ぬいぐるみハンター「トムソンガゼル」

◎多層化された可能性
 中村直樹

 新中野に古びた一件の建物がある。「風みどり」。知らなければ見過ごしてしまうような小さな小さな建物だ。だがしかし、その中で展開されたものは大きな大きな世界を物語っていた。

 ぬいぐるみハンターのオルカアタックvol.1「トムソンガゼル」は2014年1月28日から3月2日まで上演された作品である。

 会場となった風みどりは、元々はヨーロッパで仕入れてきた雑貨を売る店だったようだ。なので、作りは洒落た感じである。そして20人も入ればいっぱいになってしまうような狭い空間。そこにパイプ椅子が並べられている。板の間なのでとても寒い。電気ストーブが入り口そばに置いてあるが、それだけでは会場は到底暖まりきらない。目の前にはアコーディオンカーテンが掛かっており、奥の部屋を隠している。

 時間となり、アコーディオンカーテンが開いた。電子レンジに流し台に炊飯器。そこは台所だった。その台所には1人用のテーブルが置いてあり、プレートとカップが置かれている。その席にガゼル役の役者が優雅に座っている。しかし、その優雅な時間はあっという間に崩れ去った。奥の勝手口が開きトムを演じる役者とソンを演じる役者が駆け込んできたからだ。

 サバンナの真ん中に建てられた一軒家。そこには人間と暮らすトムソンガゼルのガゼルが住んでいる。安心で文化的な生活を送るガゼルの所に兄(女優が演じる場合は姉)のトムとソンがライオンに追われて駆け込んできた所から物語は始まりそうで実はなかなか始まらない。トムとソンは落ち着くと何気ない世間話をガゼルと始まるのだ。
 しかしサバンナで暮らすトムとソンの常識はガゼルには通じない。ガゼルにはちんぷんかんぷんなのだ。同様に人間世界で暮らすガゼルの常識はトムとソンには通じない。トムとソンには逆にまたちんぷんかんぷんなのだ。話がまったく噛み合わないのである。ガゼルは神とはなんだ、進化とは何かを語りだすが、トムとソンにはそんな事はどうでも良いのだ。

「そういえば、あいつはどこにいった?」
トムとソンは人間の小林(ガゼルを演じる役者が男性の場合はエリカである。この後は小林で統一する)がどこにいるのか尋ねる。ガゼルは小林と恋仲であるという。その小林の姿が見えない。
「出て行ったのか?」
ガゼルは小林が出ていって、長い間帰ってこないという。その事を確かめたソンはこう切り出す。
「仕事を依頼しにきたんだよ、探偵さん」
ガゼルは小林とともに探偵業をしている。トムとソンはその小林を探して欲しいという。小林が親の敵のゴブリンと一緒にいたのを目撃したというのだ。
「小林はそんな事をする訳がない」
小林を信じるガゼルと人間を信じないトムとソン。ガゼルはライオンが待ち構えている外に出ようとするのをトムとソンが必死に引き止め、唐突に言う。
「小林は死んだ」
すでに白骨化した遺体を見つけたソンは、それを小林の遺体だと認識した。トムとソンはその遺体が本当に小林だったかどうか確認しにきたようだ。そして人間のように埋葬したという。ソンが何故そんな事をしたのかは分からない。なんとなくしたというのだ。

 人間の世界にいる意味がなくなったガゼルはトムとソンと共にサバンナに帰っていく。雨が降っているからと傘を持って。

 会話だけで進む上にストーリーはかなり分かりづらい。矛盾があるんじゃないかと思うほどである。そして会話の内容は人間というもの、野生というもの、神というもの、進化というものについてだ。劇中で紹介されるエピソードに、次のようなものがある。神はなぜこのような世界を作ったのか。牛の角、山羊の髭、馬の尻尾を混ぜてヌーという動物を生み出す程だから、神は完璧な存在ではないのではないか、と。そのようなものを語るのである。
 池亀三太らしいとてもナイーブな戯曲である。池亀は今までも「ごみくずちゃん可愛い」では戦争をする世の中や消費するだけの世界を皮肉に描き、「地球の軌道をぐいっとね」では豊かな生活の裏で貧困に喘ぐ人々がいることに耐えきれず、世界を崩壊させようという主人公を描いた。「トムソンガゼル」は物語としてではなく、言葉そのもので池亀が抱える想いをぶつけてきたのだ。それを5組の役者たちが演じるのである。

