かもめマシーン「スタイルカウンシル」

◎ドキュメンタリー演劇としてのかもめマシーン
  夏目深雪

「スタイルカウンシル」公演チラシ
「スタイルカウンシル」公演チラシ

 かもめマシーンは不思議な劇団だ。観た後はたまらなく感動して好きだと思うのに、いざその感動を言葉にしようと思うとなかなか言葉が出てこない。新作である『スタイルカウンシル』も同じだと思った。身体性が強いから? 一種のドキュメンタリー演劇だから? そういえば、ちょっと前に観たブルーノプロデュースの『My Favorite Phantom』も同じような隔靴掻痒感を味わった。これは何か新しい批評的枠組みが必要とされているのではないか。
 かもめマシーンの(暫定)主宰である萩原雄太は1983年生まれ、ブルーノプロデュース主宰の橋本清は1988年生まれである。若い世代に、震災後新しい動きが出てきているのではないかという前提で話を進めてみたいと思う。

『スタイルカウンシル』は震災に関する演劇である、とひとまず言っていいと思う。福島の人たちの震災に関する言葉(実際に取材したらしきものを俳優に方言もそのまま喋らせている)、東京の若者らしき人物の福島の人たちへの罪悪感が混じった複雑な想いなどの合間に、ボイジャー計画のことが語られ、被災地に住んでいるのか、放射能の影響を恐れ引っ越しを考えているらしい夫婦の会話などが挟まれる。

 それらが断片化されているのも特徴的なのだが、それらの合間に、さらにそれを異化する言葉が挟まれる。まず、井黒英明が序盤で語りかけるのはこんな言葉である。

「今から、あの、演劇をします演劇っ…、演劇っていうのは、舞台上で、こういう人がいて、いろいろな人になってみたり、いろいろなことを話したり、たまに歌ったり、踊ったりして、見ているお客さんに何かを伝えることです。(中略)今から、福島のことを話します。福島のっていうか、ほとんどいわきのことです。でもそれって、つまり、あの、僕らのことになります。もしもし、今、2013年です。」

 この劇の登場人物は5人なのだが、そのうち井黒と横手は「未来に向けて声を発する」、清水と松原は「宇宙に向けて話す」、林は「雨乞いをする」という設定になっている。井黒と横手は「未来に向けてチューニングをする」と称して両手をあげアンテナのように広げている。清水と松原はヨガの太陽礼拝のような一連の動きをずっとしている。

、「スタイルカウンシル」公演から
【写真は、「スタイルカウンシル」公演から。撮影=島倉英嗣 提供=かもめマシーン 禁無断掲載】

 2000年代以降の日本の小劇場シーンに限って言えば、チェルフィッチュ以降、「今から〇〇って話をやります」などと「演劇であること」「フィクションであること」を俳優が冒頭に観客に断ってから演技に移るスタイルはさほど珍しいものではない。「三月の5日間」でも、何度かそのような形の「中断」「断り」が入る。「次にアズマくんの三月の5日間の一日目の話をやります」等々。これらは「現実」の人間が「虚構」の人間を演じるという、「演劇」の形態に意識的な岡田利規の独特の方法論である。それが「演劇」であること、そこに「役者」と「登場人物」という二つの具体物が存在することを、観客にむしろ意識させること―そうすることによって、「演劇に対して演劇的に―いい意味で演劇的に―取り組むことが可能になるだろう」(※1)。俳優の人称と登場人物の人称を一致させないこと(一人が複数の人格を演じたり、逆に複数が一人の人格を演じたりする)、言葉と身体のズレ(あまり、というかほとんど関係のない身振りをさせること)などがチェルフィッチュ演劇の特徴である。

 実際、かもめマシーンはチェルフィッチュ以後の劇団として、その影響は皆無ではないだろう。ただ、福島に、震災に関連するエピソードに挟まれる以下のような言葉に注目してみよう。それらが岡田の言うところの「いい意味で演劇的に取り組むために必要なもの」であるかというと、目的が全く違うような気がする。

「僕らは、2万人を失いました。僕らは、家を失いました。土地を失いました。」
「僕らは、福島に行きました。そして、僕らはいろいろな声を聞きました。その声を、僕らは今、あなたたちに届けようとしています。それによって、あなたたちを想像します。」「僕らは祈ります。僕らは演劇をしています。それらによって、ここから、遠い場所に近づきます。」

