テアター・ブレーメンで働く

◎ドイツ演劇はドイツ料理より大分おいしい
 大泉七奈子

 私は、ドイツの公共劇場の現場で舞台美術の勉強をするべく、テアター・ブレーメンという劇場で働いています。
 そもそもドイツに来たきっかけは、文化庁の新進芸術家海外研修制度という奨学金を頂けた事に端を発します。2013年の9月に渡独したので、1年ちょっとになります。ドイツの劇場のシーズンは9月に始まります。2013/14年シーズンをミュンヘンの劇場、カマーシュピーレで過ごし、2014/15年シーズンから、つまりつい最近、ブレーメンにやって来ました。
 それまでは東京で舞台美術家の助手をしたり、その後小劇場中心に自分でデザインをやったりしていました。ワンダーランドで過去に取り上げられた作品のいくつかは、私が美術を手掛けたものです。

 ドイツの演劇事情がいかに日本と違うかは、来る前からなんとなく知っていたのですが、実際に来て見るとやはり驚く事が沢山ありました。
 まず、劇場では、毎晩のように別の作品が上演されています。レパートリーシステム、という言葉は今や多くの方がご存知と思いますが、劇場の既成ラインナップのなかから、毎日別々の作品がとっかえひっかえ上演されると言う訳です。舞台美術的視点で言うと、毎日別のセットが設営されていると言う事です。これはちょっと驚きでした。膨大な労力です。

 また、俳優も原則として劇場に専属で雇用されています。私の働くテアター・ブレーメンでは、演劇だけで30人以上。さらに、オペラの歌手、コーラスやオーケストラのメンバーなど、表に立つ人間だけで、100人以上が雇われているのです。あと、先ほどの膨大な労力のセット転換を行なう大道具さん達も。また、美術や衣裳を作る工場も、劇場の敷地に併設されていて、そこでも大勢の人が働いています。劇場で雇われている人数は総勢400人に上るとの事。ブレーメンは人口55万人、ドイツ10番目の都市です。ドイツのちょっとした都市には規模の大小はありますが、似たような公共劇場が必ず存在しています。

【テアター・ブレーメン外観。手前は小ホール、奥の円柱のある建物は大ホール(オペラ劇場)。撮影=筆者 禁無断転載】
【テアター・ブレーメン外観。手前は小ホール、奥の円柱のある建物は大ホール(オペラ劇場)。撮影=筆者 禁無断転載】

 これだけの雇用をチケット収入で賄えるか? 答えはノーです。良く知られていますが、ドイツの公共劇場には、信じられないくらいたくさんの税金が投入されています。ちなみにブレーメンはドイツの州の中で経済的はかなり貧しい方なのですが、このテアターブレーメンに投入される税金は、一年間に2300万ユーロ(約31億5100万円)に上ります。 そこから私もお給料を頂いていると思うと、誇らしいような申し訳ないような気分になりますね。
 また、全体的にドイツの演劇は比較的チケットが安いです。テアター・ブレーメンの例で言えば、850人収容の大劇場で、オペラ作品のいちばん高いチケットが62ユーロ(約8500円)。席種が6段階あって、最も安い席は20ユーロ(約2700円)で買えます。演劇やダンスの作品は、一番高い席が36ユーロ(約5000円)で、最安は13ユーロ(約1800円)になります。また、学生は全てのチケットを9ユーロ(約1250円)で買う事が出来ます。

 お金の話はこの辺にして、劇場での生活について少し書きたいと思います。
私は劇場に、4人居る美術・衣裳助手の一人として雇われているのですが、具体的には、稽古場にずっと居て、何か美術や衣裳・小道具についてのオーダーが出たら、それに反応して動く、という仕事をしています。
 例えば、小道具が必要になったら、劇場の中の小道具倉庫にいって取って来る、大道具を動かしたかったら大道具さんを電話で呼ぶ、などなど。
 こう書くと暇そうですが、結構頻繁に何かが必要になるので、割りと常にいろいろしています。稽古は、10時-14時、18時-22時までの合計8時間が基本で、間の時間は朝の稽古で出た変更を処理していたりしますので、結構労働時間も長いのです。

【舞台美術部の仕事場。撮影=筆者 禁無断転載】
【舞台美術部の仕事場。撮影=筆者 禁無断転載】

 ブレーメンで最初に配属された作品はオペラ作品の「ニュルンベルグのマイスタージンガー」で、コーラス含めておよそ70人くらいの出演者が登場する大規模な作品でした。セットも鉄骨3階建てで、オーケストラもオケピではなく舞台2階に陣取るという大掛かりなもの。そのほぼ全出演者が全員で枕を投げ合うというシーンがあり、その枕を手配し、誰がどの柄の枕を持っているか記録し、毎稽古配り、稽古後に拾う、という作業は、まるでテニス部一年生の球拾いのように足腰に来ました。

