劇団チョコレートケーキ「サラエヴォの黒い手」

◎歴史に向き合う自然な演技
 (鼎談)芦沢みどり(戯曲翻訳)、チンツィア・コデン(演劇研究)、北嶋孝(編集部)

「サラエヴォの黒い手」公演チラシ
「サラエヴォの黒い手」公演チラシ

北嶋 今年は第一次世界大戦の引き金になったサラエヴォ事件からちょうど100年になります。1914年6月28日、当時オーストリア=ハンガリー帝国に併合されていたボスニアの都市サラエヴォで、オーストリアの皇太子夫妻が暗殺されました。犯行グループの青年たちをセルビアが支援したとみたオーストリアは7月28日に宣戦布告。それがドイツやロシア、フランス、イギリスなどを巻き込んだ戦争に発展しました。
 劇団チョコレートケーキの「サラエヴォの黒い手」公演はこの史実に正面から取り組みました。過去の公演では、第一次世界大戦後から第二次大戦にかけて、主にドイツで起きた歴史にスポットを当てた舞台が続いていました。今回はその源流をたどる趣もあります。

 前置きが長くなりましたが、まず芦沢みどりさんから、今公演の特徴や意義についてまず口火を切っていただけますか。

歴史を学ぶ入り口に

ashizawa05芦沢 積極的に評価できる点が2つあります。一つは近代史の中でサラエヴォ事件は日本人には遠い事件のように思われがちですが、世界史の大きなうねりの中では日本が敗れた第二次大戦につながる歴史的事件です。こういう公演はやらないよりやる方がいい。特に近代史と向き合う作品は公演される価値があると思います。
 もう一つは、翻訳戯曲の上演における身体の問題です。欧米の戯曲を日本人の俳優が演じる時、いまだにぎこちない演技をする人もいます。翻訳身体とでも言えばいいのかな。この作品は日本人が書いた外国を舞台とする外国人の話ですが、俳優たちの演技は翻訳身体ではない。これはセリフの言葉とも関係しているので、あとで詳しく述べたいと思います。

北嶋 劇団の舞台は最近、とても高い評価を受けていますね。「CoRich舞台芸術アワード!2013」で、この劇団の「治天ノ君」公演が選ばれました。2012年も「熱狂」・「あの記憶の記録」が第1位でしたから連続受賞です。「治天ノ君」は第21回読売演劇大賞(2014年)選考委員特別賞を受けるなど、内外の現代史に正面から取り組んだ舞台が評価されたのではないでしょうか。座付き作家の古川健さんは第25回テアトロ新人戯曲賞最優秀賞(『あの記憶の記録』)を受賞していますね。(注1)
 さて、ではチンツィア・コデンさんにうかがいましょうか。コデンさんは日本に来てから10年余り、唐組の舞台をはじめ、日本の小劇場の舞台も数多く見てきました。今回の「サラエヴォの黒い手」公演をみて、どんな感想、意見でしたか。

koden02コデン 第一次世界大戦の引き金になったといわれる事件が、こういう形で舞台化されることに少し違和感がありました。というのは、歴史的な出来事を取り上げる、日本の若い世代にも理解できるように舞台化するという試みはとてもいいと思います。しかし、試みは評価できますが、歴史的な事件で、いろんな評価、解釈のある出来事なら、最小限の問題提示が欲しい。その提起のないことが物足りませんでした。日本の観客がこの舞台を見て分かったと満足してしまったら逆に私は戸惑いを感じます。

芦沢 たしかに登場人物の掘り下げはあまり見られないかもしれませんが、サラエヴォ事件はこういうものだということをとてもよく見せてくれる。いまの日本とどうつながるかを強くは感じさせませんでしたが、ただ、どう言ったらいいでしょう、犯行グループの青年ボスニアの性格やメンバーがよく分かる。そのうえ、さらにネットで調べて見る気になりましたし、調べてみました。

芦沢 こういう大きな事件の背後には必ず政治的な背景があり、経済的な事情が隠れているものです。青年ボスニアにもそういうことは当てはまります。メンバーはみな貧しい家庭の出身で、ほとんどが未成年でした。当時の若い人たちが祖国の独立に引きつけられた社会的背景があったわけです。最近の日本を考えても、「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」というタイトルの文章(注2)を発表した若い男性がいましたね。戦後民主主義の代表的な思想家だった丸山真男を「ひっぱたきたい」「希望は、戦争。」という刺激的な言葉が話題になりました。(今回の舞台には)そういう非正規労働者で希望もない若者の心情につながる問題を感じました。この芝居がこういう日本の現状を直接指しているかどうかは別ですけど。

