新国立劇場「効率学のススメ」

◎「効率化」は治癒すべき「がん」であるのか?
  高橋英之

 「改善するためには、測らなければならない」
 トヨタ自動車の製造現場のカイゼン活動で、前人未到の10回の社長表彰を受けたビジネスの世界の大先輩のこの言葉は、いまや、工場に限らず、日常生活にまで浸透している。牛丼チェーンのカウンターに座れば、ものの数十秒で注文した食事が供される。このプロセスは、丼をどの手で取り、だし汁をすくいかける動作まで何秒かかり、カウンターに運ぶまで何歩かかるかが測定され、進化を遂げた成果である。いまではあたり前になった駅の自動改札では、電子カードと検知器の距離、さらには検知器の角度までをも微妙に変化させ、どのくらいのスピードで人が通過できるのかを測定し、効率化が図られたという開発努力がある。測定し、改善し、効率化し、もって充実した生活に貢献する。これは、常に進歩し拡大してゆきたいという人間としての欲望を忠実に反映した、いわば現代の基本原理といってよい。新国立劇場が、<With つながる演劇>と銘打ったシリーズの第1弾として、ウェールズから新進気鋭の劇作家アラン・ハリスと演出家ジョン・E・マグラーを招いて、舞台に上げた作品『効率学のススメ』は、この現代の基本原理に、亀裂を入れようとするものだった。

 製薬会社のある研究部門に、突如として送り込まれた効率化のビジネス・コンサルタント、ケン・ローマックス(豊原功補)は、登場するなり、研究室内の雑然とした光景を前に、研究者たちにこう告げる。
 「ペンを見つけるのに、どれくらい時間がかかります? すぐなくなるペンを探すのに約30秒、それを1日に10回として、単純計算で1日5分。3人のスタッフが同じ状況だとすると、1日で15分です。週5日働くと、みなさん合計で75分無駄にします。1年は52週、文房具を探すために計65時間無駄にすることになります。」
 その態度は決して冷酷ではない、むしろ、豊原功補が演じるケンは、現代の基本原理を信奉する教会の牧師のようだ。その語り口は、迷える信徒を導く伝道の言葉のように穏やかだ。

 これに対して、研究部のスタッフたちは、戸惑いと動揺を隠せないが、実のところ彼女や彼らも、また現代の基本原理にからめとられている。研究スタッフのジャスパー(田島優成)は、人の「見た目」を数値化し、シリアルと牛乳という最小限の時間で必要な栄養を取れる朝食をとり、「ほんとなら給料、倍でもいいだろ。三倍でも」という野望を隠さない。もうひとりの研究スタッフであるジェニファー(渋谷はるか)は、「昔はボールみたいだったの。正真正銘のデブ」と認めるが、努力により、まさにその体重と体型を改善したことによって、現在の職を勝ち取ったと信じている。この公演のチラシには、「人生は数値で測ることができるのか」という疑問が大きく掲げられているが、作品の登場人物たちは、まさに彼ら彼女らの人生を数値化し、測定し、効率化を図るという現代の原理に従っているのだ。チームリーダーのイフィー(宮本裕子)は、開発中のたんぱく質が放射線障害に対して「生存率を飛躍的に向上させる」効果を発見し、「25時間以内に薬剤投与された動物はすべて生存」という事実を、女性研究者としての誇るべき成果であると確信し、その研究データに39歳まで研究一筋で生きてきた人生の意味を見出そうとしている。それでも、こうした研究者たちに対して、コンサルタントのケンの説く効率学は、リストラを恐れさせ反発を招くだけだ。ところが、物語の中盤になって、イフィーは、ケンの効率学の説法が、自らの研究の成果を得るために有効であると認識するに至り、大いに賛同をし、ケンにキスまでしてしまう。効率化批判の急先鋒であった彼女が、あっさりとその信奉者となる瞬間が訪れる。それは、…がんの転移のようなものだったのかもしれない。

