国際演劇協会「第三世代」(紛争地域から生まれた演劇4)

◎『第三世代』と「リーディング公演」との意外な相性
  横堀応彦

「第三世代」リーディング公演チラシ
「第三世代」リーディング公演チラシ

 ドイツと日本を行ったり来たりする生活を始めてから1年以上が経った。
 最近ようやく演劇やオペラの舞台上で使われるドイツ語が分かるようになってきたものの、こちらに来た当初は何のことだか全くわからず、古典ならば話の内容も分かるはずと、ベルリン・シャウビューネ劇場(以下、シャウビューネと略す)で『ヘッダ・ガブラー』を見たときのこと。上演の終盤で客席からテスマン役を演じた同劇場の主演俳優ラース・アイディンガーに対して「前回見たときより、今日のお前にはやる気が感じられない!ちゃんとやれ!」とダメ出しが飛び出したのだ。

 こんなこと日本では想像すらできないが(どうやらドイツでもかなり稀なようである)、アイディンガーはその要求に誠意をもって応え、少し前の部分から大分オーバーな演技でやり直し、観客一同その演技力に圧倒されたものだった(注1)。

 これはだいぶ特異な例だが、もちろん日本でも俳優たちの演技力に圧倒された経験はたくさんある。昨年末一時帰国した際に観劇した『第三世代』リーディング&ラウンドテーブル(以下、『第三世代』と略す)は、まさにそんな経験をした作品だった。

 タイトルの「第三世代」とは、ホロコーストとナクバ後の第三世代に属す世代のこと。出演するのは4人のイスラエル在住ユダヤ人、3人のイスラエル国籍を持つパレスチナ人(以下、それぞれユダヤ人とパレスチナ人と略す)、3人のドイツ人(うち1人は旧東ドイツ出身)の計10人で、彼らはみな第三世代の若者たち。
 作・演出を務めるヤエル・ロネンも1976年イェルサレム生まれの第三世代である。彼らの国籍から見て分かるとおり、『第三世代』はドイツのシャウビューネ(先ほどのダメ出しが飛んだ劇場)とイスラエルのハビマー劇場との共同企画により製作された作品だ。ベルリンで初演されたのは2009年3月20日。ガザ紛争が一段落し、オバマ大統領の就任式が行われてから丁度2ヶ月後のことである(注2)。

 この共同企画においてロネンは、予め決まった台本を用意するのではなく、出演する10人の俳優たちと稽古場で対話を重ねることで、その中で俳優たちから提示されたホロコーストやナクバなどへの疑問を拾い上げ、それらを取り入れながら作品を創作していった。2009年にシャウビューネで初演を迎えるまでに「ワーク・イン・プログレス」のような形で何度か試演されたが、最終的な作品の正式なタイトルは『第三世代―ワーク・イン・プログレス』となった。
 現在もシャウビューネでは、このタイトルのまま上演され続けており、筆者は東京でのリーディング公演観劇後、シャウビューネでも実際の上演を観劇した。東京でのリーディング公演について振り返る前に、ベルリンでの観劇体験を参考にしながら『第三世代』のドラマトゥルギーについて考えてみたい。

 劇場に足を踏み入れてまず驚くことは、舞台上に何の舞台装置もないことだ。唯一あるのは、出演者たちがおそらく座るであろうパイプ椅子が10脚だけ。そこにはシャウビューネのロビーでも販売されている劇場ロゴ入りのエコバックが掛けられている。
 しばらくすると舞台上中央後方にある扉から、進行役の俳優が登場して、こう切り出す。「ハロー、今晩は、僕はニールス・ボァマンと言います。ドイツ人です。皆さん、ちょっと申し訳ないんですが、今日の舞台には装置も衣装もありません」(注3)。その言葉通り、彼が着ているのは「3G」(第三世代Third Generationの略)と書かれたごく簡素な赤いTシャツだ。この段階で、シャウビューネの他の作品で活躍する彼のことを知っている常連観客にとっては、この作品において俳優たちが本名で登場していることが明らかになる。

 このあとボァマンはしばらく1人で作品についての説明をした後、「今日の舞台であまり話題にならない点の補足」と切り出し、以下のように述べる。「客席にユダヤ人の方はいらっしゃいますか?[中略]この場を利用して、ドイツ国民の名のもとに、ドイツ連邦共和国の名のもとに、ドイツ人を代表して、ユダヤ人の皆さんに謝罪します。大変申し訳ありませんでした」
 このような突然の謝罪を目の当たりにした観客たちは、これから観劇する作品に対する向き合い方についてしばし考えさせられるが、その後にはこんな「謝罪」が付け加えられている。「最後にもう一つ、僕の心からの謝罪を聞いてください。会場に東ドイツ出身の方はいらっしゃいますか? いえ、手を挙げて頂かない方がいい、ほんとお気の毒ですから」「お気の毒」(Tut mir leid)という台詞が発話されたこの瞬間、観客席は突然笑いの渦と化す。
 筆者のような外国人には良く分からないのだが、多くのドイツ人観客たちにとって、東西ドイツに関するこのようなちょっとした皮肉はどうもたいそう面白いらしい。取り扱われる内容の重苦しさとは裏腹に、全編を通してこのようにおかしみのある台詞がちりばめられており、観客席は終始笑い声の絶えない和やかなムードに包まれていた。