コデン この舞台は、役者さんの情熱的な演技があって生き生きしていました。そういう演技もあって、舞台を身近に感じられると思います。

芦沢 舞台はちょっと劇画というか、漫画っぽい。展開の仕方がそうではありませんか。

コデン そうなんですよね。私もそう感じました。漫画といえば、台本の末尾に載っていた「あとがきのようなもの」で、古川健さんは坂口尚の『石の花』に言及していますが、その意味で影響があった可能性がありますね。

芦沢 でもそれは、歴史に関心を持つ入り口になるかもしれないと思いますね。展開が漫画っぽいというのをネガティブではなくポジティブに取れば。

kitajima02北嶋 今回の舞台を見て、ぼくはテレビでよく見られるような「再現ドラマ」を思い浮かべました。サラエヴォ事件の歴史的な意義を取り出すというよりも、海外の歴史的事件はこのように仕組まれ、起きたのだと教えてくれる。遠い事件と日本の観客との情報格差を懇切丁寧に埋め、きわめて分かりやすく組み立てられています。

コデン そうですよね。当事者の生き残り二人の回想を出発点にして、過去の会話を中心に劇が展開されています。

北嶋 分かりやすいとはいえ、いわゆるエンターテインメント系のドラマや映画と違うのは、恋愛沙汰を必須要件にしていないし、いたずらにスリルやサスペンスを煽ったりもしていません。大げさな展開を避け、オーソドックスなストレートプレイにまとめています。この正攻法が特徴ではないでしょうか。劇団チョコレートケーキのこれまでの芝居にも通じると思います。

第一次大戦は身近な出来事

北嶋 そこで気になったのですが、コデンさんはさっき、この舞台に違和感があると話していました。ヨーロッパではサラエヴォ事件にもっと多様な解釈があるのですか。それともあの事件に別の側面が隠されているのでしょうか。

コデン あの事件は母国イタリアの学校でも教えられます。第一次大戦で私の故郷にあるドロミティ山群も戦火に巻き込まれましたし、アルプス山脈からヴェネツィアまで流れるピアーヴェ川も重要な戦場でした(注3)。

北嶋 コデンさんの故郷はイタリアのどの辺ですか。

koden03コデン ドロミティに囲まれている故郷は、オーストリアの国境と接しているイタリア北部のヴェネト州にあります。イタリアは旧ユーゴスラビアとも国境を接していました。第一次大戦はとても大変な戦争でしたので、当時の塹壕や洞窟など戦いの跡がいまでも残っていて、それぞれの町にも記念碑があります。現地の人の中には、親戚が亡くなった人もいるし、行方不明で戻ってこない人もいます。第一次大戦は遠い時代ではなくて、身近な出来事なんです。今でもピアーヴェ川の戦いを記念する歌を学校で習うぐらいです。ですからサラエヴォ事件にはとても興味がありました。
 しかしこの舞台を見て思いましたけれども、あれほど多くの死者が出た戦争の一部を切り取ってテーマにしたこの規模の作品は、ある枠組みに無理やり押し込められると閉鎖的になりがちです。劇場で取り上げる難しさを改めて感じました。おびただしい数の歴史書があり、多くの映画の中では、例えば第20回ヴェネツィア映画祭で金獅子賞を受賞したマリオ・モニチェッリ監督の「戦争・はだかの兵隊」(注4)があります。むしろ歴史の本を読んだ方が、もっといろんな事実や見方に触れられるはずです。台本の最後に参考資料が載っています。あの資料を読めば、それだけで満足してしまうケースが多いのではないでしょうか。舞台が出発点なら、あの資料は見せなくていいと思います。消化不良起こさないでしょうか。

芦沢 先ほども言いましたが、あの舞台は、若い人たちが歴史を学ぶ入り口になればいいのではないですか。そうは思いませんか。

コデン そんな風にうまくいくのでしょうか。アンケートをとってみたい(笑)。

北嶋 コデンさんは唐十郎の芝居から現代日本演劇に接してきましたね。啓蒙的な芝居に辛口になるのは分からないではありませんけど(笑)。

歴史再現のアポリア

北嶋 もう少し説明をうかがいたいのですが、青年ボスニアという若い民族主義グループが、セルビアの汎スラブ主義者に支援され、かつ利用された、ということは定説なのではありませんか。