 実は、ここまでの舞台での展開を眺めながら、客席の自分は、最近文芸誌『すばる』で連載されていたある論考のことを思い出していた。それは、思想家・中沢新一の『赤から緑へ』。現代の市場・貨幣経済あるいはグローバル化からの歪みを“がん細胞”になぞらえ、その増殖過程を抑制する機能を果たしてきた社会という存在を“免疫機構”になぞらえての興味深い論考。細胞本来の健全な成長という営みを超えての無秩序な増殖をするがん細胞を抑制するには、手術・抗がん剤・放射線療法のような暴力的手法では完全な治癒が難しく、むしろ免疫機構の活性化をするべきだという、現代医学の知見をベースにした比喩から、中沢氏は、現代社会の歪みを是正する方法を模索している。『効率学のススメ』の舞台となっている研究所が、ちょうどこのがん治療の研究をしていること、さらにその治療法が免疫機構に訴えるものであることから、自分の頭の中で、この舞台は面白い展開になるのではないかとの思いが高まる。がんの免疫治療の難しさが、がん細胞が、病原菌やウイルスのような外敵や異物ではなくて、自分自身であることにあるという事実も、またこの作品の登場人物たちにピッタリではないかという勝手な妄想がひろがる。前半のイフィーやジャスパーのセリフの中に、「Toll様受容体」の言及が何度かある。さらには、この「Toll様受容体」への刺激が引き起こす可能性のある副作用である「敗血症性ショック」や「サイトカイン・ストーム」などまでもがセリフとして盛り込まれている。ひょっとすると、これらのセリフは、専門用語の羅列のように聞こえた観客も多かったかもしれないが、「Toll様受容体」は2011年のノーベル賞受賞テーマにもなった免疫発現のための重要な機構だ。実際、多くの新薬の開発がこの受容体への作用に関係している。これらのセリフを伏線ととらえて、免疫機構ということが作品の大きなテーマとして立ちあがってくる期待感をもった観客は自分だけではなかったと思う。「効率化」を「成長」と、「行き過ぎた効率化」を「異常な増殖」すなわち「がん化」となぞらえてイメージすれば、この舞台の後半に登場すべきは、なんらかの形での「免疫」であるのだろうという期待は、少なくとも自分にとっては必然に近かった。

 しかし、残念ながらその期待は裏切られた。舞台は、あっさりと、効率化の旗を降ろし、なんと唐突に「非効率」を是とする着地をさせる。その主役は、みずからの執務室でゴルフの練習をする凡庸なる部門長のグラント(中嶋しゅう)であり、彼の古きよき時代の秘書でありいまの妻であるグラント夫人(田島令子)であった。この2人は、いわばただの普通の細胞。もはや成長もしない、暴走もしない、細胞周期でいえばアポトーシス(細胞死)を待つだけの状態。加えて、ラストシーンは、データを捨てたイフィーと非効率の効用に目覚めたケンが手を振り合い再会するという甘い結末。まるで、一旦がん化した細胞が、唐突に治癒されたかのようだ。あまりに、あっけない、幕切れ。さらに余計なことに、イフィーが独断で行った特許出願が、なにやら政府の秘密保持指定を受けてしまったかのような陰謀を類推させる展開があり、この突然の効率化のプログラムそのものが、裏では見えない権力の圧力行使であることが示唆されるというのも、やや強引だ。第一次大戦中に国家の謀略の犠牲になった英国人看護師の名前を伏線として張るという中途半端な思わせぶりは、せっかく「効率化」という重要なテーマを掲げておきながら、ハリウッドのB級映画のようなストーリーで、むしろ肩すかし。劇作家アラン・ハリスとしては、国家や巨大企業の陰謀というわかりやすいテーマをからめることで、この甘い幕切れに納得感を付与しようとしたのだろうが、せっかくの期待が裏切られた感じがして、正直いって、拍手にもやや力が入らなかった。

 効率化というテーマが、現代の原理といってよいくらいの大テーマである以上、その否定や批判は容易ではない。特に、ビジネスの世界で生きていかねばならない者にとっては、それは生存のルールであり、それを否定しきることは時として死を意味する。ケンの冒頭の「65時間の無駄」の話も、ビジネスパーソンには、誇張でも笑い話でもなくて、おなじみの陳腐なエピソードでしかない。牛丼チェーンの注文をさばくスピードも、1日の乗車人数世界一の改札口も、そしてもちろん世界がいまや手本とする自動車工場のしくみも、効率化の活動無しには考えられない。そもそも、ビジネスの最前線の効率化の手法は、単なる動作やプロセスの分析による効率化を超えて更に高度に進化し人間の心理状態のより深いところにまで作用して効率化が図られようとしている。はるばるウェールズからやってきた新進気鋭の演劇人が、そこに、思いもよらない角度からのくさびを打ち込んでくれることを期待していたのだけれども、あまりに古臭い認識と安直で拍子抜けの結末に逆にビックリしてしまった。

