はえぎわ「ハエのように舞い 牛は笑う」

◎松花堂弁当のように舞い、プルコギは笑う
 岡野宏文

「ハエのように舞い」チラシ 魚をすなどる投網のように、三つの注意事項が必ず開幕の前にお客に投げかけられます。

 その一、携帯電話を殺すこと。
 その二、録音録画の禁止。
 その三、飲食の御法度。

 僕にとっての最大の問題は飲食です。許したからといって飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが客席でおっぱじまるとは劇団側もまさか思ってはいないでしょう。せいぜい場違いに煎餅などガリガリとかじり出すやつが発生するくらいが関の山だと思います。しかし、ものを食べながらなにかを見る楽しさは、映画館のポップコーンを考えるとき、一舌瞭然なんであります。なにも名画「無法松の一生」でかの阪妻が枡席でくさやを焼いて鼻つまみになる、そんなひそみにならってご託を並べているわけではありません。僕はごく慎ましく、松花堂弁当を食べながら「ライオンキング」が見たい。ごくごくひたむきに、冷やし狸を食しながら蜷川幸雄だって見たいし、めっぽういたいけに、モスバーガーを頬張りながら野田秀樹を見つつ手がベタベタにさえなりたいと焦がれているわけです。

 さて、実はこの三つのほかにもうひとつ上演中のご禁制がありまして、それが自主規制「眠っちゃならぬ」なんであります。よだれを垂らして隣のお嬢さんに寄っかかり、うつろな寝言で隣のお嬢さんをかきくどき、ひとえに隣のお嬢さんにかまけつつ襟足をいびきで撫でくろうものなら恥ずかしいせいだろうか。けれど人間72時間寝ないと死ぬともいわれているので、サービス残業で三日夜を明かし、駆けつけた劇場の椅子でなんとか眠るまいと必死に肘掛けにしがみついたまま客出しの時にご遺体になっていたら劇団の驚こうか驚くまいか。私は寝たいときは寝ることにしている。劇場での眠りの性質は、いま五分寝れば残りはスッキリ眼が舞台を追っかけるたぐいのものなのに、もうろうとしたまま一時間をこぎわたるのはもったいないと思うからです。

 でもって、「ハエのように舞い 牛は笑う」、眠かったんです。おもに後半が。

 むかし、尾藤イサオの唄に「誰のせいでもございません、みんなアタシが悪いのさ」(歌詞故意に不正確)というのがありましたが、数分のブラックアウトを生産していたくせに、劇評書くのも気が引けつつ、劇評って高見に立って公演をザッパリ斬るものではなくて、劇評自体も批評されるものだと斜めに逃げて駄文を草するのです。ご批判をお待ちします。

 まず、本作はいわゆる群像劇でありました。

 群像劇というのは、二つ以上の人物群がそれぞれの中に特有の葛藤を抱え、その葛藤が伴走するように動きながら、もっとも物語の急峻した地点で、渦を巻くように人物群は絡まり合い、ひとつひとつの局面では見えなかった大きな見晴らしを得て終焉を迎えるスタイルの作物、とまあひとまずいえましょうか。その意味で言うと、この舞台は正確な群像劇とは少し破れたものであったと僕は思います。人物群の中から共通した幻想のようなものが現出せず、反りを反りのままとしてのたたずまいが、静けさのようなものを抱えて明かりを落としたのです。

 そうした反りのようなものが、「はえぎわ」の「はえぎわ」たる由縁なのだと感じました。人は人とばらばらに立っている。その距離は縮まらぬものであるし、きっと縮めようともしないものなのでないでしょうか。

 舞台は人口200ほどの小さな火山島。島の産業はほとんどなく、火山をいただいた風景がゾンビ映画にもってこいのため、ひっきりなしに訪れる映画撮影のクルーが落とす金でどうにか暮らしている。

【写真は「ハエのように舞い 牛は笑う」公演から。撮影=梅澤美幸 提供=はえぎわ 禁無断転載】
【写真は「ハエのように舞い 牛は笑う」公演から。撮影=梅澤美幸 提供=はえぎわ 禁無断転載】

 いくつかの人物群を数えてみよう。
●姉ゆたかと妹りんか。牛乳の飲めないゆたかはなんとか飲めるようになりたいと努力している。自動販売機に飲料を補充する男に密かに恋している。りんかは秘密裏に妊娠している。
●ゾンビ映画にガヤで出演しているハルボク。失踪から帰還したその兄アキボク。
●ゾンビのマスクが取れなくなったエキストラ。
●小さな声の大きな男ボンはボウリングのボウルが手から離れなくなった。
●正義のために悪いことをする女。悪いことも世の中には必要なので、正義の存在を守るために、ちっちゃな悪いことを続けている。落書きとか、しゃがみこんでタバコを吸うなど。

 半睡半眼の目で恐縮なのだが、ここにうっすらと見えてくるものは、「いつも一つ多い」地獄のような風景なのであるまいか。

 また昔で恐れ入るが、サルトルという実存主義の思想家にして小説家の方がおられて、「出口なし」つう戯曲を書かれたのであります。狭い部屋に閉じ込められた男がいて、幾人かの人間が訪れるのではありますが、そこは地獄だということが明らかになり、地獄には業火も針の山もなく、ただ他者がいる苦しみがあるだけだ。地獄とは他人のことなのだと分かる。これはいってみれば「いつでも一人多い」煉獄ということでしょう。どうしようもなく「一人多い」、実に現代的な恐怖の構図であります。