 私は毎週役者を変えて同じ作品を上演するという事に興味を覚えた。Aチーム、Bチームと2組は聞いた事はあるけれど、5組なんて聞いた事がない。そのことにただ面白そうだからと5組全て観ることにした。そして驚いたのだ。5組とも全く違っていたのである。役者が変わるだけでこれだけ違うものが出来上がるものなのだろうか。

1.梅本チーム ガゼル:梅本幸希 トム:浅見臣樹 ソン:前園あかり (1月28日-2月2日)

 浅見のトム、前園のソンと、梅本の演じたガゼルのテンポに差があった。とてもチグハグしていたのだ。梅本の話した言葉に対して浅見と前園の台詞がワンテンポ遅れる。即興劇で考えながら台詞を言っているような印象を受けるほどだったのだ。そして前園が梅本に仕事を依頼する際にいう「探偵さん」という言葉には、どこか嫌みが含まれている印象を受ける。浅見の梅本への応答も、どこか挑戦的なのである。それはトムたちが暮らす野生とガゼルが暮らす人間世界との違いを浮き彫りにし、相容れないものとして表現しているようであった。(観劇日:2月2日 14:00)

2.羊田チーム ガゼル:羊田彩佳 トム:中田麦平 ソン:大竹沙絵子 (2月4日-9日)

 中田のトム、大竹のソンと羊田のガゼルは梅本チームよりまとまりがあった。中田も大竹も羊田の言う言葉を理解しようと言う姿勢があったのだ。だから離れて暮らしていたけれど、変わらない兄弟というものが現れていた。それは野生と人間生活と分かれていたけれど、血のつながりは時間も空間も関係ないもののように感じられた。(観劇日:2月4日 20:00)

3.富田チーム ガゼル:富田庸平 ソン:川田智美 トム:吉田壮辰 (2月11日-16日)

 ものすごく体が大きくゆっくり話す吉田の持つ雰囲気に川田と富田が呑まれ、とても無邪気なものに感じた。富田が持つスマホを吉田に向けて写真を撮るシーンがあるのだが、吉田は目をしばしばさせて
「なにをするんだよぉ」
とぼやくのである。川田もそんな吉田に引きずられて床に手をついて暖かさを確かめたりしている。どこか無邪気でのんびりした空気が漂っている。それは野生とか人間生活というもの以上に個性というものが空間の空気を支配しているように感じられた。(観劇日:2月15日 18:00)

4.猪股チーム ガゼル:猪股和磨 トム:大柿友哉 ソン:斉藤マッチュ (2月18日-23日)

 斉藤のソンが長男、大柿のトムが次男、猪股が反抗的な三男という男の兄弟に置き換えられている。ガゼルは冒頭でスプーンを使ってカレーを食べているのだか、斉藤はガゼルが目を話している隙にカレーを手で掴み、口に運ぶ。大柿のトムも台所を漁ったりして食べ物を食べていたりする。
 そして、斉藤と大柿は自分たちの野生の生き方が正しく、猪股の人間生活が間違っているという態度を取る。ガゼルの事を小馬鹿にし、突き放すのだ。斉藤自身の纏う野性的な印象がそれを強調する。猪股も人間生活が正しい、斉藤と大柿の野生の生き方を間違っているという反抗的な態度を取る。それは自分の生き方が正しいという男の思い込みが溢れているように感じられた。(観劇日:2月18日 18:00)

5.土田チーム ガゼル:土田香織 トム:小園茉奈 ソン:杉村こずえ (2月25日-3月2日)

