ハポン劇場「人喰★サーカス」

◎高架下の万華鏡空間 生命の継承、芸の継承
鳩羽風子(新聞記者、演劇評論)

「鶴舞高架下に、サーカス小屋現る!!」。そんなコピーが踊る公演チラシを目にした。寺山修司が好きで演劇にはまった私は、すぐに「観に行ってみよう」と思った。チラシからして、誘い込む不思議な引力があった。


公演期間は当初、4月18日から5月11日までだった。名古屋では珍しいロングラン。のんびり構えていたら満席続きで評判だと聞いた。その後、5月22日までの6回が追加公演になった。ようやく足を運んだのは15日の夜公演だった。

夕闇迫るころ、JR鶴舞駅近くの高架下の会場前に並んだ。そこへ一人の老ピエロが現れた。彼が作・演出の原智彦。年の瀬の恒例、ロック歌舞伎が人気の名古屋の劇団「スーパー一座」の座長だ。還暦を過ぎたが、個人の立場で取り組む今回の「ハポン劇場」というプロジェクトでも、作、演出、振り付け、主演などを一手に手がけ、ますます意気軒高だ。

黄昏に響く老ピエロのアコーディオンの音色は、ちょっと古くさくて、いかがわしくて、でも肌になじむ闇のよう。小銭を握りしめて、夏祭りの夜店へと急いだ幼いころを思い出した。開演前に抱いたそんなイメージが、芝居全体を包んでいた。
会場はいつもはライブハウス。2階席の上に、特設の3階席を作っても、50人入れば満席の小さな空間だ。舞台の広さも正面に6畳ほどと、上手脇に2畳ほど。

舞台設定は喰う-喰われる人間関係が丸見えになった1000年後の世界。「赤紙」で招集された人間は、新たな命の代わりに、この世から消える仕組みになっていた。サーカス一座の「ブランコ姫」にも「赤紙」が届く。彼女のためだけに、特別のお別れショーが開かれる。

人喰い★サーカス
人喰い★サーカス

人喰い★サーカス
【写真は「人喰い★サーカス」公演から。撮影=鈴木えいじ 提供=ハポン劇場】

クモ女の格闘や額縁美人、のぞき男にシカ女たちのラインダンス…。舞台の床の穴を出入り口にしたり、奥の戸を開いて外の風景を取り入れたりしながら、次々と繰り出される芸に、見せ物小屋のような雰囲気へ。それでも猥雑一色にならないのは、加速する映像や甘美なバイオリンの生演奏の調べと溶け合って、万華鏡のような美を醸し出すからだ。葬送曲にもなっている童歌の力も大きい。

「赤紙来ると人選び、選ばれし者は消えていく」-。無邪気に繰り返し歌われるが、この歌詞には、死の真実が一片が詰まっている。ショーの一つひとつは、完成度が高いとはいえない。ダンスもひたむきさが伝わるが、洗練にはほど遠い。時折、電車が会場の上を通り、きしんだ。それでも有無をいわさず、異次元へ導く力に満ちていた。

終幕近く、これまで人の命を喰らって生きてきたサーカスの団長にも、最期が訪れる。何千、何万もの命のしずくを封じ込めたという水晶玉を、ポーンと宙に放って、姿を消す。自分の芸を継ぐ者に「恐れず喰え」と言いのこして。水晶玉は、ピエロの兄役の巧みなジャグリングによって、きらきら光りながら宙に浮く。そのきらめきが脳裏にやきついた。

生命の継承を主題にした物語が、この公演を通じて、実は芸の継承にもつながっているのではないかと思った。40人近くいる出演者のほとんどは学生や社会人など20代中心だ。彼らの半分以上は、昨年のハポン劇場の芝居を見て、オーディションにやってきた人たちだという。狭い会場に、大勢の出演者のため、楽屋が車内という人もいた。

終演後、路上で着替えていた社会人の女性と立ち話をした。「練習が終わってから仕事に戻ったこともあったんですよ」。汗で光る体をぬぐいながら、彼女は底抜けに明るい笑顔で話していた。

原智彦という年老いた演劇人から、若い世代へ。芸の心は確かに引き継がれていると実感した。観客から役者へ、役者から観客へ。以心伝心する魔力が、高架下につかの間の夢空間を現出させた。

「あなたも来年、出てみませんか」。来年の公演は出演者の数がさらに増えそうだ。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第100号、2008年6月25日発行)

【筆者略歴】
鳩羽風子(はとば・ふうこ)
横浜出身。日本女子大学人間社会学部文化学科卒。新聞記者の傍ら、劇評を「シアターアーツ」や「ワンダーランド」に発表している。AICT(国際演劇評論家協会)日本センター会員。
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ha/hatoba-fuko/

【上演記録】
ハポン劇場『人喰★サーカス』-ハポンフェスティバル2008
K.D.Japon(ケーディーハポン、名古屋市中区・鶴舞高架下)2008年4月18日-5月22日

作・演出:原智彦
出演:
団長(ピエロ親) 原智彦
ピエロ 兄 TEMPEI
ピエロ 妹(4月公演出演) 夕沈
ピエロ 弟(5月公演出演) 森川アオイ(コント)
バイオリン弾き 黒田かなで
ブランコ姫 大澤鮎美(シカ)
ボクサー 野原よしひで
力男 野畑幸治
のぞき男 ジェット達(ムシ)
あべこべ姉妹 安藤鮎子(シカ・ムシ)、奥村明日香(シカ・ムシ)
額縁美人 柏木綾子(コント)、中西桃子(コント)、生野智子(クモ女)
クモ女 中西菜津希、トン子(シカ)
コント・ムシ・シカのロケットガール 新美清彦、伊神多恵子、脇山康貴、大林丘奈、遠藤由梨、西村公一、平沢源、鏡味ちえこ、久田恵里、森井瞳、前垣聡子、鈴村まどか、高木愛香、古澤慶一、はらだいくみ、矢島与萌、三輪栄江、原大樹、山口勇二、竹内咲衣

音楽・振付・美術:原智彦
振付:夕沈
主題歌:知久寿焼(ex.たま)
劇中音楽作曲演奏:黒田かなで
映像:真月洋子
映像オペレーター:鎌田千香子
衣装:すう、久野周一
舞台装置:永澤こうじ(是々堂)
劇場空間・小道具:ヨコヤマ茂未、ハポン劇場美術部
音響証明:星裕久
宣伝美術:アマノテンガイ
記念写真:安藤吉郎
制作:森田太朗、武村モモジ、小瀬木いづみ、鈴木えいじ、丹羽勝彦、西尾和行、田端良広、高木絢子、黒岩美枝、沖本紘子、飯沼絵美、板倉尚子、宗広耕市
主催:ハポン劇場project
楽曲提供:知久寿焼、たま、ICHI、どんと
入場券:予約 2,500円 当日 2,800円(別途ドリンク代500円必要)

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