 思うに、ビジネスの世界を題材にしたビジネス演劇とでもいう分野は、なぜだかうまくいかないことが多い気がしてならない。偶然だが、ケンを演じた豊原功補が1年前に出演していたこれまた海外の作品『エンロン』も成功作とは言い難かった。そもそも、デリバティブや新薬開発のようなテーマに限らず、ビジネスの世界に切り込むには、観客の知識や経験の方が圧倒的に作り手よりも上になってしまうリスクが高いということもあるだろう。劇作家も演出家もビジネス経験があるとのことだが、日々そのテーマで生計を立てている人たちを相手に、そのテーマそのものをまともに舞台に乗せるという行為は、相当の覚悟と調査・準備がなければ、底が透けてしまう。役者に罪はない。今回の『効率学のススメ』でも、役者の演技はさすがにプロの精密さであった。無論、外野的な話題としては、突然の公演キャンセルという事件などもあったのだけれども、舞台での役者そのものは十分に魅力を発揮していたと思う。個人的には、女性研究者としての成果にこだわるイフィーを演じた宮本裕子は、その冷静なトーンの中にも前のめりの情熱をにじませる演技が、アラフォーのキャリアウーマンとしての苦悩として出色のできだった。加えていえば、スタイリッシュな研究所を再現した舞台美術(二村周作)もバルコニー席の側面に効果的に映し出される映像(富田中理)も、素晴らしかった。

 ただ、残念ながら、役者や舞台スタッフが脚本を超えることは容易ではない。新国立劇場の芸術監督・宮田慶子のこれまでの作品選択は、現代の課題を切り取るという意味で、とても興味深いものが並べられてきているのだけれども、今回の『効率学のススメ』は、作品がせっかく切り込もうとした世界を途中で投げ出してしまったという意味で、ハッキリと失敗であったと言わざるを得ない。ビジネスを題材にした小説や映画、あるいはテレビドラマなどには、味があるものがたくさんある。ところが、演劇になると、これがなかなか深みのある作品にお目にかかれないのは、なぜだろうか。古くはアーサー・ミラーの『セールスマンの死』や、比較的最近だとF/Tで公演されたマルターラーの『巨大なるブッツバッハ村』などのような、ビジネスを素材にした演劇の名作も存在はしている。ただ、なぜだか、ハズレが多い気がしてならない。ひょっとすると、よくも悪くも現状を前提にすることになりがちなビジネスというテーマは、現状の土台そのものを批判することをもって是とする傾向の強い演劇というメディアとは相性が悪いのかもしれない。あるいは、演劇による視点のずらし方程度では、ビジネスというテーマには亀裂を入れることが難しいということもあるだろう。

 例えば、愛だの恋だのといったテーマには、さまざまな価値観がある。Aさんが好きな人もいれば、Bさんが好きな人もいる。同性愛の人もいれば、2次元の世界の愛に生きる人もいる。さらにいえば、エロス(性愛)とアガペー(隣人愛)のような古典的な違いもある。正義や、人生、あるいは家族、友情といったテーマでも、価値観はひとつに固定されていない。バラエティが豊かなテーマは、舞台の上に異なる視点を上げることだけでも、物語は十分に自然に発酵しはじめる。演劇は、観客にその素材をうまく届けるだけで、自動的に観客に別の角度の視点をもたらし、観客のこれまでの視点を脱臼させることも可能だ。しかしながら、ビジネスというテーマは、ある意味で価値観の多様性がない。およそ全てのビジネスは、結局のところ、「貸借対照表」と「損益計算書」にその活動の結果が集約され、「株式」の価値の増減でその成績が評価される。同じ商品であれば、よほどの特殊事情がない限り、安い方が多く売れるというような普遍的原理も存在している。今回の作品がターゲットとした「効率化」というのも、そうした基本原理のひとつだ。いまや、グローバル規模でさらなるルールの共通化が進むこの強固に視点が統一化された世界に、意味のあるゆさぶりをかけることは至難の業だろう。

 ただ、それでも、是非、今回の教訓を生かして、現代のビジネスのテーマにも、演劇ならではの鋭さと強度あるくさびを打ち込んでもらいたいと希望してやまない。なぜなら、少なからぬ比率の観客は、ビジネスの世界で生き、悩み、苦しみ、その意味を探そうともがいているのだから。そして、堅牢にみえるパラダイムのシフトは、往往にしてフィールドの外からもたらされるのだから。
(2013年4月28日13:00の回 観劇)

【著者略歴】
 高橋英之(たかはし・ひでゆき)
 京都府出身。ビジネスパーソン。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/takahashi-hideyuki/

【上演記録】
新国立劇場「効率学のススメ」(With シリーズつながる演劇 ウェールズ編)
新国立劇場 小劇場(2013年4月9日-28日)

作 :アラン・ハリス
翻訳:長島確
演出:ジョン・E・マグラー

■スタッフ
【美術】二村周作
【照明】小川幾雄
【音楽】後藤浩明
【音響】加藤 温
【衣裳】伊藤早苗
【ヘアメイク】川端富生
【映像】冨田中理
【舞台監督】大垣敏朗

【芸術監督】宮田慶子
【主催】新国立劇場
【協力】ナショナル・シアター・ウェールズ、ブリティッシュ・カウンシル

■キャスト
豊原功補、宮本裕子、田島優成、渋谷はるか、田島令子、中嶋しゅう

■チケット料金
A席:5250円、B席:3150円、Z席:1500円


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