【「ニュンベルグのマイスタージンガー」の稽古風景。オーケストラが舞台上にいるのは珍しい。撮影=筆者 禁無断転載】
【「ニュンベルグのマイスタージンガー」の稽古風景。オーケストラが舞台上にいるのは珍しい。撮影=筆者 禁無断転載】

 また、我々は稽古が始まる前の、デザイン決定やら発注やらの過程にも立ち会います。時系列が逆になりますが、稽古が始まる遥か前、デザインが決まった直後に、「バウプローベ」というイベントがあります。「バウプローベ」は、ドイツ演劇の特徴の一つとも言われ、美術を一度実際の劇場に仮組みしてみるという主旨の催しです。

 材質は有り合わせのもので構造も簡略化されますが、大きさや形は本物通りに作られます。そして、それを演出家や美術家はじめ、劇場の芸術監督(インテンダント)、経営部門・人事部門のトップなど、作品・劇場両方の責任者にあたる人々が一同に会して検証するのです。

 セットのイメージ・実用性(俳優も出席して、仮組のセットの上を歩いてみたりします)・安全性・見切れなどをみんなでああだこうだと検証するので、本物のセットが作られてから「こんな筈じゃなかった!」となるのを防ぐ事が出来ます。ある意味模型などでの検証で代用出来る工程でもあるのですが、百聞は一見に如かずな訳なので、個人的にはなんて素晴らしい工程なのだろうと思っています。

 劇場では夜は上演が行なわれているので、バウプローベは原則として日中行なわれます。通常日中の劇場では、初日の近づいた作品の舞台稽古が行なわれているのですが、バウプローベが行なわれる日は舞台稽古は出来ません。舞台稽古の日数を減らしてでも、バウプローベはする価値のあるイベントとされているのです。
 また、美術構造を大幅に変更する最後のチャンスがこのバウプローベです。通常はこの後程なく工場への発注が行なわれ、稽古が一日も行なわれないうちから、もう大道具が製作され始めます。(とはいえ、大道具を作っている工場は同じ敷地内な訳なので、稽古が始まってから、「ここに穴を空けて欲しい」とか、「やっぱりここの色を変えたい」とかは日常茶飯事です)

 稽古は初日の2-3ヶ月前に始まる事が多いです。
 最初は稽古場(これも劇場の中にあります)に仮のセットを組んで稽古が行なわれ、初日の3週間前くらいから、劇場の中での舞台稽古が行なわれるようになります。舞台稽古の初日までには実際の舞台美術は完成しており、実際の美術を使った、実際の劇場での稽古の期間が3週間あるのです。とても恵まれた環境であると言えます。

 舞台稽古は通常昼までで、夕方にセットが撤去され、夜の公演のセットが組まれ、8時くらいから上演が行なわれます。そして公演後または早朝にセットが撤去され、舞台稽古用のセットが組まれ、また朝から舞台稽古をする、というサイクルが毎日行なわれています。なので、最初に「毎日別のセットが設営されている」と書きましたが、実は毎日2回別々のセットが設営されているのです。
 この莫大な労力を保持するために、大道具さんはシフト制になっています。朝7時から午後までの人と、午後から夜10時までの人と。責任者である舞台監督も同じく、8時間労働が守られています。(なので、昨日の舞台監督から今日の舞台監督にうまく話が伝わっていなくてあれっ、という事もたまにあります。)

 稽古の雰囲気や内容についてですが、日本で私がみた事のある稽古とは大分趣きが違います。演劇作品の場合、稽古期間の始めは読み合わせの稽古があるのですが、素直にテキストを頭から読む事は稽古時間のほんの一部で、もっぱらテキストやテーマについての議論が行なわれます。それも、一日や二日ではなく、何週間も(笑)。たまたまかもしれませんが、私がミュンヘンで担当したいくつかの作品と、ブレーメンで今担当している作品の稽古場は、いずれもそうでした。
 俳優は作品の背景やテーマ、作家、その他演劇の系譜や社会情勢について勉強し、稽古場において演出家やスタッフ達を巻き込み、議論によって作品を前に進めて行こうとします。演技論や技術は勿論の事、ここドイツでは、俳優の素質として最も「知性」を求められているように感じます。

