◎「ありがとうバナナ」と叫びたい
水牛健太郎
「伝説」という言葉があって、もともと自然にできるものだった、と思う。自然、と言ってもしょせんは人の世のものだから、人為的に作られることもしばしばだったが、それはあくまで暗いところで語られる裏話。声高に「自分が伝説を作っている」と言い募る性格のものでなかった。
それがいつの間にか、伝説はおおっぴらに作るものになった。事前に「伝説になる」とうたってるイベントなど、むしろありきたり。参加者や観客の方でも「伝説」のできるその瞬間を見届けようと、意気揚々とその場にやってくる。
バナナ学園純情乙女組(以下「バナナ学園」)が解散を決めたのは不幸な事件がきっかけになっていて、自ら望んだものではないのだが、ここ数年大きな注目を浴びた団体の解散公演となれば、本人たちも周囲も「伝説」化への誘惑を断ち切ることは難しい。主催者側も観客も、後々語りぐさになるはずだという期待を持ち寄って打たれた公演である。
などと書くと、またひねくれ者が物事を斜に見て、と言われかねないけど、自分は昔からそういうのにうまく乗り切れないだけで、関係各位に対して別に悪意はない。
見応えのある公演であったことは事実で、バナナ学園らしく、耳をつんざく大音響に乗って、集団でのダンスがめまぐるしく展開される。カオスの印象を与えるべく高度に統率され、キレもスピード感もあって、ショーとしての完成度の高さもさすがだ。解散公演に賭けてきた思いの大きさが感じられた。だから、「ありがとうバナナ」と叫べればどんなにいいだろう、と一ミリの皮肉もなく思う自分も確かにいるのだ。
しかしなかなかそうもいかない。というのは、この公演にはどうしても重たいものが乗っかっていたからだ。たとえば、以前の公演の特徴であった性的な挑発性は、大幅に和らげられていた。スクール水着姿とか男根の張りぼてなど、色々あるにはあったけど、セックスそのものを連想させるような男女の絡みは少なかった。「どうせ、こんなん見たいんじゃないのか」と言わんばかりの開き直ったような挑発性が、バナナ学園の表現面の肝の一つだったことは確かだ。それが和らげられたのは、それこそ諸事情にかんがみ、「致し方ない」ということなのだが、「致し方ないなあ」などと公演を見ながら思わなければならないのは、やはり重い。
モノを投げるにしてもそうだ。水、わかめ、そうめん、何か白いどろっとした液体(片栗粉か小麦粉を水に溶いたものではないかと思われる)などが大量に飛び交っていたが、以前はもっと固形物に近いものを投げていたはずだ。そんなこんなで、かつての攻撃性を緩め、大幅にソフト化した内容になった、というか、せざるを得なかった。
それを補うべく、ということなのだろう、観客への関与、というか浸食の度はある意味で高められていた。それは、観客にヲタ芸を即席で教え込んで「アイ・ラブ・トーコ」等々と叫ばせることなのだ。だが、この身振り手振りやフレーズが結構長く、また難しくて、そんな簡単に覚えられはしないのだった。
観客数人につき、一人ずつ役者さんが横について教えてくれるのだが、私についたお兄さんは実に感じがよく、それだけに、指示に従わないなどということは考えられない。でも難しいので、お兄さんの期待には答えられない。お兄さんは横で見ていて、にこにこ笑顔を浮かべながら「あ、いえ、こうです」などと手本を示してみせる。一生懸命ついて行こうとするけれど、できない。純情乙女組の教室で、最低カーストに組み入れられたような気がする。
そして、疲れてぼうっとなった頭で「自分は本当に『アイ・ラブ・トーコ』なんて叫びたいのだろうか」などと考え出すと、もういけない。
二階堂瞳子に何の悪意もない。色々と残念なことだったけれど、本当に才能のある人だと思うし、いい再スタートを切ってほしい。活躍の場が見つかるといいと思うし、きっと見つかるだろうと思ってもいる。
つまり、ごく普通の良識ある(?)四十代のおっさんが、個人的には知らないものの、才能があると認める若い人に対して持つぐらいの、ごく普通の善意は持っているつもり。でもそれは(当然ながら)「アイ・ラブ・トーコ」と叫ぶこととはだいぶ距離がある。
本当のヲタ芸は、やりたい人が、自分の思いのたけを表現したい一心で、一生懸命やっているのだろう。美しいことだ。どんどんやればいいよ。じゃあこれは? 私には、日本の企業とか、それとも文字通り教室とかの、戯画に思える。「自発的に」声をそろえて叫ぶ。でも実際は、叫ばない選択肢は与えられていない。作られた空気に従わないで、叫ばないと、結局は自分が悪いような気にさせられる。日本の職場や学校は毎日そんなことばかり。