 いずれもシンプルでストレートではあるが、強く揺るぎない言葉だ。「2万人を失った」、「家を失った」、「土地を失った」主語が「僕ら」であることを考えると、震災後の、そしてイェリネク以降の政治性(※2)ももちろん指摘しなければいけないだろう。何故このような言葉が寸劇の合間に「何度も繰り返される」のか、それを考えなければいけない。

 震災はもちろん様々な形で演劇人に影響を与えている。例えば、岡田利規は震災後社会にとっての芸術の必要性への疑念は完全に消え去り、芸術、演劇が社会に必要であることは、明白な確信となった、と語る。また今まで価値を見出していなかった「フィクション」に対して興味を持ち始め、演劇の枠組みの中でその力を試してみたくなったと言う。「フィクションとはただの「嘘」ではないし「つくりごと」ではない。それは、潜在的な現実なのだ。だから強いフィクションは、現実をおびやかす。」(※3)そしてその力強い宣言は、『現在地』という作品で実践されてもいるだろう。

 かもめマシーンの、萩原の場合はどうだろう。彼らの場合は、何よりも、震災後半年足らずで福島で「演劇をやった」劇団として記憶されている。それも福島県広野町の国道6号線路上で、演目は『ゴドーを待ちながら』。観客はどこからか聞きつけてきた東京の人、一人だったそうだ。震災後、岡田がフィクションに転回したのと反対に、萩原はドキュメンタリーに近づいていった、と言えるのではないだろうか。『ゴドーを待ちながら』後の上演劇を見ても、イェリネクの難解な戯曲を清水穂奈美の一人芝居でやった『雲。家。』、震災による死や震災後の空気をフィクションに取り入れた『パブリック イメージ リミテッド』、そしてタイトルどおりのドキュメントである『ベルリンで「雲。家。」をやってきた件について』など、よりシンプルさの方に近づいている印象がある。

 私は、あまり語られることのなかった小品ではあるが、『ベルリンで…』が意外と萩原の志向を探るには一番適していると思う。この作品は2012年の12月初旬、フェスティバル/トーキョー(以下F/T)の閉幕後2週間足らずで、若山美術館でひっそりと上演された。その年のF/Tといえば、イェリネクの演目が、それぞれ演目自体は違うものの、地点(三浦基)、PortB(高山明)、重力/Note(鹿島将介)の三つの劇団によって上演され、そのうち二つ『光のない。』と『光のないⅡ』は福島の原発事故を題材にしていることもあり、前評判も高く、話題にもなったのだった。イェリネクの多用する主語「わたしたち」をどのような形で日本の観客に向けて落とし込むかというのが3人の演出家の演出のキモでもあったのだが、萩原は演出意図については以前『雲。家。』を演出した経験からこのように語る。

「ドイツ人を表象したように読める「わたしたち」を、僕ら(日本人、若者、金がない……etc. )のこととして、引き受けようと思っている。引き受けることで、中に入り込むことによって「わたしたち」と僕らの違いが浮き彫りになるのではないか。それは、旅行者、もしくは異邦人としての態度だ。」(HPより)

 ベルリンに観光に行きがてら、『雲。家。』を路上で演じた経験を語り、舞台上で再現すること。どんなにベルリンに溶け込んだかではなく、むしろ日本とベルリンの違いを強調すること。自分たちの存在の寄る辺なさ、疎外された孤独の自由さを表現すること。「わたしたちはどう頑張ったって、イェリネクの登場人物にはなれないのだ…」とでも言いたげなそのパフォーマンスは、F/Tへの異議申し立てにも、密かになっていたと思う。私はそのシンプルさ、正直さ、自由さがとても好きだった。「そのまんまじゃねーか」という批判は受けがちな作品であると思うが、清水穂奈美と林弥生の伸びやかな身体から発せられる美しい声と身振りは、逆に彼女らのこれからの可能性を感じさせて、感動的だった。