 この舞台でいえば、ゆたかにとっては牛乳が余計もので、りんかにはおなかの子供、アキボクには最後に残った記憶、小さな声の男には手から離れなくなったボウル、ゾンビファンには顔に張り付いたゾンビのマスク、自販機の男には他者、そうやって彼らはいつも余計なものを一つ抱えています。私たちは不幸せを、なにかが足りない明け暮れの中に感じとる。でも一つ多い状況にまとわりつかれる息苦しさはそれ以上ではないでしょうか。たとえば、こうであればよかったと悔やまれてならない自己像。捨てたいのに捨てられない身を焼く思い出の品。執拗に追い水をかけてくるいじめっ子。足下を払う波のように愛情をかまけてくる母親。振り切ろうとして、自分と一体となった余り物は、決して振り切れません。執拗に責めさいなんできます。

 その地獄は、ドラマチックでない分余計に過酷なものとなる。日常の肌にぴたりと張り付いたそれらの過酷ぶりは、外からはむしろ喜劇的に見えるのがいっそう悲劇的なのであります。

【写真は「ハエのように舞い 牛は笑う」公演から。撮影=梅澤美幸 提供=はえぎわ 禁無断転載】
【写真は「ハエのように舞い 牛は笑う」公演から。撮影=梅澤美幸 提供=はえぎわ 禁無断転載】

 忘れてはならない登場人物に、島民から「動物でもなく植物でもない」と呼ばれる生き物モロタがいました。モロタの登場とともに、劇の全体は大きくゆらぎ、反転します。いえ深くなります。カメラの露出をぐいっと絞ったみたいに、見えていた風景の向こうになにか得体の知れないもの、とらえどころもなく大きな影めいた物語が見えてくるのです。その得体の知れない世界に包まれて島の人々が生活していたのだと知れてきます。

 劇の終盤になってモロタは緑色の毛に包まれたモフモフの姿を現しますが、うつむきなにかを食らっているらしく、顔を上げると血まみれ。遠くで牛が鳴く。それは彼方からの声だ。意味も時系列の法則もなく、唐突に聞こえる牛の声は、思いもよらない影のひろがりで観客を怯えさせます。島民たちの背中を支配する巨大なうつろが目の当たりになる。

 この牛のひと声から、それまでの一見「平和な地獄」とも見えていたドラマの流れは、一転してありありと不気味な波を立てます。これはもうモロタは血みどろのゾンビだということしか僕には思いつけません。もしかしたら島民は端からむさぼり食われて怯えながらやっと200人残っているのではないかとすら思わせる不穏な終わり方、そのいやぁな味も「はえぎわ」独特の風味なのだと思う。

 血みどろのプルコギを食べながら見たい。
(2014年8月24日14:00の回観劇)

【筆者略歴】
 岡野宏文(おかの・ひろふみ)
 1955年横浜市生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。白水社の演劇雑誌「新劇」編集長を経てフリーのライター&エディター。「ダ・ヴィンチ」「サファリ」「ダヴィンチ・ナビ」「毎日新聞 大阪版」などの雑誌、新聞に書評・劇評を連載中。主な著書に『百年の誤読』『百年の誤読 海外文学編』『読まずに小説書けますか 作家になるための必読ガイド』(いずれも豊崎由美と共著)『ストレッチ・発声・劇評篇(高校生のための実践演劇講座)』(扇田昭彦らと共著)『高校生のための上演作品ガイド』。単行本の企画編集なども手がける。
ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/okano-hirofumi/

【上演記録】
はえぎわ「ハエのように舞い 牛は笑う
東京芸術劇場シアターイースト(2014年8月23日-31日)

[作・演出]
ノゾエ征爾

[出演]
井内ミワク、町田水城、鈴真紀史、滝寛式、竹口龍茶、川上友里、鳥島明、富川一人、山口航太、ノゾエ征爾、笠木泉、上村聡(遊園地再生事業団)、河井克夫、橘花梨
音楽:田中馨+1(川村亘平斎(滞空時間):25日,27日~31日、オロロトリヒロ(COINN): 23日,24日,26日)

[スタッフ]
舞台監督 : 田中翼
舞台美術 : 稲田美智子
音響 : 井上直裕(atSound)
照明 : 葛生英之(日高舞台照明)
音楽 : 田中馨+1(川村亘平斎(滞空時間)、オロロトリヒロ (COINN)
衣裳 : rei(GRENADINE)
宣伝美術 : 成田久(キュキュキュカンパニー)
宣伝写真 : 森恒河
印刷 : 凸版印刷
ホームページ制作:朝日太一
ドラマターク:齋藤拓(青年団)
演出助手 : 松森モヘー、萩野肇

協力 : アニマ・エージェンシー、イトーカンパニー、エースエージェント、エスアーティスト、M3&CO.、krei inc.、MY promotion、吉住モータース
提携 : 東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)
助成 : 文化庁文化芸術振興費補助金
制作進行 : 桑澤恵、リトルジャイアンツ
主催 : はえぎわ

チケット料金 (全席整理番号付自由席・税込)
前売り 3,500円 / 当日 4,000円
高校生割引 1,000円 / 中学生以下500円


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