「自由」と「コントロール」の危うい境目。コントロールを最大限に利かせながら、最高の自由を表現するという逆説は、現実にはよくあることで、かつてのバナナ学園のパフォーマンスもそんな面が確かにあった。しかし、日本で自由を表現するためにコントロールを追求していくと、結局「空気」を利用するところに落ち着いてしまうのか。そう考えると、昨年の夏に起きたこととの間に、必然性の糸がうっすらと浮かび上がってくるような気がしてしまうけど。
何にしてもこれで仕切り直しである。景気の悪いことは言いたくない。前途ある、才能あふれる、したがって、演劇界で将来力を持つに決まっている人に恨まれても、自分にはマイナスしかない。それなのに、これから少しは時間があるのだろうから、考えてほしいと思うばっかりに、またこんなことを書いてしまった。
【お詫びとお断り】
この公演評を掲載後,バナナ学園純情乙女組制作の樺澤良さんから事実関係が間違っているとの指摘が寄せられました。詳細は記事に付けられたコメントをご覧いただきたいと思いますが、ポイントは「ヲタ芸を観客に教え込むことは以前の公演でもあり,解散公演が初めてではない」ということと「『アイ・ラブ・トーコ』というコールを叫ばせていない(「トーコ!」「バナナラブ」であった)」という2点です。
バナナ学園純情乙女組の関係者の皆様には、戸惑いと不快の念を与えたのではないかと思います。大変申し訳ありませんでした。お詫びいたします。
この公演評は、主張を支える事実関係に大きな誤認がありますので,説得力にも限界が出てきます。そこで書き直しも考えましたが、どう書き直したところで、言い訳がましい、かえって経緯のよくわからない文章になってしまいます。間違いがあったから書き直して主張を補強するというのでは、後出しじゃんけんのようにも感じられます。
ですので、本文はそのままにし、誤りが指摘されたところに取り消し線を引いた上で掲載いたします。読者の方々は、ありもしない「アイ・ラブ・トーコ」のコールという妄想も込みでこの公演評を読んでいただきたいと思います。そして、その主張の限界については、読者の方に個々に判断していただければと考えております。(2013年1月28日 水牛健太郎)
【筆者略歴】
水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
ワンダーランド編集長。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校卒業まで福井県で育つ。東京大学法学部卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作となり、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。2011年4月より京都在住。元演劇ユニットG.com文芸部員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/ma/mizuushi-kentaro/
【上演記録】
バナナ学園純情乙女組「-THE FINAL-バナナ学園大大大大大卒業式 〜サヨナラ♥バナナ〜」
王子小劇場(2012年12月28日-31日)
※全10ステージ+年越しイベント
構成・演出/二階堂瞳子
卒業生
二階堂瞳子 加藤真砂美 野田裕貴 前園あかり(以上、バナナ学園純情乙女組)
浅川千絵(劇団古びたランタン)
粟野友晶
石井 舞(38mmなぐりーず)
石澤希代子
今野雄仁
海田眞佑(劇団ウミダ)
小川貴大(d’UOMO ex machina/ハイベビ)
小田崎諒平
梶井 咲希
神岡磨奈
川上日花留
久保晶子
小林由紀
紺野タイキ(FLIPLIP)
榊 菜津美
嵯峨ふみか(カミグセ)
佐藤幸樹
サノケイコ
田中正伸
出来本泰史(Aggressive Death Metal Band Super Star 劇団Seven Stars)
中井康世(Supreme Sunders)
橋本和瑚
ばんない美貴子(The Gunzys 原子力事業部)
引野早津希
保坂 藍(劇団冒険倶楽部)
町山優士
三塚 瞬
山内大輔
山岡貴之
山田麻子
吉武奈朋美(荒川チョモランマ)
