私も木並氏も、帰京後すぐ購入。後日、大垣さんはこの本を弓井氏にプレゼントした。私は何度もページをめくりながら台本を書いた。面白い本ができた。
稽古初日の月曜日、台本の読み合わせをしたら「短期間でできる内容じゃない。」「台詞、覚えられない。」と役者陣が白旗を挙げた。 翌日、やや削った台本を携え、稽古場へ。
「私と大垣さんが黒衣になって、どんなことが起きてもフォローします。任せて下さい。」と言い放つ。やるしかない。
濃密な毎日が過ぎ、金曜には皆の顔が「こりゃイケる!」になってきた。 一般参加の10人も合流。公演の前日、大雨に降られつつ、初日は晴れで迎えることができた。
300年の歴史をもつ保存会の方々や、歌舞伎に興味をもって集まってくれた若者たちと取り組んだ『傾き者、まかり通る』公演。観客参加型で、大成功に終わった。この一体感、達成感ったら。自分自身、人間として成長した。
保存会の久保氏は「30年歌舞伎やってきて、一番楽しかった。」ってハグしてくれた。うれしかった。ほんとうに濃密な1週間だった。 離れがたい大の大人たち。星空を見上げながら、皆で手をつないで歓びを分かち合った。
そして今、この原稿を小豆島の海が見える部屋で書いている。これから保存会の稽古場にお邪魔する。『忠臣蔵』三段目の稽古とのこと。三段目って、松の廊下のシーンだよね…と、例の本をめくる。 よし、下準備できたので、3ヶ月ぶりの再会を楽しんでくるとする。
追記:『傾き者、まかり通る』台本を読みたい方は連絡下さい。映像はYouTubeで少し観られます。myo.jing★gmail.com(★を@に変えて下さい)
【筆者略歴】
明神 慈(みょうじん・やす)
高知県生まれ。1997年よりポかリン記憶舎の作・演出・舎長を務める。俳優の動きや声に残像や余韻が残る濃密な時空づくりが特徴。国内外で公演や「ポかメソッド 」ワークショップを展開。他団体への戯曲執筆、レジデンス公演も多数。2010年、ソウルのアルコ劇場で韓国演出家協会主催公演『ブレヒト-旅の軌跡-』を上演。2011年、高知県立美術館主催、日韓合同公演『WaeNDERING』を上演。四国学院大学非常勤講師。
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