【写真は、「サラエヴォの黒い手」公演から。撮影=池村隆司 提供=劇団チョコレートケーキ 禁無断転載】

コデン その点について、第一世界大戦を記念して出版された多数の雑誌の中で、フランスの「Le Figaro Histoire」誌は、フランツ・フェルディナント夫妻を暗殺した青年ボスニアのプリンツィプやチャブリノヴィッチ、グラベジュが、秘密結社「黒手組」とも接触している、としています。「黒手組」を率いるアピスが同時にセルビアの情報局秘密組織のトップでもあることからセルビア政府の首相ニコラ・パシッチが直接に関わっていなくても「共謀者」でもあると書いています(注5)。2013年に出版された歴史学者Peter Hart著『The Great War』では、逮捕された犯人プリンツィプらの7月2日の告白によって、暗殺の背景にはセルビアが関わっていることが明らかになった、と指摘しています。(注6)「サラエヴォの黒い手」では、セルゲイという「二重スパイ」がロシアの戦争に向かっている姿勢を表象しています。黒手組の中心人物とされているアピスのことを書いたデイヴィッド・マッケンジー著『暗殺者アピス-第一次世界大戦をおこした男』(原題「Apis: The Congenial Conspirator:The Life of Colonel Dragutin T. Dimitrijevic」)(注7)をちょっと読んだだけでも、この人物が光もあれば闇もある、テロリストとも勇敢な英雄とも見られるほどの統率者だったと指摘しています。また原題通り、アピスが社交的で、しかも裏で人を動かす複雑な性格だと分かります。今回の舞台で見られるような単純な人物ではありません。芝居にしてみたいという気持ちは分かりますが、今回の台本は彼にそれほど焦点を当てていない。もっと彼のことを知るには、むしろ、この書物を読んだ方がわかるかもしれませんね。

北嶋 歴史を再現しようとするアポリアかもしれませんね。歴史は、現在からみた過去の再構成ですから、必ず現在の視点、今回なら舞台と観客の関係も反映し、その関係をどう構成するかが問われます。その意味で、コデンさんの意見は観客の視線として成立すると思います。「サラエヴォの黒い手」公演は筋書きを追うのにかなり手一杯で、本当にそうなのかという歴史の罠やからくりへの問い返しがあまり感じられません。歴史教育でも演劇でも、啓蒙の果たす役割を軽視、無視してはいけないと思いますが、おもしろくて分かりやすい親切設計の舞台は、そこが危うい問題になるのではないでしょうか。

コデン この芝居も、ですね。

ashizawa04芦沢 それはそうなんですが(笑)、若い人たちに歴史をどう教えるかという問題もあると思いますよ。日本の学校の歴史教育は、石器時代から教えていくと、第一次世界大戦前後で終わってしまう。いまの若い人たちは日本が戦前戦中、どこを植民地にしたのかもほとんど知らない。そういう状況がわかると、少しでも歴史に触れてほしい、近現代史を取り上げた芝居を見てほしい、そういう芝居があって欲しいと思います。

現代史まで行き着かない?