吉原あおい
吉原小百合
大校長 二階堂瞳子
銀幕教師 矢口龍汰(ウィルチンソン)
設計教師 角田知穂
閃光教師 内山唯美(劇団銀石)
風紀規律教師 木村光晴
銀幕投影教師 伊福覚志(ま夜中散歩)
卒業記録師 宮北剛己
絵師 河合駿太
校長補佐 安藤達朗 飯塚ユウコ weeaboo 岡林孝祥 古賀スミレ 柴田朝美 服部由衣 廣瀬皓太郎
制作教師 佐藤亜美 つくにうらら(カミグセ) 谷田貝健太
制作統括教師 樺澤 良
主催 バナナ学園純情乙女組・劇団制作社
前売3,800円(スーパーリングサイドシート※SR席/通常シート)
当日4,200円
制服・コスプレ割3,200円(数量限定・要予約・当日取扱い無し:SR席限定)
※事前入金時3,800円/当日会場にて600円キャッシュバック
Tシャツ付きチケット5,500円(数量限定・要予約・当日取扱い無し:SR席限定)
年越しイベント5,800円(SR席/通常シート)
年越しイベントセット9,000円(SR席/通常シート※数量限定・要予約・当日扱い無し・授業1回+年越しイベント)
理事長43,000円(数量限定・要予約・当日扱い無し・全10授業+年越しイベント:SR席限定)
☆年越しイベントバナナ学園純情乙女組完結編☆
『この支配からの卒業!!!!!』(12/31[月]23:15 START)
<予定プログラム>
→参加者全員による国歌大斉唱
→卒業証書授与(参加者全員名前入り)
→卒業生による答辞
→二階堂瞳子 on stage
→カウントダウン(焼酎:二階堂と共に年越し)
→二階堂瞳子大校長より卒業生へ送る言葉(式辞)
→フィナーレ
バナナ学園純情乙女組公演評に関して、樺澤 良さんから次のような指摘が寄せられました。以下、全文を掲載します。(ワンダーランド編集部)
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バナナ学園純情乙女組制作の樺澤です。まずはこの度、公演レビューをご掲載いただけました事に感謝致します。
掲載いただいたレビューの批評部分に反応するのではなく、単純に事実との差異に対して、アーカイヴとしての役割を大きく担っているマガジン・ワンダーランドだからこそ、事実を述べさせていただきたく、僭越ながら記載させていただきたく思います。
================以下、抜粋。
それを補うべく、ということなのだろう、観客への関与、というか浸食の度はある意味で高められていた。それは、観客にヲタ芸を即席で教え込んで「アイ・ラブ・トーコ」等々と叫ばせることなのだ。だが、この身振り手振りやフレーズが結構長く、また難しくて、そんな簡単に覚えられはしないのだった。
================以上。
上記に対して2点だけ訂正をさせていただきたいと思います。
まず1点目は何かを補うためにキャストが客席に行き、ヲタ芸を即席で教え込んだわけではないという事。そして2点目は「アイ・ラブ・トーコ」とは叫ばせていない事。
1点目のキャストが客席に行き、ヲタ芸を教える行為(以下、「ヲタ芸講習会」という。)は確かに芸劇eyesや『バナ学シェイクスピア輪姦学校(タイトル省略)』では企画の性質から行っておらず、近年、バナナ学園をご覧になり始めた方にとっては初の事だったかもしれません。しかし、ヲタ芸講習会はこれまでのバナナ学園の公演で度々行っており、F/T11での公演や2011年12月に六本木で行った公演では同様にやっています。今作の企画はこれまでのバナナ学園の代表的で印象的なパートや、繰り返し行ってきたヲタ芸講習会、アンコール、客席入替えなどのシーンを総括した卒業式としてお見せするという企画だったため、このシーンの挿入は必須だったというのと、何かを補完するために行ったものではないという事が事実としてあります。
2点目は本当に細かい事で大変恐縮なのですが、正確には「トーコ!」と「バナナラブ」であり「アイ・ラブ・トーコ」ではないという事。何も変わらないじゃないかと言われてしまいそうですが、やはりアーカイヴの役割として大きな価値を持ってらっしゃるワンダーランドだからこそ、今後、バナナ学園の事を知らない他者が閲覧をした際には正確な情報を得てもらいたいというのが当然あります。
誠に恐縮な限りですが、バナナ学園を理解し、公演に従事した制作者として発言させていただきました。
この度はどうもありがとうございました。