 今書いたことは全くもって『スタイルカウンシル』にも当てはまると思う。言葉の有限性と裏腹の身体の無限性。『スタイルカウンシル』は、震災後の福島の、そして東京の風景をわりとそのまま伝えている。諦めたように震災の時のことを方言で語る福島の人。「東京とかからボランティアで演劇やりますみたいな人が一番困る」というような福島の人の正直な思い。劇団の誰かのものらしい、東京から福島を訪問した時の複雑な思い。放射能が怖くて引っ越ししたがっている妻と、それをなだめる夫。美談も、練り込まれたストーリーも、岡田の言うところの「現実を脅かすことのできる強いフィクション」もない。

 あるのは、震災後二年半近く経とうとしている福島と東京の現実と、「福島のことを自分たちのこととして考える」ことだけははっきりしているらしい5人の登場人物の「思いを届かせたい」という祈りにも似た強い気持ちだけ。そして立ち上がってくるのは「未来への希望」。観客としてはもの足りないと思うだろうか? だが、しかし、「僕らは、2万人を失いました。僕らは、家を失いました。土地を失」ったのだ。瓦礫の中から立ち上げるのに、相応しい言葉ってものがあるだろう、と言われたら、私は反論できない。そして、限られた言葉、もとい限られた場所から発せられた言葉であるからこそ、若い彼らの身体から発せられる声と立ち上がる身振りは無限の可能性と輝きを持ち、観客に訴えてくることになる。

「スタイルカウンシル」公演から
【写真は、「スタイルカウンシル」公演から。撮影=島倉英嗣
 提供=かもめマシーン 禁無断掲載】

 「俳優」と「登場人物」という二つの具体物があることを観客に意識させ、「より演劇的な」演劇の面白さを追求したのが、チェルフィッチュ演劇だとしたら、萩原は「一人の俳優がステージに立っている」、その有限性と裏腹の無限性を表現することに成功していると思う。俳優の身体は有限だが、役の、登場人物の身体はある意味無限なのだから、不可能ではない。彼らの身振りはチェルフィッチュ演劇の意図する「ズレを楽しむ」というよりは、もう少し積極的な意志が感じられ、彼ら自身が発する言葉を断片化し、抽象化しているように思える。一人の人間の身体に起こるそのような断絶が、かえって「一人ひとりの身体の物語」のようなものを立ち上がらせている。

 「ドキュメンタリー」という用語、というか概念はもともと映画から来ている。「ドキュメンタリー演劇」という用語があまり根付かない、と言ってしまうには語弊があるにしても、特に日本の小劇場シーンにおいて、少なくとも映画ほどそのジャンルとしての切り口で語られる機会が少なく、議論として盛り上がらないのは、様々な理由が考えられるだろう。がしかしまず一つに演劇は映画に較べれば、内容がフィクションであっても生の俳優がそこで演じるというだけで既にドキュメンタリーだということがあるのではないか。例えばイェリネクの戯曲を日本の劇団がやる場合、ライブであることに重ねて「日本人が演じる」「日本語で演じる」「観客も日本人」という幾つものドキュメンタリー性がかぶさることになる。

 ブルーノプロデュースやかもめマシーンが一部で評価されないのも、そのせいではないかという気がする。ドキュメンタリーでドキュメンタリーやってどうすんの?的な、「工夫がない」「水みたい」「薄い」という素直で素朴な感想が囁かれたりもする。或いは、それは「閉じられた」日本の小劇場の「ドキュメンタリーっぽい」演劇に限ってのことで、第一次世界大戦以後から存在しているとされている日本以外の国のドキュメンタリー演劇は「十分に濃い」ものであるのだろうか?

 萩原は『スタイルカウンシル』上演台本の後書きに、演劇の「今、ここ」性への反駁を書いている。「公演」とは儀式ではないか、と萩原は思い、もう一度「儀式」というものを再定義する必要があると感じたそうだ。そして、それは「別の身体を獲得することで、別の時間軸を身体の中に宿すこと」、つまり、「「今、ここ」以外を身体の中に宿すこと」ではないか、と続ける。そして、最後にこう結ぶ。「演劇は「今、ここ」のために奉仕するばかりが仕事ではない。今、ここを起点にしつつも、オルタナティブに世界への可能性を開くことが、その役割なのではないだろうか」。