 ここまでボァマンが話していたのはドイツ語だが、ユダヤ人のイシャイが舞台に入ってくると、ボァマンの使う言葉は英語に切り替わり、それ以降ドイツ語以外の言語(英語・アラビア語・ヘブライ語)のドイツ語訳字幕が舞台後方の壁に映写される。その後しばらくはボァマンが出演する俳優たちを1人ひとり紹介していくシーンとなり、それから先は俳優たち本人による対話と劇中劇の形をとったシーンが交互に織り交ぜられながら『第三世代』は進行していく。
 俳優たちの対話においては、創作過程で本人たちから拾い上げられた第三世代ならではの疑問が、劇中劇の形をとったシーンではさまざまな人物のエピソードを通して、現在のイスラエルをめぐる状況が描き出される。
 例えば作品終盤では、パレスチナ人俳優のユーセフが突然人形の体を借りて、「1948年を戦った真のアラブの1人」であるおじいさんの言葉を代弁し始めるシーンがあり、そこでは双方の歴史教育に端を発する歴史認識の差異が暴き出されるなど、マスメディアだけでは決して知ることの出来ない現在のイスラエルをめぐる状況が見事に描き出されている。

 いまドイツ語圏でいま最も注目されている若手劇作家のヴォルフラム・ロッツは「不可能演劇について」という文章の中で「劇場とは現実と虚構が相互に出会う場であり、それゆえ現実と虚構双方が厳粛な対立によって互いに取り乱す場でもある」と述べているが(注4)、『第三世代』全編を通じて、観客たちは現実(俳優本人たちの対話)と虚構(劇中劇)との厳粛な対立を肌に感じながら、2時間にわたる上演を体験することになる。
 ある既存の戯曲を上演する際に複数の国籍の俳優たちを起用する、そのような形の国際共同企画も多くあろうが、『第三世代』においてロネンが選んだ手法はそれとは異なるものであった。
 この作品の大きな特徴の1つは、創作過程で俳優たちと重ねた対話の内容のみならず、その対話の雰囲気もそのまま舞台上で反復させたことにある。あえて付け加えられたままの「ワーク・イン・プログレス」という但し書きや、簡素な舞台装置や衣装も、稽古場での俳優たちの日常的な雰囲気を体感させる演出効果の1つだろう。これにより、俳優たちの「現実」はより現実味を帯び、「虚構」の形をとって語られる現在のイスラエルをめぐる状況は、より切実なものとして観客の心に迫ってくる。

 中都留章仁演出による東京でのリーディング公演において、俳優たちは互いに会話をしながら、パイプ椅子が10脚だけ置かれた舞台に一斉に登場する。
 ここでは進行役のボァマン役を演じるのはもちろん日本人の俳優であり、ユダヤ人やパレスチナ人の役も皆日本人の俳優によって演じられる。ベルリン公演で「現実」だったものが、ここでは「虚構」に置き換わるが、きめ細やかな演出によって登場人物たちの対話(虚構)と劇中劇(虚構の中の虚構)との対立関係は明確に描き出されていた。
 ところどころでボァマンが「ドイツのお客さま、あ、いやここは日本でしたね」など日本オリジナルの台詞を客席に向かって語りかける演出により、「虚構」であるはずの舞台上が「現実」に感じられる瞬間さえあった。
 観客席にさほど笑いはなかったが、全編を通じて堅苦しい「リーディング」という雰囲気は一切無く、ベルリン公演に似た和やかな雰囲気のまま上演は進行していった。特筆すべきは、俳優たちがほぼ台本に目を向けることなく、台詞をほとんど暗誦した状態で本番を迎えていたことである。
 この大胆な決断を下した演出家と、限られた稽古期間の中でそれだけの成果を上げた俳優諸氏に賛辞を送りたい。ユダヤ人、イスラエル人、ドイツ人役の俳優がそれぞれ舞台上の下手、上手、中央にまとまって座っていたことや(ベルリン公演ではばらばらに着席していた)、上演中適宜パワーポイントで表示される「ホロコースト」や「ナクバ」といった歴史用語の解説も理解の助けになった。

「第三世代」公演から
「第三世代」公演から2
【写真は、上が『第三世代』リーディング公演から。撮影=奥秋圭 下はラウンドテーブル。撮影=庭山由佳 
いずれも提供=(社)国際演劇協会(ITI/UNESCO)日本センター 禁無断転載】

 リーディング公演を2時間にわたって集中力を途切らすことなく観劇することは、決して容易なことではない。今回これを可能にしていたのはまずもって演出家と俳優たちの力であることに疑いはないが、そこには『第三世代』という作品と通常不利であるところの「リーディング公演」という形態との意外な相性の良さがあったことも指摘できるだろう。