北嶋 イタリアでは現代史をどこまで、どう教えていますか。

コデン イタリアも日本と似ています。第二世界大戦まで勉強しますが、現代史はイデオロギーも絡んで、それほど詳細に取り上げないかもしれませんね。

芦沢 日本の場合は明治維新を最初に取り上げて、一通り現代をさらってから時間を遡るとか、工夫できるといいですね。

北嶋 確かイタリアは第一次大戦のときは王政でしたね。共和制になったのは第二次大戦後ですか。

コデン はい。

北嶋 イタリアは当時、対外戦争を繰り返し、インフレで各地に暴動が起きる。こういう政治経済の混乱もあって、サラエヴォ事件に対する見方が固まっていないのですか。

koden04コデン サラエヴォ事件の背景は複雑です。たしかにあの事件は大戦の一つの引き金になったけれども、背景にあった状況がとても重要ではないでしょうか。イタリアもそのころ「赤い一週間」と言って、労働者の大規模なストライキが起きていました。ムッソリーニもそのころ社会主義者からファシストに変わりました。全国規模のストライキで、イタリア各地でもヨーロッパの他の国でもいろんなことが起きました。映画では、ベルナルド・ベルトルッチ監督の名作「1900年(原題Novecento)」(1976年)があります。イタリア・ポー川流域の地主と農民の子どもの友情と成長が描かれるのですが、二つの世界大戦をはさむ1900年から1945年の長いスパンの歴史の中で、当時の農村の現実と変貌が克明に記録されています。
 今回の芝居に戻ると、先の繰り返しにもなりますが、役者さんは自然体で生き生きと演じています。ただ観客に歴史的な背景や登場人物の描写を明瞭に伝えるために、情報を伝えるだけではない、示唆的なセリフがあればさらにいいですね。今回はその意味で、言葉の限界を感じました。また劇団として、ヨーロッパの歴史に取り組むことも評価できます。だからこそ、いまの日本とどうつながるか、もう少しヒントが欲しい。

芦沢 でもこの劇団はこれまでにナチスの台頭を舞台化しているし、強制収容所のユダヤ人問題を取り上げてきました。第一次大戦から今日までつながっているという、一貫した問題意識を持っているのではありませんか。

北嶋 劇団チョコレートケーキが取り上げてきたのは、近現代ヨーロッパの国家と民族が相争う出来事でしたね。同時に日本の現代史に添った事件を取り上げています。連合赤軍のあさま山荘事件にヒントを得た公演「起て、飢えたる者よ」、幸徳秋水ら12人が死刑になった大逆事件を取り上げた舞台「一九一一年」、昨年は自由闊達な言動が災いした大正天皇を「治天ノ君」で舞台化しています。ヨーロッパや日本の現代史と共振するように作品を作ってきました。いまの日本を絶えず見つめているのではないでしょうか。成功しているかどうかは別ですが、劇団の狙いに、いつも現代の日本があることは間違いないと思います。参照項として、あるいは共通項としてヨーロッパの現代史を取り上げる。そういう構造になっています。ただ、今回の作品が、民族主義的熱狂がもたらす危険を伝えたいのかもしれませんが、描かれた時間も距離も遠く感じられて、現代日本にどう結びつくのかと問われると苦しいところですね(笑)。

翻訳身体を超えて

北嶋 劇団の厚意で過去の作品の台本(「治天ノ君」「熱狂」「あの記憶の記録」など4作品)をいただきました。お読みになっていると思いますが、実際の公演、舞台をご覧になってますか。

芦沢 私は今回が初めての観劇です。この「サラエヴォの黒い手」公演が第24回ですね。旗揚げは2000年ですが、2010年から社会的事象をモチーフにする現在の作風に転換しました。それからほぼ毎年新作を発表しています。すごいですね。

北嶋 現代史を系統的に読み解こうという意欲を持っている劇団だとぼくは見ます。芦沢さんは海外戯曲を翻訳しています。そのせいでしょうか、翻訳劇を上演するときの「身体」に注目していますね。今回の作品は、外国の出来事を題材にしています。翻訳劇上演の際に問題になるようなせりふや身体は現れませんでしたか。

芦沢 翻訳劇では、「お疲れさまでした」とか「ご苦労さまでした」みたいな、日本人同士のコミュニケーションに欠かせない潤滑油みたいな言葉はほとんど出て来ません。でも今回読ませてもらった劇団チョコレートケーキの台本にはそういうセリフが結構あるんですね。台本で読むと違和感がありますが、舞台で俳優が話すと違和感が消える。なぜだろうかと考えると、やはり現前している身体のリアリティーの方が強いからだと思う。
 この観点から翻訳劇上演の問題を問い直してみると、自分自身の翻訳もそうですが、原文に引っ張られた不自然な日本語のセリフがあったりします。それを無理してしゃべると、急に舞台がウソっぽくなってしまうんですね。劇団チョコレートケーキにその意図はないと思うけれど、従来の翻訳劇に対する批評になっていたと思います。

コデン そういう意味では、この劇団のスタイルに関心ありますね。今回の舞台はサラエヴォ事件を取り上げていますが、日本人の俳優が外国人を演じても違和感はありません。今回は自然体の演技でしたが、リアリズム的な描き方をする際に、当時の身体性と現代の差を改めて考える切っ掛けにならないでしょうか。翻訳の言葉にも似ている問題もあると思います。