 小園のトム、杉村のソンは土田のガゼルと距離を置いている。お互いの大事な部分に踏み込まないようにしながら話している印象があった。小園がずれた発言をしたとしても、他のチームほどの杉村のソンはツッコミまない。そのため微妙な空気ができるが、何事もなかったように次に進むのだ。そこに野生と人間生活と分かれたけれど、緩く繋がっている女のそのものを感じた。絶妙な距離感を保ってお互いのテリトリーに入り込まない女の現実味に溢れているように感じられた。(観劇日:3月1日 18:00)

 池亀書いた戯曲を同じ公演内で違う役者たちが演じていく。その違う役者たちを池亀が演出していく。どうやら池亀は役者たちの持ち味を活かす演出をしたようだ。その結果、一つとして同じものがない「トムソンガゼル」が創造されていた。池亀の戯曲に違う役者が出会う時、さらに違う世界が創造されるのだろう。「トムソンガゼル」の世界が多層的に感じられたのだ。

 その多層性を生み出しているのは役を演じている役者の「人間性」そのものである。彼ら、彼女らが役者として、そして人間として積み上げてきたものがありのまま表現される。そのことにより、同じシチュエーションであっても、全く違ったものとなる。それは人間の「多様性」または「可能性」と言ってよいだろう。池亀の作品は世の中への憂いを感じるものが多い。しかし、その世の中の描き方が今までと変わってきているように感じる。池亀1人で世の中の憂いに立ち向かうのではなく、ぬいぐるみハンターという集団で世の中への憂いに立ち向かおうとしている。そんな感じを受けるのである。

 最後にガゼルは進化を諦めて、トムとソンと共に野生へ帰っていく。

 それは池亀が役者たちと仲間となってやっていく覚悟のように感じるのだ。だから今まで以上に「ぬいぐるみハンター」という劇団に一体感を感じるのである。人間は1人だけでは限界がある。その限界を越える為には集団である必要がある。集団であるからこそ、短所を補いあい、長所を高めあう事ができるのである。池亀はそのことに気がついた。だから、他者に任せられるようになった。今後は池亀の作品ではなく、「ぬいぐるみハンター」の作品となっていくのではないだろうか。それはさらに色彩豊かで力強い作品になっていくのではないだろうか。

 次回作の「ウォーターバック」は35人の大所帯の舞台である。「トムソンガゼル」に出演していた役者の中からも出演する。さらに大きな集団となって作り上げる演目は「トムソンガゼル」よりさらに色彩豊かで力強いものとなるであろう。果たしてどうなるのか、とても楽しみである。

【筆者略歴】
中村直樹(なかむら・なおき)
 埼玉県出身。埼玉県在住。会社員。演劇大好きおじさん。いつ果てるともない劇場通いを続けている。

【上演記録】
ぬいぐるみハンター「トムソンガゼル」
○脚本・演出 池亀三太
○会場 風みどり
○チケット <一般>前売・当日 1800円 / <学生>前売・当日 1000円
火曜日割引:1000円(毎週火曜日限定価格)/リピーター割引:1000円

■1月28日(火)-2月 2日(日)
梅本幸希(ぬいぐるみハンター)・浅見臣樹・前園あかり
■2月4日(火)-9日(日)
羊田彩佳(ぬいぐるみハンター)・中田麦平(シンクロ少女)・大竹沙絵子(国分寺大人倶楽部)
■2月11日(火)-16日(日)
富田庸平(ぬいぐるみハンター)・川田智美・吉田壮辰
■2月18日(火)-23日(日)
猪股和磨(ぬいぐるみハンター)・大柿友哉(害獣芝居)・斉藤マッチュ
■2月25日(火)-3月 2日(日)
土田香織(ぬいぐるみハンター)・小園茉奈(ナイロン100℃)・杉村こずえ

○制作 田村浩子
○協力 krei inc.
○企画・製作 ぬいぐるみハンター

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