 萩原の書いていることが間違っているわけでは決してない。ただ、意外であった。萩原ほど演劇の「今、ここ」性にこだわっている演出家はいないのではと思っていたからである。でなければ震災後の福島で『ゴドーを待ちながら』を上演したりしないだろう。震災後、二年半近く経った、福島から200キロ余りの「この場所」に「今」立つこと。それがいかに難しいことなのか、若い彼らにはまだ分からないのだろうか。震災をなかったことにしたがったり、見なかったフリをしたがる不徳な、でも当たり前と言えば当たり前な大人たちが周りにいないのだろうか。「東京」と「福島」を巡る様々な逸話や事象が断片化されていたのも、何度も何度も、しつこい位に「もしもし。聞こえますか」「今、演劇をやってます」と俳優に客席に向かって、或いは「どこか他の場所」に向かって呼びかけさせていたのも、そのためだという自覚がないのだろうか。

 震災後、震災を「わたしたち」という主語で語ること、「今、ここ」に精確に立つことの重要性。もう信じることのできない「大きな物語」が立ち上がらないようにすること、立ち上がりそうになる度に現実に引き戻す言葉を叫ぶこと。美しい身振りで言葉を、起生しようとする物語をその瞬間から断片化し抽象化していくこと。その代わりに小さな「個々」の、一人ひとりの身体から物語が立ち上がるのは許すこと。そんな彼らの挑戦は、まだ始まったばかりだ。批評がそれに追いついているとも決して思わないが、そのためのささやかな試みとなることを願って、取り急ぎ筆を置きたい。

【注】
(※1 )「遡行 変形していくための演劇論」(岡田利規著、河出書房新社)P164L17
(※2 )エルフリーデ・イェリネクが日本の震災・原発事故にインスパイアされて『光のない。』『エピローグ?』等を発表し、F/T等で上演された。それらの戯曲におけるイェリネクの主語の使い方、それを具現化させた各演出家の演出は話題になったところである。『光のない。』当日パンフの三浦基(地点)による演出ノートもイェリネクの主語の使い方、その政治性についての記述がかなりの部分を占められている。
「政治性とは関係性とも言ってよい。劇は関係性によって成り立つ。誰との? ロミオとジュリエットとのではない。イェリネクは、わたしとあなたとのでもないと言っている。わたしはあなたであり、わたしたちでありあなたたちだと一見、ふざけたことを言っている。イェリネク作品での主語に「わたしたち」が頻出するのは、政治性を問うた結果である。つまりイェリネクが書くのは、物語ではなくわたしたちに起こった「出来事」についてなのだ。」
 この問題に関しての拙稿は「ドキュメンタリーカルチャーマガジン「neoneo」02号」P46-47「「フクシマ」を真正面から見据えること―イェリネク「光のない」をめぐって」。
「現代詩手帖2013年4月号」に掲載されている林立騎による「エルフリーデ・イェリネクの演劇言語」、田中均による「到来し、過ぎ去る「わたしたち」」も示唆に富む。
 もちろんイェリネクは震災後急に「わたしたち」を頻出させるようになったわけではない。1988年に執筆した『雲。家。』で既に550回以上の「わたしたち」を使用している。あくまでもともとイェリネクが持つ問題意識が、震災後日本で上演されたことによって血肉化された面がある、という言い方をすべきであろう。
(※3 )「遡行 変形していくための演劇論」(岡田利規著、河出書房新社)P28L5

【筆者略歴】
 夏目深雪(なつめ・みゆき)
 批評家、編集者。対象はおもに映画と演劇だが興味はダンス、思想、文学と幅広く、「批評」と「編集」によって世界を切り取ろうと奮闘中。F/T11劇評コンペ優秀賞受賞。共編書に『アジア映画の森―新世紀の映画地図』(作品社)がある。アジア映画本を鋭意編集中。個人ブログ幻燈機
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/na/natsume-miyuki/

【上演記録】
かもめマシーン「スタイルカウンシル
STスポット(横浜)(2013年5月28日~6月2日)
構成・演出/萩原雄太

■CAST
清水穂奈美、井黒英明、横手慎太郎(シンクロ少女)、林弥生(海ガメのゴザン)、松原一郎

■STAFF
構成・演出/萩原雄太
舞台監督/西村耕之
照明/千田実(CHIDA OFFICE)
宣伝美術/藤井隆史

■チケット料金
前売=2,200円
当日=2,000円
初日割引=1,800円
学生割引=1,800円


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