対話と対立のドラマ

北嶋 芦沢さんはアイルランドの作家の戯曲などを翻訳していますが、日本の戯曲と海外の戯曲で、これは違うなと感じる点はありますか。

芦沢 海外戯曲は対話が始まると必ず対立が現れ、対立を軸に劇が展開して行きます。日本の芝居はこうはならないことが多いと思いますが、今回の舞台で日本人俳優が普通にせりふを話すと、それはそれですんなり受け止められました。

北嶋 たしかに翻訳劇はほとんど、物語が進行すると登場人物の対立が露わになり、意見がたたかわされ、言葉がぶつかり合う。

コデン そうですね。

北嶋 その対立とぶつかり合いがドラマを生む構造になっています。しかし「サラエヴォ」公演は意見が飛び交う場面がほとんどない。言葉の火花が散るシーンが物語を牽引するようにはなっていません。今回の舞台で黒手組の内部対立が出てきますが、あまり丁々発止の議論にはなりません。どうしてオーストリアの皇太子夫妻を暗殺しなければならないのか、なぜ黒手組の援助を得なければならないのか、基本的なことはもっと議論になっていいのではないかと思いますが、歴史的な事件を追って舞台はどんどん進んでしまう。
 日本の現代史と取り組んでいる劇団にパラドックス定数があります。チョコレートケーキと重なる題材を選んでいるのですが、ここの特徴は「対立と議論」です。登場人物が全員男性という舞台ですが、白熱の議論によって、男たちの熱気が伝わってくる。典型的な対話劇と言っていいのではないでしょうか。

【写真は、「サラエヴォの黒い手」公演から。撮影=池村隆司 提供=劇団チョコレートケーキ 禁無断転載】

コデン 6月に上演された加藤健一事務所「誓願」は、英国の作家が書いた反戦反核の芝居です(注8)。この舞台では、ある夫婦の間に対立がありますね。はるかにおもしろく感じました。
 今回の舞台は開かれていなかったと思います。空間的にもせりふ自体も閉じこもっている気がします。舞台の始まりは、博物館でしたか。下手奥に花道のような通路がありました。どう使うのかと最初はワクワクしていました。しかしあまり特別の使い方はありませんでした。将来に向かって長引く戦争の道の始まりの象徴以外には、あれだけの舞台美術を作ったのはどういう意味を持つのでしょうか。

北嶋 出捌けに使っていましたね。花道の奥から、得体の知れないものがガーンと登場すると思ったのでしょうか。期待値が高すぎるんじゃないですか(笑)。
 あと気になったついでで言うと、冒頭で、犯行グループの生き残りの大学教授が数十年ぶりに、仲間だった博物館の学芸員を訪れるシーンがあります。そのとき学芸員は「南スラブ人とは、ユーゴスラビアを構成する六つの共和国…。そこで暮らす私たちは南スラブ人です」と書いた文書を読み上げます。突然の訪問だったはずなのに、これから展開される主題を事前に提示するのはあまりにも偶然というか親切というか、都合がよすぎて不自然な気がします。

芦沢 たしかそのせりふの最後は「子どもたちにも分かるか?」でしたね(笑)。

北嶋 分かりやすさも大事ですが、見終わって何かが残る、しこりのように記憶されることが客席にいた証明になるかもしれません。感動やカタルシスだけを望んでいるわけではないと思いますけど…。

コデン The Japan Timesのインタビュー(注9)では、演出家の日澤さんが、演劇はフィクションであるため架空の人物の言葉や動作を完全に信じられるものにすることを考えて舞台をつくっている、と述べています。そして幅広くいろいろな年齢の観客に注目されている一つの理由として、作品のテーマが議論の余地はあるにしても「観客が抵抗なしに吸収できること」だとしていますね。

演技と台本

芦沢 生き残りの学芸員を演じた俳優は、たしか賞をもらってたと思いますが、とても自然体ですね(注10)。この劇団のスタイルになっているのではないでしょうか。

コデン 「起て、飢えたるものよ」は自然体の演技がよかった。話に飲み込まれるほどの演出でしたね。今回の舞台はサラエヴォ事件を取り上げていますが、ロシア工作員役の吉田テツタさんは印象に残りますね。犯行グループの役柄は20歳前後ですが、演じた役者さんの実年齢とはちょっと違うのが気になるぐらい。