 リーディング公演では、常にその制約にどう立ち向かうかが問題となる。まずは、俳優たちが台本を片手に読み上げながら「リーディング」する、という文字通りの制約。今回の演出では、この制約を潔く取り払うことにより作品を立体化することに成功していた。
 制約はこれだけではない。限られた稽古時間や限られた予算・集客の難しさなど、さまざまな制約が立ちはだかるのがリーディング公演の常である。今回も、舞台装置はほぼパイプ椅子だけで、俳優たちの衣装もごく簡素なものであったが、この簡素さが『第三世代―ワーク・イン・プログレス』のドラマトゥルギーに不思議と溶け合っていたように感じられたのだ。
 結果として今回のリーディング公演を観劇した観客たちは、ベルリンの観客とさほど変わらないほどに、現在のイスラエルをめぐる状況について思いを馳せることが出来ただろう。

 だが、これだけをもって、よしとするわけにはいかない。

 近年日本では数多くのリーディング公演が上演されるが、ごく僅かな観客のもとに届けられただけで終わってしまうことも少なくない。シャウビューネをはじめとしたヨーロッパの劇場でドラマリーディングを通して興味を持たれた劇作家は、その上演に立ち会った他の劇場やフェスティバルのプロデュースにより、再演や新作など次なる上演の機会が与えられる。
 ロネンも2007年にまず別の作品がシャウビューネで客演として上演され、その成功が今回の『第三世代』へと繋がっていった背景がある(注5)。
 日本人では1998年にフランス政府が主催したワールドカップ関連事業で『東京ノート』のリーディング公演が行われて以来、いまでは劇作家のみならず演出家としてもその名を知られるようになった平田オリザがその好例だろう。

 リーディング公演とはただそれだけで完結されるべきものではなく、それがきっかけとなり再演・本公演・新作として立体化されて初めて、その真価が問われるべきものではないだろうか。
 国内外のさまざまな戯曲を紹介することが重要なことであり、それに伴う課題や苦労が多いことは言うまでも無い。しかし「ただ消費して終わり」という今の状況を、このまま肯定し続ける訳にもいかないだろう。こうしたすぐれたリーディング公演が行われた場合、それを機に次なる展開が実現されることを強く望みたい。

(注1)詳しいシャウビューネの活動については、新野守広『演劇都市ベルリン』、堤広志編『現代ドイツのパフォーミングアーツ』、国際交流基金によるインタビュー記事を参照。
(注2)ドイツ語圏の演劇専門誌であるテアターホイテ誌は、毎年批評家たちの選考により、最も優れた劇場、演出、ドラマトゥルク、舞台美術、衣装、ドイツ語圏の戯曲、海外戯曲、若手作家による戯曲、俳優(男・女)、若手俳優(男・女)などを表彰する機会を設けている。ヤエル・ロネンは2010年に『第三世代』で最も優れた海外戯曲賞を受賞(同時受賞作は昨年静岡芸術劇場で上演された『ライフ・アンド・タイムズ―エピソード1』)しており、この作品がドイツの演劇界に大きな印象を残したことが伺い知れる。
(注3)『シアターアーツ』第53号に掲載されている上演台本より引用。以下同様。
(注4)Wolfram Lotz ”Rede zum Unmöglichen Theater”, in: Jan Linders (ed.) Stadt der Zukunft : Kurzdramen, Theater der Zeit, 2011。ロッツは2010年のベルリン演劇祭にゲストブロガーとして参加しており、その際の投稿からもこの文章を読むことが出来る。
(注5)ロネンはその後もシャウビューネで『The Day Before the Last Day』の作・演出を務めたほか、昨年10月にはグラーツで『Hakoah Wien』の作・演出も手がけている。

【上演記録】
国際演劇協会(ITI/UNESCO)日本センター「第三世代」(紛争地域から生まれた演劇4、リーディング&ラウンドテーブル)
上野ストアハウス(2012年12月29日・30日)

構成・台本:ヤエル・ロネン
訳:新野守広
演出:中津留章仁

出演:赤澤セリ、阿部薫、天乃舞衣子、枝元萌、木下智恵、金成均、田島優成、坂東工、吹上タツヒロ、屋良学

ラウンドテーブル:ヤエル・ロネン、中津留章仁、新野守広(ドイツ演劇、立教大学)、細田和江(イスラエル文学、中央大学)

入場料1,500円(ラウンドテーブル込み、ITI協会員は1,000円)

主催:文化庁「平成24年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」/社団法人国際演劇協会(ITI/UNESCO)日本センター(会長:永井多恵子)
制作:社団法人国際演劇協会
事業委員長:高萩宏
プロデュース:林英樹
企画委員:小田切ようこ、七字英輔、宗重博之
制作統括:曽田修司
技術協力:レイヨンヴェール
制作協力:シアタープランニングネットワーク、Real Heaven
協力:(株)RUNSFIRST、(有)スターダス・21、(株)スペースクラフト、(株)ディケイド、(株)トップコート、FUKUDA PROJECT

【筆者略歴】
横堀応彦(よこぼり・まさひこ)
 1986年東京生まれ。現在ライプツィヒ音楽演劇大学大学院ドラマトゥルギー科に在籍。いろいろな現場でドラマトゥルクの修行を積みながら、博士論文を執筆中。
ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ya/yokobori-masahiko/


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