 そのような稽古場での議論によって、テキストは頻繁に書き換えられ、繋ぎ合わされ、やがて上演台本となってゆきますが、上演台本を担当するのはドラマトゥルグです。このドラマトゥルグの役割は、日本でも徐々にメジャーになりつつありますが、上演テキスト作成以外にも、作品の背景のリサーチ・解説、もっと大きな枠で作品の方向性、劇場の企画そのものを提案したりと、劇場の頭脳を担う重要な存在です。私もまだ充分に理解しているとは言えませんが、このドラマトゥルグの仕事はとても興味深いものです。

 今担当している作品は、エルフリーデ・イェリネクの「die Schutzbefohlenen(被後見人)」という作品で、難民問題を扱った作品です。(演出はミルコ・ボッシュ)難民達の一人称の形で、国を追われた人々の、故国、そして辿り着いた異国での苦難が語られます。

 EUの大黒柱と呼ばれるドイツでは、近年実際に難民の流入が社会問題となっており、ここブレーメンだけでも、毎週80人が新たにやって来ているという現状があります。日本でも政治的な問題を扱った演劇作品は多々ありますが、芸術という土台に政治問題を載せるというのはとかくデリケートなものです。今のプロダクションでも、ドラマトゥルグ主導のもと、難民支援に取り組んでいる団体の代表を招いて座談会を行なったり、難民として入国した人に配布されるドイツ政府のパンフレットをみんなで読んだりと、どのような視点で作品を調理するべきか? という試行錯誤が延々と行なわれています。(私は勿論、難しさに毎日頭を抱えています)

 実際に作品に取り組む俳優やスタッフ達はドイツ国民の中でもわりとエリートな訳で、難民の一人称を代弁するにはあまりに恵まれた人々であるので、アウトサイダーの外国人である私は、正直ちょっとそこにむず痒さを感じたりもしています。また、ここドイツでも演劇はハイカルチャーで、庶民がこぞって劇場に出かける訳ではなく、やはり客層は比較的裕福な人もしくはインテリ階級の人が多いわけです。劇場の運営は助成金で賄われ、舞台芸術が、保護によって生かされる絶滅危惧種のような芸術である事に変わりはないのかもしれません。

 しかし、演劇によって何かが揺るがされる光景が、ここドイツでは日常的に繰り広げられています。先週末ハンブルグに出かけたのですが、そこでは、ハンブルグ中央駅近くの貧しい移民地区「フェデル」に焦点をあて、劇場と地区の住民が協力して行なわれる「ニューハンブルグ」というフェスティバルが行なわれていました。今まで付近の住民にも知られる事なく、注目される事のなかったフェデルの存在に光をあて、発信する試みです。

 また、同じ作品「die Schutzbefohlenen」がハンブルグのタリア劇場でニコラス・シュテーマンの演出で上演されており、ここでは実際の難民から募った参加者が、舞台で生の声を上げます。(実際難民申請がまだ通っていない人も多く、彼らとの契約は難航を極めたと聞いています)
 これらの作品は、上演自体が社会への問題提起であり、「公共」である劇場が、中立を守るのではなく、芸術の名の下に自分の見解を大胆に発信しているわけです。

 そうかと思うと、コンサバな完成度の高い会話劇、上質なエンターテイメントとしての音楽劇など、大人の娯楽としての演劇もしっかりと存在しています。子供や若者向けの作品の上演も盛んです。
 この層の厚さ、演劇の幅広さと格好良さ、カッコいいので若者が群がって来る感じ、これが私にとってドイツ演劇の大きな醍醐味です。

 稽古中の「die Schutzbefohlenen」も先週半ばから立ち稽古が始まり、粛々と議論をして来た時と一転、パンクで過激な世界が繰り広げられています。どのような作品になるか、今から楽しみです。
 まだまだ小学生程度のドイツ語力しかないので毎日禿げそうに大変ですが、ドイツ演劇の魅力を味わいつくすべく、今後も粛々と頑張って行きたいと思います。

【筆者略歴】
大泉七奈子(おおいずみ・ななこ)
 1981年生まれ。多摩美術大学卒業。在学中より舞台美術アシスタントの仕事を始め、2008年よりフリーの美術家として活動。2013年、文化庁の新進芸術家海外研修制度の研修員として、ドイツ・ミュンヘンに滞在。2014年秋よりテアター・ブレーメン舞台美術部に所属。ドイツ料理にはもう飽きてきている。


「テアター・ブレーメンで働く」への2件のフィードバック

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