芦沢 たとえば、どんな点でしょう。あの生き残った老人二人が帽子を被ると、パッと若返る。犯行当時は未成年で、二人が再会するのは1970年代だから、今は80歳前後かな。俳優たちもそう若くないから、あまりに若作りだと不自然になるけれども、あの帽子を使って過去と現在を往還するのはおもしろかったですね。とても工夫されている。難しい壁をクリアしていると思いました。

北嶋 この劇団の舞台は、作者も演出家も団員です。難しい問題もあるでしょうが、例えば、出来上がった台本をどのように検討していくかに興味があります。

芦沢 宛て書きをしているかどうかと言うことですか。

北嶋 そうではなくて、この場面はもっと掘り下げた方がいいなど、読み合わせや稽古の段階で、どれぐらい台本を内部で検討するかに関心があります。映画は制作者や監督が脚本家と話し合って内容を書き換えたりすると聞きます。劇団チョコレートケーキがどうか分かりませんが、舞台の大本になる台本を、みなで議論し合う作業があっていいのではないでしょうか。

コデン この点についても、The Japan Timesのインタビューで触れていますね。一方では、座付き劇作家古川さんが「基本的に演出家を完全に信用していて、彼に台本を手渡してから、彼がやっていることに鼻を突っ込まない」と語っています。他方では、演出家の日澤さんが古川さんの智慧に言及して、自分自身がアカデミックな人ではないため、劇作家のテキストを信頼するのみだと述べています。そして、日澤さんが「歴史的な人物をリアリズム的に描けるように役者を手助けすることに集中ができる」と話しています。

芦沢 この劇団は作と演出が別ですね。これが一緒だともっと難しいことになりますね。

演劇ならではのおもしろさを

芦沢 セルゲイの役がよく分からなかったのですが。

コデン 帝政ロシアの工作員ですね。秘密警察の一員なのに、共産主義革命のために活動している、という設定です。

北嶋 二重三重のスパイという複雑な役はおもしろいですね。おもしろいけれども、暗殺が実行されたあと、スパイ本人が、手を結んでいた黒手組のアピスに向かって、なぜ自分の正体をわざわざ暴露しなければならないのでしょう。啓蒙にもほどがある(笑)。

芦沢 確かに最後の方は、そこまで説明しなくても、という場面がありましたね。

コデン 最後に犯行グループの生き残りが登場する場面になります。二人はどうして国や民族が争うのかと問い、結局お互いが話し合えばいい、という分かりやすい言葉で終わります。最初から外交交渉に向き合おうとせず、戦争をして問題解決を求める時代を語っていますね。先のインタビューでは、「ほとんどの人がその戦争のことを知らない。世界が1914年直前の状況に戻っているにもかかわらず」と古川さんが強調しています。さらに「歴史的な事実を紹介して、同じ誤りを繰り返さないように警報を発したかった。演劇は、歴史の教科書よりも有効だと信じている」と述べています。

芦沢 舞台を見たのはこの「サラエヴォの黒い手」だけですが、台本を読んだら「治天ノ君」がとてもおもしろい。まとまっていると思います。

コデン 私が見たのは「起て、飢えたるものよ」と今回の舞台ですが、たびたび話したように、演技も自然で現代史に取り組む姿勢もいいと思いますが、皇太子と共に暗殺されたオーストリアの皇太子妃は興味深い人物なんです。皇室で反対されていたそうなので、旅行で外に出て伸び伸びしたのではないかと想像します。そういう妃の視点から事件をみてもおもしろそうではないでしょうか。劇場で見るなら、歴史の教科書には載っていない、演劇ならではのおもしろさを味わいたいですね。

芦沢 現代史に取り組むことは意義があると思います。どこを切り取るか、でしょうね。これからがんばってもらいたいと思います。

北嶋 少し厳しめの話し合いになりましたね。でも評価の高い劇団です。これからも活躍して欲しいと思います。本日はありがとうございました。
(2014年7月13日、池袋の東京芸術劇場1階カフェ)

(注1)
CoRich舞台芸術アワード!2013
CoRich舞台芸術アワード!2012
第21回読売演劇大賞 
第25回テアトロ新人戯曲賞(「テアトロ」2014年 4月号発表)
「村井健が行く」(2014年3月14日付け)

(注2)赤木智弘「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」(『論座』2007年1月号。『若者を見殺しにする国 』(朝日文庫)収録。

(注3)ドロミティ山群:
イタリア政府観光局(ENIT)のサイト(イタリア北部ユネスコ世界遺産)
ユネスコ世界遺産のサイト(The Dolomites)

(注4)マリオ・モニチェッリ(Mario Monicelli 1915-2010)監督、「戦争・はだかの兵隊」、原題「La grande guerra」(大戦)

(注5)「Le Figaro Histoire」2014年8-9月、15号、58-59項

(注6) Peter Hart「The Great War」Profile Books Ltd 2014年[2013年] , 25項
>> http://www.amazon.co.jp/Peter-Hart/e/B001H9PVQ6
>> http://www.peterhartmilitary.com/http://www.iwm.org.uk/visits/iwm-london

(注7)David MacKenzie
Apis: The Congenial Conspirator : The Life of Colonel Dragutin T. Dimitrijevic (East European Monographs,1989年)

(注8)加藤健一事務所の「誓願」公演(2014年6月4日-17日、本多劇場 ブライアン・クラーク作 吉原豊司訳 高瀬久男演出)

(注9)Chocolatecake are no sweeties, Nobuko Tanaka(The Japan Times, June 4, 2014)

(注10)西尾友樹。第21回読売演劇大賞(2014年)優秀男優賞受賞。「熱狂」「治天ノ君」
>> http://info.yomiuri.co.jp/culture/2014/04/post-38.html

【筆者略歴】
芦沢みどり(あしざわ・みどり)
 1945年中国・天津生まれ。早稲田大学文学部卒。広告会社の資料翻訳・アメリカTVドラマ輸入会社を経て戯曲翻訳の世界へ入る。1998年と2004年に湯浅芳子賞団体賞を受賞。これまでの主な翻訳作品として、初演を含め4回上演された『リタの教育』(共訳。高瀬久男演出)、『ロンサム・ウエスト』『コネマラの骸骨』(森新太郎演出)、『セミナー』(栗山民也演出)など。演劇集団円所属。戯曲翻訳。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/ashizawa-midori/

チンツィア・コデン(Cinzia Coden)
 イタリア・ヴェネト州生まれ。ヴェネツィア大学外国語学部日本語学科卒。卒論は「唐十郎の『特権的肉体論』―役者の記号的な身体」。在日イタリア商工会議所の仕事を経て文部科学省奨学金留学生として横浜国立大学に留学、同大学院修了。論文「唐十郎の演劇実践における肉体から生み出される言葉 : 上演分析の提案」。現在イタリア文化会館や桜美林大学で非常勤講師。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ta/cinzia-coden/

北嶋孝(きたじま・たかし)
 1944年秋田市生まれ。早稲田大学文学部卒。共同通信社文化部、経営企画室などを経てフリーに。編集・制作集団ノースアイランド舎代表。80年代後半から演劇、音楽コラムを雑誌に寄稿。TV番組のニュースコメンテーター、演劇番組ナビゲーターも。2004年創刊時からワンダーランド編集長を務め、2009年10月から編集発行人、代表。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kitajima-takashi/

【上演記録】
劇団チョコレートケーキ第24回公演「サラエヴォの黒い手

【脚本】古川健
【演出】日澤雄介
【日程】2014年6月11日(水)~15日(日)
【劇場】下北沢 駅前劇場(2014年6月11日-15日)

【出演】
 浅井伸治
 岡本 篤
 西尾友樹
(以上、劇団チョコレートケーキ)
 青木柳葉魚(タテヨコ企画)
 カトウシンスケ
 菊池 豪
 佐瀬弘幸(SASENCOMMUN)
 森田祐吏
 柳内佑介
 吉田テツタ
 竜史(20歳の国)
 渡邊りょう

【舞台美術】鎌田朋子
【照明】朝日一真(A’s light)
【音響】佐久間 修一
【衣装】 藤田 友
【舞台監督】 本郷剛史
【演出助手】 朝倉奈々緒
【宣伝美術】 R-design
【スチール】 池村隆司
【撮影】 神之門 隆広(tran.cs)
【Web】 ナガヤマドネルケバブ
【制作】菅野佐知子(劇団チョコレートケーキ)
【企画・製作】 劇団チョコレートケーキ


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